美由紀175.3cm、真菜184.8cm、今のふたりの身長である。まだ10cm近い差はあるものの、校内では「ツインタワー」と呼ばれ始めていた。
ツインタワーの片割れの真菜は、元々長身で1年生にしてバレー部のエースという存在で、さらに少し背が伸びただけという感じなので特に誰も違和感を感じていなかった。
問題はもうひとりの方、美由紀である。
入学時に148cmしかなかった身長が、1ヶ月もしないうちに25cm以上も大きくなったのだ。いくら遅めの成長期かもしれないといっても普通ではない。
『ひょっとしたら巨人症なんじゃないの?』などという噂が飛び交っていた。
当の本人たちは原因に思い当たる節があったので別に異常とは思っていなかったが、うっかり他人に話せば気が触れたとも思われるような話である。
真菜の方は泰然自若という感じではあったのだが、美由紀は性格の上からもそうはいかなかった。
「そんでぇ、これ以上大きくならない方法は無いか・・・ってことなのね?」
「うん・・・」
「パルメアに行く限りは難しいんじゃないの?それとも、もうアレックスに会えなくてもいいの?」
「いやっ!それは嫌なのっ!」
「それなら外野のことは無視してさ、どんどんおっきくなればいいじゃん。最初は喜んでたくせに、ぜーたくなんじゃない?」
「むぅぅ・・・真菜ちゃんのバカっ!」
反論できなくなると出てくる美由紀の捨て台詞。真菜はにこにこしながら話題を変えた。
「それはいいけど、胸もでっかくなったよね〜。掌に乗せられた時のあのド迫力、凄かったよ〜!アレックスもクリスも茫然って感じでさぁ!」
「もうっ!でも、クリスは絶対貧乳の方が好きだよっ!」
美由紀はささやかな抵抗を試みる。
「貧乳ってよりあたしが好きなんだよ。」
自信満々に答える真菜に、美由紀も降参するしかなかった。
その時、保健室のドアがガラッと開いてクラスメートの陽子が顔を覗かせた。
「あ〜、やっぱここだった。美由紀、なんか先生が探してたよ。職員室に来て欲しいって。」
ふたりは顔を見合わせた。なんで先生から用事があるんだろう?なんとなくだが嫌な予感が頭をよぎった。

会議室にはひと組の男女が待っていた。ふたりともスーツ姿で何となくエリートサラリーマンみたいな感じ。
ふたりは入って来た女子生徒を見ると、椅子から立ち上がった。お・・・大きい・・・
男性は30代後半から40代前半という感じで180cmくらいと普通より長身。だが、若いキャリアウーマン風の女性はさらにそれより頭ひとつ背が高かった。
今の真菜ちゃんよりも間違いなく高い。ふたりは担任の先生と美由紀に名刺を渡すと、席に着くように促した。
「厚労省・・・ですか?」
担任の女教師が名刺を見てふたりの所属を確認した。男性がそれに答える。
「はい、といっても研究所の職員です。我々は優秀な遺伝子が医療などの分野に応用可能かを研究しております。詳しいことは申せませんが。」
「それが『遺伝子応用工学研究所』なのですね。でも、それは軍務省の管轄のはずですが。」
「なかなか鋭いですな。確かに研究所は軍務省管轄ですが、我々は厚労省から出向していますので。」
「それで、その軍務省の研究所がうちの生徒にどのようなご用なのでしょうか?」
女教師の棘のある一言にもふたりは全く動じていなかった。
「こちらの生徒さん、1ヶ月足らずの間に25cmも身長が伸びたと聞いています。見た所巨人症のような異常な成長でも無いようですし、遺伝子工学的に非常に興味が
ありますので、是非私どもの研究にご協力いただけないかと思いまして。」
今度は超長身の女性が答え、さらに続ける。
「一週間ほど私たちにお付き合い頂く訳には参りませんか?特に危険はありませんし、研究所から通学していただければと思うのですが。」
「学校側の一存では回答できかねます。それにこの生徒は両親が他界していますので親権者は遠縁にあたる方になります。そちらにも連絡しなければなりませんし。」
「それには及びません。すでに親権者様のご了解はいただいています。」
男が一枚の書面を差し出した。それは、美由紀の親権者の署名捺印がされた同意書だった。用意のいいことで・・・という顔をして女教師が確認する。
「あとは本人が了承していただくか、だけです。どうです?ご協力いただけませんか?」
簡単に言えばモルモットってこと?それに、あたしの成長の秘密がばれたら大変なことになるし・・・美由紀の胸中は複雑だ。
「あ・・・あの・・・あたし・・・」
美由紀の表情を見てとった女教師が、代わりに答える。
「突然のお話で本人も混乱しているようですし、また後日お答えするということでよろしいですよね。」
あくまでもやんわりと、しかし毅然と断りを入れたその瞬間、男の態度が豹変した。
「残念ながらそうはいかないんですよ、先生。病気でもないのにこんなに異常な成長をするような人間、研究しないわけにはいかないじゃないですか。
上層部も期待しているんです。それに、あまり逆らうと教育省から圧力がかかるかもしれませんよ。」
絶句する女教師。それを見てにやける男とあくまでも無表情な女。そんなにおおごとになってるの?美由紀の頭の中で色々なものがぐるぐると駆け回っていた。
「危険はありません。身体測定、体力測定、血液検査、MRI、そして経過観察くらいのものですから。学校生活も普通に送ることができますよ。」
女が美由紀に向き直り、たたみかける様に迫る。
「拒否できない・・・って、ことですよね。」
美由紀が声を絞り出して確認する。
「察しがいいですね。では、参りましょうか。表に車が待っていますので。」
「わかりました。先生、心配しなくて大丈夫です。それと、一週間もいないと部屋の様子がわからないからたまに見て来てって真菜ちゃんに伝えといてください。」
美由紀は顔面蒼白の女教師に自宅の鍵を渡すと、ふたりの後について会議室を後にした。

学校から車で30分くらいの距離だろうか、郊外の丘の上に遺伝子応用工学研究所は建っていた。
一見、郊外の政府系研究施設のような趣だが、周囲は二重三重の有刺鉄線を張り巡らせた塀と金網が張り巡らされ、侵入者と恐らく内部からの脱出者が現れても
それを完全に拒むような威圧感を見せつけていた。当然、高圧電流付きなのは言うまでも無い。
その中の一室に美由紀は長身の女性に連れられて入っていた。殺風景な部屋の窓は鉄格子がガッチリと固められ、監視カメラもありそうだ。
家具調度品はベッドと机と椅子、それにドレッサーがあるだけ。部屋の中にはシャワールームがあるので、食事以外で部屋を出ることなく生きてはいけそうな感じがする。
「ここにいるんですか?」
美由紀が怪訝な表情で女性を見上げる。
「そう、しばらくここで生活してもらうわ。必要なものがあったら電話して。0番にかければ誰か出るから。」
「あの・・・私、ここで何をすればいいんですか?」
「学校でも話したでしょ?簡単な身体測定とか血液検査とか、人間ドッグだと思ってくれればいいわ。」
聞いたことがある言葉だが、人間ドッグって高校生が受けるようなものじゃないと思うんだけど。そんなことを思ったが別のことを口にした。
「この研究所って何を研究する場所なんですか?」
「名前のとおりよ。優秀な遺伝子を研究して世の中のために役にたたせるのよ。」
長身の女性が優しく答える。
「私の遺伝子って優秀だと思います?」
「それは調べてみないと分からないけど、少なくともあなたのように病気でもないのに劇的な成長を遂げた例はほとんどないわ。興味あるのよね。」
「あの、私のことって・・・調べたんですか?」
「最初はネットの投稿だったかしら。ちょっと目を引いて調査してみたら興味が沸いちゃってね。あなたには迷惑だけどごめんなさいね。」
やはり学校の誰かがどこかに面白おかしく投稿してたんだ。ここ数日自分を見る人の目が増えていたのが気になっていたので、たぶんそんなことだとは思っていたが。
「でも、調査が終わったら帰してくれるんですよね。」
「たぶんね。じゃあ、準備が終わったら呼びに来るから、ここで待っててね。」
そう言うと、女性は部屋を出ていった。

ひととおりの検査が終わって、夕食はあの長身の女性と一緒に食堂で取った。ずっと部屋に閉じ込めっぱなしで無用な警戒感を抱かれたくなかったからだろうか。
だが、食堂といっても彼女達以外には3人ほどがいるだけだったが。
「ずいぶん、人、少ないんですね。もっと白衣を来た人とかいっぱいいると思ってた。」
美由紀が素直に感想を言ってみた。長身の女性は資料に目をやりながら食事をしている。
「そうね。人数はあまり多くないわ。必要に応じてその分野の専門家に来てもらっているから。それよりひとつ聞いていい?」
「はい?」
「最近、骨とか痛くなることある?それと、朝起きた時になんというか気だるい感じになってるとか。」
「う〜ん、あるというかないというか。それほど痛いって感じは無いけど、朝ムズムズするとかは少し感じるかも知れません。」
全くの大ウソである。だが、美由紀としてはあくまでも『遅めの成長期』で押し通す必要があったので、以前友達などに聞いた成長期の特徴を答えてみたのだ。
「そう、でも面白い数字があるのよね。学校の身体測定から今日まで、あなたの身体が毎日1%ずつ大きくなると今日の結果と完全に一致するのよ。身長も胸囲も座高もね。
こんな成長ってあるのかしら?」
興味津々という顔つきで女性が美由紀を見つめていた。
まずい、顔に出ちゃう・・・そう思って美由紀は思わず視線をそらしてしまった。女性は構わずに話を続ける。
「このままいったらあと2週間で2mを越えるわね。1年後には、身長56mの巨人になっちゃう。でも体型は変わらない。これって面白いと思わない?」
「そ・・・そんな、困ります。私・・・」
「あなたの遺伝子をあたしに組み込んだら、もっと大きくなれるのかしらね。今でも充分大きいけど、これじゃあ普通の大女だし。」
「じゅ・・・じゅうぶんじゃ、ないんですか?」
口を開くと言ってはいけないことまで言ってしまいそうになる。美由紀の口がだんだんと重くなっていく。逆に女性の口は興奮を隠しきれないのか軽くなっていた。
「そう?198cmしかないのよ。すぐにあなたに見下ろされちゃうわ。でも、それがドーピングの限界だから仕方が無いかもね。」
言い終わってから『しまった!』という顔をする女性。ドーピングにあたしの遺伝子を掛け合わせてもっと大きくなろうとしてるの?でも、なんのために?
美由紀は不意にシュナイダー卿のことを思い出した。まさか・・・そんなこと・・・でも、この研究所は軍務省・・・
「ドーピングでそんなに大きくなったんですか?」
「ま、まあ・・・ね。それより、今日は疲れたでしょ。ゆっくり休んでね。明日から一日2回身体測定だけは続けるから。」
「そうですね。ごちそうさまでした。」
狼狽した女性が美由紀に休息するように促してくれたおかげでこの場を離れることができる。そう思った美由紀は席を立って部屋に帰っていった。
その後ろには護衛兼見張り役と思われる別の長身の女性が数m離れて続いていた。

「はぁ〜、それで真菜様だけいらしたと。。。」
真菜から見ると小さな身体をさらに小さくしてうなだれるアレックス。
ひとりでパルメアへ行けるか半信半疑で美由紀のベッドに横になった真菜だったが、どうやら無事にパルメアへ行くことができたようだ。
「ごめんね〜、アレックス。あたしじゃ役不足だよね〜。」
掌にアレックスを乗せてからかっている真菜ではあるが、アレックスに負けないくらい不安な表情が笑顔の下に見て取れる。
「しかし、美由紀様が心配ですな。私にはどうすることもできませんが・・・」
「うん、あたしも面会したいって申し入れたら断られちゃって・・・校長先生まで、あ、学校で一番偉い人ね。お願いしてくれたんだけどね。」
どうも胡散臭いことになっているような気がしてならないのだ。
「そんなわけで、あと5,6週間は我慢してね。まぁ、たまにあたしが来てあげるから。あと、こっちでも必要な仕事はするからちゃんと言いなさいよ!」
真菜はそう言い残すと、アレックスを城内に降ろして盛大に地響きを立てながらエーレンに向かっていった。

同じ頃、美由紀は安堵とも寂しいともとれる溜息をひとつついていた。
部屋の中は監視されている。たぶん盗聴も。そんな気がした。そんな中でパルメアへ行ったりしたら大騒ぎになるのは間違いない。しかも、戻った時にまた大きくなっているのだ。
あの女の人、大きくなりたがっていたし怖かった。そんな人をパルメアに連れて行くわけにはいかない。
たぶん真菜ちゃんが行って事情を話してくれている。そう信じてもいた。あの伝言は真菜ちゃんにしかわからないはず。咄嗟のこととはいえ自分にしては上出来だよね。
実際、美由紀は以前に比べてもかなり機転がきくようになっていた。あり得ないことが立て続けに起きれば誰でもそうなるかもしれないが、逆に今は幸いしているらしい。
とにかくあの人たちにはパルメアのことは絶対に知られてはいけない。ベッドの中で美由紀は固く心に誓っていた。

真菜は美由紀と比べて、パルメアでも普通に歩く。当然地響きも美由紀に比べて大きくなる。そんな足音の違いを聞き分けられる男、クリスが修復中の西側城壁の前で待っていた。
「美由紀様は今日もシュナイダーにお留まりですか?」
クリスの横のこびとが先に口を開いた。当然パルメランド公である。
「あら、あなたもいたの。美由紀は今日はパルメアには来れないって。」
真菜はパルメランド公には素っ気ない。恐らく一流に属する戦略家、戦術家であることは認めている。だが、美由紀に対するある意味偏執的な愛情も知っていたので、
まともに相手をすると踏み潰したくなる、いや、踏み潰してしまいそうなのでわざと素っ気なくしているのだ。
ほら、やっぱりがっかりしてる。悪かったわね。可愛らしい爆乳娘じゃなくて!
真菜はクリスだけを摘まんで掌に乗せるとペンダントに入るように命令して、足元でいじけているパルメランド公を見下ろした。
「ちょっとクリスを借りていくわよ。修復も進んでるみたいだからいなくても大丈夫でしょ?」
「はい・・・どうぞ、真菜様のご随意に・・・」
力なく答えるパルメランド公をダメだこりゃという顔で一瞥してから、真菜は南東に向かって歩き出した。

クリスが降ろされたのは、以前4人で行った廃墟だった。ただ廃墟といっても建物は全て破壊しつくされ広大な平地と瓦礫と化した建物の残骸が所々に転がっているだけだったが。
「いつも何も仰らないので、少し不安になります。」
クリスが真菜の掌の上で訴えかける。
「そうだね。先に動いちゃうから。ごめんね。」
いつもと少し違う真菜の表情にクリスも気がついたようである。
「美由紀様がパルメアへいらっしゃらないというのは初めてですな。何かありましたか?」
「うん・・・」
真菜はクリスにもアレックスに話したことと同じ内容を話した。ただ、アレックスには話さなかった自分の気持ちも含めていた。
「なるほど、それは心配ですな。ですがどうにもならないのであれば信じてお待ちになるしかないでしょう。」
「うん、わかってるんだけどね。ただ、凄く不安なんだ。そんなことクリスにしか言えないじゃん。。。」
自分にしか言えない?それだけでクリスの心臓は飛び出しそうになった。自分の気持ちを知ってか知らずか真菜様は自分を従者のごとく扱っていた。それでもいいと思っていた。
それが自分のことを頼ってくれるというのと同等の言葉が出たのだ。
「わ・・・わたしで、よければ・・・その・・・」
「なあに?慰めてくれんの?」
しどろもどろのクリスに真菜が声をかける。気位が高く常に上からものを言う真菜が、いつもなら絶対に言わないだろう言葉。
その言葉を聞いて、クリスは普通に愛する女性を慰める様に肩に手をかけて抱きしめたかった。でも、それをするには真菜はあまりにも大きかった。
不意にクリスの目の前に真菜の小指が差し出された。
「本当は抱きしめて欲しいけど、無理だから・・・」
真菜も同じ想いだったのだろうか?クリスにはわからない。だが、クリスは自然な動作で自分の身長よりも大きな小指の先を全身を使って抱きしめた。
「フフッ、可愛い。でも・・・」
後に続こうとした言葉は、恐らく『ありがとう』だろう。そう信じて、クリスは真菜の指先をしばらく抱き続けた。そして真菜も全く動こうとしなかった。

「美由紀が戻ってきたら、また4人で遊びに行こうか。」
しばらくの間あの廃墟にいた後、エーレンへの帰途では真菜の表情も声も少し元に戻った感じがした。
「そうですな。真菜様も美由紀様も色々とご苦労されているようですから、少し息抜きをした方がいいかも知れません。」
「でしょ?じゃあそれまでに廃墟をいくつか見つけといてね。」
「廃墟?ですか?」
何のために?と聞こうとしたクリスだったが目的はひとつしかない。ストレス解消だ・・・恐る恐る見上げると真菜はにんまりと見下ろしていた。
「廃墟が無ければグロイツでひと暴れするのもいいかもね〜」
実に嬉しそうな顔から、冗談では済まされない本気さが溢れている。だが、美由紀様がいればそんなこと許すはずが無いことも分かっているはずだが・・・
こうしてクリスは、今後も真菜の意表をついた言動に翻弄され続けることになるのだった。

翌朝、美由紀は眠い目を擦りながらもベッドから起き上がった。とりあえず昨夜はパルメアへは行かなかった。そう思うとほっと安堵のため息を漏らす。
だが、それも束の間、あの長身の女性が部屋に入って来た。やはり監視されてるんだ、美由紀は再確認した。
「おはよう、昨夜はよく眠れた?」
「おはようございます。初めての場所だったので、あんまり・・・」
「そう、早速で悪いけど身体検査と血液検査、お願いね。」
極めて事務的な言い方。昨日の失言を考えてのことだろうか。まあいいや、と思って美由紀は部屋を出た。
ひととおりの検査が終わって女性と朝食をとる。美由紀は率直に質問してみた。
「あの・・・今日は学校には、行けるんですよね。」
「今日は無理だと思うわ。」
「え?そんな・・・約束が違うじゃないですか!」
美由紀はこの場所に来て初めて声を荒げた。女性も思わず驚いたようだった。
「そう怒らないで。上からの許可が下りないのよ。学校には連絡しておくから、ね。」
諭すようなその言葉を発する女性の瞳には、恫喝の成分も含まれていた。
そこへひとりの長身の女性が資料を持ってやってきた。座っている女性に耳打ちをする。彼女が立ち去った後、女性が結果について教えてくれた。
「おかしいわね。全然成長していないって。」
「マンガじゃないんですから、そんな都合よくいかないと思いますよ。」
美由紀は出来るだけ平静を装いながら愛想笑いを浮かべた。
「そうかもね。ねえ、あなた、何か心当たりでもあるんじゃないの?」
ドキッ!心臓が飛び出しそうになった。この人たち、どこまで調べてるの?まずいよ・・・絶対にまずい・・・助けて、真菜ちゃん、アレックス・・・
「まあいいわ。それをゆっくり調べるのが目的だから。」
女性はゆっくりと立ち上がると、食堂を出ていった。美由紀はしばらくその場から動けなかった。

真菜はパルメアから戻ると美由紀の部屋からそのまま学校へ向かい、今日も美由紀が欠席だと言うことを告げられた。
「そうですか。」
いよいよ怪しい。昨日のうちに美由紀の部屋に行っておいてよかったと思った。
真菜の鞄の中には、パルメアを連想されそうなのが全て入っていた。あのペンダント、以前渡した時間の間隔の差を書いた紙、そして美由紀の日記。
いくら親友だからといっても中を見るのは厳禁だが、恐らくパルメアのことが書いてあるはずと思ったのだ。
家に目を向けたということはいずれ自分にも目が向けられる。でも、何故そこまでして?昨日来た女性は真菜よりも長身だと聞いた。それに彼等は美由紀の異常な成長に
興味を持って近づいてきた。研究所の黒幕は軍務省。まさか・・・本気で?偶然かはわからないが、真菜の頭の中も昨日の美由紀と同じ結論に達していた。
それを防ぐには・・・もう一度美由紀の部屋からパルメアに行って、巨大化して帰って来る。そうすれば美由紀を助けられるけど・・・
でも、自分は美由紀と違ってパルメアでは巨大化できない。それに、自分の想像が正しければ美由紀の部屋には既に捜索の手が入っているはず。

真菜は一度帰宅してから美由紀の部屋に向かった。路上駐車している2台の車の色とナンバーを記憶してからマンションに入った。
部屋のカギはかかっていた。中に入っても特に不自然な点は・・・あった。リビングの家具の配置が何となくずれている気がした。
やっぱり・・・そうすると隠しカメラや盗聴器もあるかもしれない。真菜は掃除をする風を装ってその場所を探すことにした。
結論から言えば、部屋そのものは監視の対象にはなっていなかったようだ。何も見つからなかった。普通、部屋が怪しいとは思わないだろう。
真菜は少しホッとしたが、念には念を入れて帰宅することにした。路上駐車していた車の姿は既になくなってはいたが。

同じころ研究所では、あの美由紀を連れ出した男女が話をしていた。
「明らかに異常なんです。それはデータが示しているではありませんか!身体のサイズだけならともかく、赤血球も細胞もわずかですが大きくなっているじゃありませんか!」
女性は身体測定時のデータと昨日のデータの比較表にバンッ!と平手を打ちつけた。
「だから今回の許可も出したし部屋の捜索もさせたんだ。だが何も出なかったじゃないか。そもそも『巨人兵器』など夢物語ではないのかね?」
男の方は至極冷静である。それでも女性は怯まなかった。
「とにかく経過観察の間は猶予をください!あの娘が何かを隠しているのは間違いないんですっ!」
「わかった。親権者には金を渡してあるからその期間であれば大事にはならないはずだ。多少手荒なことをしてもな。」
「はい、わかりました。では、あの娘の親友という真菜という娘との面会を許可してみましょう。会話の中から何か出るかも知れません。」
「子細は任せる。」
男はそう言い残して女の許を出ていった。

翌日の夕方、美由紀の部屋がノックされた。扉を開けたその姿を見て、美由紀は思わず座っていたベッドから跳ね起きた。真菜ちゃんっ!
真菜の方はニコニコと右手を振りながら部屋に入って来た。
「会いに来たよ〜!」
真菜はそう言いながら美由紀を軽く抱きしめた。少し大きくなってる?ひょっとしてパルメアに行って来てくれたのかな?
そんなことを考えていた美由紀の胸がムニュッと掴まれた。
「キャッ!な・・・なに?真菜・・・」
そんな言葉を無視して真菜は美由紀を抱きしめたまま、自然な振る舞いで体勢を入れ替える。監視カメラからは真菜の後頭部しか見えなくなった。
真菜のいきなりの行動に驚いて美由紀が見上げると、真菜は軽くウィンクしてから口をパクパク動かしていた。
『い・っ・て・き・た・よ』
そっか、真菜ちゃんもここが怪しいと思ってるんだ。美由紀も機転を利かせて話題を振ってみる。
「もう、変態っ!それより、学校のみんなは元気?」
「うん、でもみんな美由紀のこと心配してるよ〜。特に陽子なんかいじる相手がいなくて寂しがっちゃってさ。」
「大丈夫だよ〜、検査入院みたいなもんだから。みんなにも心配しないでって言っといて。」
それからふたりはあれやこれやと1時間近く話をした。もちろんパルメアのことは全く話題に出さない。
会話をしている途中で、監視カメラに気付かれないように真菜は胸元を少し開くように美由紀に見せた。そこにはあのペンダントが下がっている。
ひょっとして、あたしの部屋からパルメアのことが書いてあるものを持ちだしてくれたの?他に証拠も無かったが、美由紀はそう確信していた。

帰りがけに真菜は例の長身の女性に見送られた。
「へぇ〜!あたしより大きい女の人って初めてですよ。」
「そう?ありがと。でもあなたも大きいのね。あの美由紀ちゃんと同じで急に伸びたの?」
何故か駅まで送ってくれると言うので一緒に歩いていたのだが、198cmと187cmが並んで歩く姿は壮観である。道行く人々は皆、ふたりの長身女の姿に驚いていた。
「いえ、あたしは元々大きくて、中学でもう180以上あったんです。」
どうせ調査済みでしょ、とは思ったがそんな表情ひとつ出さずに真菜は答えた。正確には179cmだが全くの嘘では無い。
「そう言えば、美由紀のこと変だって思ってるんですか?」
「ええ、遺伝子的に何か違うんじゃないかって。あなた、何か心当たりある?」
「う〜ん、特に無いですけど、美由紀、病気じゃないんですよね。」
異常な成長を病気じゃないかと心配している普通の友達を真菜は演じ切っていた。
「今のところはね。でも、経過を見てみないと分からないわ。そのための検査入院だと思っていてね。それと・・・」
「お部屋の片づけってそんなに毎日するものなの?あの子を見てると清潔だけど潔癖症とは思えないんだけどなぁ。」
やっぱり監視してた。心の中ではドキッとしたが、表情は全く変えなかった。
「ああ、あたしがたまに潔癖になるんですよ。それに親友の頼みだし。」
駅に到着したところで腹の探り合いは終幕を迎えた。危ない危ない・・・あの女の人、絶対に何かあると思ってる。美由紀、耐えられるかなぁ。でもメールでそんなこと書けないし。
真菜は帰りの電車の中で、これからどうすればいいか思案していた。

夕食時に美由紀が珍しく声を荒げていた。
「な・・・なんで、家まで調べるんですか?おかしくないですか?ただの遺伝子の調査でしょ?それじゃあ、ただの泥棒じゃないですかっ!」
長身の女性は平然として箸を止めようともしない。
「何をそんなに興奮してるの?何か見られちゃいけないものでもあるの?」
「そんなことを言ってるんじゃないでしょ?不法侵入ですよ!国の機関がそんなことしていいんですか?」
真菜ならたぶん日記も持ち出してくれたはず。そう信じていたので強気に出ることができたのだ。
「そうね。でも、証拠なんか残すと思う?あんまりあたしたちを甘く見ないで欲しいわ。」
その言葉に美由紀がキレた。
「もう、これ以上あなたたちの訳の分かんないことに付き合いたくありません!今すぐ帰してください!」
「無理に決まってるでしょ?それとも全部白状する?」
「白状って何です?それが訳わかんないって言ってるんです!」
「困った子ね。何なら力づくでもわからせないといけない?前にも言ったけど、あたし、ドーピングしてるの。素手で人間を殺すくらい簡単なのよ。」
女性は立ち上がると右手にグッと力を込めて力瘤を作りだした。今まで見たことも無い巨大な筋肉の塊があっさりとブラウスを引き千切る。
そのまま拳を振り下ろすと、バキィッ!テーブルが真っ二つにへし折られてしまった。
美由紀は恐れと憎悪のこもった眼で女性を見上げるしかなかった。

午前1時を回った頃、美由紀はまだ起きていた。今日もパルメアには行けなかった。ここから出られなければずっと行けなくなる。それだけは絶対に嫌だった。
どうしたらあの人たちを諦めさせることができるんだろう?どうしたらパルメアに行けるんだろう?そんなことを考えているうちに、美由紀は眠りについていた。

アレックスが城壁上で何か叫んでいる。いつもの南の城壁じゃない、以前に王都からの帰途に持ち帰った城が遠くに見える。ということは比較的守りの薄い北の城壁?
その城壁の向こうから数え切れないほどの敵がやってくるのが見えた。とんでもない数だ。アレックスからの命令で兵士たちが矢を射かけ投石を繰り返すが、
数が違いすぎる。瞬く間に城壁に取りつかれ、無数の梯子が架けられた。
梯子を伝って登って来る敵兵に向かって、アレックスが剣を抜いて防戦に向かう。その時だった。1本の矢が、アレックスの胸を貫通した!
「アレックスッ!」
美由紀はガバッと跳ね起きた。場所は研究所のベッドの上だった。じゃあ何?今の。。。夢?それにしてはリアルすぎる。時計を見ると午前4時を少し回った頃。
あの紙が正しければ大地の日の翌日の朝のはず。胸騒ぎが止まらない。正夢なの?だったら・・・
美由紀は決心した。パルメアに行こう!でもどうやって?とりあえずパジャマから制服に着替えた。巨大化した時みたいに一生懸命念じてみようか。
そう思って、両手を胸の前に組み、精神を集中して必死に念じてみる。ここから行って全てがばれても構わないと思っていた。
でも、何も変わらない。やはり行き来は自分の部屋のベッドでしか出来ないのだろうか?だったら真菜に頼んで・・・いや、夜中の1時しか行けないんだったら遅すぎる。
じゃあどうすれば?美由紀は焦りを募らせていた。気がつけばもう、5時を過ぎていた。
『み、ゆ、き、さま・・・もう、い、ち、ど・・・』
突然、美由紀の頭の中に声が届いた。間違いなくアレックスの声。聞き間違えるはずなど無い。そんな・・・アレックスが死んじゃうなんて・・・絶対に嫌だっ!
その瞬間、監視カメラの中から美由紀の姿が消え去っていた。