シュナイダーの街から少し離れた所に置いた城を固定したり、村の囲いを強化したり、前に魔獣が沢山いた場所を見まわったりして何日かが過ぎたある日だった。
今日はピンクのTシャツにデニムのホットパンツという軽装で現れていた。実は制服だと毎日汚れるので足りなくなるというのがイメチェンの理由だったのだが、
アレックスは見事な太股に照れながらも「スタイルの良さが際立ちますな。」と褒めてくれたので、美由紀としては気分は上々だった。
ふたりは城下町の裏手で腰を下ろして話をしていた。もちろん、アレックスは今や指定席になっている左手の掌に乗っている。
不意にアレックスが言い出した。
「美由紀様、あの・・・服装はともかく、お身体が、大きくなりましたか?」
「わかるの?」
「何となくですが。。。」
今朝学校で身長を測った時は165.1cmだった。さすがにこの頃になるとクラスの誰もが気がつくようになっていた。
今日も学校で何か特別なことしてるの?とか、遅めの成長期?とか色々と聞かれていたのだ。
「実は・・・」
美由紀はパルメアに来る度に身につけているものも含めて身体が大きくなっていることをアレックスに話した。
「では私ひとりが行き来すれば大きくなるのでしょうか?」
「たぶん、ね。でも、あたしの部屋からこっちに来る時はいいけど、こっちからあたしの部屋にどうやって行くの?」
「そうですなぁ。」
「アレックスさんも大きくなりたいの?」
「いえ、そうではありません。それに私が大きくなれても美由紀様との差は変わりますまい。それでは仕方がありません。」
仕方がないって?どういうこと?・・・ヤダ、変なこと考えちゃった。顔だけではなく、身体全体がみるみる赤くなるのを美由紀は自覚してしまった。
ここじゃ街のみんなの目もあるし、何か話題を変えなきゃ。と美由紀が四苦八苦しているところに、向こうから何かがやってくるのを見つけた。
「アレックスさん、あれ。。。」
それは3頭の馬だった。馬上に人が乗っている。アレックスは美由紀の足元に下ろされると馬がやってくる方向に歩き出した。
徐々に近づいて来て、彼等がエーレンの守備兵だと分かった。向こうもアレックスの姿を認めると馬の足を速めた。
「シュナイダー守備兵長、アレクサンデル・ビッケンバーグ様」
3人は馬から降りるとアレックスに一礼した。
「そうだが。エーレンで何かあったのか?」
たった今、エーレンが夥しい数の魔獣の群れに襲われている。よって自分達はパルメランドとシュナイダーに援軍を要請するために派遣されたのだと言う。
「ふむ、エーレンが。領民たちの避難状況はどうなっている?」
「現在、パルメランドに向かって移動中とのことです。シュナイダーには大地の女神様が降臨されていると聞きました。願わくば女神様にもご助力いただきたいと。」
「大地の女神様・・・か。では、直接頼むがよい。」
「ありがとうございます。女神様はいずこにおいでなのでしょうか。」
「気がつかんのか?さっきからここにおるではないか。」
「は?」狐につままれたような顔の代表の男の腕を他の兵士が引っ張っていた。口をポカンと開けて上空を見上げている。
彼もつられてその方向を見上げると、「ひ、ひぃっ!」短く声を上げただけでその場に尻もちをついた。
こいつら今まで気がつかなかったのか?よほどの注意力散漫なのか、天然なのか。それともほとんど動いていなかったから山とでも思ったのか。。。
まあいいか、と思いながらアレックスは下ろされたままだった掌に飛び乗った。
「同じリアクションだから飽きちゃった。もっと違う反応してくれないかなぁ。」
美由紀がちょっとふくれっ面で言う。いや、そういうものでは無いのでは?とアレックスは思ったが、ともあれエーレンの現状と援軍要請を伝えた。
「では、すぐに参りましょう。」
3人の男を追加して掌に乗せると、即座にエーレンに向かって歩き出した。馬は暴れて落ちるかもしれないので放置する。
シュナイダーの他の守備兵は同時侵攻の可能性を考慮してそのまま残留させた。
後背で揺れる巨大な胸を敢えて無視してアレックスは3人に今までの状況を聞く。が、3人の方は気になって仕方が無い。その辺の屋敷などよりも遥かに巨大なピンク色の山。
ひとりなどは揺れに合わせて頭を上下させていたほどだった。
「そんなことしてて潰されても、俺は責任取らんぞ。」
半ば呆れ顔でアレックスは呟いていた。
ともあれだいたいの状況は掴めた。魔獣の群れは南側から侵攻してきた。すなわち東側の港は少なくとも現時点では襲われていないらしい。
群れの数はおよそ100〜150頭程度。熊、オオカミ、牛、馬、猪など多種にわたる。彼らがエーレンを出発した時は、城壁に殺到する魔獣達に対して、
城門を固く閉ざし、弓矢、火矢、投石機などで応戦中ということだった。
アレックスは気がかりなことがあったので聞いてみた。
「魔獣の中に人間はいなかったのか?」
「にんげん・・・ですか?少なくとも我々は目にしておりませんが。それにそんな中に人間がいれば真っ先に襲われましょう。」
「そうか、少し気になったものでな。」
その時、遥か上空から声が響いた。
「そろそろだと思うけど、あれがそうなのかな?」
4人が一斉に前を見るとエーレンの街はもうすぐそこまで迫っていた。
「速い・・・速すぎる・・・」
アレックス以外の3人の中の誰かが呟いた。
美由紀がざっと見たところ、魔獣の姿は無くなっていた。だが撃退されたわけではなさそうな雰囲気だった。
「一次攻撃、というところですかな。」
アレックスはたいして驚いていない様子だった。
美由紀は街の中に手を差し入れて4人を下ろすと、城壁をぐるりと南側へ回っていった。
突然現れた巨人に、エーレンの街は大パニックになっていた。魔獣の次は巨人なんてとんでもない厄日だと嘆く人までいる始末だった。
「あれが大地の女神様なのではないか?」どこからとも無く声が上がった。
襲うつもりならそのまま街に侵入してくるはずだ。なのに巨人は城壁を迂回して南側に向かっている。
街を守ろうとしてくれているのではないのか?そうすると、あれがシュナイダーの街に現れる大地の女神様なら納得できる。そんな的を得た噂が広まっていくにつれ、
パニックは次第に鎮静化していった。
アレックスはエーレン守備兵と共に街中を突っ切って南側へ急いでいた。やがて守備本体の場所にたどり着き、見知った顔を見い出した。
「よぉ、無事だったようだな。」
「ん?おぉ、アレクサンデルじゃないか。援軍に来てくれたのか。」
「ああ、と言ってもふたりだけだがな。」
アレックスは少し苦笑した。相手の男も理由が分かったようだ。
「やはり、あのでっかいお嬢ちゃんが大地の女神様ってことか。初めて見るがずいぶんとでっかいなぁ・・・」
彼は既に南側に回り込んで座っている美由紀を指さしていた。
「そうだ。それより魔獣達はどうして引いて行ったんだ?」
「わからん。あのまま突っ込まれていたらこちらは全面崩壊していたはずなんだが、突然引き上げやがった。まるで軍隊のようにな。」
軍隊のように?まさか・・・
アレックスは自分が知り得ていることと想像していることを全て話して聞かせた。男は黙って聞いていたが、やがて重い口を開いた。
「まさか、そんなことが・・・」
「俺もそう思う。だが、そう考えると全てつじつまが合うんだ。」
アレックスもまた、それきり押し黙ってしまった。
美由紀は、手の届く範囲に点在している魔獣の亡骸を一か所に纏めて、自分が座る場所を確保してからゆっくりと座り込んだ。地響きが崩落寸前の城壁に止めを刺す。
「ふぅっ。」小さく溜息をついて、城壁の有様を観察してみた。
城壁が崩れ、魔獣に突破された場所が4ヶ所、城門は辛うじて倒壊を免れたが、片方の柱が斜めになっていた。
修復に少々時間がかかりそうな感じだった。
小さな影がふたつ、こちらに近づいてくるのが見えた。ひとりはアレックス。もうひとりはアレックスと同じような雰囲気の男の人。
美由紀は掌を差し出して、ふたりを乗せた。
「城内はどうでした?」
「先に紹介させてください。彼はこのエーレンの守備兵長、クリストフ・ハウザーです。」
隣の男が一礼した。美由紀を見ても少々驚いただけで落ち着いている、風格の漂う男だった。
「大地の女神様、よくお出でくださいました。戦のさ中ゆえ、たいしたおもてなしは出来ませんがご容赦ください。」
「ハウザーさん、私はエーレンの方々のお手伝いに参ったのです。もてなしていただく必要はありません。私に出来ることはなんでもお言いつけください。」
彼はまた深々と一礼した。
「ところで領主様は?ご無事なのですか?」
「それが・・・」掌の男ふたりは顔を見合わせた。
エーレンの領主であるエーレン卿はどうも商才には長けているが軍事的には野心も無いが実力も無い小心者らしく、
全権をハウザーに委ねて民衆と共にさっさとパルメランドへ逃げ出してしまっていたのだった。
「はあ・・・」色々な人がいるのね。美由紀は変な意味で感心していた。
ともあれ、美由紀は城外に散らばる魔獣の死体をまとめる役目を請け負うことにした。あまり気味の良くない仕事だが仕方が無い。
誰かがやらなければならないのなら自分が、と美由紀自身が申し出たのだ。曰く
「あたしがやればすぐに終わります!」
実際、美由紀の言ったとおりだった。座りながら手の届く範囲の魔獣を次々に摘まみ上げては掌に乗せ、座ったままで膝をすりながら移動してまた魔獣を掌に積み上げる。
5分も経たないうちに、城外で朽ち果てた魔獣約50匹が、城門横に山を作っていた。
これにはハウザーを含めたエーレンの守備兵全員が口をポカーンと開けていたのも無理はなかった。
「すげぇな。。。お主はこんな場面を何度も見ているのか?」
「ああ、途方も無い大きさと力だということは見ての通りだ。お主もシュナイダー卿のことは聞いているだろう。」
「確かにこれならば野心があれば、というのもうなずけるな・・・」
美由紀はひととおりの仕事を終え、得意満面で城内を見下ろした。が、だんだん顔が曇っていった。
守備兵達が、魔獣との戦闘の末にあえなく命を落とした仲間の遺体を運んでいたからだった。
「犠牲者・・・ですか?」
「はい、我が守備隊で53名が犠牲になりました。彼等は勇敢に魔獣と戦ったのですが・・・残念です。」
ハウザーが答える。
「もう少し早く・・・」
「お止めなさい!」アレックスの怒声が美由紀を遮った。
「戦とはこういうものです。美由紀様がいくら早く到着されていても犠牲が無いと言う訳にはいかないでしょう。それに彼等は命がけで戦っているのです。
それを軽々しく扱うようなご発言は、いくら美由紀様でも絶対に許しません!全てがご自分のお力で何とかなるとお思いになりますな!」
驚く美由紀の顔。アレックスの隣にいたハウザーもこれには正直驚いていた。あんなにでかい女神によく説教なんか出来るもんだ、と。
膝の上に揃えた両手の拳がわなわなと震えている。アレックスもこれはまずいと思ったのか、声をかけようとする。
「はい・・・ごめんなさい。調子に、乗りすぎて・・・ました。」
美由紀はそう言うと、急に立ち上がり、少し離れた山の陰まで行くと膝を抱えて丸くなってしまった。
「まずい・・・言いすぎたかも知れん。」
アレックスは美由紀の方に走って行った。
まるで小山のような大きさで膝を抱えて丸まっている女神を前に、アレックスは途方に暮れていた。
何回か声を、ありったけの大声をかけてみたが、美由紀は顔をあげようとしない。実はアレックスは女性の扱いがあまり得意とは言えなかったのだ。
そうでなければあんな場面で説教などしなかったかもしれない。だが内容そのものは間違ってはいないと思っている。
それに、美由紀に無理をさせたくないという一面もあったということがわかってもらえただろうか?
アレックスは思い切って足まで近づいていた。ちなみに今日の美由紀は裸足である。自分の身長ほどの高さがある小指を目の前にしてしばらく考えたが、
不意に小指を拳で叩き始めた。
「美由紀様、顔をお上げくださいっ!」
同じことを3回ほど繰り返すと、ようやく美由紀が顔を少し上げた。ちらっと足元を見下ろす瞳。
「うるさいなっ!反省してんだからほっといてよっ!」
一瞬の迫力に気圧されたが、アレックスも負けずに反撃する。
「わかりましたっ!では、反省し終わるまで待たせていただきますっ!」
しばしの沈黙。今回折れたのは美由紀の方だった。
「もうっ!」アレックスに巨大な影が迫り、立っていた地面ごとすくい上げられた。地面に押しつけられるほどの急上昇が止むと、目の前では巨大な瞳が自分を見つめていた。
「あたしだってわかってるもん!でも、少しでも犠牲が少ない方がいいじゃない!」
まだ全然分かってないな、そう思ってアレックスが応じた。
「美由紀様が早く到着なさり、魔獣を退治してくださる。守備兵の犠牲も全くないわけではないが少なくて済む。そういうことですな。」
「そうよ。そういう努力をしたいって言ってるの!」
「では、攻め込んできたのが魔獣では無くグロイツ兵だったら、同じことが出来ますか?」
「それは・・・」美由紀の口が重くなる。人同士の戦争であれば、パルメア兵を助けるためには少なからずグロイツ兵を殺さなければならない。アレックスはさらに続ける。
「前に真菜様がおっしゃったこと、覚えてますか?敵に慈悲を以ってあたるのも結構でしょう。ですが、それが裏切られた時、より大きな代償を払わなければならないかも知れません。
真菜様がおっしゃった『敵を全滅させる』と言うのも極端ではありますが、あながち間違いではないのです。
それにもうひとつ、美由紀様には軽々に大きなことをおっしゃって欲しくない理由があります。」
「な・・・なによ・・・」
美由紀の声のトーンが少し下がっていた。
「もし、魔獣やグロイツ帝国が大地の日以外の日に攻めて来たら、我々は自分達の力のみで戦わなければならないからです。」
「あ・・・」美由紀も初めて気がついた。というかなんで今まで気付かなかったんだろう。自分は毎日来ているからいつの間にか錯覚していたのかもしれない。
確かにそうだ。他の日にはここに来れない。でも、自分の世界に戻る時はほぼ完全に自分の意志で戻れるようになった。だったらこっちに来る時も、でもどうやって。。。
それにいざとなったら、敵とはいえこびとを殺すことが自分に出来るのだろうか?
「ねえ、アレックス」
美由紀は、恐らくエーレンの街までは聞こえないほどの小声で囁いた。アレックスはまっすぐ美由紀の瞳を見つめていた。
「あたし、この世界に来ない方がよかったのかな。。。」
「そ、そんなことはありません。私は美由紀様にお会い出来て良かったと思っています。いや、パルメアの全ての人間がそう思っているはずです。
それに、美由紀様がしてくださったこと、誠に感謝しているのです。それは本心です。ですが、私の考えすぎかもしれませんが、少々心配なのです。
何と言うか、パルメアのために色々なことをされているお姿が少々ご無理をなさっているように思われるのです。」
「そう・・・かな。」
「私が勝手にそう思っているだけかもしれません。ですが、美由紀様が来てくださるのを心待ちにしているのも本心です。」
「ふぅん。ねえ、あたしのこと、まだ好き?」
「も、もちろんです。この気持ちに嘘偽りはありません!」
「あたしはお説教するアレックスなんかだいっきらい!」
「はあ???」
困惑するアレックスを、美由紀はひょいっと摘まみ上げてTシャツの胸元に下ろした。アレックスの周囲に眩しいばかりのピンク色の大地が広がる。
「でもね、あたしの世界ではお説教してくれるのは真菜ちゃんだけなんだ。こっちではアレックスだけ。だから、アレックスのこと大好きっ!」
「はあ・・・」
アレックスは赤面しながらも短く答えた。他に答えようが無かったからだ。自分が出した問いに対する明確な答えを美由紀様は持っていないのだろう。
でもいい。自分の思いは伝わったはずだ。それにそもそも正解が必ず存在する問いではないのだ。色々な考えがぶつかってよりよい方向に行ければいい。
恐らくご自分の世界に戻られたら真菜様に相談するのだろう。あの方は冷酷に見えるが、筋は通すし気遣いもされる方だと思う。自分は苦手だが・・・
それよりエーレンの街からの視線が気になって仕方が無いアレックスは、早くここから下ろして欲しいと願わずにはいられなかった。
エーレンの城壁のすぐ外で、ふたりの男とひとりの巨大な女の子が何やら話をしている。犠牲になった兵士の遺体の収容、埋葬や魔獣の亡骸の処分(一部は食用にするらしい)や
城壁の修復などを行っている兵士たちは、眼前に聳えるベージュの壁と頭上のピンク色の壁が気になって仕方が無い。特に時折、壁から突き出しているふたつの山がブルン!と
揺れる度にドキリとして見上げるものがほとんどだった。
美由紀がそんな視線を感じると、たまに威圧感たっぷりにジロッと見下ろしていた。本気で睨んでいるわけではないな、とアレックスは思っていた。
遊んでいるのか?だが、兵士を相手に遊ぶ余裕があるなら大丈夫かな?とも思わせていた。
そんな3人がこれからのことについて色々と話している時だった。ひとりの兵士が3人の元に駆け寄った。
「パルメランド公、ご到着であります。」
「随分早いな、援軍要請の当日に到着するなど初めてではないか?」
そう言いながらハウザーは出迎えに向かった。
残された美由紀とアレックスは顔を見合わせる。先に口を開いたのは美由紀だった。思いっきり小声で、
「嫌な予感がするんだけど・・・」
アレックスも頭を抱えていた。どうやら同じ予感がしているらしいことは明らかだった。
「美由紀様!遅れまして大変申し訳ありません!」
それが息を切らせて現れたパルメランド公の第一声だった。
遅れるって、こびとを基準にすればめちゃめちゃ早いじゃない!と、突っ込みたかったがそこは冷静に受け答える。
「遠路ご苦労様です。それと、先日は帰路に伺うことができず申し訳ありませんでした。」
もちろん、以前のすっぽかしのフォローも忘れない。我ながら百点満点の挨拶だと自画自賛していた。
「長の道中、お疲れでしょう。魔獣も退散していますし城の修復はここの兵士や私が行いますので、少し休息なさいませ。私は修復のための木材を取って参りますので。」
よしっ!カンペキ!これで森の方へ行って少し休憩しよう。美由紀がゆっくり立ち上がろうとした時だった。
「なりません!美由紀様にそのような労働、とんでもありません!そのようなことは我らにお任せください。」
えっ?そんなに張り切らなくても・・・視線を泳がせてアレックスに助けを求めようとしたが、腕組みしたまま目を合わせようとしない。
王族には下手に意見できないもんね。仕方ないか。
「あの、パルメランド公。私が行った方が作業も早いですし、その・・・」
「いえいえ、既に向かわせております。」
確かに100名以上の兵士達が森に向かって走って行くのが見えた。みんな優秀なのね・・・
仕方なく美由紀は3人の男を掌に乗せ、作戦会議に参加することになった。他のふたりはいいのだけど、残りのひとりの視線が気になって仕方が無かった。
「今日の美由紀様のお召し物は、何と言うか、色香が漂うようですな〜。どなたか気になるご仁にお見せしたいとかですかな。」
パルメランド公は、美由紀の身体、特に大きく突き出したピンク色の山を舐める様に見回してからそんなことを言いだした。
間違いなくあんたには見せたくなかったんだけど!!!美由紀はさっきとは違う意味で右拳がわなわな震えるのに必死に耐えて、作り笑顔で答える。
「いやですわ、おからかいにならないでください。これは私の世界の普段着です。お洗濯とかで前の服が間に合わなくなったものですから。」
頼みの綱のアレックスはやはり遠くを見つめていた。どうもこの件では全くアテに出来ないらしい。
「そうですか。いや、普段着でも美由紀様はお美しい。」
ダメだ。。。今すぐにでも摘まみ上げてプチッと潰したい!いや、それでは指が汚れる。思いっきり放り投げたい!!!
これ以上の負の感情は忍耐力の壁を越えてしまうかもしれない。そう思って美由紀は少し視線を外すと・・・あっ!いいもの見つけた!
「ありがとうございます。すみません、ちょっと失礼して。」
美由紀は城内にそっと手を伸ばして、そのいいものをゆっくりと摘まみ上げた。近くにいた兵士たちは、倒壊寸前の3階建の家屋が巨大な指に挟まれて
土台ごと根こそぎ上空に持ち去られるのを唖然として見送っていた。
「倒れそうでしたので危ないですね。壊してしまいます。」
美由紀はシュナイダー卿の時と同じように、圧倒的な力を見せつけることでパルメランド公を恐れさせることを思いついたのだった。
家の中に誰もいないことを確認すると、3人の目の前で家を右手の中に落としてそのまま握り潰した。ベキベキッ!バキッ!という破壊音もばっちり3人には聞こえたはずだ。
その場で手を開いて、粉々になった3階建の家屋の残骸をわざと見せて、それを魔獣の山の横に払い落した。
「これで大丈夫ですね。」
笑顔で3人を見下ろす美由紀。ハウザーは目を丸くし言葉も出ないという様子だった。アレックスは少し呆れたような顔をしていた。肝心のパルメランド公は?
「素晴らしい!美由紀様のお力、しかと拝見いたしました。」両手を叩いて喜んでいる。
なに?この人・・・あなたたちが住む家を簡単に握り潰したんだよ。あなたたちも簡単に潰せるってことなんだよ。怖くないわけ???
「清楚でお美しいのにこのお力、ますます美由紀様は素晴らしいお方と感じました。」
思いっきり逆効果だった。一度気に入ってしまったら、怪力だろうがなんだろうが関係ないらしい。結局この行為は、他のこびとに恐怖心を植え付けただけで終わってしまった。
心の中でかなりがっくりしているの美由紀の掌の上で、パルメランド公が他の3人に宣言した。
「エーレンを放棄する。」
パルメランド公以外の全員が目を丸くしてひとりの男を見つめる。ハウザーなどは今にも掴みかからん勢いだった。
それでもパルメランド公は話を続けた。エーレンを放棄し、守備兵五千は港町エミリアまで撤退する。パルメランドの守備兵一万をエーレンの西50km付近に待機させる。
エーレンには見張り役のみを残し、グロイツ帝国からの侵攻を受けた場合は速やかに撤退し、パルメランドとエミリアの両方向から挟みうちにするというものだった。
「しかし、エーレン卿は・・・」
たまらずにハウザーが口を開いた。
「来る途中に話をし、承諾してくださった。街は復興できるが人はそうはいかないと言ってな。また、エーレンの街には罠を仕掛ける。城壁もすぐに崩れやすくなるように
細工をしての撤退だ。グロイツがエーレンを橋頭保とするのであれば、裸城を守らねばならなくなる。」
「勝率は高くなりますが、グロイツも軍船は持っております。エミリアが挟み打ちにされる危険もあります。」
今度はアレックスが意見を言う。
「うむ、それは考えたが、海軍力は幸い互角で魔獣のことも考慮する必要はあるまい。陸地も五千もいれば援軍到着までは持ちこたえられるであろう。
エーレンを取られても奪い返せるがエミリアは難しい。すぐに軍船が駐留するだろうからな。そうすると、敵の補給路を増やすことにもなる。」
やはりこの人も魔獣はグロイツ帝国と何らかの関係があると睨んでいるのか。ならば尚のこと二正面作戦の危険は排除したいはずだが。
だが先制攻撃は出来ない。パルメア王国は魔獣の襲撃しか受けていない。つまり、グロイツ帝国に攻められたという証拠が無いのだ。
これでこちらが先に手を出してしまったら、大義名分を与えてしまうことになる。現時点での最上に近い策にアレックスとハウザーも賛同した。
「それと、美由紀様」
「え?あ、はい。。。」
美由紀は急に名前を呼ばれて驚いて手を動かしてしまった。掌中の3人がその場で転げてしまう。
「もし、お出でになった時にエーレンで戦闘が行われていても、決してシュナイダーを離れませんよう。エーレン侵攻そのものが陽動作戦かも知れませんので。
シュナイダー守備兵も同様じゃ。よいな、ビッケンバーグ。」
やはりこの方は戦局全体を見渡しておられる。自分もどちらに攻め込んでくるのか考えあぐねていたのだが、双方に手を打ってくるとは。
しかし・・・アレックスは3人が掌上で倒れた時にどさくさに紛れてパルメランド公が頬ずりをしていたのを、美由紀に話すかどうかを本気で悩んでいた。
「166.8cm、順調だね〜。そろそろあたしもやばいかな?」
翌日、保健室でいつものように身体測定をしながら昨夜の出来事を真菜に話していた。
「ふ〜ん、アレックスさんがそんなことをね。それと、パルメランド公だっけ?話聞いてると頭は良さそうな人だけどね〜。。。美由紀も大変だね。」
アレックスの言うことはもっともだけど、あのちっこい身体でよく説教できたなぁ。と真菜は変なところを感心していた。
「もう、ほんっとに嫌なんだから!もう、どう対処していいのかわかんないよ。アレックスも役に立たないし!!!」
「あまりひどかったら国王様にお願いすれば?」
「うん、それは最後の手段だよね。。。」
「で?週一を何とかするのは無理かもしれないけど、もうひとつの方は結論出たの?」
真菜はさりげなく本題に切り替えてみた。問題の本質を考えれば、こっちの方が遥かに重要な問題だった。
「わかんないよ〜、とりあえずその場面になったら考える。。。」
それじゃあ遅いかもしれないけど、と真菜は思ったが口には出さないで別のことを言った。
「じゃあ、一度行ってあげようか?明日朝練があるから今夜は無理だけど、明日なら泊っても大丈夫だよ。」
「ほんと?」美由紀が思い切り笑顔になる。
「まあ、ちょっと困ってるっていうか悩んでるみたいだしね。それに、ちょっとこびとの国って見てみたくなったんだ。」
「うん、じゃあアレックスにも話しとく!」
そんなこと聞いたら、アレックスさんは顔面蒼白になるんじゃないかなぁ。。。真菜も少々苦笑していた。
実際、美由紀のことが少し心配になっていた。話を聞いていると戦争状態がどんどん悪化していっている。当然、美由紀もその渦中に巻き込まれることは間違いない。
今の少々不安定な状態で、もし、美由紀の逆鱗に触れる出来事が起こったら、感情をコントロールし切れなくなるんじゃないか。真菜はそれが不安だった。