あくる日、学校にて・・・
美由紀は机に向かってボーッとしていた。寝不足のような状態だった。
目が覚めてからシャワーを浴びて新しい制服に着替えて登校はしてきたのだが、
頭がぼーっとした状態は抜けきらなかった。

美由紀の机の上には、1cm角に切り取った消しゴムのかけらが数個転がり、
それを指先でつまんだり転がしたりしながら、学校生活とは全く違うことを考えていた。
みんなあの光景をどう思ったんだろう。かなり怖かったかなぁ、あたし。。。
でも、あのくらいしとかないと、絶対また変なことを企む人とか出てくるし、
そもそもあたしがパルメアなんかに行っちゃったのが間違いなのかもしれないし・・・
わかんないよっ!

「み・ゆ・き!」
「へっ!?」美由紀の目の前には、いつの間にか親友の真菜が座っていた。
「どうしたの?消しゴムこんなに千切って。」真菜はひとかけら摘まみ上げて、親友の顔をじっと
見つめてみた。
「え?いや、なんでもないよ。」美由紀は慌てて残りの消しゴムをペンケースに入れて、立ちあがった。
真菜の目の前で巨大な胸がブルンッ!と揺れる。
「また大きくなった?」「え?」「ん〜、その胸元のでっかいの」
美由紀は顔を真っ赤にさせていた。
「ははーん、図星なんだ。いいなぁ、あたしなんかこんなにペッチャンコなのに」
真菜は両手を自分の胸の上から下にスッと下ろす。
「よくないよぉ・・・あたしは真菜みたいに身長があってモデルさんみたいな方がいいもん!」
「そうかなぁ、」真菜は立ち上がると、美由紀の目の前には真菜の文字通りまな板のような胸元が現れた。
「こんなにでかいと男子が怯えるんだよね〜。」身長179cmの真菜が美由紀を見下ろしていた。
入学直後からバレー部のエースアタッカー、男子のバレー部員でさえそのメガトン級のスパイクには
舌を巻いているほどだ。真菜だったら間違いなく巨大怪力女だ。と美由紀は感じていた。
「それよりさ、今日身体測定だよ。早く着替えないと。」
凸凹コンビは慌てて体操着に着替え始めた。

「どうせ身長なんか伸びてないんだから、測る必要なんかないのに・・・」
美由紀の身長は中1の時から148cmのままだった。そう、中1以来1mmも伸びていないのだ。
美由紀の番になった。「はい、乗って〜。」女性教師に促されて身長計に乗る。
「え〜っと、ひゃくごじゅうよん、かな。」「へ???」
思わず問い返してしまう。
「ほんと・・・ですか?」
「え?なんか違った?」もう1回測り直してくれたが結果は変わらなかった。
やった!伸びた。しかも6cmも!!!美由紀は踊り出したい気分だった。クラスでは一番小さかったが、
他の小柄な子とそんなに変わらないとは思っていたが、伸びているとは夢にも思っていなかったのだ。
「はい、つぎ〜。」「は〜い!」「え〜っと・・・相変わらず大きいわね〜。181.2cm」
美由紀の次が真菜の番で、常々エースアタッカーは180超えしなきゃ!と豪語していた真菜も
小躍りして喜んでいた。
「美由紀〜!仲良く大台突破だね〜!」だが次は鬼門の体重、そして最大の難関の胸囲の測定が
待っていた。
「はぁ〜・・・」がっくり肩を落とす2人。体重は2人とも微増、胸囲は美由紀が4cmも大きくなり、
逆に真菜は5mmしか変わらなかった。
「身長だけでも喜ぼう!」そう真菜に言われた美由紀だったが、胸囲96cm、恐らくトップバストは
3桁か限りなく3桁に近い数値であろう美由紀は素直に喜べなかった。

その後は体力測定である。50m走は美由紀が走る番になるとどこからともなく男子生徒が現れたが、
真菜の鬼のような目つきだけで威圧され、上級生も関係なく早々に退散させられた。
その真菜は走力もソフトボール投げも難なくトップの成績を収めていた。
そして再度体育館に戻って前屈やら何やら。さらに握力測定。
美由紀は、握力計を握る時に一瞬躊躇した。魔獣を簡単に握り潰した記憶が戻ってしまったのだ。
「まさかね。」渾身の力を込めた。
「はい、21kgね。次」
よかった。やっぱりあたしは怪力なんかじゃないんだ。ちょっとだけホッとする。でも、パルメアの
ものって普通の女子高生にとってはおもちゃにもならないくらい弱いってことなのかな?
そこで思考が遮られる。背後から上がる大歓声!
「すっごーい!真菜の握力52kg!!!」
あはは・・・真菜ちゃんがパルメアに行ったら、あたしより大変なことになっちゃう。
美由紀は思わず、真菜がこの前よりももっと大きな魔獣を簡単に握り潰す場面を想像してしまった。

身体・体力測定も終わり、女子全員が教室に戻った時のこと。
ついでに買ってきた500mlのいちご牛乳をロッカーに乗せて美由紀と真菜は着替えながら会話していた。
「でも、よかったね。身長伸びて。」
「うん、凄くうれしい。でも、あの身長計って間違ってないよね。」
「大丈夫だよ。だって他の子は中学の時と変わんなかったって言ってたよ。」
その時、後ろから誰かが後ろから美由紀の胸に手をあててきた。高校に入ってから仲良くなった陽子だ。
「お〜!あたしの手じゃ全然収まんないよ〜!ね、真菜のおっきな手だったら収まるんじゃない?」
「ちょ・・・ちょっとぉ」
バコォッ!美由紀が身体をひねった時に、たまたまそこにあったいちご牛乳が爆乳に激突して
吹っ飛ばされた。
「すっご〜い!真菜のスパイクより美由紀のおっぱいパンチの方が威力ありそう!」
未開封だったので中身は飛び出さなかったが、側面がボコッと変形したいちご牛乳を拾いながら、
陽子が笑っている。
「あのね〜、陽子だって大きいでしょ?」
「いや〜、美由紀に比べたらあたしなんか貧乳だよぉ。」
Eカップの陽子が笑いながら牛乳を美由紀の胸の横に持っていく。
「ほら、余裕で挟めそうじゃん!」
「な・・・」真っ赤になって次の句が継げなくなってしまった美由紀。真菜がすかさず援護射撃した。
「よぉこ〜!じゃあ、元々貧乳のあたしはどうなるのかなぁ?」
わざと怒った顔をして、上から陽子の顔を覗き込んだ。
「真菜のはね、き・ん・に・く」「こらぁ〜!」
真菜と名前の通り陽気で明るい陽子がじゃれあっている声が聞こえる。
壁の向こうで待たされている男子全員が耳に壁をあててそれを聞きながら、健全な男子にありがちな
妄想をしていたが、覗き込む勇気があるものは一人もいなかった。

帰りは久しぶりに真菜と一緒だった。中学時代から地元では有名な凸凹美少女コンビ。
だが、見た目も性格も全く違う2人が、何故親友と呼べるまでに仲良くなったかは、当の本人たちも
あまり自覚していなかっただろう。ただ、2人はお互いに欠くべからざる存在になっていた。
いつもはくだらない話をして車中を過ごすが、時折見せる美由紀の遠くを見つめる顔も真菜には気に
なっていて、今日はほとんど話さないうちに時間が過ぎていった。
電車で学校から2駅先で降りて、そこで2人は別れて帰る。別れ際に、真菜が言った。
「あたしに何か言いたかったんじゃない?」
「へ?なんで?」
「そんな顔してるもん。でも、いいよ。話したくなったら話してくれれば。じゃあね。」
真菜は美由紀に背を向けると、男勝りそのままに片手を軽く上げてから歩いて行った。
いずれ真菜に話すつもりだった。でも、今日は何となくそんな気になれなかった。
実は美由紀は、真菜と一緒にパルメアに行くことを妄想していた。
でも、昨日のようなことがあったら、真菜の性格だと・・・そう考えると身震いがした。
やっぱり、ちゃんと真菜が理解できるように話せるようになってからの方がいい。
そう思いながら、美由紀は家路についた。

いつものようにパルメアに着いた美由紀は、いつものように大きく背伸びをして立ちあがる。
昨日、ここまで歩いて来て自分の世界に戻った川辺。なるほど、前回自分の世界に戻った場所に
来るのは間違いないようだった。
それと、自分の強い意志で戻れることも、昨日の一件で何となくそう感じていた。
そしていつものようにシュナイダーの領地に向かって歩き出す。
ただ、あたしを見てみんな逃げ出しちゃうかな?という心配だけが前とは違っていた。
脳裏に浮かんだのは守備兵長の姿だった。
「守備兵長さんが、助けてくれるかな。。。」不安そうに溜息をついた。

村の横を通り過ぎる時、美由紀は村人達の反応を見るのが怖くて、まっすぐに前だけを向いていた。
そしてシュナイダーの城下町が見えた時、「またこの前と違う」光景に少し不安になった。
城壁の前にいくつかの小さなものがあり、その周りに大勢の人々が集まっているのが見える。
「また・・・でも、まさか。」
もし、昨日と同じことをしていたら、自分はどうすればいいのだろう?もう二度とこの世界に
来ない方がいいのだろうか?でも、自分の意志で来ないことができるの?
不安の残るまま、顔を無表情に作って美由紀は近づいて行き、コロシアム跡の手前で立ち止まる。
コロシアムを踏み潰した跡とその中に粉々になって張り付いている瓦礫はそのままの状態で残り、
前回来た時のことが嘘ではないことを物語っていた。
美由紀はそこに目を落とし、視線を城壁へと向けていった。
そこには大小様々な箱が建ち並び、城門の前にはひときわ高い、とはいっても美由紀の足首ほどの
高さの櫓のようなものが見えた。そして、その周りに沢山の人、ひと、ひと。
「ん?」美由紀の視線は一点に釘づけになった。
中央の櫓の上で、何か小さな旗がはためいている。白旗?そしてそれを振り回しているのは、
「守備兵長さん?」
「美由紀様ぁ〜!」いつにも増して大声で叫ぶ守備兵長の声が美由紀の耳に入ってきた。
「先日のご無礼、大変失礼いたしましたぁ!本日は、お詫びも兼ねて宴の場を用意しました〜!」
精いっぱいの怒声で、美由紀の耳に届くように一言ずつゆっくりとした口調で叫んでいる。
櫓の周りや、他の建物の周りの人々も美由紀に向かって大きく手を振っていた。
ヤダ、降参してきた時と同じじゃない。嫌われてなかった。。。櫓の上を見ているはずが、
ぼやけてきた。自然に涙が溢れ出して止まらない。
ズゥ〜〜ンッ!!!思わず膝から崩れ落ち、両手で顔を覆ってしまった。衝撃で、ほぼ全員が
ひっくり返る。櫓は倒壊を免れたが、守備兵長はしたたかに尻もちをついた。
美由紀も自分が何をしたのかに気付いて、下を見たがそこには驚きながらも立ちあがって手を振る
人たちや、尻をさすりながらも多分笑顔であろう守備兵長の姿があった。

スカートからどんな特大テントでも叶わないほど巨大なハンカチを出して、涙をひとしきり
ぬぐった後、美由紀はようやく守備兵長をまともに見ることが出来た。
「あ、ありがとう。。。」よかった。嫌われてなかったんだ。そう思うだけでまた目頭が熱くなる。
ところが、ふと見ると守備兵長の横にもう一人いることに気がついた。
「守備兵長さん、そちらは?あれ?どこかで見たことが・・・」
「は、はい。こちらは我がパルメア王国国王、クリストフ・フォン・パルメア一世陛下でございます。」
こ、国王???なんで王様がこんなところに?
「大地の女神様ぁ〜!」
へ?この声・・・う、うそ・・・あの時の???美由紀の顔がみるみる真っ赤に染まっていった。
「あ・あ・あなた・・・王様、だったの?」
櫓上の2人はにこにこ笑っている。な・・・何よ、あたしが何したって。この前脅かされたのを
根に持ってるわけぇ?とは思ってみたがそうでも無いようだ。でも、なんかくやしい。。。
「王様、それと、守備兵長さん。ちょっと揺れるから捕まっててくださいね。」
一瞬だけ無表情になって見下ろして、右手をゆっくりと伸ばす。高さ5cmほどの櫓を指先で摘まんで
簡単に引き抜くと、それを左の掌に降ろして目の前まで持ち上げた。
「あのまま話してたらお二人とも喉が嗄れてしまいますよ。」
櫓ごと摘まみ上げ上げられた時、一瞬2人の表情は強張ったが、眼前に現れた巨大な笑顔とその台詞で、
2人は安堵のため息をついた。
「それにしても、何故王様があの場所に?」
櫓上の2人は声を嗄らすことも無く、今までのいきさつを丁寧に美由紀に説明した。
領主の話を聞いた時は、やっぱりやりすぎちゃったか・・・と思ったが。
「それで、今日の騒ぎは何ですか?」
「美由紀様がいらっしゃるのが大地の日と聞きましてな。では、今までの感謝と先日のお詫びのために
宴を開こうとこのビッケンバーグが申したので、美由紀様の大きさならば祭りの方がよかろうと思いまして
開きましたが、気にいっていただけませんかな?」
「いや、私の方こそこの前はやりすぎちゃったと思ったんで・・・その、ごめんなさい。
それより、ビッケンバーグって・・・」
「ん?そなた、名乗って無かったのか?」
「・・・はぁ、その、いつも『守備兵長さん』と呼んでくださるので、つい名乗りそびれまして・・・」
「守備兵長さんのお名前だったんですか。そう言えば聞いてなかった。」
「はい、アレクサンデル・ビッケンバーグと申します。美由紀様」
「アレクサンデル?あっ!凄い!私の世界の古代の王様と同じ名前ですよ。アレクサンダー大王」
「えっ?め、め、滅相もありません。私は一介の兵士ですから・・・」
守備兵長は恐縮しきりである。
「まあ、良い名前なのだからよいではないか。ところで、美由紀様」
国王は何気なく話題を転じる。美由紀は国王にまで「様」付けされてちょっと恥ずかしい。
「実は、美由紀様を我が都へお招きしたいと思うのですが、いかがですかな?」
「え・・・エーッ?」ヤバッ!声が大きくなっちゃった。
美由紀が目の前の櫓を見ると、案の定国王と守備兵長が仲良く蹲って耳を塞いでいた。
「ご、ごめんなさい。でも、都なんて・・・あたし。」
「すぐという訳ではありません。ただ、一度赴いていただき、民衆に本当の美由紀様を知ってもらった方が
よいと思いましてな。」
「ちょ、ちょっと考えさせてください。」
美由紀はそう言いながらも嬉しい半面、心配も反面だった。何しろこんなに大きな身体なのだ。
都と言えばここよりも遥かに広く、建物だって相当な数に違いない。道だってたぶん足の幅よりも狭いに
違いない。そんな場所でうっかり何かを踏みつけたりしたら・・・

櫓は元の場所に戻され、主賓も祭りの開催にもったいないと言いつつも異議を唱えなかったので
祭りは盛大に開催された。
座っていたままでも見えるのだが、もっとよく見たいと思ったので美由紀はその場に
寝そべることにした。制服が少し汚れるかもしれないが、気にするほどのことではない。
祭りの注意事項はただひとつ。女神様に必要以上に近づかないこと。それだけだった。
あまり近すぎると、美由紀が身体を少しでも動かした時にその巨体の下敷きになってしまう。
魔獣やコロシアムのなれの果てを見ればそれが何を意味するかは子供でも分かる。
それ以外は、基本的に無礼講である。元々身分の隔てに関係無く祭りを楽しむ、それがこの国の祭りの
しきたりなのだから。

頬杖をついて寝そべってみると雰囲気がよくわかった。大小様々な箱は露店などで、人々が集まり
ものを買ったり談笑している。たまに美由紀の方に手を振ってくる人もいるので、美由紀も笑顔で
軽く振り返す。
櫓の周りはちょっとした広場になっていて、大勢の大人の男たちが昼間から酒を酌み交わし、
その周りでは子供達が走り回っている。女達は男達の酒の世話をしながらも、あちこちで集まって
井戸端会議。
美由紀はかなり多くの男性の視線が自分の胸元に注がれているのは感じていたが、まぁ、いいかと
気付かないふりをしていた。

視線を移すと数人の子供たちが遊んでいる。可愛いなぁと思いながら見ていると、そのうちの
一人と目が合ってしまった。ビクッ!とちょっと驚く子供の姿。そうだろうなぁ、あたしって
怪獣並み、いや、怪獣以上のでかさだもんなぁ。それは驚くって・・・
ところが、その子供は、「女神様〜!」といいながら駆け寄って来る。
ちょっ、近すぎ・・・後ろの方で見ていた母親達が慌てて止めに入ろうとするが間に合わない。
すると他の子供達も一緒になって集まってきて、危険とも思われる地帯の直前で立ち止まった。
「女神様も一緒にあそぼぉ!」
先頭の子に続いて他の子も大合唱する。さて、遊ぼうって言ってもなぁ。。。
少し困ったが、美由紀は右手を少し引いて人差し指だけを伸ばして、ゆっくりと子供たちに近づけていった。
伸ばした人差し指を子供たちの直前1cmほどの場所で静止させ、そっと地面に押しつけた。
だいたい子供たちの身長は指の太さの半分もない。これでは摘まむわけにはいかない。
摘まんでも潰さない自信はあったが、怪我をさせない自信までは無かった。
子供たちがその巨大な指先に集まってきた。え?と驚きはしたが、指は絶対に動かさない。
「すっげー!」「でっけー!」子供達が感嘆の声を上げているのがわかる。
「この指で魔獣をやっつけちゃったんだ〜!すっげ〜な〜!」
え?子供たちにまでばれてるの?は、はずかしい・・・
何人かが指によじ登ろうとしては落ちるのを見て、美由紀はそっと声をかけた。
「みんな、ちょっと離れてくれるかな。」
全員が離れたのを見て、美由紀は指先にほんの少しだけ力を加える。すると、指の周りの地面が盛り上がり、
反対に指先は半分ほど地面にめり込んでいった。
「これで登りやすくなったかな。」
その言葉で、また子供達がわらわらと集まってきた。指先をよじ登って爪の上から飛び降りてみたり、
第2関節の辺りまで登ろうとしたり遊び方は様々だった。
美由紀の方は、少々のくすぐったさを我慢しなければならなかったが・・・
ふと、指先から少し離れた場所に立っている子供を見つけた。
「あら、あなたは遊ばないの?やっぱりおねえさんの指って、怖いかなぁ。」
無理もない。こんな太い指なのだ。怯えたところで誰が責めることが出来るんだろう。
ところが、その子供の答えは全く違うものだった。
「ううん、違うの。あたし、女神様にお礼を言いたいの。」
お礼?何かしら。美由紀は吐息に気をつけながら、もう少し顔を近づけた。
「何のお礼?」少女に優しく語りかける。
「うん、魔獣に襲われた村にはおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいるの。だから、
助けてくれてありがとうって女神様に言いたかったの。」
「そう、わかったわ。じゃあ、あなたも魔獣をやっつけた指で遊んでらっしゃい。」
少女は「うん!」と返事をすると、女神様の指先に向かって駆け出していた。
女神様も悪くないなぁ。そう思いながら美由紀はしばらくの間指先で遊んでいる子供たちの姿を
眺めていた。

陽が傾いていた。こんなに長い時間いたのは初めてのことだった。子供達は母親に連れられて
家に帰り、松明が焚かれ、祭りは本格的な男達の宴会の場へと変わっていった。
美由紀もそろそろ戻ろうと思っていた。真っ暗になったら月明かりと松明だけが頼りになる。
その中で、この小さな友人と交流することは非常に危険だと感じたからだった。
そこへフラフラと守備兵長が現れた。かなり飲んでいるらしく、足元がおぼつかない。
後ろから国王も現れたが、こちらは君主たるものを心得ているのか、普通の足取りだった。
「みゆきさまぁ〜!いっぱいいかがですかぁ!?」
声の大きさは変わらないが、トーンがいささか異なっていた。
「あの、あたし、未成年ですよ。これでも一応こどもなんです。」
「なーにを、おっしゃってるんですぅ!そぉんなに大きな胸の子供なんか〜、いませんって〜」
守備兵長でなかったら、今頃指先で弾き飛ばされて城壁に張り付いているところだ。
「守備兵長さん、じゃなくて、アレクサンデルさん。酔ってるでしょ!」
ちょっと怒り気味に言ってみた。その横から国王が割って入る。
「いや、美由紀様。この者の言うとおり、美由紀様は我が国では立派な女神様。杯をお納め
いただくわけには参りますまいか。美由紀様にとってはほんの少しの量ゆえ、問題ありますまい。」
国王の合図で奥から荷車が現れた。荷台には大きな酒樽がドンと積まれている。
が、美由紀にとってはお猪口よりも小さい樽だった。
「じゃあ、1杯だけですよ。」
この程度なら大丈夫だろう。そう思って、美由紀は大樽を指先で摘まみ上げると、舐めるように
簡単に飲み干してしまった。

「やっ!なんか辛い!」今まで酒を飲んだことの無かった美由紀は、それが自分の世界のウォッカに
似た酒だとはわからず、ただ、飲んだ時の感想を素直に口にしてしまった。
「やっぱり子供ですよ。おいしいと思わないもん。でも、ごちそうさま。」
酒樽を荷車に戻しながら、美由紀は礼を言った。
少しの間、男達の酒宴を眺めていた美由紀だったが、だんだんと身体が暖かくなってきたような
感覚になってきた。
んんん・・・脱ぎたいな〜。暑いしな〜、でも男の人いっぱいだしな〜、でもこびとだし・・・
まあいっか!
このあたりから、美由紀の記憶は曖昧になっていった。

突然の大地の揺れに驚いた男達が見ると、女神が起き上がって座り込んでいた。
「め、女神様・・・」
国王が言い終わらないうちに、女神は服のボタンをはずし始めた。大きな胸元、そして色白の腹部が
月明かりに照らされて実に美しい。皆がそう思った時、全てのボタンをはずし終えた女神は、
そのまま服を脱ぎ捨ててしまった。見たことも無い形の胸あて、いや、女性用の胸あてに似ては
いるが、大きな花柄などの刺繍が施された薄ピンク色の胸あてなど見たことが無い。
胸あては肌色で胸元を目立たなくするシンプルなものと相場が決まっていたのだ。
しかもその大きさたるや桁外れである。あの胸あての片方だけで数十人が余裕で入れるのではないか
と思うほどの大きさだ。
酔い潰れている者を除いた全員がその姿に見とれていると、女神の上半身、いや、胸あてが
ゆっくりとこちらに傾いてきた。
ズッズーン!危険地帯にまで出ていた男はいなかったので直接の被害は無かったが、激震と
爆風でいくつかの小屋が倒壊し、櫓が傾き、男達はその場で跳ね上げられるかなぎ倒されてしまった。
起き上がった彼らの目の前にあったのは、巨大なピンク色の胸あてに包まれた山のような胸とその2つの
山が作り出す大渓谷だった。

美由紀はブラウスを脱ぎ捨てて上半身ブラだけになると、ゆっくりと同じ場所に寝そべった。
もちろん、胸を強調させてである。
「こびとさんに、大きな胸を見せてあげちゃう!」そんなことを考えていた。
そう、美由紀はたったあれだけの量の酒で酔っ払ってしまったのである。
男達はというと、突然の出来事に驚きながらも大歓声である。酒も入っていたので興奮の
ボルテージは一気に最高潮にまで達していた。
「あたしって〜、胸の力も凄いんですよ〜。今日もガッコでいちご牛乳を吹っ飛ばっしゃったんですぅ。」
ガッコ?いちご牛乳?なんのことかわからないが、意味も無く大歓声が上がった。
「じゃあ、みんなにも、見せてあげる〜!」
そう言うと美由紀は少しだけ上体を上げた。巨大な胸が釣鐘のようにゆらゆらと揺れる。
右手でそっと摘まんだのは、昼間も摘まんだ櫓だった。目の前まで上げて誰もいないことを確認すると、
櫓を左胸の横にそっと立てた。
「いくよぉ!せぇのぉ!」
ブンッ!巨体が大きく揺れたかと思うと左胸が櫓に直撃した。櫓はなす術も無く粉砕されると、
バラバラになった破片が周囲に飛び散った。
うぉぉ〜!男達の大歓声が響く。
「どぉ?凄いでしょ?でもね〜、あなた達がもし触ったら、同じ目に遭わせちゃうからね〜。」
何人かの男がビクゥッと背中に冷たいものが走ったはずである。
「でもぉ、触っていいのはね〜。」
美由紀は寝そべりながら男達を見下ろすと、目当ての一人目を見つけ、そこに向かって指を伸ばして
いった。

国王は立ちあがりながら頭を抱えていた。
「既に酔っているのか?しかし、あの身体では一口にもならんというのに?」
嫌な予感がした。その矢先に櫓が持ち去られ、あろうことか胸だけで粉砕してしまったのだ。
もう、唖然とするしかなかった。
「とりあえずこの場をなんとかせねば・・・ビッケンバー・・・」
そう言いかけた時にはすでに巨大な指先に挟まれていた。身体中が軋んで身動きが取れない。
どうすれば・・・すると、圧力が緩み、上の方から声が聞こえた。
「はい、国王様はここにつかまっててね。」目の前に何やらピンク色の太い帯が見えた。
足の下には巨大な刺繍の端のような足場が見えたので、そこに立って太い帯につかまった。
いや、しがみついた。と言った方が正しいだろう。何しろ帯の太さは軽く2mはあったのだ。
「ここは?」足元を見て絶句してしまった。今まで眼前に壁のように聳えていた巨大な胸あてと
同じ色柄のものが下に広がっていた。その高さたるや軽く20mはあるだろうか。少し離れた
城壁の上を軽く見下ろすような眺め。
見上げると、太い帯はなだらかな曲面に沿って上方に伸び、その上には女神の巨大な顔が
にこやかに見下ろしていた。
そう、国王は美由紀のブラのカップの最上部、ストラップと連結している部分に乗せられて
しまったのだ。
「いた。」女神が短く言うと、守備兵長も国王と同じように摘まみ上げられ、左胸の国王と同じ位置に
乗せられた。
「アレクサンデ・・・、アレックスでいいや。あなたも私の胸には興味があったみたいよねぇ〜。」
笑いながら、女神がゆっくりと上体を起こしていく。振り落とさない配慮でもしているのか
先ほどよりもかなりゆっくりとした速度で、しかし、2人にとっては風を切るような速さで
グングンと上昇していく。
「2人ともちゃんと掴ってる?これがシュナイダーの城下町よ。よく見えるでしょ?」
少し女神の口調がまともに戻って来た。2人とも命綱とも言えるピンクの帯にしがみついた状態で
振り向いてみた。
「ほぉ〜。。。」
国王の眼前には、大パノラマが広がっていた。城下町の左右に聳える山の山頂とほぼ同じ高さの
眺めなので、国王もこの山頂から地上を眺めたことはあったが、城下町全景の向こうに
薄明るく少し先の町の明かりが見える角度は初めてだった。
「いい眺めですな〜。」
「そうでしょ。」女神はにっこりと笑って短く答えた。
だが、彼らにとっては落ちたら最期、の高さである。国王は女神の機嫌を損ねないように必死だった。
一方の守備兵長はこれ以上の高さの経験はあったのだが、前は広大な掌の中央部だったのでやはり
初めて見る景色に嘆息していたし、足元の絶景は完全に酔いを覚ますには充分の恐ろしさだった。
「美由紀様〜!」
「なに?」今度は守備兵長の方に向き直る。
「な、なぜ・・・このような場所に我らを?」
女神は少し考えて、明るく言い放った。
「一度乗っけてみたかったんだ〜。でも、王様とアレックスだけだよぉ。」
守備兵長は赤面ものである。ストラップにしがみついてはいるが、柔らかで暖かい地肌にも身体が触れ、
何とも言いようのない感覚なのだ。
「でもぉ、そろそろ降ろさないとねぇ。お二人の奥様に怒られちゃう。」
掌を胸元に近づけ、国王と守備兵長を順に降ろした。
「い、いや、この者は独り身なのでよろしいですが。」
国王が肩で息をしながらもそう言ったことを、美由紀は聞き逃さなかった。
「へ?アレックスって、独身なの?」
見た目30代前半で精悍な感じの守備兵長をじっと見つめてしまう。絶対に奥さんとそして小さな
子供がいるとずっと思い込んでいたのだ。
「は、はぁ。その・・・この領地の守りで手一杯で、そこまで考える余裕は。。。」
「結構カッコいいのに。。。」
美由紀はそう言いながらも、みるみる赤面していく自分と複雑な感情を自覚していた。
ヤバイ。これ以上は、お酒も残ってるし何しでかすかわかんない。絶対ヤバイって!

美由紀は2人をそっと地上に降ろした。慌てて何人かが2人に駆け寄って来る。
「国王様、アレックス、それに町のみんな。今日は本当に楽しかった。ありがとう。」
そう言いながら、脱ぎ捨てたブラウスに袖を通すと、盛大な地響きを起こして真横に倒れ込んだ。
「眠くなっちゃった。。。あ、次の大地の日はここに戻って来るから、立ち入り禁止にしておいてね。」
倒れている男達にそう言い残して、巨大な女神の姿は夜空に吸い込まれるように消えていった。

ベッドの上で自分の姿を茫然と見ている美由紀の姿があった。
目が覚めたら、ブラウスのボタンは全部外れ、制服も下着もかなり汚れている。
そしてうろ覚えの記憶・・・
断片的に覚えてはいるのだが、赤面ものの恥ずかしさである。
それ以上に美由紀を困惑させていたのは、守備兵長が独身だったということ。
これって・・・やっぱり・・・
誰も乗っていない左手を目の高さまで上げて、美由紀は思わず一人の男の名を呟いていた。