美由紀は少し驚いた表情で足元を見下ろしていた。今まで監禁されていた研究所が瓦礫の山と化している。
巨大化したまま戻ったらどうなるか?想像はだいたい当たっていた。今の美由紀は元の世界でも身長175mを超える巨人女になっていた。
想像と違っていたらどうなっていたんだろう?自分はもう少し慎重な性格だったと思ったけど違うのかな?だが、もうそんなことを心配する必要はない。
巨大化したことに対する違和感はほとんどなかった。パルメアでは常に200倍の巨人だったので、この大きさが当たり前のような錯覚を起こさせていた。
まだ半分ほど残っている鉄筋4階建てのビルの上に足を翳してそのままゆっくりと踏み下ろす。足裏からビルが崩れる感触が伝わってきた。
もう少し頑丈かと思ったけどそれほどでもない。考えてみればパルメアの石造りの建物や城もあっけないほど脆かったっけ。そんなことを思い出しているうちに、
大した抵抗も受けずにビルをあっさりと踏み潰していた。
美由紀の顔から笑みがこぼれた。圧倒的な大きさと力を確信して少し余裕ができたのが自分でもわかっていた。だが、無尽蔵にその力を振るう気は毛頭ない。
その対象はあのふたりだけ、そう心に決めていた。

女が研究所に戻った頃、監視室には男だけが残っていた。他の職員たちは手分けしてあの少女の行方を捜している。
「どうだった?あの子の友達は。」
「たぶん、あの娘が消えたことは知らないと思います。ですが、何か知っている気がするのです。ひとまずは学校に行かせましたがどうしますか?」
女は場合によっては真菜も拉致するつもりでいたが、いったんは彼女の上司の指示を仰ごうと研究所に戻ってきたのだった。
「学校へは見張りを行かせてある。場合によっては君にも動いてもらうことになるだろう。あの大きいほうの娘は力も強そうだからな。」
「フフッ、でも私から見れば赤ん坊のようなものですよ。ご心配なく。」
そう言いながら椅子に座りかけたその時、室内が大きく斜めに傾いた。地震では無い。突然建物全体が傾いたのだ。ふたりは一時はその場に突き飛ばされたようになったが、
倒壊する直前には安全な場所を求めて部屋を飛び出していた。
「とにかく!車へ!」
まるでつり橋のように大きく揺れ動き、何箇所もガラガラと壁が崩れ落ちていく廊下を必死に駆け抜け、玄関の上から地上に飛び降りる。躊躇している暇は無い。
本能がそうふたりに叫んでいた。
女が乗ってきた黒のセダンに乗りこんで、車を急発進させた。まずは敷地を出ることが先決だと感じていた。だが、走り出した車の上から大きな影が覆いかぶさってきた。

研究所を完全に踏み潰した美由紀の視界の隅に何かが動いていた。車・・・逃げ出そうとしている?美由紀はすぐにしゃがんで小さな車に手を伸ばしていった。
ドアを開けて逃げられないように5cmほどの車の両側を親指と人差し指で軽く挟む。メキャッという金属音が聞こえてきたのと同時に全ての窓ガラスが蜘蛛の巣状にひび割れた。
小さな車を左の掌の上に乗せ、目の前まで上げてみる。1t以上あるはずの重量も全く感じてはいない。これだけ巨大だと元の世界の文明レベルでも歯が立たないのかもしれない。
中を覗こうとした時、運転席側のドアを蹴破ってひとりの女が転がり出てきた。身長2cmの小さな女、あの女性だった。続いて学校に来た男も一緒に出てきた。
美由紀にとってはおあつらえ向きのふたりだった。
「おねえさん、こんにちは。」
女が驚いたように顔を上げる。たぶん、あの女子高生がこんなに巨大な姿で戻っているなどとは夢にも思っていないだろうな。
「たったの2mしかないとずいぶん小さいんですね。」
それが屈辱的な言葉だということが分かっていた。だが、女の反応はひどく鈍い。まだ今の状態を完全に把握出来ていないことは明らかだった。
「あ・・・あなた、な、なん、で?」
構わずに美由紀は続ける。
「おねえさんが知りたかった私の秘密を見せてるんですよ。もう少し喜んで欲しいなぁ。」
そう言うと、左手の上の車を右手で軽々と掴み上げた。
「ほら、力だって凄く強いんです。」
笑顔のままで右手を軽く握りしめる。ベキバキッ!グシャッ!車体が大きな悲鳴を上げてみるみる変形し、ついにはぼろ雑巾のようにぐしゃぐしゃに潰されていく。
「そう言えばおねえさん、人を殴り殺せるって言ってましたけど、私だったらこびとなんか指先で潰せちゃいますよ。」
握り潰した車をそのまま足元に落として、女の身体を親指と人差し指で挟んで目の前まで上げて見つめていた。苦しそうな表情が見て取れる。
「力比べしませんか?あたしの指くらいドーピングしたおねえさんだったら広げられますよね。」
ほんの少しだけ指先に力を入れてみる。
「いっ!いやぁ〜〜〜っ!」
帰って来たのは悲鳴だった。指先の感触でまだ骨は折れていないとわかったので、そのまま目のすぐ前まで近づけてみると、女の顔が苦痛に歪んでいた。
「どうです?いくらドーピングしても巨人の私には敵わないんです。もう、私のことを追い回さないでください。そうすれば助けてあげます。」

男も女も、目の前に現れた途方も無く巨大なあの少女の顔に何が起こったかを把握しきれないでいた。正気に戻る間も与えられずに、乗っていた車がまるで紙で出来ているかのように
簡単に握り潰される様を唖然として眺めていた。
女は巨人の指先で摘まみ上げられた時、渾身の力を込めて必死に抵抗していた。確かにこの少女の言うとおりだ。この娘は全く力を入れていない。なのに自分はこんなに必死に抵抗
しているのに・・・どこが巨大怪力女なの?まるで虫けらじゃない・・・力比べ?冗談じゃない。あっさりと捻り潰されるだけだ。自分が追い求めた力が目の前に存在するのに
それが自分の物でないことが歯痒い、悔しい。。。
さらに全身を襲った巨大な万力のような力に全身の骨が悲鳴を上げ、たまらずに絶叫してしまった。怖い・・・恐ろしい・・・視界がどんどん暗くなっていく・・・
もう・・・ダメ・・・ここで、殺される・・・

女は巨人の掌の上で肩で息をしていた。意識を失う寸前であの指先から解放されていた。でも、何故?ほんの少しだけ顔を上げて、少女の巨大な顔を見つめる。
哀れみとも悲しみとも思えるような表情からは殺意は見ることができない。それを見て、女は完敗を認めていた。

美由紀は、女のプライドが崩れ去ったことを確信した。いつまでたっても左手の上で座り込んで、一度顔を上げただけで、うなだれたままだった。相当ショックを受けていると思うと、
少し可哀想な気がした。
もうひとりの男はどうだろうか?あまりの恐ろしさに茫然としているのか?それとも泣き叫んで命乞いでもしてくるのか?そう思って視線を男に移したその時だった。
パァーーーーーン!
美由紀にも聞こえる乾いた音が辺りに響き渡った。次の瞬間、うなだれていた女の身体が崩れ落ちていった。女の身体の回りが、みるみる赤く染まっていく。
傍らでは男が無表情に拳銃を女に向けていた。美由紀が望んでいた動揺など、全くしていない。
「な・・・なに・・・を・・・」
美由紀は拳銃を手にしている男を睨みつけた。が、言葉が見つからない。
「ドーピングだけでは限界があるってことだな。だったらお前は用済みだ。俺はこの巨人の女と行動することにする。」
「な・・・なに、勝手に決めてんのよっ!誰があんたなんかとっ!」
パン!パン!パン!3発の銃弾が美由紀の頬に命中した。だが、痛くもなんともないし傷も付いていない。だが、美由紀を怒らせるには充分だった。
2回目の殺意。最初に殺意を抱かせた男は直接顔を見ることも無く、あの宮殿と共に葬り去ったはずだ。今度の男は今自分の掌の上で悠然と立っている。
慈悲心など完全に飛んでいた。徐に指先を男に近づけていく。摘まんだ瞬間に捻り潰すつもりだった。
しかし、男は余裕の表情でトランシーバーのようなものを目の前に突き出した。
「これが何だか分かるかね。このスイッチを押すと君の学校が吹き飛ぶことになる。君が俺を殺すまでにスイッチを押すくらいの時間はあると思うんだがね。」
卑怯者っ!だが、これでは手が出せない。掌を返して落としてもたぶん落下の途中でスイッチが押されてしまう。どうすればいいんだろう?
「ふふっ、物分かりがいいな。もう、みんな登校している頃だろう。もちろん、君の親友もね。まあゆっくり話し合おうじゃないか。時間はたっぷり残っている。」
「なにが・・・欲しい、のよ。」
怒りを押し殺しながら美由紀は呟くように質問した。男は完全にこの場の主導権を握ったことを確信した。
「そうだね。君の力がどの程度なのかをまずは知りたいかな。拳銃程度では君の肌に傷をつけることもできないようだ。恐らく通常兵器は・・・」
男の演説はそこで強制的に止まらされた。原因は腹部に突き刺さった車のホイールカバーだった。男の手から発信機がこぼれ落ちる。
男は腹を押さえながら何歩か後ずさりすると、小指の横から150m以上落下して瓦礫の山の上に叩きつけられた。
一瞬何が起こったかわからなかった美由紀の視線の隅で何かが動く。あの女性だ。彼女は血だまりの中で片手をついて起き上がっていた。
「はぁはぁ・・・爆弾なんかないから安心しなさい。ハッタリよ。」
そう言うと発信機を手に取り、握り潰して見せた。
「お・・・ねえさん!」
「あなたに人殺しは似会わないわよ。それに・・・あたしも殺す気なかったんでしょ?負けを認めるわ。」
「そんな・・・でも・・・」
「でも、ドーピングも役に立つでしょ?銃弾は心臓まで届かなかったし、あんな円盤で人は殺せるし、ね。もう邪魔しないから、あたしもその辺に置いといて・・・」
女はまたその場に崩れ落ちた。
「お、ねえ、さん?」
美由紀は左手を耳元に近づける。女の荒い息遣いが微かに耳に入ってくる。まだ生きてるんだったら病院に・・・そう思いもしたがこの巨体で病院になんか行ったら
それこそ大パニックになる。それに街のあちこちがざわめいているのも何となくわかる。何しろ高層ビル級の巨大女子高生なのだ。早くこの場を離れなくちゃ。
美由紀はそのまま左手を地面に降ろすと、横たわっていた女性をそっと瓦礫の山のなるべく平坦な場所に降ろした。
男が落ちた方を一瞥し、まるで小さな果実が落ちてしまったように弾け散り、ピクリとも動かない姿を確認して立ち上がる。
これからどうしよう。一度パルメアに戻って小さくなって・・・でも、ひとりじゃ行きたくない。。。
「真菜ちゃん・・・学校、行ってみようかな。」
美由紀はゆっくりと右脚を上げると、一番広そうな道路に面した門扉を踏み潰した。

研究所は住宅地の中の小高い丘の上にあったので、美由紀の視界を遮る物は何も存在しない。もっとも、都心部の高層ビル群の中にでもいない限り身長175m以上ある
巨人より大きな障害物などそうは存在しないだろうが。
見渡すと目の前の片側1車線の細い道路の先に幹線道路が走っているのが見える。その先は駅前の繁華街だろうか、何となく見覚えのある大きめのビルが見えた。
「ってことは・・・あそこを左に曲がって、あっちが学校かな?」
胸から下が少し汚れた白いブラウスと紺のミニスカートで何故か裸足という、服装でそれとわかる巨大女子高生が恐る恐るといった感じで一歩踏み出そうとする。
が、電柱の少し上でその巨大な足が静止した。
「せ・・・狭い。」
幅9m以上はある巨大な足にとって、せいぜい8mほどしかない道路は狭すぎた。だが、ここが一番広い道路なのだが。
「どうしよう・・・でも・・・ご、ごめんなさいっ」
足裏が電柱に接触し、次の瞬間にはボキッ!と中央付近がへし折れてコンクリート片がばら撒かれ鉄筋がむき出しになる。そのまま降下した足は、折れた電柱の先を
さらに折り曲げ、鉄筋をいとも簡単に曲げていく。ピンと張りつめた電線が張力に勝る圧力にあっさりと負けてスパークを散らしながら引き千切られていった。
それでも足の降下は止まらずに、電柱の下半分を踏み砕きながら道路の両側の家の塀や生垣、申し訳程度に歩道と車道を分けていたガードレールを巻き添えにして
ようやくアスファルトの路面に接地した。
ズシンッ!ボコッ!ボコッ!軽い地響きを立てたかと思うと実にあっさりとアスファルトの路面を踏み砕き陥没させる。特に踵の破壊力は凄まじく、回りの路面を
簡単にめくれ上がらせていた。
足元から小さな悲鳴が聞こえてきた。騒ぎに驚いて飛び出して来た住民のようだ。目の前に突然現れた肌色の巨大な物体に驚き、視線を上げてその正体を知って悲鳴を上げながら
駆け出していた。
「そうだよね〜・・・誰だって驚くよね。。。」
でも、パルメアの人達はここまで大袈裟じゃなかった気がしたけど。美由紀はそう思いながらたった一歩で作り上げた破壊の跡と逃げ出した何人かを見下ろしていた。
「この道路をまっすぐ歩きますから、飛び出さないでくださいね〜。踏み潰しちゃいますよ〜。」
そう宣言してから美由紀は次の一歩を踏み出した。なるべく大股で、しかし足元には細心の注意を払って。

何回か同じことを繰り返してようやく幹線道路の手前まで来た時には、約70mおきに長さ26m、幅9mの巨大な足跡をいくつも残していた。
片側3車線だったら少なくとも道路を踏み潰すだけで済むので、美由紀は少しホッとしていた。次の1歩で交差点に入れるが、その手前の角のマンションが目にとまった。
何階建てだろう?と思い、階数を数えてみる。9階建て、うちのマンションと同じだ。それが今の自分と比べると膝まで全然届かないほど小さい。足を乗せたらたぶん簡単に
踏み潰しちゃうんだろうな。美由紀は、この前巨大化したまま自宅に戻らなくてよかったと胸を撫で下ろした。
マンションの隣に空き地が見える。たぶん両足を揃えて立てるほどの広さで、元々人がいなかったのか逃げ出したのか人影は全くない。
美由紀は交差点では無くこちらに足を降ろすことにした。マンションを軽々と跨ぎ越し、普通に地面を踏みつける。
ズッシ〜ンッ!今までより大きな地響きは、空き地の裏の家の屋根瓦を何枚か落下させ、コンクリートブロックの塀を崩壊させ、マンションの外壁にいくつかの亀裂を作っていた。
幹線道路から、キキィ〜ッ!ガッシャーンッ!という音が聞こえて来る。どうやら突然の地響きとそれに伴う巨大な足の出現に、急ブレーキをかけた車に何台か追突したらしい。
「もう、そんなにビックリすること無いのに!」
そう言いながらも、幹線道路の車がいない場所に次の一歩を盛大に刻みつけた。
「ふぅ・・・疲れた・・・ん?」
美由紀はやっと幅を気にせずに通れる道路に到着した安堵のため息をひとつ漏らした。空き地に降ろした足も幹線道路に踏み下ろしてから足元を見ると、小さな箱が左足の横に
あることに気がついた。長さ10cm幅3cmほどの小さな箱、それはちょうど停留所に止まり、発車しようとしていたバスだった。
なんとなくそうしたくなった。美由紀はバスをそっと掴むと目の前まで持ち上げてみた。やっぱり軽い、重さはほとんど感じなかった。中を覗くと数人の乗客と運転手の姿が見える。
何が起こったのかわからないといった表情でキョロキョロと辺りを見回している。ひとりのOL風の女性が中を覗きこんでいる巨大な瞳に気がついた時に上げた悲鳴で
ようやく全員が何が起こったかを半分ほど理解したようだった。
「こんにちは、こびとさん。」
美由紀は優しく声をかけてみたがパニックは収まらない。運転手を除くほぼ全員が一か所に固まっていた。私を見て怖がってるんだ。でも、なんか可愛い。
だんだん余裕が出てきたのか、反対側の車線で玉突き衝突事故を起こしていたダンプカーを掴んでバスの前まで持ち上げる。運転手は外に出たようで中には誰もいなかった。
「うふふ、こんなに大きな女の子って初めて見ますよね。でも、怖がらないでいいですよ、何もしませんから。」
そう言われたところで乗客のパニックは収まるはずもない。そんなことはわかった上で言ったのだ。
「運転手さん、地面に降ろしても動いちゃだめですよ。もし、動いたら・・・」
グシャリッ!美由紀は笑顔のままでダンプカーを握り潰して見せた。一瞬で荷台はグシャグシャになり、握った手から出ていた運転席は上から押し付けられた親指に
ペシャンコに潰されてしまった。一部始終を目撃していた乗客たちの悲鳴や絶叫が一層大きくなった。
「こうなりますからね。」
美由紀が手を開くと、全く原形をとどめていないダンプカー、というより鉄の塊が落下していく。運転手はまるでキツツキのように首を必死に上下に動かしていた。
車から降りていた人達が蜘蛛の子を散らすように逃げていくのが見える。ちょっとやり過ぎちゃったかな?でも、いろんなストレスが溜まってたからちょっといたずら
したくなっちゃっただけだから。ごめんね、こびとさん。
バスを足元に降ろした美由紀は、そのまままっすぐ歩きはじめた。少なくとも歩いている側は車は全く無いので速度は驚くほど速くなっていた。
一度立ち止まって、3cm四方の案内標識を引き剥がして自分が向かう方角を確認する。しばらく歩くと、見覚えのある景色が見えてきた。もう少し先に学校があるはずだった。

真菜は登校してからすぐに職員室に行って、今朝あったことを担任の女教師に話し、研究所に連絡してもらっていた。
「出ないわね。」
何回か電話をしてみたが、一向に繋がらないのだ。真菜はだんだん不安になってきたが、放課後に一緒に研究所に行ってみましょうと言う教師の言葉に従い、
教室に戻ることにした。
一時限目の授業が始まろうかという時だった。何か校舎が揺れる感じがした。
「地震?」誰かの声がする。真菜も何となく揺れを感じている。しかも、何か・・・リズミカルな、地響き?まさか・・・
やがてそれがだんだんと大きくなっていき、ズシン、ズシンと重厚に響き始めていた。
真菜は校庭側の窓に駆け寄って大きく身を乗り出してみた。だが何も見えない。その時だった。校舎の後ろから大きな影がヌゥッと現れ校庭を覆い尽くした。
「誰も出てないみたい。よかった。」
聞き覚えのある声が上空から聞こえた。他のクラスメートは男女関係なく教室の隅で固まっている。しかし、真菜だけはその場から動こうとしなかった。
「やっぱり美由紀?」
ズッシ〜〜〜ィィンッ!
真菜が独語した瞬間、巨大なものが校舎の上から現れ、校庭の真ん中に着地した。巨大な肌色の物体、間違いなく美由紀の足だ!続いてもう片足も盛大な地響きを伴って着地した。
窓枠にしがみつきながら、唖然というか呆れた表情で頭上を見上げる真菜の視線の先には、身体をこちらに向き直している超高層ビル級の親友の姿があった。
「あ、真菜ちゃん!よかった〜!」
真菜が教室の窓際にいたのを目ざとく見つけると、美由紀はしゃがみながら足首ほどの高さしかない校舎に片手を添えた。
「お願い、乗って。」
「乗ってじゃないでしょ?なにその馬鹿でかさっ!」
「仕方が無かったの・・・でさ、真菜ちゃんにちょっと手伝って欲しくて。お願い・・・」
仕方ない無いなぁ、という顔で巨大な掌に飛び移ろうとした真菜に、陽子が慌てて駆け寄ってくる。
「ま、真菜ちゃん?大丈夫なの?こんな巨人、真菜ちゃんだって・・・」
「何言ってんの?あんた、クラスメートの顔忘れちゃったの?」
真菜は笑いながら掌に飛び移ると、そのまま急上昇していった。陽子が恐る恐る外を見ると、2本の途方も無く巨大な脚が上空に聳え、見覚えのあるスカートに少し汚れたブラウス。
そして顔は?残念ながらドンッ!と突き出た2つの爆乳に遮られて見えない。でも、これって・・・
陽子がもうひとりのクラスメートの名前を口に出そうとした瞬間、巨人とその掌に乗せられた真菜の姿は突然掻き消えていった。

「それで?あたしに何をしろっていうのかな?」
グロイツ帝国の帝都から少し離れた場所で、相変わらず超巨大なままの美由紀の掌の上で真菜は今までのいきさつを聞いた上で聞いてみた。
「だから・・・一緒にいて欲しいなって・・・」
「あんたね〜、こっちじゃ誰も逆らえないくらいの超弩級女神様なのよっ!なに不安になってんのっ!」
「そうじゃなくてね、ちょっとグロイツ帝国がどうなっちゃったか見て来て欲しいとも思って・・・」
「そんなの美由紀が小さくなって見に行けばいいでしょ?」
「だって・・・どんだけ潰しちゃったか、わかんないんだもん。」
巨大な親友が涙目になりかけた時、「わかったわよ」と偵察役を引き受けるしかなかった真菜だった。

帝都はというと、突然消え去った女神がまた突然現れて大混乱に拍車がかかっていた。皇帝は宮殿と共に消滅させられた事実を女神に伝え慈悲を請うべきだと言う者、
いや、ここは何とか逃げ出すのが先決だと言う者、国の責任は民の責任、であれば素直に罰を受けようと開き直る者と様々だった。
だが、女神はその場に座り込むと掌を目の前に翳し、何やら独り言を言いだし始めたのだ。あっけにとられる住民たち。
「いや、掌の上に何かいるぞ!」
誰かが叫んだが、目を凝らしてみてもよくわからない。結局その答えは女神がもう一度立ち上がって街の前まで来た時にようやくわかった。
女神は街の前でしゃがむと掌から何かを降ろした。人?人には違いなさそうだがあまりにも小さい。いや、それは目の錯覚で実際は自分達より遥かに巨大な女性だと分かったのは
降ろされた女性が街に入って来た時だった。

「しかしまあ、どういうパワーなんだか・・・」
ブツブツ呟きながら真菜は美由紀が寝そべっていた跡地を街の中心に向かって歩いていた。地表から軽く自分の身長の5倍以上は地盤を押し潰しているだろうか。
すり鉢状の谷底の中の至る所に建物が張り付き赤黒い染みが点在していた。終着点は地表からなだらかに降りている斜面である。
「まったく!何この爆乳の跡!まるで山ねっ!」
真菜は呆れた顔で振り返ると、街の外で正座して待っている美由紀に大声で叫んだ。
「ねぇっ!上に上げてくれるっ?」
ちょっと頑張ればよじ登れるが、呆れかえってそんな気が全く起きない。
美由紀の片手がぬぅっと伸びてきた。街のこびとたちはそれだけで全身が硬直してしまう。それが女神が作り上げた広大な谷底を歩いていた巨人を軽く摘まむと、街の中に
ゆっくりと降ろした。
足元に広がる街並み、降ろされた拍子にいくつかの建物を踏み潰してしまったが、真菜はようやく自分が巨人である実感を得ることができた。
「ほらっ!こびとたちっ!ウロウロしてると踏み潰すわよっ!」
街中に現れた巨人がズンズンと建物を踏み潰しながら街の中央部に歩いていく。あの女神様より遥かに小さいのにこの破壊力なのだ。自分達が、女神はおろかこの巨人の女にさえ
太刀打ちできないことを思い知らされた。

巨大なクレーターの端から中を覗くと、斜面上にほとんど原形を留めていない建物たちが散らばり、中央部は完全に消滅していた。宮殿があったらしいが跡かたも無い。
「これで生き残れてたら奇跡よね。」
真菜は逃げ回っている何人かの兵士を摘まみ上げ、詰問してみた。
「この国の皇帝はどうなったか知ってる?」
兵士たちが顔を見合わせる。代表して1名が恐る恐るという感じで前に進み出た。
「こ、皇帝、陛下、は、最後まで、宮殿に残って、いたと・・・聞いて、おります。」
「ふーん、で、その取り巻きは?」
「だ、大臣や、親衛隊、で、しょう、か?」
「そう」
「全員、皇帝陛下と、運命を、共にした・・・と」
「証拠は?」
「あ、ありません・・・」
兵士はそこで押し黙ってしまった。
「ふーん、じゃあこの街を全部潰すしかないわね。」
独り言とも思える巨人のこの発言で、掌に乗せられた兵士のみならず足元から少し離れた場所で固唾を飲んで成り行きを見守っていた民衆も凍りついた。
「い・・・いや、それだけは。。。」
「そう言ってもね、女神様の気が済まないと思うんだよね。」
真菜は身体ごと美由紀の方向に向き直った。そこに座っているだけで圧倒的な威圧感を誇る女神の巨体が、彼らの視界いっぱいに広がる。
「め、女神様には絶対の服従を誓約いたします。ですから、何卒・・・」
「じゃあ、もし、皇帝が生きていたらどうするのかな?」
「も、もちろん、捕まえて女神様にお引き渡しします。ですから・・・」
既に哀願モード全開になっている。だが、本気でそう思っているのだろう。2万倍の大巨人に天罰を下されると思えば、少々の忠誠心など吹き飛んでしまう。
「わかったわ。女神様にとりなしてあげる。それとあなた、少し偉そうな兵士みたいね。ちょっと付き合いなさい。」
真菜はこの兵士を残して他の兵士を足元に転がり落として美由紀の方に戻っていった。

「ねえ、本当に兵士の人っているの?」
真菜を掌に乗せ、思い切り目の前に近づけてみるが、真菜の掌の上にこびとが乗っているなど認識できない。
兵士の方も恐ろしく巨大な瞳がギョロギョロと動き、瞬きがバサッ!バサッ!と突風となって襲いかかって来るのを必死に耐えていた。
「じゃあ、皇帝はこの街の中にいたのね。」
真菜から兵士とのやり取りを聞いた美由紀は、ホッと胸を撫で下ろした。もし、皇帝が他の場所に移動していたと聞いたら、また酷いことをしなければならないかも知れなかったし、
皇帝があの宮殿にいたのであれば、ほぼ間違いなく生きていることは無いと思ったからだ。
「そう言うことになるわね。で?どうするの?この街潰すの?」
「そ・・・そんなこと・・・するわけ無いでしょっ!もう充分過ぎるほど潰しちゃったんだから・・・」
「じゃあ決まりね、帰りましょ。それとあなた、魔獣の研究施設の場所って知ってる?」
真菜は今度は掌の上で震えている兵士に話しかけた。
「は、はい・・・」
「じゃあ、案内して。そこで解放してあげるわ。」
真菜の合図で美由紀は立ち上がると、帝都をゆっくりと見下ろした。自分が作り上げた大破壊の爪痕がはっきりと見える。この光景を忘れてはいけないと思っていた。

帰途、兵士から聞き出した魔獣の研究施設をひと踏みで消滅させてから兵士を解放し、美由紀は真菜を掌に乗せたままパルメア王国へ戻っていった。
国境の山脈を越えた時点で真菜を降ろして縮小する。背後には巨大化した時に座った跡が広大な谷として広がっていた。
「こうやってみると私のお尻って・・・」
「超でっかいよね〜!」
真菜が笑いながらからかう。
「もう・・・」
だが、美由紀の顔には全く笑みがなかった。まだ心配事がふたつもあるのだ。笑顔になれるはずが無い。はやる心を抑えて、足元に気をつけながらシュナイダーへ急いでいた。

城の北側にはパルメア国王の他、ドルグランド方面から帰還したパルメランド公とクリスも顔を揃えていた。夜のうちにドルグランド方面のグロイツ兵が一気に撤退したという
報を受け、偵察隊を残して戻ってきたところだった。
国王はまず何よりもとの大きさで戻ってきた美由紀の姿を見て安堵していた。最悪の事態は回避できたらしい。そして、美由紀に対して朗報である。と前置きして話を始めた。
「ビッケンバーグは、峠を越し快方に向かっております。まだ意識は戻りませんが数日中には戻るでしょう。」
それを聞いた美由紀の瞳からは溢れる涙が止まらなかった。
よかった。もう、これでパルメアに来られなくなっても安心できる。美由紀は今までのことを全て3人のこびとに話し、後を託す旨を伝えた。
だが、国王からは意外な答えが返ってきた。
「なりませぬ。美由紀様の行いが全て正しいこととは申しませんが、今や美由紀様や真菜様はこの世界には無くてはならぬお人。私が納得しても他の者が納得しませんぞ!」
「でも・・・罪の無い人たちまで・・・」
「左様、ですから美由紀様にはお残りいただき罪を償っていただかなければなりません。皇帝無きグロイツ帝国を一体誰が統治出来ると思うのですかな?」
「へ?あ・た・し?む、む、無理ですっ!そんなのっ!」
「実際に統治に当たる者はこの世界の人間として、その者が第二の皇帝にならないためにも、グロイツ帝国が分裂し、内戦を起こさないためにも、女神様のご威光が
しばらくの間は必要なのです。」
「そうだね〜、美由紀にはこの世界を変えちゃった責任があるもんね〜。」
クリスを掌に乗せてちょっかいを出しながら真菜が口を挟んだ。
「むぅ〜・・・」
唸ったっきり美由紀は黙り込んでしまった。私はまだこの世界に来ていいのかな?でも、グロイツの人達はどう思うんだろう?いつの日か許してくれるのかな?
私は両親を失った事故の相手のダンプカーの運転手を怨んでいる。だから、ダンプカーは嫌いだし、元の世界でも無意識にダンプカーを選んで握り潰したんだ。
グロイツの人達は?私がのうのうと近くを歩いていても平気でいられる?ううん、そんなことは絶対にない。絶対に許してくれるはずが・・・
『皆そうです。絶対に許せないものもあるのは事実として受け止め、少しでも前進するしかないでしょう。』
頭の中で誰かが囁く。アレックスの声?そんな感じの声だけど、たぶん自分の内なる声のような気がする。
美由紀はもう一度一同を見渡してみた。美由紀以外の全員がにこにこ笑っている。アレックスが気がついていたら同じように笑うのかな?私に頼ってくれたり、
私が頼れる人がこんなにいるんなら・・・そう思ったら少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
「わかりました。でも、私たちには元の世界の生活も大切です。こちらに来るのは今まで通りか、もっと間隔が開いてしまうかもしれません。」
「それで結構。もう少しの間、我が世界の行く末を見守ってください。」
美由紀の心は決まった。もう少しこの世界に関わっていこう。真菜を見ると、笑顔で頷いていた。

少なくとも主無きグロイツ帝国が内部分裂するとややこしいことになる。そう考えた国王とパルメランド公の考えに従って、美由紀と真菜は再度グロイツ帝国に行くことになった。
美由紀は渋々だったが仕方が無い、自分がまいた種なのだ。一応その後にはパルメランド公とクリスが率いるパルメア軍が続いているので、それが到着するまでの間、
跳ねっ返りを牽制してくれればいい。ということで承諾したのだ。それにドルグランド方面からはドルグランド軍も入るという話だった。
距離が長いので美由紀はまた100倍に巨大化することにした。グロイツ人は街に引きこもっているはずなので、街や村に気をつけさえすれば少なくとも踏み潰す心配はなかったのだ。
「しかしでっかいよねぇ!あたしもありんこみたいなもんでしょ?」
美由紀の掌に揺られながら、真菜がゆっさゆっさ揺れる爆乳を見つめている。
「もう、気が散るから黙ってて!もうひとりも踏み潰したくないんだから・・・」
かなり慎重に足元を気にしながら歩いているが、それでも10分もしないうちに帝都の近くまで着いてしまった。
「真菜ちゃん、あれ、何だろう?」
街とも森とも違う感じのものがゆっくりと帝都に移動しているように見えた。近づいてみるがやはり何だかわからない。片手で掬える広さのものなのでそうしようとも思ったが、
まずは真菜に見てもらうことにして、その模様の前に真菜を降ろした。

帝都が女神と称する巨人の襲撃を受けるという報を聞いてドルグランド方面から急ぎ帰還した総勢25万のグロイツ軍は、驚くほどの早さで帝国内に戻り、帝都へと急いでいた。
だが、偵察によって帝都の陥落を知ると、巨人とその後方から襲ってくるであろうパルメア軍に対峙するために近隣に待機中だった50万もの軍を糾合して75万の大兵力になり、
帝都奪還のために南下しているところだった。
この膨大な数が相手では、パルメアとドルグランドの兵力を合わせた程度では対抗しようがない。どうしても女神の力が必要だった。パルメア国王の読みは正鵠を得ていたのである。
グロイツ軍の司令官の中には、パルメア軍を敗走させた後の政治的野心が旺盛なものが沢山存在したので、場合によっては国が分裂することは避けられなくなる可能性が高かった。
しかし、この時点では彼等はまだ同一の集団で、パルメア軍を撃退するという共通の目的のために指揮権を分割していた訳で、そういう意味では危険な奴らのほとんどはまだ
分散していなかったのである。
帝都まであと10kmあまりの地点で、彼等は異変に気が付き始めた。遥か遠くから近づいてくる大きな影。それは少し先の山の向こうにくっきりと映し出されるにつれ、
兵士たちに動揺が広がっていった。
「あ・・・あれが・・・女神!?」
すでに山の上に膝から上が丸見えの途方も無く巨大で途方も無くグラマラスな女性、いや、女の子という表現の方が正しいかもしれない。
そんな巨人がこちらに向かって歩いてくるのだ。しかも、一歩進むたびにその姿はどんどんと大きくなっていき、大地を大きく揺さぶる。
ついには山を軽く跨ぎ越し、着地の衝撃で森の木々が数十本単位で根元の土砂ごと吹き飛ばされていく。そんな光景を激震の中で見せつけられていたのだ。
「ば・・・ばけもの・・・」
「そ、んな・・・勝てるはず・・・」
溜息と驚きと諦めの呟きが交錯する中、巨人はすっとしゃがんだかと思うと、彼らの集団の目前に恐らく全員乗ってもまだ余りあるほど広大な掌が降ろされた。
そこから小さな女性、といってもこの大巨人と比較してであって、自分たちから見れば首が痛くなるほど見上げなければならないほど巨大な女性が降り立った。

真菜は少し驚いていた。上空から見ていた模様の正体がこびとの集団だと分かったからだ。しかも、1万や2万どころではない。見渡す限りこびとで溢れかえっていた。
背後の美由紀の足と交互に見比べてみる。こんなに大量のこびとでさえ、ひと踏みで楽に踏み潰せそうなほどのサイズに思わず苦笑いしてしまった。
ドルグランド王国にここまでの大兵力は存在しないことはクリスに聞いていたので、グロイツ軍の残兵であることは容易に想像できた。
「美由紀〜!これ、グロイツ兵みたいよ〜!100万くらいいそうなんだけど、どうする〜?」
真菜が足元から叫んでいるのを聞いて、美由紀は一瞬耳を疑った。
ひ、ひゃくまん???このちっちゃな模様が全部こびとなの?密集しているからだろうが、美由紀から見ればせいぜい10cm四方の小さな模様でしかない。
「どうするって言っても・・・降参してもらわないと・・・」
そこまで言いかけたが、閃いたことがあって指をグロイツ兵の集団の近くに突き立てた。それをズズッとなぞっていき、75万の大軍の回りに帝都に作ったものと同じ溝を作り上げる。
「これで、逃げられないですよね。降参する気があるならこの谷に武器を全部捨ててください。後でパルメア軍が来ますから降参してくださいね。」
そう言うと、真菜をひょいっと摘まみ上げ、わざとらしくグロイツ軍の塊を跨ぎ越していった。

「ほっといていいの?」
真菜はちょっと不満そうな顔で美由紀に尋ねた。
「うん、溝掘っとけば逃げられないし、あとはパルメランド公たちに任せても大丈夫でしょ?」
確かに幅300m深さ300mの溝というか谷をそう簡単に越えられるわけ無いか。それに指先であんなことをして見せた精神的なダメージもあることだし。
そんなことを思っていた真菜だが、すぐに帝都の中に降ろされていた。
真菜は帝都から100名ほどの兵士と100頭ほどの馬を溝の外に出して、足元の全員に命令した。
「いいこと、これからグロイツ帝国全土に帝都は女神様に無条件降伏したことをふれ回って来なさい。もし、抵抗する者がいれば女神様がひと踏みで潰しちゃうことも忘れずにね。」
命令を受けた小さな兵士たちが真菜の足元から散り散りになっていった。上空では最後の一言が気に入らなかった美由紀がふくれっ面で見下ろしているが敢えて無視。
「とりあえずこれでオッケーかな。じゃあ、一回戻ろうか。」
ふたりはパルメア王国へ引き返していった。もちろん、行き違いでやってくるパルメア軍を踏み潰すわけにはいかないので、美由紀も元の大きさに戻ってからではあるが。
こうして、何日かをこちらの世界で過ごし、学校の校庭に戻った時は既に夜遅くになっていた。

その後、グロイツ帝国と国境を接していたもう一つの国、ウィルヘルム王国を含めた三国によって共同統治が行われ、真菜の発案による民主共和政体への移行も検討され始めていた。
それがどういう結果になるかはわからないが、グロイツ帝国の人民にとっては、軍事独裁から人民主権へと移行することで抑圧から解放されるとも取れるわけである。
当初は、グロイツ帝国に滅亡させられた南方の3ヶ国を復活させようかという動きもあったが、滅亡からの年月が長く、後継者も絶えていたことから、広大な領土はそのまま保全し、
原則として民衆に自治を委ね、北方3ヶ国とふたりの女神がその後見役となることで領土争いを起こさせない方向に進んでいた。
ともあれ、圧倒的なふたりの女神の存在も手伝って、ごく短期間に政体の劇的な変化が行われようとしていた。
また、大地の女神が踏み潰したパルメア王国との国境から帝都を通り、さらに南の海岸線までの国土の東側約四分の一を「女神直轄領」として許可された人間以外の立ち入りを禁止した。
これは、美由紀と真菜のために足元を気にしないで歩ける場所を作りたいというパルメア国王の発案によるものだった。
最後にアレックスだが、順調に回復し、クリスらと共にパルメア国王の補佐をしている。ただ、最初に美由紀と面会した時は、美由紀がずっと泣き続けて会話にならなかったという。

5月末、初夏の日差しが差し始める頃、教室の中で美由紀はノートを広げて何か書いては消しゴムで消して頭を抱えていた。中間テストは終わったはずなのだが何をしているんだろう?
「ふあぁ〜、どうしよう。。。」
「何?どうしたの?」
あれからも毎日ではないがたまにパルメアに行っては土木作業全般を手伝っているというか主導している真菜は、ついに身長2mの大台を超えていた。
「国王様にさ、グロイツの新しい国名を考えて欲しいって頼まれちゃって・・・真菜ちゃん、何かいい名前ない?」
同様に順調に大きくなり、196cmになっている美由紀が、すがるような眼差しを真菜に向ける。
「ミユキ共和国でよくない?」
「何・・・なんで私の名前?おかしいって!」
そこに陽子が割り込んできた。
「な〜に、またこびとの世界の話?それよりもう、次の授業始まるよっ!」
陽子には先日の騒動の件もあって、だいたいのことを話していたのだ。現実にあんなでかい美由紀を見ていた陽子も信じるしかなかったのだが、今まで誘われてもパルメアには
行っていなかった。
「うん、ねえ、陽子も今度一緒に行こうよ。」
「や〜だ!だって、どんどんおっきくなるんでしょ?トリプルタワーだけは勘弁だわ!」
陽子は笑いながら自分の席に戻っていった。
「まあ、いっか。。。で、今日はどうすんの?あたしは今日はパスね。」
陽子らしいと真菜は思いながら、美由紀に予定を尋ねてみた。
「うん、大地の日に三ヶ国の王様で会議するんで出て欲しいんだって。だから行かなきゃ。」
「ふ〜ん、女神様も大変だね〜。でもさ、ウィルヘルム王って初めて会うんじゃない?」
「うん、たぶん同じリアクションされると思う・・・」
少し憂鬱になって来た。この前ドルグランド王に会ったときも思いっきり腰を抜かされたっけ・・・
真菜も美由紀の隣の席に座る。座ってもふたりだけ他のクラスメートより頭一つ分は飛び出している。
「でも、初めて行ってから2ヶ月、パルメアだと1年以上経つんだ。早いなぁ・・・」
美由紀は何となく感慨に耽りながら、鞄から教科書を弄りだしていた。

こうして、美由紀の日常と非日常はこれからも続いていく。

【あとがきみたいなもの】
 長々と続けてきた「美由紀の・・・」もこれで一旦終幕となります。色々コメントを下さった皆さま、ありがとうございました。
 キリがいいからと思い、無理やり感もありますが、グロイツ帝国が滅亡した段階で一度終了にします。まあ、前から決めていたので。
 さて続編は・・・たぶん書きますが、長編は懲りたのでなるべく次話に引きずらないような話をちょこちょこ書きたいと思っています。

 稚拙な表現や書き足りなかった部分などあったと思いますが、どうかご勘弁を・・・

 タイトルですが、書き始めた当初はどうしようかを悩んでいたので「美由紀の・・・」にしちゃったんですが、最後になるにつれてやっぱりこれは
 「美由紀のセカイ」なんだろうなぁ、と思っています。でも今更変える気はないのでこのままにしておきます。

 これからもいろんなものをupしていきます。「唐変木=ほのぼの」では決してありませんので、悪しからず・・・もうちょっと不真面目に書きたいとも思ってるし。
 まあ、気に入らない設定のものはスルーしちゃっていただければありがたいですね。

 最後に、最後まで読んでくださった方々にお礼を申し上げます。(何人いるかわかんないけど)