おとめごころ

久しぶりのショッピングである。
パルメア世界の色々なゴタゴタも徐々に片付き、こちらでも中間テストという悪魔のイベントを何とか乗り切ってホッと一息ついた美由紀を真菜が買い物に誘ったのだ。
「でもさ、私たちって・・・」
「目立つよね!」
パルメア世界と行き来しているうちに、ついに2mの大台を超えてしまった美由紀と真菜の姿は、繁華街の雑踏の中でも完全に頭ひとつ以上抜きん出ていた。
190cmを超えた頃から身長を測っていないので正確にはわからないが、間違いなく大台は超えているだろう。
まだ、真菜の方が少し高いのが救いと言えば救いである。が、美由紀だけがパルメア世界へ行く場合もあるのでそのうち・・・

ドスン。お腹に何か当たった気がした。驚いて下を見るが巨大な胸に遮られてよく見えない。
「あ、す・・・すみませんっ!」
見ると胸まで届くかどうかという身長の女の子だ。驚いたような怯えたような顔から羨ましそうな顔に変わっていった。身長は、150cmに届かないくらいだろうか。
「あ、だ、大丈夫ですから。」
美由紀もしどろもどろの返事を返す。でも、本当に大丈夫なのだ。どうも身体も強くなっている気がする。
女の子はもう一度ペコリとお辞儀をして走り去っていった。可愛い感じの女の子、中学生かひょっとしたら同じ学年かもしれない。つい何ヶ月か前は私もあんな感じだったのかな?
それが今では・・・電車に乗れば思い切り屈まないと入れない。ドアの高さなど肩とほとんど変わらない。ということは180cmの人は美由紀の肩に届くか届かないかということ。。。
それに、天井にも簡単に手を突くことができる。頭が閊えるのも時間の問題のような気がする。
「どうしたの?ちっちゃいまんまの方がよかった?」
しばらく女の子の後ろ姿を目で追っていた美由紀に、真菜が声をかけた。
「ううん。あのくらいの頃って、本当に大きくなりたいって思ってたから、あの子もそうなのかな?って」
「ふ〜ん。」
真菜がスタスタと歩き出したので、美由紀も慌てて後を追う。
ちっちゃい時はちっちゃいなりの良さがあったんだよね。今はいい面もあるけどやっぱり不便な面もあるんだって思う。どっちがよかったのかな?
でも、ひとつだけよかったって思うのは、アレックスに出会えたこと。だから、そのために大きくなっていっても後悔はしないって決めたんだもんね。
美由紀がそんなことを思っているうちに、目的の店に到着した。

「こんにちは〜」
とあるトールサイズショップ。真菜が入って来たのを見て、店員の女性が振り向いた。
「あら、真菜ちゃん。いらっしゃい・・・ってか、また伸びた?」
彼女も175cmの長身だが、真菜と比べるとまるで大人と子供の差だ。並ぶと彼女の目の前には真菜の胸元が広がる格好になった。
「いや、たぶん・・・それより、今日はこの前話した友達の服、探しに来たんだけど。」
真菜の後ろから現れた美由紀の姿に、店員さんも目を丸くしてしまう。目の前には巨大な胸の深い谷間が現れた。
トールサイズの店なので、中にいた客の女性たちも皆背が高い。それでも、このふたりは異様な雰囲気を醸し出すほど巨大だった。
「こ、こんにちは・・・ほんと、おっきいのね・・・」
真菜とほとんど変わらない背丈の、体形的には普通だが胸だけがドン!と大きな、まだ童顔といった感じの女の子を見て、長身の女性を見なれているはずのこの店員さんでさえ
言葉が見つからないという感じだ。
「こんにちは、すみません。今日はよろしくお願いします」
美由紀が大きな身体をペコリと折り曲げた。

「そうね、美由紀ちゃんは身長の割に可愛らしい顔立ちだから、意外と可愛いデザインの服でもいけるかもね」
そう言って勧めてくれたのが、春らしい装いの花柄のワンピース。身体が大きいから逆に花柄は小さい方がいいとも言ってくれた。
あとは縁どりにフリルをあしらったキャミソールかカットソー。薄手のニットソーのカーディガンを組み合わせてもいいとか、スカートは花柄のフレアミニが可愛いなど、
親身に相談に乗ってくれた。
「目移りしちゃいますね。でも、身長があっても可愛い服着れるってわかって、嬉しいです。」
「美由紀ちゃんはね。真菜ちゃんは顔つきがちょっと違うから可愛い服は、ね。」
「フン!わかってますよ、そんくらい!どうせSMクラブの女王様にスカウトされるくらいですから!」
と、ちょっとふくれっ面の真菜。内心はたまには可愛い服が着たい気もするけど、絶対といえるほど似合わないのだから仕方がないことは自覚している。
いくつか選んで試着・・・着丈も幅も一番大きなものを合わせてみる・・・が、入らない。スカートはともかく上が、そう、原因はその胸元だ!
「参ったわね。美由紀ちゃんのバストって凄く大きいのよね・・・あと、やっぱり背が高過ぎてスカートがマイクロミニになっちゃう、というかアンバランス。」
「はぁ」がっくりと肩を落とす美由紀。いくらなんでも大きくなり過ぎたのかなぁ。でも、まだ大きくなると思うし・・・
「じゃあ注文にする?時間はかかるけど同じデザインでサイズに合わせて作れるし、今日は採寸だけすればいいいから。」
「はい!そうします!」
店員さんが言い終わる前に、美由紀は即答していた。

出来あがったら家に送ってもらうことにして、ふたりはトールサイズショップを後にした。
「しかし、トップが140cmね〜・・・何カップったっけ?」
真菜が横でゆっさゆっさと揺れている美由紀の胸元を軽く見下ろしている。すれ違う人にとっては、ほとんどが目の前で巨大な山がブンブンと唸っているようなもので、
男女関係なくほとんどの人の視線を釘づけにしていた。
「でも、アンダーだって95もあったじゃん!そんなにおっきく・・・あ、ごめん・・・」
「いいわよ。でも、アンダーが同じでトップがこれだけ違うとねぇ・・・わかってはいるけど・・・」
今度はいつも美由紀がお世話になっているランジェリーショップへ。とても市販などされていない特大の下着を注文で作ってくれるお店だ。
今回は真菜の採寸。たぶん置いてある下着でサイズは足りるはずだが、今までスポーツブラだけで適当に通して来た真菜にとっては初めての体験でもある。
「あら、美由紀ちゃん。いらっしゃい。また成長しちゃった?エクササイズしてる?さぼってるとホントに垂れてきちゃうわよ!」
いきなり視界の外からのマシンガントーク!このお店のオーナーさんだ。身長は150cmそこそこしかないので、正面に立たれると爆乳に遮られて姿が見えない。
「こんにちは。今日は私じゃなくて・・・」
「お友達の採寸でしょ?待ってたわよ。こちらがそのお友達?まぁ、大きいのねぇ!今時の女の子ってみんなこんなに大きいの?」
「いや、私たちが特別なだけで・・・」
「そうなの。いやだわ、早とちりして・・・」
マシンガントークはまだまだ続く。真菜も呆れ顔でオーナーさんを見下ろしている。でも、最初に来るとみんなこんな顔するんだよなぁ・・・

「そうよね。スポーツする時はスポーツブラで、それ以外はちゃんと身体に会った物の方がいいと思うの。よいしょっ!これなら測れるわね。はい、背筋伸ばして!」
試着室の上から真菜の頭が見え隠れしている。どうやらオーナーさんは台に乗って採寸しているらしい。そうだろうなぁ、私の時もそうだったもん。しかも喋りはそのまま・・・
美由紀がクスッと思い出し笑いをした時、真菜の嬉しそうな声が中から聞こえてきた。
「うそ・・・あたし、そんなにあるんですか?ほんとに!?」
「そうよ〜、トップが108あるからBかしらね。Cでも物によっては大丈夫だけど、フィット感が大事だからBをお勧めするわ。ちょっと待っててね」
オーナーさんが出てきて、店の中から何種類かの下着を試着室の持ち込んでいった。
「あなたは美由紀ちゃんと違って顔立ちも大人っぽいから、こういう下着の方が男心をくすぐるのよ。」
あの、オーナーさん?私たちこれでもまだ高1なんですけど・・・外で聞いていた美由紀は少し赤面してしまった。
結局真菜は3セットをお買い上げ。それ以外にも特にブラの付け方からケアの方法とか、結局延々1時間近くのトークを聞いてようやく解放された。

「お互いの知ってる店が意外と近くてよかったね〜。」
「そうだね〜!でも、あのオーナーさん、強烈だわ!口では絶対勝てないよね。」
「でも、親身になってくれるし。それに私も、服の収穫があったことがうれしいっ!」
「あたしも!」
ふたりとも大きな収穫があった買い物だったので、ご満悦の様子である。歩いている時や電車の中の好奇の視線など、もう気にならなくなっていた。

美由紀は直轄領に敷いてあるブルーシートの上に立っていた。最近では移動場所はここ、と決めてあるのだ。
今日は真菜とは別行動。バレーボールの試合があって一緒に行けないということだった。
「そう言えば、真菜ちゃん。先輩にちゃんと断ってくれたかな・・・」
元々帰宅部だった美由紀は、大きくなるにつれて当然のことのように各運動部からの争奪合戦の渦中に放り込まれた。並みの運動神経でどちらかというと文化部向きの美由紀だったが、
運動部にとっては身長それ自体が武器になる。一番熱心だったのが真菜が在籍しているバレー部で、熱心に勧誘されていたのだが・・・
「バレー部は真菜ちゃんひとりで充分だもんね。私まで入ったら・・・」
ネット前に聳えるツインタワーを想像してみた。ひょっとしたらそれだけで相手チームの人が戦意をなくすかもしれないと思うと気の毒だと思う。
一生懸命練習してたのに、ただ大きいだけの決して上手くない子に負けるなんて悔しいだろうな。そんな想いが、運動部に入ることを躊躇わせていた。
それより今日はこっちにいるんだから学校のことは忘れよう。そう思うことにした。しかも、出来あがった春服の初お披露目である。こっちの世界では初めて着るワンピース。
唯一の心配ごとだった天気も快晴だ。もし雨だったら巨大化して雨雲を吹き飛ばしてやろうと、美由紀は半分以上本気で考えていたほどだ。
「アレックス、このワンピ褒めてくれるかなぁ・・・」
直轄領を出るまでは誰もいないはず、と思ったのか軽快なスキップでいつもよりちょっと大きめの被害を出しながら、美由紀はパルメア領シュナイダーへと向かっていた。

「女神様が参りました!」
城壁上の兵士が叫ぶ。パルメア領に入ったところでいつもの足取りに戻って歩いてくる美由紀の姿が見張りの兵士の目に入っていた。
「なんとお美しい・・・」
身体全体を包み込む薄いベージュの暖かな感じのするワンピース。全面に小さな花柄で、美由紀の可愛らしい顔立ちを際立たせている。
足元はほとんどソールのないウェッジサンダルで、これで帽子でも被っていれば完全に春スタイルという感じである。
この世界にも似たようなデザインの女性服は存在するが、今までの美由紀は動きやすい服装か制服ばかりだったので、逆に兵士の目には新鮮に映っていた。
「しかし困ったぞ・・・どうする?」
感嘆とは裏腹に顔を曇らせる何人かの兵士。特にアレックスが後見役補佐となってから守備兵長に昇格した男の顔色は蒼白に近い。何故なら、アレックスは不在なのである。
実は、国王から急な呼び出しがあり、シュナイダー領に戻るのは早くても今夜と聞いていたのだ。
一方の美由紀はそんなことも知らずに、アレックスに自分の服装を見て欲しいという思いからか、シュナイダーの街が視界に入るとゆっくりと進んでいた。

美由紀は城壁上で小さい身体をさらに縮こませている兵士たちを少々不機嫌そうに見下ろしていた。
「そうですか、アレックスは不在ですか。。。」
思いっきり拍子抜けした台詞と一緒に、ズズンッ!とその場に座り込む。
「でも、国王様のご命令では仕方ありませんね。」
守備兵長をはじめとした一同がさらに深く頭を下げたのが見て取れた。
「別にあなたたちのせいじゃないですから、気にしないでください。」
そうは言われても、その言い方がちょっと怖いんです。と彼等は思ったが決して口には出せない。見上げれば、先ほど感じた可憐さは微塵も失ってはいないが、
どこか憮然とした表情で街を眺めている女神の姿が見える。
「何か、私にお手伝いできること。残ってますか?」
女神の質問に、やっと守備兵長が口を開いた。
「い、いえ。それに、そのように綺麗なお召し物を汚す訳には参りません。本日はこちらでごゆるりとされ、明日またお越しいただければと・・・」
「まあ、お上手ですね。そう言っていただけると嬉しいです。あの、この服、似合ってますか?」
「はい。よくお似合いでございます。かくも可憐な女神様のお姿。我ら一同、見とれてしまいました。」
意外と口が達者なようである。守備兵長が恐る恐る顔を上げると、女神の表情が少し綻んだように見え、彼はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
美由紀にしてみればアレックスにこういうことを言って欲しかったのだが、不在であれば仕方がない。少々の時間をここで過ごし、早々に直轄領に戻っていった。

アレックスが戻ったのは夜も遅くなってからだった。守備兵長から女神様の来訪を告げられ「しまった」という顔をしたが、国王からの命令に遅滞があってはならない。
翌日は国王からの親書を携えてパルメランド公の元へ赴かなければならないのだから、尚更気が重い。
とりあえず明日は美由紀様の来訪を待って、一緒にパルメランド公のところに行っていただこうと決めて、疲れからかそのまま寝入ってしまった。

ずしぃん・・・ずしぃぃんっ!・・・
地響きで目を覚ました。まずい!いつのまにか寝入ってしまった。大慌てである。しかも、外から美由紀様の声が・・・
「アレックスはまだ戻らないのですか?何かあったのでしょうか?」
頼む!上手く誤魔化してくれっ!恐らく美由紀様の応対をしているであろう後任の守備兵長に心の中で哀願しながらモサモサと身支度を整える。
慌てて兵舎を飛び出すと、そこには・・・壁?いや、美由紀様の指だ。機械仕掛けのようにぎくしゃくしながら首が上を向いていく。そこには、笑顔の中にちょっと頬を膨らませている
女神様が、身体を城内に乗り出して見下ろしていた。
「おはよう。お寝坊さん!」
いつの間にか背後に降りていた親指と目の前の人差し指の間に挟まれ、アレックスの身体は宙空に持ち去られていた。
あいつ・・・普通に寝てるって言ったのか?はぁ・・・もう少し気が利く奴だと思ったのに・・・

「そ、その・・・申し訳ありません。つい、寝過してしまい・・・」
アレックスは広大な掌の上で正座している。膝あてと脛あてがちょっと食いこんで痛い。
「いいですよ。昨日は遅かったと聞きました。ご苦労様でした。」
美由紀は、昨夜国王に見立てた倒木を3本ほど指先で粉々にして憂さ晴らしをしたことなどおくびにも出さない。女神直轄領のいいところは、こういう些細なストレス解消が
こびとにばれないということなのだろう。
「それが・・・実は国王からの親書をパルメランド公に届けるように仰せつかりまして。」
「パルメランド公に?ですか。。。」
少し美由紀の声のトーンが下がる。パルメランド公の横恋棒は国内では知らないものがいないほど有名な話になっている。
「申し訳ありません。ですが、これも仕事でして・・・その、時間もありませんので、そろそろ・・・」
「そ、そうですね。仕事だもんね。」
そう答えてからひと呼吸置いて、美由紀はアレックスを乗せた手をゆっくりと下腹部のあたりまで降ろした。
「あの・・・アレックス。これ、どうかな?」
アレックスに見せるために着て来たのだから、もちろん今日もワンピースである。やっぱりアレックスにじっくり見て欲しいと思っていたのだ。
「これ?とは?」
地雷踏んだ・・・アレックス以外の誰もがそう思った。女神様が服装を見て欲しいと思ってわざわざ手を降ろしたというのに、鈍感にも限度がある!兵士たちは皆そう思ったのだ。
案の定、美由紀は不機嫌そうにワンピースを指さして、
「こ・れ!」
だが、次に発したアレックスの天然発言に、美由紀は真っ赤になり、美由紀とアレックス以外の全員はその場で凍りついた。
「あの・・・いつもながらに大きくお美しい胸ではありますが・・・」
「もういい!」
美由紀は馬を1頭摘まんでアレックスの横に置くと、何も言わずに立ち上がり、南へと歩き出した。
シュナイダーの街の全員は、心臓をバクバクさせながらその「乙女の怒り」オーラを放った女神の後ろ姿を見送るのだった。

そりゃあさ、指さしたとこは確かに胸よ。でも、そういうことを聞いてるんじゃないってどうしてわかんないかなぁ。もう!体育会系ってみんなそうなの?
美由紀は視界の片隅にアレックスの存在を確認しながら歩くが、それ以上は目を向けようとしない。それどころか、女神直轄領に入った途端、10倍に巨大化してしまった。
アレックスの方は、風よけの右手に覆われながらズンズン歩く美由紀が何故怒っているのか、皆目分かっていないようだった。
結局、何も声をかけることができず、あっという間に直轄領の西の端に到着してしまう。そこで左手が地面に降ろされ、さらに押し付けられた。
「私はここで待ってるから。さっさとパルメランド公の所に行って来て!」
何か口にしようものなら、逆に数倍の言葉で逆襲されそうな表情に、アレックスは少々ビビりながら馬と一緒に降り立った。
「では、行って参ります。」
そうは言ってみたが返事は無い。仕方なくアレックスはさらに西に向かって馬を走らせた。
背後から聞こえた「ばか」の声に、果たして自分は何をしでかしたのかと、真剣に悩みながらパルメランド公の居住している街へとさらに馬を急がせるのだった。

結局帰りも無言のまま、シュナイダー領に戻り、美由紀は直轄領に戻っていった。いつもだったら親書の中身は?とか聞いてくるはずなのに・・・いまだに機嫌が悪い。
一体何をしたって言うんだ?こうなると男も逆切れモードに入ってしまう。何も言わなければわからないじゃないか・・・と
アレックスもその辺は普通の男と変わりは無く、嫌がる新守備兵長と数人の兵士を連れて飲みに行くことにした。

「う〜む、わからん!美由紀様は何をあんなにお怒りなのだ?」
よっぽどストレスだったのだろう。まだたいして飲んでもいないのに、アレックスはクダ巻きモード全開だ!そこに新守備兵長が恐る恐るといった感じで尋ねてみた。
「ビッケンバーグ様?ひょっとして、何が原因かわかっていないのですか?」
「んあ?お主にはわかるというのか?」
ダメだ、本当にわかってない。守備兵長も兵士たちも呆れ顔である。
「女神様の今日のお召し物、気付かなかったのですか?」
「お召し物?そんなのいつものとおりお美しかったではないか。だいたい胸を指さして「これ」とか言われても答えに困るっ!」
彼等は、何故この敬愛する上官があまり女性に縁が無かったのか、理解した気がした。余りにも無頓着過ぎるのだ。髪型が変わっても服装が変わっても気付かないタイプ。
場合によっては、女性に「自分には興味がないんだ」と思わせてしまうタイプ。ここは、この領地の平和のためにもひと肌脱ぐしかない。
何故なら、今日の地響きはいつもよりも破壊力が大きく、家の壁のひび割れ修理などがいつもの倍以上多かったのだ。これ以上女神様の機嫌を損ねたら・・・
「そのお召し物です。何かいつもと違うとは思いませんでしたか?」
「いつもと???ん?」
アルコールで鈍化していたアレックスの脳が高速回転を始める。目にもとまらぬ早さで今までの美由紀様の姿が浮かんでは消え・・・そういえば、あんなに可愛らしい服装は・・・
そう思った途端、両手でドン!とテーブルを叩き、脱兎のごとく駆け出していた。
「勘定は後で払うっ!」そう言い残して。
残された部下たちは、ようやく気付いてくれた上官の検討を祈って乾杯しつつも、今度はその上官を肴に酒盛りを再開するのだった。

アレックスは馬を南に走らせていた。なるほど彼等の言うとおり、自分は美由紀様の服装にまで気が回らなかった。だからといってあんなに怒らなくてもよいではないか。
しかし、美由紀様を不快にさせた事実はお詫びせねば!とまあこんな調子で考えていた。
「しかし、まだ直轄領にも入れんのか・・・」
普段は美由紀に連れられて行き来していたので全く気にならなかったが、自力で馬を飛ばしても直轄領との境である旧国境線の山脈までまだどのくらいあるのか見当もつかない。
改めて美由紀や真菜の巨大さを思い知ってしまう。
「いや、それでも行かねばならんのだ!何故だかわからんが、そんな気がするのだ!」
アレックスは自分自身と馬を叱咤しながら、夜道をひたすら南へと走り続けていた。

「アレックスの、バカっ!」
バキッ!
「鈍感っ!」
ボキッ!
「とーへんぼくっ!」
グシャッ!え?唐変木が潰されちゃった?いや、それはそれで本望なんですが・・・作者のことでは無かったようで・・・
昨夜の国王に対する憂さ晴らしの実に10倍を超える倒木が、こびとが薪として使うにはちょうどいいサイズ、いやそれより小さく粉砕されて山積みになり、
その横には、小石のような岩がさらに砕かれて小さな砂山?を形成していた。
いっそ廃墟となった街に行って暴れようかとも思ったが、真菜ほど直線的な行動は出来ないし、いくら廃墟とはいえ街だし、と思い直してささやかなストレス解消をしていたのだ。
こびとから見たら、どこがささやかだ?と突っ込みたくなるような迫力ではあったが・・・
「もう、明日帰ろうかなぁ・・・」
このままだと、折角買った服にまで八つ当たりしそう。そんなことしたら、一緒にコーディネートしてくれたショップのお姉さんにも申し訳ないし。
だったら一度帰ってリフレッシュした方がいいかな?と思っていたのだ。
「ふぅ・・・」
膝を抱えてブルーシートの上に座ってしばらくのあいだ考え事をしていた。ひとりだと滅入る方向に考えがちになるようで、こういう時に真菜が一緒に来てくれていたらと思う。
でも、真菜ちゃんだったら、アレックスを八つ裂きにしちゃうかもしれないな。そこまで行かなくても半殺しくらいか。でも、私も簡単に半殺しに出来るんだよね。
っていうか、こんなに大きさが違うのによく付き合ってくれてるよなぁ、アレックス。それはたまに思う美由紀の不安でもあった。

何となく、そう、何となくだが美由紀は国境線までもう一度行ってみることにした。何も言わないでプイッと戻ってしまったのだから、アレックスが追いかけてくる気がしたのだ。
結果から言えば、新守備兵長と兵士たちの殊勲賞である。今回は自分から美由紀の許に行く気が無かったアレックスを、その気にさせたのだから。
国境線の山脈の抉れている部分を通り過ぎると、もうパルメア領に入る。抉った張本人が見ても、凄く大きな山が綺麗にカットされているのは圧巻だ。自分がこれ以上大きくなると
簡単にこんなことが出来てしまうかと思うと少し身震いがする。
こびとではたぶんこの先の谷を越えられないだろうから、元の世界から持って来た懐中電灯をつけてここからはゆっくりと進むことにする。
それでも美由紀の足では谷まではすぐそこの距離だった。

アレックスは谷を上流に迂回し、一度山中に入っていた。そこで馬が通れる水深の場所を探して川を渡り谷の向こう側に抜けるのだ。
何とか谷を越え、森の中から平坦な場所に出ようとした時に、アレックスはリズミカルな地響きが近づいてくることに気がついた。
美由紀様だ。でも、何故・・・ひょっとして自分が追いかけてくると思って?だとしたら部下に感謝しなくてはならないだろう。たかが服のことでとは思うが部下の気づかいは有難い。
地響きがだんだん大きくなり、馬が立ち止まってしまった。仕方ないか。少し止まって様子を見よう。そう思った時だった。
ズッシィィィンッッッ!!!
何と、目の前に美由紀の足が踏み下ろされたのだ!爆風で木々が倒れ、馬が嘶く!アレックス自身は馬から振り落とされ、したたかに腰を打ちつけながらも近くの木の幹にしがみ付いて
必死に耐えた。
今まで何度か至近距離にあの巨大な足が降ろされたことは何度かある。だが、今回のは桁外れの威力だっ!いったい何故?答えはすぐに浮かんできた。
今までは、かならず足元にいる者の存在に気を配られていた。しかし、今は・・・恐らく足元を気にしてはいまい。それがどういう結果を生むか。まさに眼前で展開されている
光景そのものではないか。
無意識に膝が震え、幹にしがみつく両腕に力が入る。あの足が降ろされた場所がもう少しずれていたら・・・アレックスは震えが止まらなかった。
その間にも、美由紀様は歩を進められている。少し先で地響きが聞こえたかと思うと、目の前に壁となって聳えていた巨大な足が靴裏に貼りついた土砂や粉々になった木々を
ばら撒きながら上空へ舞い上がり、彼方へ着地した音が響いて来た。
今見つかる訳にはいかない。アレックスはそう思っていた。何故なら、こんな自分の姿を見られたら・・・情けないと笑われるのであればまだいい。ご自分に一番近い存在にさえ、
無意識に恐怖を与えてしまう強大さ。それを再認識させ、嘆き悲しませる訳にはいかないのだ!

「あれ?うま?」
小さな馬の嘶きは美由紀の耳にも微かに届いていた。今しがた通って来た場所を照らしてみる。新しい足跡の中で何かが動いていた。
しゃがんで、目を凝らしてじっと見つめると、確かに馬だ。たぶん、自分の足音に驚いてしまったんだろう。
「ごめんね・・・ん?」
走り回っている馬にそっと指を伸ばす。指先でだんだん興奮から覚めて来た馬の横腹を軽く触れ、ゆっくりと落ち着かせる。やっぱり、馬具が付いている。誰かが乗って来たのだ。
こんな夜に、こんな場所へ好き好んでやってくるのはひとりしかいない。一体何を考えてるのよ?谷を越えるなんてどうかしてる!
「アレックス?いるんでしょ?」
森の入口辺りを照らしてみるが、木々に遮られてよくわからない。でも、間違いなくいるはず。何で来たかは何となくわかるけど・・・
しばらく待っていると、中で何かが動くのが見えた。
「はい・・・」
木の間からアレックスが姿を晒した。実はまだ少し膝が震えていたが、完全に居ることがばれている以上、出ない訳にはいかなかった。
「もう!なんでこんなとこまで来てるの?踏んじゃってたらどうするつもりだったのよっ!死んじゃうでしょっ!?」
「申し訳あり・・・」
「ちょっと待ってて!馬を向こうにやってくるから。絶対動いちゃダメよ!動いたらホントに踏み潰しちゃうからねっ!」
美由紀は、懐中電灯をその場に置いて馬をひょいと摘まむと、ズシンズシンと谷の方へと歩いていった。

「で?なにしに来たのよっ!」
ブルーシートの上である。アレックスは美由紀の左手に乗せられている。来てくれたことは美由紀としては嬉しいが、余りにも鈍感過ぎるっ!
だが、口にしたのは別のことだった。
「あんなとこまでひとりで来たら危ないでしょ?勝手に谷からこっちに来ないでっ!」
確かにその通りだろう。結局、足元に誰かがいるかも知れないと思えば、自由に歩き回ることなど美由紀様には出来ない。そうなれば何のための直轄領だかわからなくなる。
「は、い。。。以降、このようなことはいたしません。」
美由紀の手の中で縮こまっているアレックスは反省しきりである。危うく愛する人を悲しませるところだったのだ。この件に関しては反省してもし切れない。
「でも、追いかけて来てくれたことは嬉しいわ。ありがとう」
「いえ、私の方こそ・・・その・・・」
「いいわよ、もう。鈍感なアレックスに気付いてもらおうと思った私がいけなかったし、それに、もう100回くらいアレックスを潰しちゃったから!」
「わ・・・私を?ですか?」
美由紀はブルーシートの端に手を降ろした。アレックスの目の前には、いい感じに砕かれた薪の山と、その横に積み上がっている石の山、恐らくは岩塊だったのだろう。
つまり手近なものを潰して憂さ晴らしをしていたと・・・そういうことか。子供っぽいというか美由紀様らしいというか・・・
「でも、鈍感な方がいいのかな?新しい守備兵長さん、女の子にモテそうだもん。よく気が付くしね。もし、アレックスがそうだったら・・・」
間違いなくアレックスに言い寄る女性を捻り潰すだろうな。そう思ったのだ。焼きもちを妬く時は女神などでは無くひとりの女の子なのだから。
そういう意味ではアレックス自身はモテない方がいいんだけど、それもちょっと寂しいものが・・・と、まあ複雑な思いではあったが。

「その、美由紀様?」
「なに?」
まだ少々不機嫌といった感じの答え方。
「お召し物・・・ですが、今は暗いので明日もう一度拝見させていただきたいと・・・」
アレックスの足元が急上昇する。巨大な瞳にじーっと見つめられた。
「あのさ、アレックス?」
「はい?」
「ストレート過ぎるんだけど・・・それにね、女の子に3日も同じ服を着ろって言うのかな?」
「え?いや・・・あの・・・その・・・」
ダメだ、自分には全くどうしていいかわからない。困った・・・
「ちょっと動かないでね。」
そう言われて、横に降ろされる。見上げれば、花柄のワンピースの裾から伸びている長い脚が急に動いて、アレックスの視線は急激に上昇していった。
「もう一回見せてあげるから、ちゃんと感想言いなさいよ!」
アレックスの横に置かれた懐中電灯に照らされて、美由紀の足が遠ざかっていく。ある程度離れたところで、クルリと振り返った。
懐中電灯の光と、月明かりでは少々薄暗いが、それでもフワリと裾がはためく程度はアレックスにもわかった。だんだん目が慣れてきて、それが春めいた色合いの、
実に可憐な服装だということもわかってきた。
アレックスは、美しいと思いながらも嘆息を漏らす。
「果たして、機嫌を直していただけたのだろうか?」
少々暗いせいで顔の表情まではわからなかったが、美由紀は少しはにかんだような嬉しそうな顔をして、アレックスのためだけに色々なポーズを取っていたのだが。

「感想は?」
美由紀は戻って腰を降ろすと、アレックスを掌に乗せ、目の前まで上げていた。
「はい。実に可憐なお召し物で、その・・・美由紀様によくお似合いでした。」
「ありがと。でも、アレックスが言うとお世辞にしか聞こえないなぁ。」
「そ・・・んな。私は思ったことを率直に申し上げたまで・・・」
「やっぱさ、アレックスは今のままでいいよ。でも、気が付いて欲しい時はアピールするから、その時くらいはちゃんと気が付いてよね!」
「は・・・あ・・・」
結局一体何だったのだ?やはり、自分には到底理解できないとアレックスは感じていた。

ワンピースを脱ぎ、下着姿で横たわった美由紀の胸の前に、アレックスを入れたペンダントがある。鎖の部分をそっと摘まんで仰向けになり、球体を軽く胸の谷間に挟んで、
美由紀は少し顔を上げた。
「そう言えばさ、朝なんか言ってたよね。相変わらず大きくて綺麗な胸だとかなんとか」
「いや・・・その、本当に申し訳・・・」
「いいんだけどさ。アレックスはエッチだからやっぱりそういう風に思うんだなぁって」
「それは、その・・・」
「で?今はどう思う?私の胸」
「相変わらずお綺麗で・・・その・・・」
大人の男にしては純粋すぎるアレックスの反応は、見ていて楽しくなる。美由紀はそれを承知で少しからかっていた。アレックスからすれば、自分の意志ではどうにも出来ない相手だから
困り果てているだけなのだが。
美由紀は、アレックスが触りたいと言えば触らせるし、脱いで欲しいと言えば脱いでも構わないと思うのだが、アレックスからはそんなことを言わないこともわかっている。
だからこうして半分からかっているのだが、アレックスはそこまでわかっているだろうか。たぶん、わかっていないだろうな。

「そう言えば、国王様からパルメランド公への親書って、何だったの?」
もう可哀想かな?そう思ったので、美由紀は話題を変えてみた。親書の内容も気がかりだったというのもある。
中を見た訳ではないのでしかとは申せませんが、と前置きしてアレックスは説明した。が、美由紀が声を出すたびにフルフルと揺れる左右の山が気になって仕方がない。
が、公私の別を人一倍弁えているアレックスである。既に公人としての顔になっていた。
「まず一点目は我らにも関係がございます。実はドルグランド、ウィルヘルム両王国から依頼がございまして、フレイヤ国内の両王国が管轄する地域に山賊が多く出没しているようで、
支援の要請が参りました。」
「山賊?」
「はい、主に旧グロイツ帝国の兵士が野に下り、野盗を働いているとのこと。ただ、規模が大きいものも存在するので、是非パルメア王国および女神様のご支援を賜りたいと。」
「パルメア王国の管轄する地域は山賊はいないの?」
「はい。美由紀様、真菜様のご威光を持ちまして。お二人の前で悪事を働こうなど、自殺行為ですから。」
はぁ、私や真菜ちゃんは、泥棒よけの番犬ですか?抑止力になってるってことだから、まあいいかな。。。少々複雑な美由紀の胸中ではある。
「もう一点は半分私的なことでございます。実は、国王様からパルメランド公へ、縁談のお話がありまして・・・」
「縁談?」
まさか、あたし・・・じゃないよね。
「ウィルヘルム王国より貴族のご令嬢をパルメランド公へとのお話が参った次第で、」
「で?で?パルメランド公は何て?」
美由紀もやっぱりゴシップは大好きなようである。頭を上げる角度が少し上がったと思うのは気のせいではないだろう。
「はあ、今のところ後添えをもらうつもりは無いと・・・」
やっぱり・・・いくらなんでも無理やり結婚させる訳には行かないもんね。そうしたら、だいいち相手の女性が可哀想。
「そっか、やっぱり結ばれるんだったら相思相愛じゃないとね。」
そこまで言って美由紀は赤面した。相思相愛?たぶん、自分とアレックスはそんな感じで、だけど・・・結ばれるって?アレックスと?どうやって???え?やばい!
変なこと想像しちゃった!ちょ、心臓がドキドキいって・・・ヤダ!アレックスにばれちゃうじゃん!恥ずかしいよ・・・
「美由紀様?どうかなさいましたか?」
「え?あ?な、なんでもないっ!そ・・・それより、ど、どうする?シュナイダーまで、送ってく?」
どうしたというのだ?急にしどろもどろになって、しかもズンズンと響く鼓動が物凄い早さになっている。しかも、顔は真っ赤だ。そういえば以前もそんな感じの時が・・・
アレックスもみるみる赤面していく。どうしたものか?しかし、こんな夜更けに送らせる訳には行かないし、美由紀様のお心が・・・えぇい!ままよ!
「いえ、本日は美由紀様とご一緒したいと思います。よろしいでしょうか。」
「わ、わかったわ。でも、今日のあ、あたし、寝ぞう悪くなりそうだから、こっち・・・ね」
アレックスを乗せたペンダントは、美由紀の胸の上を離れて、頭上に折りたたんでいたワンピースの上に乗せられた。
美由紀としては、今のところは身体に乗せるので精一杯だった。しかも胸まで。それ以上は、正直言ってアレックスを傷つけないという自信など全く無い。
それに今日は、このままだと感情が先に走り出しそうで怖かった。真菜ちゃんならどうするんだろう?漠然とそんなことを考えていた。
アレックスも、正直なところホッとしていた。いつかその日が来るかも知れないが、その時自分はどうしたらよいものか、皆目見当がついていなかったのだ。
この巨大な胸と格闘した時でさえ、ボロボロの状態だったのだ。その先は、恐らくは命がけになるのか。それに、美由紀様のお気持ちは?私の身体を気遣ってくださっているのか。
だとすれば甲斐性なしも甚だしいではないか。何と情けないことか・・・
だが、こんなことを話せる相手はクリストフしかいない。そう言えばクリストフと真菜様は?結ばれたのだろうか?かといって、バカ正直に聞く訳にもいかないし。

悶々としながらもそれでもなかなか踏ん切りがつけられないふたりに、月明かりが優しく微笑んでいる。
そして、その微笑みの中で、いつしかふたりは眠りについていた。