※続編、というより第2部のプロローグみたいなもんです。
 設定やらなんやらは前作を引き継いでいますので、そちらを見ていただければと、はい。。。

新しい幕開け

「あのぉ・・・本当に私も出ないとダメですか?」
正座している美由紀の左手にはパルメア国王が乗っている。美由紀は何故か国王と話す時は正座になる。どうやら敬意を表してということらしいが。
「当然です。新しい国の後見役が建国式典に出席しないでどうするのです。」
「ちょ、あ、あたしも?ですか?」
後ろで立っていた真菜も美由紀の横にずっしぃんと座り込んで国王に詰め寄った。迫力は美由紀以上だが、国王は全く怯まない。
「無論、真菜様にもご出席いただきます。既におふたりの席次も決まっておりますので、何卒よしなに。」
「はぁ・・・」
ふたり揃って小さな溜息をつくと、容赦ない突風が国王に襲いかかり、危うく転落するところだった。

グロイツ帝国が滅亡してから約1年(美由紀たちの世界で約2ヶ月ちょっと)が経とうとしていた。
国境を接していた3ヶ国の献身的な治安維持と、元々の帝政が最悪に近い政治体制だったため、大きな混乱も無く新体制への移行が進められていた。
しかし、3つの王国を併呑していた旧グロイツ帝国の領土はあまりに広大であった。東西に長い国土に大小様々な300以上の都市が存在していたのである。
しかも人民主権というこの世界ではかつてない政体をいきなり実現させようというのだ。三王国の国王、重臣、そして女神と称されるふたりの巨大な少女による協議は長く続いた。
原則としては都市単位は自治に委ねるが、それだけでは小国として分裂し、割拠の原因になってしまう。よって、旧グロイツ領を4分割し、西側から3つの領土にはそれぞれの王国から
執政官を派遣して、周辺の都市を取りまとめることになった。もちろんそれぞれの分割領地内での評議会の開催、全体評議会の開催も事細かに決められていく。
また、各都市の代表者の選出方法などなど、決めなければならないことは山ほど存在していた。しかも、1地域でも100以上の都市が存在する。
それを取りまとめるためには国王並みの政治的手腕が必要になるのもまた自明である。
「で、パルメア王国の担当地域に、パルメランド公が派遣されるという訳ね。」
「そうなの・・・」
美由紀の顔は思い切り暗くなっている。しかも、アレックスから聞いた話だと女神直轄領の隣ということは格段に美由紀たちと会う確率が高まる訳で、狂喜乱舞に近い状態で
喜んでいたという。
最も東側は女神直轄領となり、原則として美由紀と真菜しか立ち入れない地域となった。ただ、美由紀は元々その場所にあった都市や村の強制移転には反対で、
希望する街のみ移転させるつもりなので、結果としてはふたりが足元を気にすることなく自由に歩き回れる範囲は相当狭くなる。
「でもさぁ、諦め悪いわね〜。他にいなかったのかな。」
それは無いだろう。性癖はともかく、パルメランド公の政治的、軍事的なセンスは他に追随する者を許さない。対抗し得る者といえば唯一パルメア国王のみである。
というのが、国内の公平な評価だ。
「まさか国王様に兼務してもらう訳にもいかないじゃん。。。もう、寝よ・・・」
そう言いながら、女神直轄領のはずれで眠りについた。

グロイツ帝国を滅ぼした一件からしばらくして、美由紀の部屋のベッドの入り口は閉ざされてしまったらしい。その代わりにいつでも望んだ時に行き来出来るようになっていた。
しかし、それで困ったのは真菜である。必ず美由紀に同行しなければこちらに来ることができない。そう、内緒でクリスに会いに来ることが出来ないのだ。
美由紀もそれは察していて、こちらの世界に来る時は必ず真菜に声をかけていたし、何故かいつも美由紀の部屋から来ることにしていた。

翌朝、美由紀と真菜はのそのそと起き出し、身支度を整える。一応レジャーシート持参で来ているので汚れることは無いし、制服は脱いで下着姿になっているので何日か滞在しても
あまり皺にはならない。長い期間滞在する時はもちろん着替えも持参である。
最近の傾向としては週末の土曜か日曜にこちらに来て、約1日滞在するという形が定着しつつあった。つまり、こちらの時間軸を基準にすると、7日間滞在して40日近く不在になる。
理由は単純、ふたりの成長速度を鈍化させるためだ。ふたつの世界を行き来するたびに大きくなっているのだから、成長速度は単純計算で七分の一になる。
それでも既に、美由紀も真菜も超がつくほど長身になっており、間違いなくツインタワーになってしまってはいたが・・・

真菜は下着姿のまま、近くの小川で顔を洗っている。美由紀は眠い目をこすりながら制服を着こんでいる。だって、誰かに見られたらどうするの?と美由紀は気にするが、
真菜は一向に気にしない。
「ふぅ、今日は海の日だから、式典が終わって帰ったら夕方くらいかな。」
式典は、直轄領の近くで行われるので、ゆっくり身支度をしても間に合う余裕があった。
本当はあと1日くらいいてもいいのだが、式典の後これといった用事も無く、元の世界では宿題というものが手ぐすねを引いて待っているので、今回は早めに帰ることにしていた。
さて、顔を洗いに行こう。と思った美由紀が立ち上がると、戻った真菜と鉢合わせだ。
「美由紀ぃ、なんだろう?これ・・・」
真菜の左掌には2頭の熊。顔を洗っていると何か動くものがいたからとりあえず捕まえてみたらしい。基本的に朝が弱い真菜は、捕まえたのはいいがそれが何かを理解するまでには
脳が至っていなかったようだ。顔洗ったくせに・・・
「熊みたいだよ。ちっちゃいし、怯えてるから魔獣にはなっていないみたいだよ。逃がしてあげたら?」
「うん、そうする。」
まだ、ぼぉっとしていたので、意外と素直な真菜であった。

ずしぃぃぃん・・・ずしぃぃん・・・
遠くから地響きが聞こえてきた。
「お出でになったらしいな。」
パルメア国王の声に一同が振り向くと、ちょうど400mほどの山の横から、ふたりの女神が姿を現した。久しぶりの制服姿かも知れない。
同じデザインの服装なので、これが女神の正装なのかと思った者も数多くいただろう。
ドルグランド王とウィルヘルム王は、一瞬だが身を強張らせる。実はこのふたり、それぞれ美由紀と初対面の時にその場で腰を抜かしてしまったという失態を演じてしまったのだ。
まぁ、目の前に突然200倍の巨人が現れれば無理も無い話だが、一国を治める主としては面目丸潰れである。不幸中の幸いは、その場にパルメア王しかいなかったということだろう。

「いっぱいいるよねぇ。」
「そうだね、絶対みんな驚いてると思う・・・」
この式典には旧グロイツ帝国の全ての都市の代表者、隣接する3ヶ国の代表者、それに希望する全ての民衆、総勢百万人以上が集まっていた。
もちろん、西寄りの代表者や住民はこのふたりの女神の姿を見るのは初めてである。それだけにパニックにならないのかな?と心配していたのだ。
少し進んだ先に、数百人が集まっている特設の舞台が見える。ふたりはその後ろ、高さ100m少々の山を切り崩した所に特設の巨大なシートが2枚敷かれている場所に、
そっと腰を降ろした。シートの端にはそれぞれアレックスとクリスの姿がある。
「っていうかさ、こんなおっきなの、がんばって作ったの?言えば持ってきてあげたのに・・・」
真菜は少々呆れながらクリスを掌の乗せる。
「なんか、私たちの力を借りないで準備したかったんだって。」
そう答えながらアレックスを掌に乗せながら美由紀が答えた。
「左様です。お思いのこともおありかと思いますが、3国王の思いをお汲みいただけますか。」
「まったく、式典とかこういう準備とか、非効率的なのよね〜。でも、いいわ。それで国王様の気がすむなら。」
クリスの言葉に真菜は渋々ながら同意した。まあ、毒が少々入っているが大人の対応ではある。
「真菜ちゃんもクリスの言うことはちゃんと聞くんだね。」
美由紀は手のひらを眼前に上げ、アレックスにそっと囁きかけた。

式典が始まった。まずはここに至った経緯を簡潔にパルメア国王が説明する。
この世界は電気的な設備は存在しないが、拡声器の性能は優秀でかなり広範囲まで声を届けることができる。
また、約300m先には扇形に配置された伝達担当が、演者が話した内容をそのまま同時通訳のような形で後方へ伝える。さらに300m先にも同様に配置を何段か繰り返し、
場合によっては数分遅れではあるが、演者の話が末端の者まで伝わるような形を初めて採っていた。要は、伝言ゲームのようなものである。
次に各地域を治める執政官の紹介。
パルメランド公の順番の時は、時折振り向いて見せる仕草に美由紀とアレックスはあえて気付かないふりをしながらも困惑していた。
次いで、後見役となる三国王とふたりの女神の紹介。美由紀と真菜が紹介された時、群衆のどよめきは最高潮に達した。ひょっとしたら、このふたりの姿を見せつけて、
旧グロイツ帝国の残党を牽制する狙いもあったかもしれない。

そして、新国名の発表である。パルメア国王が演台に立ち、周囲を見渡す。と、突然振り向いた。
「新たなる国、新たなる出発にふさわしい国名は、大地の女神様であらせられる美由紀様より発表していただきます。」
場内割れんばかりの拍手と歓声である。舞台上の全員が後ろを向き、立ち上がって拍手している。
「へ?わ、わたし?な・・・なんで?」
狐につままれたような顔の美由紀に、アレックスが声をかける。
「皆、美由紀様が大地の女神様と認めているようです。さあ、皆に向かって新しき国の名を・・・」
「アレックス!?」
真菜は『し〜らない』という顔をして、クリスを膝の上に移動させて拍手している。ダメだ、逃げてる・・・
『もうっ!』心の中でそう発して、美由紀は急に立ち上がった。拍手と歓声が大きなどよめきに変わる。それはそうだろう、身長400m近い巨人が急に立ち上がったのだ。
どよめきとざわめきと歓声が交錯する中で、「こほんっ!」大きな咳払いが響くと、今までの喧騒が嘘のような静寂に取って代わった。
「私は大地の女神と呼ばれています。」
彼らの200倍の巨躯から発せられる声は、拡声器を全く必要としないほどに澄んだ音色で響き渡る。
「ですが、私はそのように大それたものではありません。」
自らを否定する発言に戸惑う群衆のそれは、所々で大きなどよめきとなって現れる。女神の演説はそんなものを無視して続けられていく。
「私は、パルメア王国を守るために力を尽くしました。しかし、私の大き過ぎる力は、パルメア国王のお話された通り、グロイツ帝国を滅ぼす結果になってしまいました。」
愛する人を守るための力を、復讐のために使ってしまったことは、いくら戦争とはいえ紛れもない事実なのだ。美由紀はそう思っている。
「私の力は、グロイツ帝国の方々にとっては脅威そのものでしかなかったと思います。私のせいで命を落としてしまった何の罪も無い人たちにはお詫びのしようもありません。」
女神の謝罪?群衆のどよめきはさらに大きくなる。絶対者が謝罪するなんて今まではあり得ないことだった。動揺が大きく広まっていく。
「しかし、軍事独裁政治を放置することはできません。例えば魔獣の研究。罪も無い動物を魔獣にして何の意味があるのでしょうか。二度とこのようなことを起させない為に、
北の3王国の方々と話し合い、住民の皆さんによる統治を目指すことにしようと決めました。今日がその新しい形の第一歩です。」
群衆の動揺が歓声に変わる。軍人や政府高官はともかく、市井の人々は今までの独裁政治にはうんざりしていたのだということが形となって現れる。
「人が人を統治する。その中では色々な不安や不満が出てくると思います。それを皆さんの知恵でひとつずつ解決していければいいと思っています。
それを、執政官の方や私たち後見役がそのお手伝いをしていく。まずはそこから始めたいと思っています。そして・・・」
ここで美由紀は一拍置いた。何回か女神らしい演説を繰り返しているうちにツボを掴んだような仕草だ。
「皆さんの力によるこの国の変化に、本当の意味での女神様のご加護がありますようにと、フレイヤ国と命名いたします。」
フレイヤとは、異説もあるが北欧神話の地母神の名前である。真菜が図書館で色々と漁っているうちに見つけた名前だ。
美由紀は最初、「大地の女神が国名になるってこと?」と反対したが、名前の響きと3国王の賛成で結局多数決に従った訳である。
まあ、こっちには北欧神話なんか関係ないと思うことにして渋々了承したのだ。
場内の大歓声は最高潮に達した。その中で美由紀は席(というか山)に座って、「ふぅ」と小さな溜息をつく。安堵と、なんかどんどん女神様になって行く。本当にいいのかな?
という気持ちが入り混じった複雑な思いがそこには込められていた。

その後、式典は滞りなく終了し、美由紀と真菜はそれぞれアレックスとクリスを連れて、レジャーシートの場所まで戻っていた。
「つっかれたぁ・・・」
ずっどぉ〜んっ!
アレックスを真菜に渡して、美由紀はその場に身体を投げ出し、近くの山が地滑りを起こすほどの振動を巻き起こす。
「はいはい、おつかれぇ」
式典中全く出番が無かった真菜は、何も喋らなくて済んだためかかなりの笑顔で美由紀の前にずんっ!と座り込んだ。
「美由紀様の演説。誠に素晴らしい心のこもったお話でした。」
真菜の掌の上で、クリスが褒めたたえるのがなんかわざとらしい。
「クリスぅ、知ってたでしょ!アレックスもっ!」
寝そべったまま美由紀が特にアレックスを睨みつける。
「あ、いや、はい・・・国王様が、是非に・・・と。しかし、先にお願いしては必ず断られるのでと、その・・・ハウザーが・・・」
「な!お、お主が言ったのではないかっ!美由紀様はそういうお方だからとっ!」
思い切り罪のなすりつけ合いをしているふたりの剣士の足元が突然逆さまになった。真菜が掌をひっくり返したのだ。
「立派な守備兵長さんがふたりしてレベルが低いことするんじゃないのっ!」
数m下に差し出していた右手でふたりを受け止めて、真菜は半ば呆れながら叱りつけた。
「あはっ、真菜ちゃん、お母さんみたい。」
横になったままの美由紀がケラケラ笑っている。
「そうねぇ、男なんてみんな子供みたいなもんだもんね。でも、美由紀、本当によかったと思うよ。」
「ありがと。私の気持ちが少しでも伝わってればいいんだけどね。」

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引っ越し

ある日、美由紀はとある街の外に座っていた。掌にはアレックスとこの街の代表者が数名乗っている。
「では、こちらの希望はこのまま残りたいと。」
「は、はい・・・しかし、女神様のご意向に逆らう訳には参りません。ただ今転居の準備をしていますので・・・」
「それはダメですっ!」
掌の上で平伏したままの代表に向かって、美由紀が一喝する。
「私の意向など関係ありません。街の総意としてこの場所に留まりたいというのであればそうしなさい。直ちに転居の準備は止めること!いいですね」
全ての街が自分の意向に従うというのは絶対におかしい。そう感じた美由紀自身がこうして街の本音を聞き出すために、100近くある街や村のひとつひとつを訪ね歩いていた。

「転居希望と残留希望が半々ですなぁ。しかも、残留希望が点在しているので全て希望通りだとおふたりが自由に移動できる場所がかなり少なくなりますな。」
「でも、私の都合で引っ越しさせるなんて・・・絶対ダメですっ!」
パルメア国王発案の女神直轄地案だが、当の本人がここまで頑なだと・・・アレックスも小さく溜息をついた。
何か妙案は無いものか。地図を改めて見ると一部分だけ偏りがある場所を発見した。グロイツ帝国滅亡の際に唯一踏み潰された街の周辺は、ほとんど転居希望だったのである。
恐らく直接の破壊行為を見てしまったからだろう。その中で4つの街だけが残留希望として小さな点になっている。これだけでも少し移動出来れば、何とか当初予定の三分の一の
領地を確保することができる。
「という訳で、この4つだけでも転居を促すことはできませんか?」
「でも・・・」
「美由紀様や真菜様がこちらに滞在される間、窮屈な思いをされるのを少しでも緩和したいのです。」
「別に、私は・・・」
もう一手、何かないか?アレックスはもう一度地図を見つめ直す。あった!これだっ!
「それに、東側に旧グロイツ軍の軍港が残っています。軍は再編成したとはいえ、これだけの設備、自治に委ねる訳には参りますまい。」
軍港の街の住民は転居希望だが、設備はそのままである。これを含めた地域を直轄領にする必要があるとアレックスは説いたのである。
「わかったわよ。明日話してみる。。。今日はもう、寝よ・・・」
アレックスはペンダントに入って美由紀の胸元に乗せられた。これなら例え美由紀が寝返りを打っても、命に関わることはほとんどない。
美由紀は、自分のしていることと独裁と何が違うのかと自問しながら、アレックスはそんな美由紀の心情を慮りながらも、山のように巨大な胸とその下から響く大きな鼓動に
ドキドキしながら、いつしか眠りについていた。

翌朝、件の4つの街をひとつずつ回った。美由紀の想像通り二つ返事で移転を承諾する街の代表者たち。せめてもの償いにと転居に際して希望があればと聞いてみると、
ひとつの街の代表から意外な答えが返って来た。
「はい?い、いま・・・なんと?」
「あ、いえ・・・無理にとは申しません。聞かなかったことにしていただけでば・・・」
代表者は恐縮しきりである。女神様に条件とは何たることを言ってしまったのだという思いの反面、いくら女神様でもそんなことは出来ないだろうが、
これで我が街を気にかけてくださるだろうという少々下心的な思いもあった。
「いえ、それがお望みなら叶えられるよう努力いたします。」
だが、美由紀の回答に、今度は代表者とアレックスが青ざめる。
「ほ・・・本気で?」
「もちろんです。わたしの都合で転居していただくのですから。」
美由紀はきっぱりと言い放った。
この街の転居はおよそ40日後、転居先は直轄領の先の既に転居希望を出している街の跡地と定め、美由紀は一度元の世界に戻ることにした。

美由紀と真菜は、転居先の街の前に立っていた。美由紀の手には何故か15cm四方(この世界だと30m四方)のアクリル板が2枚。表面は滑り止めのためすりガラス風に加工している。
そして、真菜の掌にはアレックスとクリスが乗っている。
「本当に上手くいくの?」
確かに以前、美由紀が巨大化した時は身に着けていたペンダントも大きくなった。つまり、このアクリル板を持って巨大化すれば・・・という発想だ。
100倍まで巨大化すればアクリル板は3km四方にもなる。直径2kmほどの円形の城壁都市であれば丸ごと乗せられる広さだ。
「だめだったら・・・他の方法考えて!」
困った時の真菜頼みの癖は未だに治っていないようだ。それでも、精神的にもかなり強くなったと真菜は感じている。
「そうねぇ、試しにやってみようよ。こっちは壊れちゃってもいい方なんだしさ。」
「うん。」
美由紀が目を瞑ってしばらくすると、3人の視線は一気に上を向いた。これで10倍。足元には人形のような真菜とその隣に、美由紀から見て1m四方に縮んだ街が見下ろせる。
みんな小さくなっちゃった・・・違う、自分が大きくなったんだよね。
ずっしぃぃぃんっ!
街から一歩下がっただけで、真菜もよろけるほどの地響きが沸き起こる。もう一歩くらい下がっておこう。作業する時は座らなきゃならないし。

「じゃあ、いくよ。」
次の瞬間には美由紀の身体がさらに大きく膨れ上がった。アレックスもクリスも初めて見る自分たちの2万倍もの巨大な女神。真菜でさえ指先で摘まんでしまえるほどの巨大さ。
恐ろしく巨大な足の踵の先にあったはずの小山は、踵の下に消え去っていた。
膝を曲げた美由紀の巨大な膝が降臨してくる。本人にとってはゆっくりなのだろうが、特にふたりの守備兵長から見れば物凄いスピードだ。本当にそっと膝をついたつもりでも、
その周りの地面を数百mも押し上げたことが桁外れの破壊力であることを物語っている。
手に持っていたアクリル板も3km四方に巨大化していた。ここまでは思惑通りだ。
膝の間に街を挟んで座った状態で、それを街の先にグサッ!と突き刺す。先端を緩やかな刃状にカットしているので実にあっさりと地面を切り裂き、数百mほど地中に押し込まれた。
両側面にも同様に切り込みを入れる。真菜でさえ唖然とする光景。アレックスとクリスはどんな思いなんだろう。
「ねぇ、アレックス。」
「は・・・はい・・・」
「今の美由紀だったら、乳首だけであたしの身長くらいあるわよ。今度乗っけてもらったら?」
半分冗談、半分本気の顔つき。以前よじ登った美由紀の胸を思い出し、アレックスは返答に窮してしまう。
「真菜ちゃんっ!聞こえてるわよっ!」
顔を真っ赤にした美由紀が、真上から見下ろしていた。

最後に残った街の手前側にアクリル板を差し込み、そのまま手前に移動させる。大量の土砂が一気に押し流されあっという間に街の手前に深さ500m以上ある窪みを作り上げた。
「なんか巨大ブルドーザーって感じね。」
全く出番の無い真菜は、軽い毒を吐きまくりだ。
「真剣なんだから!茶化さないのっ!」
「はいはい」
美由紀はアクリル板を横にして、窪みの最下層から街に向かって差し込んでいく。簡単にすりガラス状の板が地中を進み、街全体を少し押し上げるのに時間はかからなかった。
「真菜ちゃん、街の被害は?」
「う〜ん、何軒か崩れてるかなぁ。でも、合格点じゃないの?」
「わかった。じゃあ、上げるね。」
切り込みの内側に真菜が移動すると、美由紀の手の動きに呼応して街全体がゆっくりと上昇を始めた。アレックスとクリスはもちろん、ある程度予想していた真菜も驚きを隠せない。
街を丸ごと移動させるなんて・・・しかし、現にそれをやってのけているのだ。まったくこの子は・・・真菜はそう思わざるを得なかった。
左手が差し込まれる高さで一旦止めて、街全体を左手の上に乗せる。掌サイズの街・・・美由紀の胸中は少々複雑だ。改めてグロイツ帝国を滅亡させた時の恐ろしい自分を思い出す。
美由紀は一度頭を振った。違う、今度はこの力をこの世界の人たちのために公平に使わなくてはならないのだ。
そう自分に言い聞かせると、街の上空に右手を添え、ゆっくりと立ち上がった。

真菜たち3人の眼前には眼下に広がる街並みと、そこに乗せただけで恐らく全てを押し潰してしまうであろう巨大な胸の壁が広がっていた。
「はぁ・・・やっぱ凄いわっ!」
思わず自分の胸と見比べる真菜。アスリートには巨大過ぎる胸は邪魔以外の何物でもないが、あまりに無さ過ぎるのもなぁ・・・
「動くね〜」
上空から美由紀の声が轟くと、ゆっくりと移動を始めた。以前、城を移動させた時に、胸で一部を破壊してしまった教訓で、街を持つ手はゆっさゆっさ揺れる胸からは少し離している。
もし、ここに巨大な胸が当たったら・・・恐らくバランスを崩して街は木端微塵。しかも真菜たちまで落としてしまうかもしれない。それは絶対に避けなければならなかった。
移転元の街まで約500kmの距離を美由紀はたったの十数秒で移動してしまった。美由紀にとっては25mの距離である。充分過ぎるほど足元に気をつけていても本当にあっという間だ。
ただ、左手に乗せた街が風圧でバラバラになってしまうので、右手で覆って風よけにすることは忘れていなかった。

遥か彼方を歩いてくる恐ろしく巨大な女神の姿を仰ぎ見て、予め街から100kmほど離れるように言われていた住民たちの顔には、驚きと恐怖とが入り混じっていた。
街の少し先にある山は標高800mほどあるというのに、途方も無く巨大な女神の足と比べるとちょっとした盛り土にしか見えない。女神様が足をほんの少し上げただけで跨ぎ越す。
いや、気付かずに踏み潰してしまうのではないかと思えるほどに小さかった。
その女神様の左手には小さな街が乗せられている。小さな街?違う、自分たちの街とほぼ同じ大きさの街ではないか。それを片手で・・・
「なんと大それたことを言ってしまったんだ。私は・・・私は・・・」
頭を抱えて震えていたのは、女神に街ごと移転させて欲しいと願い出た代表者その人である。まさか本当に・・・彼は美由紀がグロイツ帝国を蹂躙した時、家に籠って震えていたので、
そのあまりの巨大さは人づてに聞いていただけだったのだ。
彼らの目の前と錯覚してしまうほどの彼方では、超巨大な女神は手に持っていたもう一枚の薄い白っぽい板の上に自分たちの街を乗せ、持って来た街と入れ替えていた。
そして今度は、自分たちの街を掌に乗せ、また南の方へと歩き去って行った。

美由紀は街の入れ替えを終えて、周りに作った凸凹を指先で綺麗に均すと、ようやく元の大きさに戻った。街の中を覗き込んで破損状況を確認する。
「何個か壊しちゃったけど、許してくれるかな?」
「大丈夫じゃない?それよりきっとみんな腰抜かしてると思うけど。アレックス、クリス、ちょっと中見て来てよ。」
隣に立っていた真菜が掌のふたりを街の中にそっと降ろした。
完全倒壊が5軒ほど、半壊が20軒ほど、街の中にいくつかの亀裂がありその部分が倒壊したようだ。
「しかし、少々の工事で済むはずです。ほぼ元通りのままですので。」
アレックスの報告に、美由紀はようやく顔をほころばせた。

翌日、美由紀の掌の上で街の代表が平伏していた。
「あ、ありがとうございました。それに、無礼なお願いをしてしまいまして、申し訳次第もございませんっ!」
そりゃ、あんな光景を見せられたのだ。平身低頭するのも仕方が無い。
「い、いいですよ。それより、何軒か壊れてしまったようです。修繕の方はお願いしてもいいですか?」
「は、はいっ!もちろんでございますっ!そ・・・それと、私どもは女神様に対し奉り、絶対の服従を誓約いたしますっ!」
「だっ、だめですよっ!そんなの!皆さんの街なんだからこれからのことは皆さんで決めて、いい街にしてくれなければ・・・」
美由紀も少々困惑気味である。彼が恐れおののいているのもわかる。というか、そんなに大きな私っておっかないの?そんなことを感じながら、続々と街に入る住民の列を眺めていた。

結局、同じことをあと3回繰り返すことになった。移転をお願いした他の3つの街すべてが、『そんなことが可能なら、今まで通りの街並みで生活したい』という圧倒的多数の意見を、
美由紀が全て認めたからだ。
だが、作業の度に壮絶な光景が住民たちの前で繰り広げられたのは言うまでも無い。
真菜曰く、「でもさ、美由紀のバカでかさをみんなに見せつけられたんだから、直轄領に忍び込もうなんて気を起こすおバカさんは出てこないでしょ?」
いや、それでも忍び込んで来そうなおバカさんがひとりだけいそうな気がするのだが・・・それはまたの機会に