「あの〜・・・」
出来るだけ優しく、そして小さな声で呼びかけてみる。少し待ってみたがやはり返事は無い。
足元では、他の面接希望の学生達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。
舞子はゆっくりと腰を折り曲げて、学生達に紛れて逃げ出していた誘導係の女子社員を
潰さないように指先で挟むと、そっと掌に乗せ、腰を伸ばしながら目の前まで上げていった。
その会社の制服を来ていた女子社員はガタガタと震え、必死に身を丸めていた。
「おねがい・・・助けて・・・」
か細く聴き取れそうにない嗚咽の中から、そんな単語が聞こえて来た。
小さな溜息をついて、舞子はその女性になるべくやさしく話しかけた。
「東東京大学経済学部4年の三色舞子と申します。本日はこちらの面接試験を受験しに参ったのですが。。。」
「ヒィッ!」舞子が一言発するたびに女性の全身が強張り硬直するのが何となくわかった。
仕方なく地面に掌を降ろして女子社員を解放する。
彼女は目の前にあった途方もなく巨大なパンプスを見て転がるようにビルの中に逃げ込んでしまった。
参ったなあ・・・大き過ぎると面接も受けさせてもらえないなんて差別よね。
そうも思ったが仕方が無い。第一この腰までも届かない20階建ての小さなビルのどこで面接をするのだろう?
ひょっとして、また身長の単位を読み間違えた?もう!これで何回目よ。
少しだけ腹が立ったので、ビルの横に止めてあった黒塗りの高級車を2台掴み上げた。
中を覗いたが誰もいない。運転手も逃げてしまったようだ。
メキグシャッ!涼しい顔で一気に握り潰した。ドアの1枚がV字型に折れ曲がった状態で
ヒラヒラと落ちて行った。タイヤも1本が吹き飛んで行って100mほど先のビルの中央の窓ガラスを
突き破って飛び込んで行った。
握り潰したもはや車とは言えないものを屋上目がけてポイッと放り投げると、2台の車がクシャクシャの
ひと塊になった合計4t近い鉄塊が10m以上の高さから叩きつけられ、衝撃でビル内のほとんどの窓ガラスが
砕け落ち、上層階の壁面にも無数のひびが入った。
「フンッ!」
舞子は鼻を鳴らすと、いつもより少し大きめの地響きを立ててその場を後にした。

巨人の後ろ姿を見送りながら、人事部では上へ下への大騒ぎになっていた。
崩れ落ちた書類の山から、数人が1枚の書類を探していたのだ。
「あった〜!三色舞子。見つけました。」
全員が声が上がった男に駆け寄る。その中の一番偉そうな男が書類を取り上げると、中を覗き込んだ。
「どれどれ、三色舞子。東東京大学卒業見込み。書類選考はS評価で・・・確かに今日の面接だ。
身長・・・175・・・めーとる・・・あ、合ってた、ね。」

舞子はその後、勘違いした会社数社の面接を受けに行ったが、全て面接すら受けられなかった。
そのうちの2社は、舞子が足踏みをした衝撃で社屋が崩れ落ち、全壊していた。

翌年4月。舞子は紺のブレザーになぜかミニスカートという恰好で立っていた。
サイズ26.5mの巨大パンプスの先には、蟻のように小さい人たちが綺麗に整列して向こうを向いている。
その向こうには何人かが横並びに整列していた。
「きれ〜い。流石に整然としているのね。」
整然と並んでいるが、その場にいる舞子以外の全員が、後ろに聳える黒光りするパンプスの威圧感に
怯えきっていた。
あの足が一歩前に踏み出しただけで、ここにいる半数以上が確実に踏み潰される恐怖に、ほとんど全員の
膝から下がカクカクと震えていることなど、舞子は知る由もなかった。
「でも、よかった。就職できて。軍隊だったら少しくらい潰しても怒られないだろうし、一石二鳥ね。
なんで今まで気がつかなかったのかしら。でも、この式典長いなぁ。脅かしちゃおうかな。」
舞子がジロッと壇上を見下ろしてパンプスのつま先を少し上げるた。さっき、うっかり踏み潰してしまった
軍用ジープのなれの果てが靴裏にへばり付いているのが視界に入ってしまった防衛大臣は、急に訓話を終了させ、
逃げるようにその場を去って行った。