※冒頭、少々残酷な場面があります。
  不快に思われた方、申し訳ありません。


なんで真菜ちゃんに魔獣を渡しちゃったんだろう?
11匹目の魔獣を処分した後、真菜は鼻歌交じりに洗面所へ手を洗いに行っていた。
洗面器に被せたビニール袋には、赤い液体と元が何であったかわからない状態のいくつもの肉塊が転がっていた。
アレックスは?机の上に置いていた彼を見ると、流石に唖然としていた。
顔色一つ変えずに魔獣を一匹ずつ処分していったあの巨大な手。アレックスはしばらくは忘れられそうにないだろう。
最初に餌食になったのは1頭の熊だった。体長3cmほどの熊は親指と人差し指に挟まれ、徐々に形を変えていき、ついにはペシャンコに押し潰された。
もう1頭の熊も同じようにすり潰される。次に2頭の牛が洗面器に移されて次々に指先で弾かれ、縁にへばり付いた。
体長5cmの一番大きな熊を摘まみ上げ、左手に残された合計6匹のオオカミやその他のものを一握りで握り潰すと、最後にこの熊を右手に軽く握りしめた。
「暴れてるみたいなんだけどさ、全然痛くないんだね。」
真菜はそう言いながらまるで何か試しているように徐々に力を加えていく。
そして右手を開いた時には、クシャクシャの肉の塊が掌の中央に転がっていた。

「アレックス・・・さん?」
「あ、美由紀、様。。。すみません。」
「ごめんね、わざわざアレックスさんに見せること無いのに。。。」
「いえ、しかし、最後の魔獣もあんなに簡単に・・・美由紀様よりお強いのですか?」
「うん、あたしなんかより全然!」
真菜が洗面所から戻って来た。
「な〜に?人のこと怪獣みたいな言い方してない?」
「あのね〜・・・」
「心配した分の心配料ってことで許してよ。」
真菜はケラケラ笑っている。
「それより美由紀、シャワー行ってくれば?アレックスさんはあたしが見てるからさ。」
「何もしちゃダメだかんね!」
美由紀が立ち上がったのを見上げて、アレックスはさらに驚いた。
「お、大きい・・・」
あんなに巨大な美由紀が真菜の肩も届かない身長だったのだ。手の大きさも相当大きいと感じてはいたがこれほどとは。
「あら、失礼しちゃうな〜。アレックスさんに何かしたら親友じゃなくなっちゃうくらいあたしだってわかってるって。」
アレックスがそう感じていたのも知らず、真菜は笑いながら美由紀をバスルームへ追いやった。

美由紀がシャワーを浴びている間、アレックスは内心ドキドキしていた。
そこへ、真菜が机に両肘をついて頬杖をつき、アレックスを軽く見下ろしてきた。
「もうわかったと思うけど、あたしって美由紀より全然大きくて強いんだよね〜。でも、小さい男の子も意外と好きになったりするんだ。」
「はぁ・・・」自分の生殺与奪権は真菜が握っているということを言いたいのだろうか?
「そ・れ・で、アレックスさんに聞きたいことがあるんだけど。いい?」
「は、はい。」
「美由紀は物好きにもあなたのことが好きになっちゃったみたいなんだけどさ、あなたは美由紀のことどう思ってるの?」
「好き?美由紀様がですか?」
「もう、男ってどこの世界でも鈍感なのね。」
アレックスに大きな影が伸びて来たかと思うと、真菜の指先に軽く摘まみ上げられた。
彼は生きた心地がしなかった。魔獣を簡単に捻り潰した指先が迫り、逃げる間もなく挟まれたのだ。今までにも美由紀に摘ままれたことは何回かあるが、
それよりも遥かに強い力だと言うことはさっき見せつけられたばかりだった。つ・・・つぶされる。。。
だが、美由紀の時よりも少し強い圧迫感を感じた程度で、広大な掌に落とされていた。
「ふふっ、潰されると思った?」
目の前の真菜の瞳が少し笑っているように見える。
「い、いえ。。。」アレックスは見透かされているような感覚を覚え、それ以上は言わなかった。
「まったく、魔獣を潰したのは遊びだけだとでも思ってた?力加減もちゃんと調べてたんだよ。美由紀の大切な人を事故でも潰すわけにはいかないんだから。」
そうだったのか。でもそれにしてはちょっとやりすぎのような気がするが黙っていよう。
「で、あなたはどうなの?」話は本題に引き戻される。
「わ、私は、美由紀様を・・・す、素晴らしいお方とは思いますが、」
真菜が答えを遮る。
「じゃなくて、ひとりの女としてどう思ってるのか?って聞いてんの!」
あまりの迫力にたじろぐアレックス。
「も、もちろん、お慕いしております。あのお優しさは国中の誰でも構いますまい。ですが、私と美由紀様ではあまりにも違いすぎます。」
「でも、美由紀があなたにコクッたら、いや、告白したらどうするの?」
「そんなことが・・・」
「あるかもしれないよ。今のあの子、変に自信つけてるから。」
確かに、最初に見た時には大きな身体の割におどおどしているところもあった気がしたが、最近ではそれもほとんど無くなっている。
さすがに美由紀様を昔から知っている方ということか。
「その時は、私の全てを以って。。。」
「ふーん、信じていいのかな?わかってると思うけど美由紀の気持ちを踏み躙ったら絶対に許さないよ。」
アレックスの背中が汗でぐっしょりになった。つまりはあの魔獣と同じ運命。いや、それ以上に恐ろしい目に遭うかもしれない。
しかし、彼の意志は変わらなかった。
「では、真菜様に私の誠意をお預けします。裏切りとご判断された場合はどのような罰も受けましょう。」
「あら、カッコイイじゃない。うちのガッコの馬鹿男子どもにも聞かせてやりたいわね。」
それからしばらくして、美由紀はシャワーから上がって来た。

朝になって最初に2人が向かったのは学校だった。当たり前だがアレックスは留守番である。ただ、大きさが大きさなので、危険が無いように
紅茶こしを逆さまにして被せてしっかり目張りをしてからのお出かけである。これならばもしアレックスより大きな昆虫がどこかから入って来ても安全だろう。
保健室に入って美由紀の身長を測る。157.1cm。また1.6cm伸びていた。
「これは確実だね。このまま行くと今週中には160は超えてそう。。。」
真菜が半ば呆れたように呟いた。
学校を出ると今度はアクセサリーショップへ。そして裁縫道具を買い込み、その他のショップ回り。それなりに回ったはずだが、午後の早い時間には帰宅できた。
お昼はハンバーガーとポテトをテイクアウトで購入して家で食べることにした。

「アレックスさん、ただいまっ!」
美由紀の大きな声と一緒に地響きがどんどん近付いてくる。紅茶こしを固定していたテープをパリパリと剥がし、中にいたこびとをひょいっと摘まみ上げて
掌に乗せてダイニングに戻って行く。アレックスにとっては目が回るほどの忙しさで、危うく脳震盪を起こすところだった。
「お口に合うかなぁ?ハンバーガーとポテト。」
「アレックスさんにとっては量の方が問題じゃないの?」
真菜が軽くツッコミを入れたが、美由紀はそれを無視してハンバーガーを少し千切り、ポテトを1本、ペーパーナプキンに置き、アレックスを転がり落とした。
これがハンバーガーの一部とフライドポテトということは概ね理解できた。だが、問題はその大きさである。美由紀が小さく千切ってくれたとはいえ、
抱えきれないほど巨大な塊のハンバーガーと、太さが自分の身長ほどもあるフライドポテト。これだけの量でも20〜30人分は軽く超えている。
それを目の前の女神たちはパクパクととんでもない量を食べているのだ。
ふとアレックスは疑問に思った。そういえば、美由紀様が食事をしている姿を見たことが無い。いや、正確には祭りの時に出店のものをいくつか摘まんだ程度だ。
普段あんなにお食べになるのに、何故なのだろう?
同じ疑問は真菜にも沸いていた。
「ねえ、美由紀。パルメアでは何食べてるの?みんなちっちゃいんでしょ?」
「うん、何も食べてないよ。全然お腹とかすかないし。」
滞在時間に関係なく、美由紀はパルメアで空腹を感じたことは一度も無かった。不思議と言えば不思議ではあるが、今まであまり気にとめていなかったのだ。
「そういうもんなのかな。」
真菜は食べ終わると、コーラを一気に流し込んだ。

食事の後、美由紀はアレックスを手に乗せて家の中を案内している時に、真菜は買って来たものを広げて何やらやっていた。
何か細かい作業をしているようだ。見かけによらず真菜は手先が器用で、特に裁縫関係は家庭科の教師も顔負けの腕前である。
その真菜がネックレスに何かを取りつけて、中身に綿のようなものを詰めて丁寧に縫いつけていく。作業は30分ほどで終了した。
「出来たよ、つけてみて。」
美由紀はペンダントとしか思えないそれをつけてみた。中央の丸い玉がちょうど胸の谷間あたりに当たる。
「長さはこんなもんでしょ。あんまり短いと玉が目の前まで上がらないしね。」
「う、うん。」美由紀はちょっと顔を赤くしていた。
はずしたペンダントをアレックスの前に置き、今度はアレックスに中に入るように言う。
ペンダントの球体はアレックス基準で直径4mほどあり、縞の格子になっている。その一部が開閉式の扉になっていた。
中は全面に綿が敷き詰められ、ずれないように随所で縫いつけられている。2人から見たらこんなに小さな玉の中に綿を敷き詰め縫いつけるなど、
よほど手先が器用で無いと難しい。真菜はアレックス用の篭のようなものを作っていたのだった。
中に入って扉を閉めると、外からどこかにしっかり掴っているように言われ、次の瞬間には玉が急上昇した。扉がパタパタはためいている。
「扉の鍵と鎖はパルメアで用意してよね。そのくらいあるでしょ?」
いつの間にか目の前に現れた真菜の顔に、アレックスは小さく頷いた。
「じゃあ、美由紀、もう一度つけてみて。」
アレックスの入っている球が小さくバウンドする。真上を見ると美由紀が真っ赤な顔で下を向いていた。
「アレックスさん、居心地は?」
真菜に言われて、はっとして辺りを見回す。
「あ、あわわ・・・」アレックスも全身がみるみる赤くなっていった。そこは美由紀が着ていたTシャツを大きく突き上げる巨大な胸のまさに中央だったのだ。
「ま、真菜ぁ。。。」美由紀が抗議しようとすると、谷間の球体が胸の上でポンポンと弾み、その度にアレックスは玉の中で翻弄されていた。
「ほら、美由紀ぃ、あんまり揺らすとアレックスさんも酔っちゃうよ。」
真菜は他人事といった感じでにこにこと笑いながら、チェーン部分を摘まんで美由紀の目の前に持ち上げた。
「このくらい長くないと目の前に持って来れないでしょ。」
「うん・・・」美由紀も玉の中のアレックスの姿を確認して渋々納得するほかは無かった。
アレックスはというと、あれだけの目に遭いながら、綿のおかげで少々の打撲と目が回っただけで済んでいた。

ちょうどいい機会だから、アレックスからパルメア王国についてのレクチャーを受けることになった。
考えてみれば、美由紀の行動範囲もシュナイダー領内だけであることに気が付いたからだ。
シュナイダー領から100kmほど北にパルメランド領がある。国王の叔父が領主で、以前は仲が悪かったそうだが、グロイツ帝国の侵攻を防ぐため、
今では友好的な関係にあるという。
そこから東に100kmほど行くと、もうひとつの国境線であるエーレン領が存在する。つまり、シュナイダーとエーレンを結んだ線の南側がグロイツ帝国になる。
エーレン領内を北東に50kmほど行くと港があり、ここから多数の海産物などが水揚げされるらしい。ただ、国境の領土なので軍港も兼ねている。
「軍港?」ここで真菜が口を挟んだ。
「軍艦とかもあるってこと?」
「はい、ただ軍艦といっても恐らくお二人には全く叶わないかと・・・」
大きくても全長50mほどの木造船舶にある程度鉄で補強したものらしい。
「50mだと・・・あはは、25cm?ちっちゃ!」
アレックスの身長からだいたい200倍の体格差ということが分かっていたので、真菜は単純に200分の一してみたのだ。2人から見れば確かに小さい。
気を取り直してアレックスは話を続ける。パルメランドから北西にさらに200kmほど進むと、首都パルメアになる。シュナイダーからはおよそ300kmほどの距離。
そこから、北、北東、西にそれぞれ街道が伸び、他の貴族の領地に繋がっている。国土全体は南北500km、東西1000kmほどであり、グロイツ帝国以外の
国境を接する国々とは、良好な国もあれば少々関係が悪い国もあるが、国交は概ね良好なのだそうだ。
「でも、首都まで300kmかぁ・・・遠いな〜。」
美由紀が少し不安そうに呟いた。
「そう?でも、あたしたち感覚で1.5kmでしょ?ゆっくり歩いても30分もあれば着くんじゃないの?」
この言葉にはアレックスが驚愕する。自分達が馬を使っても丸2日はかかる距離が徒歩30分とは・・・
「そういえば、グロイツ帝国ってどんな国なの?」
真菜が興味津津といった顔で尋ねた。
「はい、グロイツ帝国もつい20年ほど前までは王国だったのですが、軍事クーデターにより軍政化したと聞いております。」
軍政下の領土拡大意識は凄まじく、この20年の間で南側の6つの王国を呑み込み、一大帝国となったという。
そして近年、その矛先がパルメア王国を含む国境を接する3つの王国に向けられたということだった。しかもその兵力は100万とも200万とも言われている。
パルメアの全兵力を合わせてもせいぜい50万程度、まともにやりあったら到底勝ち目はない。
「でさぁ、そのグロイツ帝国ちゃんが攻めて来たら、女神様としてはどうするのかな?」
今度は真菜の質問は美由紀に向けられた。
「もちろん追い返すわよ!」
「殺さずに?」いきなりの直球である。
「え?それは、その、なるべく・・・」
「200万全部が来ることは無いと思うけどさ、10万人もこびとがいたらひとりも殺さないで追い返すのは不可能とは思わない?」
「う・・・ん・・・」
「美由紀が優しいのはわかるけど、中途半端な優しさは他の人を傷つけちゃうかもしれないってこと。」
美由紀は無言で聞いている。グロイツ兵がほぼ無傷で追い払われても素直に諦めることはないとも思っている。でも、だからと言って・・・
アレックスも薄々は感じていた。恐らく美由紀様は、ほとんど無傷でグロイツ兵を追い返すだろう。だが、美由紀様がいない日に再度攻め込まれたらどうなるか?
追い返された兵力にさらに追加されて攻め込んでくることは確実。ならば、美由紀様に攻め込んできたグロイツ兵を壊滅してもらえば・・・いや、そんなことは決して言えない。
美由紀との交流が深まるにつれ「いっそのこと自分達だけで戦った方がよいのではないか?」という思いは、アレックスの中で大きくなっていたのだ。
「じゃあさ、真菜ちゃんだったら、どうする?」
「あたし?もちろん全滅させるよ。」半分は冗談だと思うが半分は本気だろう。それが一番の近道なのだから。
「グロイツ帝国に逆に攻めてってさっさと降参させるってのも手だしね。それはその時考えるとして。もう遅いし、あたし帰るわ。」
「えーっ?真菜ちゃん帰っちゃうの?泊って一緒に行こうよ。」
「だーめ。だってあたしが行ったら美由紀の世界じゃ無くなっちゃうでしょ?美由紀がパルメアで本当に困ったことがあってあたしが助けられるんだったら、
その時は喜んで行くから。」
仕方なく美由紀は納得し、真菜は帰って行った。

美由紀は自分の机の上にアレックスを置いた。でも、会話がぎこちない。
何故だろう?さっきの真菜の爆弾発言のせいかとも思ったがそれだけじゃない。真菜が帰ってからずっとドキドキしている。
アレックスさんと2人っきりだから?そう考えると急に胸が熱くなった。
「あの、アレックス・・・さん?」
「は、はい。美由紀様」
「もう、寝ましょうか。ちょっと早いですけど・・・」
「はい。」
美由紀は一度席を立つと制服に着替えて戻って来た。アレックスをペンダントの球体に入れ、首にかける。
電気のスイッチを消すと、部屋の中が暗闇に包まれる。電気というものもアレックスにとっては驚きのひとつだった。
このスイッチというものひとつで、明るくも暗くもできる。自分達の世界にはない便利なものがここには溢れている。
美由紀が不意にもう一度電気をつけた。
「ごめんね。今日は真っ暗だとアレックスさんがどこにいるかわからなくなるから」
そう言うと蛍光灯を豆電球だけにしてもう一度ベッドに横になった。
美由紀の胸の鼓動はアレックスを動揺させていた。暖かな美由紀の皮膚の下から突き上げる鼓動はこころなしか早くなった気がする。
遠くから聞こえる美由紀の息遣いと相まって、アレックスのグラグラの気持ちを翻弄させ続けていた。
美由紀の方も同じだった。アレックスが独身だと分かった時、何故あんなに嬉しかったのだろう?やっぱり好きなのかな?でも、アレックスの気持ちは?
彼はパルメア王国シュナイダー領の守備兵長という立場だったからたまたま私と接する機会が多かっただけなのでは?それに私のとんでもない巨大さと馬鹿力。。。
それこそがアレックスが私を慕ってくれる最大の理由。パルメアの人と同じサイズだったら、見向きもされないかもしれない。でも、それでもいい・・・
アレックスが入っている球体がズルッと動いた。
「ねぇ、アレックス。」真下に美由紀の巨大な顔が見えた。少し息遣いが荒くなっている。
「は・・・い・・・」
「あたしのこと、どう思う?」
アレックスは真菜に言われたことを思い出した。
「その、女性として、ですか?」
薄暗い照明の下で、美由紀の顔がふと艶かしく見えたような気がした。
「うん。」
「とても、魅力的な、かた、だと思います。」
「あたしも、アレックスが、好き、って言ったら、どうする?」
「とても、光栄・・・で、す。」
「光栄かぁ、それでもいいかな。ね、あたしの身体綺麗かな?」
いつの間にか美由紀はブラウスのボタンを全て外していた。巨大なブラに包まれた胸がゆらゆらと揺れ、その向こうに腹部が見える。
祭りの時と同じ、薄い光に照らされて美しい曲線を描いている。
「と、とても、お美しい。。。」アレックスも息を呑んでいた。
「じゃあ、じゃあね、あたしの身体・・・」
そこまで美由紀が言いかけた時だった。2人同時に意識がスーッと遠のいていった。

「えーっ!?」
美由紀はブラウスのボタンを全部外した状態で横たわっていた。アレックスの入った球体からは巨大な2つの山が丸見えの状態。
「あ、あ、アレックスっ!目つぶって」
慌ててボタンを全てはめ、スカートの中にブラウスのすそを押し込む。
顔は上気したままだが、こんな真昼間に続きができるはずもない。まぁ、アレックスも同様だったが。
しばらくその場で固まる2人。少し時間が経ってやっと落ち着いてきたようだった。
「アレックス、さん?」
「はい。」アレックスはまた『さん』付けに戻ったので、思わず苦笑していた。
これでよかったのかは分からないが、そのうちお互いの気持ちが昇華していけばまたそうなるのだろうか。なら、それでいい。
一方の美由紀は、まだ少しドキドキしていた。2人っきりの状態があんなに大胆にさせてしまったのだろうか?アレックスは自分のことを嫌いになった?
「さ、さっきのことですけど・・・忘れて、とは、言わないけど・・・ないしょ、に」
「承知しております。このことは我ら2人だけの秘密ですので。」
大人の対応に、秘密などと言われたので、美由紀は一層ドギマギしてしまった。
アレックスはそんな美由紀を見て、純真な少女なのだな、との一層思いを強くしていた。

さらに時間が経って、美由紀はようやく立ち上がった。首から下げたペンダントにはアレックスが入っている。そのままだと大きな胸の揺れに呼応して
ペンダントも弾んでしまうので、美由紀は左手にペンダントを乗せて歩き出した。
「そう言えば、魔獣がいませんね。」
消えた時にあれだけいた魔獣が一匹もいない。どこに行ったのか?行ける方向はただ一つしかなかった。
「アレックスさん、走ります。」
近くに人家は全くないので美由紀が走っても全く問題は無い。もし、魔獣があの谷を超えてしまっていたら、その方が大問題だった。
谷を飛び越えたところで美由紀は歩を緩めた。ここから先はこびとでも来られる場所である。兵士達がアレックスを探しに来ている可能性だってある。
足元の注意は怠らずに、それでもかなりの急ぎ足で歩いて行くと、シュナイダーの城下町が見えた。
遠目には特に何も起こっているようには見えず、魔獣の姿もなさそうだ。
美由紀はあたりに気を配りながら、ゆっくりと街に近づいていった。

街はいつものとおりだった。守備兵長が大地の女神様と一緒に国境方面に出かけて7日経っても帰らずに皆が心配し始めた時に、
遥か向こうに大きな身体が見えてきたので、城兵もやっと安心することができた。
美由紀はペンダントからアレックスを降ろし、そのまま立ちあがった。
「あの、アレックスさん。」
「はい。」
「今日はこれで帰りますね。次の大地の日が王都へ行く日ですよね。」
「左様でございます。お待ちしております。」
兵士たちは口々に「もうお帰りになるのですか?」などと言っていたが、守備兵長は引き止めなかった。
「では、また次回に」
やや堅苦しく挨拶をし、美由紀は地響きを立てながら歩き出した。
途中、村の様子も見てみたが特に変わった様子も無かったので、そのまま進んで川のほとりで元の世界に戻っていった。

翌日、学校の保健室で、真菜は1分近く笑い続けていた。
「もう、笑いごとじゃないよっ!」
「ごめんごめん、でも、すごいタイミングだよね。美由紀がなけなしの勇気を振るってコクったのに。」
「なんか2人っきりになったら、自分の中で盛り上がっちゃって。」
「それで?アレックスさんはなんて言ったの?はい、158.7cm。予想通りでかくなってるね〜」
「う〜ん、たぶん、好きでいてくれてるみたいなんだけど・・・」
「じゃあ、また拉致って来ればいいじゃん。」
「そうはいかないって、今日王様のところに行かなきゃなんないんだから。」
2人は笑った顔と半怒りの顔のまま、保健室を後にした。