美由紀はまずシャワーを浴びて、洗濯を始めていた。
今日は土曜日、学校も休みなので私服で過ごす。といっても、パジャマとあまり変わらないような
部屋着姿ではあるが。
昨日洗濯したブラウスなどを取りこんで、アイロン台を引っ張り出す。
そう、パルメアに制服姿で行くようになってから、一日2枚のブラウスが必要になっていたので、
買い置きのものも含めてフル回転なのだ。
ブラウスを2枚重ねて袖を伸ばしていた時だった。
「あれ?」
袖の長さが1cmほど違う。いや、入学の時にまとめて同じサイズのものを買ったのだから違っている
はずはない。
「なんでだろう?」
既にアイロン済みの他のブラウスも出してみた。1枚だけ袖が1cmほど長い。
洗濯途中の2枚のブラウスを引っ張り出してみた。やはり1枚だけ大きい。
スカートも比べてみた。洗濯中で濡れている状態と渇いている状態で違うことを差し引いても、
明らかに洗濯中の方が大きい。。。これって・・・
「パルメア?」
大きくなっている制服は、全てパルメアへ行った時に来ていたものだった。
「パルメアに行くと、大きく、なる?」
そう考えると、中学の3年間で1mmも変わらなかった身長が、急に6cmも伸びたのも説明がつく。
「まさか、そんなこと・・・」
あるはずがない、とは言えない。現にこびとの世界を行き来しているのだ。こんな鮮明で連続した夢なんて
聞いたことが無い。しかも、魔獣の返り血がブラウスに小さなシミになって残っていたのだ。
夢では説明がつかないと薄々は思っていた。
そうだ、身長測ろう。学校は休みなので行けない。でも運動部、バレー部が練習していれば真菜に
手伝ってもらえるかもしれない。

思いついた時には、着替えて学校に向かっていた。
学校に着くと、まず体育館に向かう。いた。バレー部だ!しかも、ちょうど休憩中らしく、全員が
体育館の入り口で座っていた。
「真菜ちゃん!」
その声に、真菜は驚いて振り向いた。休みの日に美由紀が学校に来ることなど中学時代からほとんどない。
だが、肩で大きく息をした親友の姿にただならぬ気配を感じた。
「ど、どうしたの?美由・・・」
美由紀は真菜の質問も聞かず、真菜の手を引っ張って無言で校舎内へ入って行った。真菜も無理に
止めようとはしなかった。
保健室。部活中の怪我や病気などに備えて鍵はかかっていなかった。
2人は中に入ると、身長計に向かっていった。
「真菜ちゃん、あたしの身長測って!」
「へ?昨日身体測定したばっかじゃん。」
「いいから!」
美由紀の真剣さに気圧されて、真菜は身長計に乗った美由紀の身長を測ってみた。
「えっとね、ひゃくごじゅうごてんご・・・あれ?美由紀って、154cmだったよね。昨日。」
1日で1.5cm伸びる?いくら成長期だったとしてもそんなはずはない。だったら1週間で10cm
伸びることになる。あり得ない。でも、これは昨日の身体測定で使った身長計だ。一日でそんな誤差が・・・
「み、美由紀?」
親友の顔を見ると、妙に上気していた。
「どういうことなの?」
「簡単には説明出来ないんだ。そうだ、部活終わったらうちに来て。ちゃんと話すから。」
美由紀は保健室を出ると、そのまま走り去ってしまった。

やっぱり間違いない。パルメアに行くと少しだけ身体が大きくなるんだ!
何回も行けば、そのうち「おちび」とか「ミクロ」とか言われないくらいになれるんだ。
ううん。今だってもう「少し小さめ」くらいにはなってるはず!!!
美由紀は興奮を隠しきれなかった。いくらパルメアでは巨大な女神様でも、現実の中では
小さな女子高生なのだ。それが、日々変わっていく。そのうち真菜と同じくらいになれるかも知れない。
そこまでいかなくても160cmは超えることが出来そうな気がする。今までは12cmも高い身長が
今では4.5cmしか高くない。
家で真菜を待っている間、美由紀はパルメアに着て行かなかった制服を着てみた。
「キッツい・・・」ブラウスの胸元のボタンははちきれそうだし、スカートのウェストはパンパンに
なっている。丈もさらに短くなったようで、階段で普通に中を覗かれてしまうかもしれない。
「新しいの買わなきゃ。」でも、今ちょうどいいサイズを買っても、また数日のうちにきつくなってしまう。
やはり少し大きめのものにした方が良さそうだ。それに他の私服も買わないと。だが、それも
美由紀にとっては嬉しい悲鳴でしかなかった。

チャイムが鳴って、真菜がやって来た。一度帰宅したのだろう。私服に着替えて、手には夕食の
フライドチキンなどを持っていた。
「明日部活ないから、今日は泊るね。いいでしょ。」
「うん!」美由紀も真菜に泊って欲しかったのでもちろん大歓迎だった。
夕食を食べながら、美由紀は真菜に今までの全てを説明した。真菜は文字通り目を点にして
親友が真剣に語る夢のような話を聞いていた。
「で、そのパルメア王国ってどこにあるの?」
ひととおりの話が終わって、真菜が質問した。
「どこって・・・どこだろ?」
「5日連続で続きものの夢を見てるんじゃないの?」
「そんなことないよ〜!起きると制服とか汚れてるし、それに、身長だって」
「身長は遅い成長期とか。」
「でも、1日で1.5cm伸びるって真菜だっておかしいって言ってたじゃん!」
「それはそうだけど・・・じゃあ、もしそれが本当だとして、今日もまた行くわけ?
その・・・パルメアに。」
「そう、それでね。真菜にお願いがあるの。」
パルメアに行っている間の美由紀はどんな状態なのかを見ておいて欲しいという。ただ、一晩中
起きていてもらうのも悪いので、適当な時間に寝ても構わない。というのが美由紀のお願いだった。
「あと、すぐじゃないけど、真菜にもパルメアに一緒に行って欲しいんだけど・・・」
「いいけど、そんなこびとの世界に巨人女が2人も現れたら大変なことになるんじゃない?
あたしはこっちでも巨人女だからいいけどさ。」
「それは、一緒に行く前にちゃんと向こうの人達に話すから大丈夫だよ。」

美由紀のベッドの横に布団を敷いて、真菜は横になった。パジャマとかが嫌いな真菜は下着姿だが、
それも美由紀と一緒にいるからであって、自宅ではノーブラでいつも寝ているのだった。
「ねえ、美由紀?制服で寝るの?」
「うん、私服でもいいんだけど、こっちの方が何となく動きやすいし。」
「ふ〜ん、じゃあおやすみ。」
「うん、おやすみ。本当に眠たくなったら寝ていいからね。」
部屋の電気が暗くなった。

時計が午前1時を指した頃だった。恐らく寝入っている美由紀には何の変化も無い。
時折寝がえりをうつ程度だ。
「巨大な女神様、ね。」
昔から身長順で一番前と一番後ろだった美由紀と私。たぶん美由紀は私の身長に憧れて、
そんな夢を続けて見たんだろうな。美由紀の寝姿を見ながら真菜はそんなことを考えていた。
でも、急に身長が伸びた理由は分からない。ひょっとしたら何かの病気かもしれない。
そんなことに思い至ってしまい、急に心配になって来た。
「う、うそ、でしょ???」
真菜は布団を跳ね上げ、飛び起きた。美由紀が・・・いない。目の前で忽然と姿を消したのだ。
「み、美由紀?ど、どこ?どこ行ったの?」
咄嗟に美由紀が寝ていた場所に手をあててみる。暖かい。今まで寝ていたのは間違いない。
頭の中でいろんなものがぐるぐると回り始める。本当にパルメア王国という場所があって、
飛んで行ってしまったってこと?そんなバカなこと。
掛け布団を跳ね上げ、ベッドに横になってみる。
「ここからいきなり消えるなんて・・・」

美由紀は、眼下の城壁に向かって正座していた。一応反省のつもりらしい。
「あ、アレックス、さん?この前はその・・・」
城壁の上で仁王立ちになっている小さな男性に申し訳なさそうな顔で話しかける。
「いや、美由紀様。酒の上でのことです。お忘れください。」
そう応える守備兵長も、泥酔した自分が女神様に何と言ってしまったかを兵士から聞いていたので、
怒るに怒れない。
「それより、」守備兵長が話題を変えた。
「国王様からのご伝言をお伝えします。」
「はい。」美由紀は一層神妙になる。
「首都へお運びいただくのは、次々回の大地の日にお願いしたいとのことです。何やら準備が
あるとかで。」
「準備?も、もう、お酒は・・・」
「いえ、美由紀様が安心して首都にお入りになられるための準備とのことで、酒宴はもう・・・」
最後がちょっと聞き取れなかった。
「それともうひとつ、お願いがあるのですが。」
守備兵長の説明によると、最近の魔獣の出現率が飛躍的に高くなっているという。
魔獣化する動物も様々で、今まで魔獣化することが皆無だった家畜として飼っている牛や豚でさえ
何回か魔獣化しているという。
しかも、この現象はパルメア国内だけで見ると、隣国の軍事独裁国家グロイツ帝国と国境を接している
ここシュナイダーの領地と隣のエーレンの領地のみ飛躍的に増加しているということだった。
「美由紀様にこんなお願いは申し訳ないのですが、国境付近の視察に同行していただきたいのですが。」
実は、彼らだけでは決して行けない場所もあるのだ。逆説的に言えばグロイツ帝国からも侵攻される
ことがない場所ではあるが、どうも気になって仕方がないらしい。
美由紀は前回の借りもあったので、同行することにした。

ずしぃぃん!ずしぃぃん!
山の間の細長い盆地に重厚な足音が規則的に響き渡る。城壁から街はずれの村とは違う方向へと
美由紀は歩いていった。人が住んでいる場所は無いということなので、少なくとも足元は気にしなくて
いいということは美由紀にとっては有難かった。何しろ巨大な胸が邪魔をして足元が見えないのだ。
もし、目の前にこびとが現れてもほぼ間違いなく気付かずに足跡の中にへばり付かせることになる。
しばらくは掌に乗せている一人のこびとさえ気にしていればよかった。
美由紀は、その一人のこびとに話しかけた。
「アレックスさん、なんで一人だけなんです?」
「美由紀様とご一緒であれば一人で充分と皆で判断したのです。」
「ふ〜ん。。。あ、あれですか?例の谷って」
所々あった緑の林や森が途切れ、荒れ地に変わったあたりで少し先の地面の切れ目が美由紀の視界に入った。
「は、はい。しかし、美由紀様と一緒だと早いですな。我々だけでしたら優に半日はかかるというのに」
谷の手前で一度立ち止まる。美由紀にとってはせいぜい幅30cm程度の谷間ではあるが、
この世界の住民にとってはその谷間の幅は50〜60mにもなるだろう。橋でも作らなければ渡れる
はずなど無い。それに深さも30cmほど、つまり50m以上ある。断崖を伝って下りて反対側の断崖から
よじ登るのも至難の技に違いない。
美由紀から見て右側の山の谷間から川が滝となって谷底に落ちている。反対側は山の中にまで谷が
続いているようだ。渡るとすれば滝の上の川を渡るのが一番良さそうだが、それでも川幅は20m以上あり
山肌はところどころ切り立っていた。こびとならば無理して渡る気など起きない感じだった。
「たぶん、この上流があの川なのね。」
美由紀は以前に川で汚れた手を洗ったことを思い出していた。
「先を急ぎましょう。」
「え?あっ、はい。」
ひと跨ぎで谷を越え、さらに奥に進んでいく。標高三千m級の山々に近づいていく。
美由紀から見ると3階建てくらいの高さの山だろうか。登れないことは無いが斜面が急なので意外と
大変かもしれない。
ふと、美由紀は足を止めた。
「アレックスさん、あれ。」
守備兵長も女神の指さす方を凝視する。
「な、なんとっ!」
言葉を失ってしまった。2人の視線の先にはざっと数えただけでも20〜30匹の大小様々な魔獣がいたのだ。
「あんなにいるんですか?魔獣って・・・」
さすがの美由紀も驚きを隠せない。
「いや・・・多すぎる。普通は本当にごくたまにしか現れないはずなのに。。。」
掌の上の守備兵長は半ば呻いたようだった。
「とりあえず先を進みますね。」
美由紀はそのまま歩を進めた。だが、ここで予想外の事態が発生する。
普通の獣は美由紀の姿を見ると、例外なく逃げ出していた。だが、魔獣と化した獣は相手が何であれ
襲いかかって来るのだ。それはここの魔獣も例外ではなかった。
美由紀から見れば昆虫が群がって来るようなものだった。虫が苦手な女の子だったらUターンして
逃げたかも知れないが、美由紀は生来昆虫は平気な性質だったので何匹かを蹴り飛ばし、
着地しようとした場所に魔獣が飛び込んできて何匹かを踏み潰した。それでも執拗に追いかけてくる。
自然と美由紀の歩調は速くなり、守備兵長は寝そべった状態で巨大な掌の上にしがみついているしか
なくなっていた。

盆地と山の境界近くに到達しても魔獣の数は一向に減らなかった。いや、増えていると言った方が
正しいだろう。流石の美由紀も辟易してきた。
「もう、じゃまっ!」
右足で数十匹の魔獣を一気に薙ぎ払い、他の魔獣が殺到してくる前にその場にズシンッ!と腰を下ろした。
「なんでこんなに多いんでしょうね。」
膝にまとわりついてくる数匹の魔獣を鷲掴みにしてポイッと放り投げながら掌の守備兵長に尋ねた。
「わ、わかりません。が、これだけの数が一気に現れたら・・・」
守備兵長は半ば魔獣の数に驚き、もう半ばは女神の圧倒的な力に恐れながらも、この状態がもたらす
恐ろしい未来を予想せずにはいられなかった。
「それは無いと思います。あの谷間はこの子達でも超えられないでしょう。」
泳ぎの得意な魔獣がいれば、川の上流を渡ることは不可能じゃないかも。とは思っていたが、
口には出さなかった。
先日村に現れた魔獣は川を渡って来たのかも知れない。そうは思ったが、ここの全ての魔獣が同じことが
出来るとは考えにくかった。
美由紀は群がって来る魔獣達を時折片手で払いながらそれとは全く違うことを口にした。
「この山の向こうがグロイツ帝国なんですよね。」
「はい、ただここは急峻で山道も無いので攻め込まれる可能性は低いと思っています。
増してやこの魔獣の数。これ自体が彼らの侵攻を妨げるはずです。諸刃の剣ですが。」
「そうですね、でもこの魔獣、どこから来たのでしょう。」
たぶんグロイツ帝国から放たれたもの、2人ともそう思ってはいた。だが、国境付近に不審な点は無い。
美由紀は何匹かを一まとめに掴み上げて、目の前まで上げてみた。
大きさは2〜5cmくらい、熊が3匹、牛が2匹、オオカミっぽいのが3匹、それとなんだかわからない
のが3匹。合計11匹が乗ってもまだ十分に余裕があるほどに広大な掌。軽く握っただけで、
まとめて潰れちゃうんだろうなと思いながらそれを放り投げようとした時だった。
『・・・ゆき、美由紀っ!?』
エッ?真菜ちゃん?なんで声が聞こえるの?

「美由紀ぃ!」
美由紀は自分のベッドの上に座っていた。声がする方を見るとあの真菜がぼろぼろと涙を流している。
戻って来ちゃった?
「急に消えちゃうんだもん!もう、どうしていいかわかんなくてさ!」
真菜が抱きつこうとした時、美由紀は今まで掌の上にあったものを思い出した。
「真菜ちゃん、ちょ、待って!」
「ん?え〜っ!?」
美由紀が見た方に、真菜も視線を落とす。右の掌には虫のようなものがいくつか蠢いている。
左の掌には、何も乗っていない。。。いや、豆粒のようなとても小さなものがちょこんと乗っていた。
「な、なに・・・これ?」
「連れて来ちゃった。。。みたい。。。」
美由紀も困惑していた。魔獣はともかくアレックスまで連れて来てしまったのだ。
「真菜ちゃん、虫って大丈夫だよね。」
「う、うん。」
真菜に両手をおわん形にしてもらい、その中に右手の中の魔獣達を転がり落とした。
「何?これ?熊?牛?え〜っ?なんでこんなにちっちゃいの?」
感嘆する真菜の目の前に、美由紀は左手を差し出した。
「彼がこびとさん。名前はアレックスだよ。」
真菜の眼前に差し出された美由紀の可愛い掌の上に極小サイズの人間が乗っていた。
「ほ、ほんとだ。。。ちっちゃい。」
こびとは少し怯えているようだった。無理もない。女神と崇める巨人と同じような巨人がもう一人
目の前に現れたのだから。
「アレックスさん、彼女が真菜ちゃん。私の親友。」
「あ、は、はい。。。ここは?」
「あたしの部屋です。ごめんなさい。連れて来ちゃったみたい。」
その時真菜が口を挟んできた。
「ねぇ、美由紀、その人はいいとして、この子達どうするの?潰しちゃう?」
真菜は魔獣の話も聞いてはいたので、この小動物達をパルメアへ戻すことは無いと思っていた。
美由紀も戻す気は無かったが、どうすればいいかわからなかったのだ。
「そうだね。真菜ちゃんにあげるよ、どうせ戻せないし。」
「おっけー!じゃあ好きにしていいのね。アレックスさんだっけ?美由紀のこと馬鹿力だと
思ってるみたいだけど、あたしはもっと凄いよ〜!ちびらないでね。」
真菜は魔獣達を左手に移動させ、まず熊を1匹摘まみ上げた。