水溜りのような水深の浅い場所に、ひとりの女性が立っている。
脚を少し広げ両手を腰に当てて、俗に言う「仁王立ち」で上体を少し斜めにして地上のある一点を、少し、いや、かなり呆れた表情で見下ろしている。
「説明の時にあれほど言いましたよね。いくら無料体験期間中だからってむやみに最高クラスの者を呼び出さないでくださいって。。。」

誰に話しているのだろう。地上に向かってズームインだ!
彼女から見るとただの模様にしか見えない地上の光景は、ズームしていくと何か小さな粒状のものが密集しているように見える。
さらにズームすると、それは大小さまざまな箱であり、その箱と箱の間をさらに小さなものが動いているのがわかる。ここまで来ると、大きな箱がビルなどの建物であり、
小さなものは車両だということが理解できる。
だが、彼女の肉眼ではその動いているものが何であるかを判別することは、限りなく不可能に近い。それほど小さいのだ。いや、それだけ彼女が巨大だと言った方がいいか。

彼女が見つめていた場所に移動してみよう。街並みの中でビルよりも大きなものが動いているのが見える。怪獣だ!体長は150mはあるだろうか。
周りの建物からドンと飛び出した上半身はまさに大怪獣の威厳そのものだ。その怪獣がビルを叩き潰し、逃げ惑う人や車を踏み潰しながら暴れているのだ。
だが、彼女から見ればそれは約1.5cmの小さな生き物がチマチマと動いているという風にしか見えない。それほど彼女はこの星にとっては巨大な存在なのだ。

「だいたいちょっと考えればわかるでしょ?この怪獣が歩き回るのと、私がたった一歩歩くのと、どっちが被害が大きいと思います?」
彼女の足のサイズはおおよそで2.5km。小さな町などはひと踏みで完全に消滅させることができるほどだ。
その足が、東京湾のど真ん中にふたつも鎮座している。しかも、知ってか知らずか左足でお台場を踏み潰し、巨足の回りも含めて水没させていた。
「たとえば・・・」
そう言うと、ゆっくりと腰を屈めて右手を伸ばしていく。その先にはひときわ高く聳えるタワーがある。東京スカイツリーだ!
が、彼女から見ればたったの6cmちょっとしかない。人差し指だけを伸ばして、その横に近づけていった。

ズンッッ!!!

短い地響きとともに突き立てられた指の長さは、この街一番の建造物を軽く凌駕していた。指先の下では数十の建物が一瞬で押し潰され、一瞬で出来上がった数十mの深さの
穴の中に押し込められる。衝撃で周りのものは建物も車も人も軽々と吹っ飛び、次々と地面に叩きつけられていた。
「これ、この街で一番大きいんでしょ?」
ゆっくりと指を引き抜くと、東京スカイツリーが大きく揺れ、少し傾いてしまった。さながらピサの斜塔のようだ。
「デコピンで粉々にしてあげましょうか?」
笑いながら指を近づけるがデコピンまではしないようだ。彼女も仕事で来ているので、越えてはならない一線はわかっている様子だった。

その頃、霞ヶ関のある一室。。。
憮然とした表情で窓外に見える規格外のサイズの女の子の姿を横目に見ながら、老齢に差し掛かったと思われる男がすごい剣幕だった。
「なんだ!あれはっ!」
「はあ、新しく契約しようと思っております惑星防衛会社の方だと思いますが。」
机の前に立っている若い官僚が平然と言い放った。
「そんなことを聞いているんじゃないっ!」
初老の防衛大臣の顔面は真っ赤になっている。
「そうはおっしゃりましても、あの怪獣は先週も現れたではありませんか。このままではいずれ全てが破壊し尽くされてしまいます。」
「あの女だったら数分で同じことになるだろうがっ!」
防衛大臣は、ドンッと拳を机に叩きつけた。
「その点は大丈夫です。彼女たちの会社は必要以外の破壊は行いません。契約条項にも盛り込まれるはずです。」
「惑星防衛契約は宇流戸羅商会と交わしているではないか。なぜ今あんなのを呼ぶ必要があるっ!」
「お言葉ですが、先週、宇流戸羅商会の方があの怪獣に対処しようとした時どうなりました?全く歯がたたなかったではありませんか。」
確かに一対一では、3倍の身長差ではかなり分が悪い。実際、先週は宇流戸羅商会のエージェントはあの怪獣に叩きのめされて逃げ帰ってしまったのだから。
「しかしだなぁ、だからといってあれは・・・」
「いえ、大臣!これはチャンスなんです。こちらをご覧ください。」
そう言って若い官僚は一枚の紙を差し出した。
「先日、防衛担当者宛に届いたダイレクトメールです。新しい惑星防衛会社のようで、なんと、今無料お試し期間中だそうです!」
タイトルに『巨大な美女が貴方の星を守ります!』という謳い文句とともに、『無料お試し期間中』ということがでかでかと書いてある。
大臣もひとまず予算的な問題がクリアできたのか表情を少し緩めながら紙面に目を落とす。が、また、みるみるうちに顔が赤くなっていった。
「おいっ!お前っ!」
「はい?」
「ここに脅威のレベルによって派遣するエージェントを選べると書いてあるが、読まなかったのか?」
そこには、クラスC:100倍相当、クラスB:1000倍相当、クラスA:10000倍相当と書いてあり、お試し対象外としてSクラスも用意できるような
ことが書いてあった。
「あれは、どこからどう見てもクラスAだよな。」
「はい。」
「あの怪獣が相手だったら、普通はクラスCじゃないのか?リスクヘッジを考えてもクラスBだろう?」
「いえ、せっかくの無料なんですからここはどぉーんと!」
「何がどぉーんとだ!」
「一万倍ってどんなもんか見てみたいじゃないですか。でも、凄いなぁ!!!」
窓外をじっと見つめる官僚の目がハート形になっていることに気づいた大臣は、もうこれ以上なにも言う気が起こらなくなっていた。

場所を戻して。。。
「せっかくだから、仕事を済ませて帰りますか。」
独語しながらゆっくりと怪獣に手を伸ばしていく彼女の視界の隅から、何かが怪獣に向かって動いていった。
指を止めてじっと見つめると、怪獣の前に3人のこびとが降り立っていた。こびとと言っても彼女を基準にして5mm程度なだけで、この星の住民から見れば
身長50mの立派な巨人である。
「ひょっとして・・・宇流戸羅商会?」
彼女の表情が一瞬曇る。が、構わずに右手をデコピンの形にしたまま、彼らに近づけていく。
ビシィッ!!!
ひとりの姿が突然掻き消えた。身長17kmにもなる超巨人の幅100mの指先でデコピンを食らったのだ。直撃を受けた瞬間に、エージェントの身体はクシャリと
潰され、バラバラになりながら周りの建物群とともに数km先にその強靭だった肉体の破片を撒き散らしていた。
ズンッ!!!
もうひとりはそのまま指先で押し潰され、地中深く埋め込まれていた。
「邪魔しないで欲しいんだけどなぁ。あんたたち、先週ぼろ負けしたんでしょ?ここの仕事続ける価値、ある?」
最後のひとりを摘み上げ、目の前まで持ってくる。強靭な指の力で、彼の身体は既に腰骨が砕け、アバラは全てへし折られていた。
「ここは私たちが守りますので、お引取りくださいな。」
彼女が指先をゆっくりと閉じると、残されたエージェントの身体は全く見えなくなり、指先にぷちゅっ、という微かな感触を残して完全に押し潰した。
「さて、」
もう一度しゃがんで怪獣に手を伸ばす。少し開いた指先には潰したエージェントの体液や皮膚のようなものが張り付いたまま残っていた。
そんなことにはあまり気にも留めずに怪獣を摘んで立ち上がりながら目の前まで引き上げた。
「持って帰ってペットにしようと思ったけど、あんまり可愛くないなぁ。。。」
指の間では怪獣が必死にもがき苦しんでいるようだが、強靭な彼女の指はピクリとも動かない。
「やっぱ、いいや。」
ブチュッ!!!
怪獣も宇流戸羅商会のエージェントと同じように一瞬で捻り潰され、彼女がさらに指先を擦ると、すり潰された怪獣の肉体が足元の東京湾にボトボトと落下していった。

「どうです?大臣っ!見ましたかっ?」
超巨人女性が去った後、官僚は興奮しきった表情で大臣に詰め寄っていた。
「もう宇流戸羅商会は解約して、彼女の会社と契約しましょう!その方がこの星、いや、わが国の防衛にもきっと役に立ちますっ!」
「しかしだなぁ・・・」
大臣はあまり浮かない顔だ。それもそうだ。お台場の大部分が消滅し、東京スカイツリーは休業を余儀なくされ、都心の至る所に大穴が空けられているのだ。
怪獣が現れるたびにこんな惨劇が繰り返されるのか?大臣は決心仕切れないでいた。というより、自分が責任を取るのが嫌なのだろう。
「とにかく、閣議にかける。それまで待ってろ」
それだけ言うと、よろよろと大臣室を出て行ってしまった。

数日後、新たな怪獣出現の情報が防衛省内を駆け巡った。しかも、今度の怪獣は体長1kmを軽く超える超大型だ!
だが、新しい防衛会社との契約はまだ許可が出ていない。お試しも期間中で一回だけで、次に呼ぶときはスポット契約なので膨大な費用がかかる。
宇流戸羅商会を呼んだところでどうにもならないだろう。
頭を抱えているあの官僚のPCにメールが入ったというメッセージが表示された。
『超巨大な女性が貴方の星を優しく・・・』
「こ、これだっ!これしかないっ!」
しかも、お試し期間中で無料である。
文面を読み終わった彼は、すぐに申し込み画面を開いていた。
「一番大きい子も捨てがたいが、やはりGTS愛好家としてはギガだ!ギガコースしかないな。」
そう呟きながらぱぱっと画面を操作している。
「1000倍だったら、大臣も許してくれるだろう。それに今度の怪獣はでかいしな。スケールのでかい格闘が見れるかもしれない。」
と、大臣への言い訳を考えながら超巨大女性の登場を心待ちにしていた。

数分後、ひとりの女の子が宇宙空間を漂っていた。腕につけた座標計は呼ばれた場所を指し示しているのだがそれらしき星が見当たらないのだ。
「おかしいなぁ。。。」
何回もキョロキョロと見回すが、やっぱり何もない。と思ったが・・・
「あ、可愛い!」
胸元に漂う小さな小惑星を見つけた。その大きさは指先で摘めるほどに小さい。
「ここ・・・かな?でも、まさか、ね」
青緑色の綺麗な小惑星を摘んで目の前まで持ってきて見つめてみたが、特に何も変わった様子は見られない。
「いたずらだったのかなぁ・・・」
小惑星をピンと弾いて粉々にすると、彼女はもと来た方向へと去っていった。

かくして地球は、たったひとりの官僚の勘違いによって、文字通りギガ(10億)倍の女の子によって宇宙の塵にされてしまったのだった。