それは本当に突然のことだった。リサとリナの前がパァッと開け、明るい陽射しを全身に浴びることが、薄暗い森から抜け出したことをふたりに告げていた。
「とうとう・・・抜けた、の?」
全裸で仁王立ちするリサ、だが、睡眠をとっても体力はほとんど回復しないほど疲れ切っていた。
「やったね。おねえちゃ・・・」
やはり服をとっくに着ることが出来なくなっていたリナが、巨大な木の葉などを身体に巻きつけて胸と腰だけは隠しながら後に続く。と、ふたりの眼前に現れたのは間違いなく一軒の家だったのだ。だが、そのあまりの巨大さにふたりとも絶句してしまう。魔の森が途切れた広大な空間に、後ろに聳える山々よりも巨大な家が忽然と姿を現していた。
「これ・・・が、伝説の、巨人の、いえ?」
「お、大きすぎるよ・・・あたしたちまで、まるで・・・」
虫けらのようなものだろう。話を聞いてもらう前にあっさりと踏み潰されるかもしれない。でも、ふたりの決心は変わらなかった。リナと顔を見合わせて頷くと、巨大な家に向かって歩き出した。
その時だった。背後に何か気配を感じて振り返ると、ふたりの眼前には今までに見たこともないほど太くて頑丈そうな爬虫類系生物の脚があったのだ。ゆっくりと顔を上げると、とんでもないものの姿が視界に飛び込んできた。
「ド・・・ラ・・・ゴン?なんてでかさなの?」
身長130mのリナはもちろん、150mを超えたリサの巨体よりもさらに3倍以上大きい。そんな超大物のドラゴンが、腹を真っ赤にして今にも炎を吐き出しそうな勢いでふたりを睨み付けていた。
今のリナの魔法障壁では防ぎきれないと判断したリサは、リナの手を取って走り出した。だが、ヴンッと唸りをあげて飛んできた尻尾に薙ぎ払われ、簡単に地面に這いつくばってしまう。
折角ここまで来たのに・・・回復さえしていればと、土まみれの顔で悔しがるリサ。リナは青色吐息で這って逃げようとしているが、ドラゴンは、ズシンズシンと地響きを立てながら近づき、炎が腹から上昇しているのか喉元から口までが赤く染まっている。
ここで紅蓮の炎に焼かれて死ぬのかな?だがリサは格闘家の矜持そのままに、リナを庇いながら怯まずにドラゴンの顔を睨み付けていた。
バシュッ!
ふたりの頭上を何かが飛んで来たのは、まさにドラゴンが炎を吐き出そうとした時だったのだろう。何かがドラゴンの腹部に突き刺さると、次の瞬間には口を大きく広げたまま氷の彫刻になっていた。
「な・・・に?」
リサが振り返ろうとすると、このドラゴンの地響きなど比べ物にならないほど強大な、この二人でさえ立っていられないほどの巨大地震に身体全体が突き上げられた。氷像と化した巨大ドラゴンがガラガラと崩れ落ちていく音が背後から聞こえる。
薄れそうになる意識を必死に呼び戻し、その主の方を見る。そこにあったのは確かに人間の足だ。だが、そのサイズたるや背後で凍っている巨大ドラゴンの全身よりもはるかに巨大だったのだ。間違いない、あの巨大な足跡の持ち主、伝説の巨人だとリサは確信した。
だが、その足が一歩近づくたびに、彼女たちは身体が数十m跳ね上げられ、地面に叩き付けられる。既にドラゴンは砕けた氷の山になっていた。そしてその巨足はたったの数歩でふたりの目の前まで近づくと、ふたりの姿に気が付いたのかその場で立ち止まったのだ。そして、ふたりを中心に大きな影が落ちかかった。
リサは巨人の姿を一目見ようと立ち上がろうとするが、膝が笑ってうまく立てない。それでも片膝をついた状態で、顔を上げようとする。その時だった、巨人の声が轟いた。
「ラスボスにやられそうになるなんて、詰めが甘いですね。それになんで裸なんですか?やっぱり変態なんですか?」
え?その話し方・・・あの廃墟にいた白魔導師の女そっくりだ。顔を上げると逆光でわからないが、巨人が女だということはわかった。リナも気が付いたようだ。うつ伏せのまま顔を上げて、超巨人の姿を確認しようとする。
「あ・・・あな、た・・・」
「ずいぶんボロボロですね。でも、仕方ないですね。ここまで辿り着くなんて奇跡みたいなものですから。」
何か小馬鹿にしたような話し方、そして口調、間違いなくあの白魔導師だ。でも、なんでこんなに大きいの?
「あんた・・・やっぱり・・・」
「ええ、お久しぶりです。その節はお世話になりました。」
「でも・・・なんで、そんなに・・・」
「なんでそんなに大きいかですか?それはゆっくりとお話ししてあげますけど、その前に少し休んだ方がいいんじゃないですか?こんな場所で倒れて雑魚にやられちゃったら間抜けもいいところですよ。」
「な・・・んですってぇ!」
怒りは湧いてくるが身体は全く動けない。それでもリサはもう一度顔を上げると、とんでもない光景が視界に飛び込んできた。恐ろしく巨大な指の間に自分たちと同じくらいのサイズの巨大ドラゴンがまるで虫けらのよう挟まれていたのだ。
「今だとこの子にも負けちゃうんじゃないですか?」
そう言いながら、ドラゴンをぷちりと捻り潰す。まるで、自分たちが簡単に潰されたような感覚を焼き付けられてしまう。完全に圧倒され、何も言えなくなっているリサ。リナも事の次第を理解したらしい。ポカンと口を開けて、何も話すこともできずにマリーの顔を見つめていた。そして、
「せっかくここまでたどり着いたんだから、ご褒美です。」
そう言われ、あっさりと摘み上げられてだだっ広い掌に、リサも妹のリナも一緒に乗せられてしまった。

マリーは家に入ると、テーブルの前にそっと座りリサとリナを乗せている掌はそのままでもう片手の小指の爪でレンをすくい上げた。代わりに姉妹をレンがいた場所に転がり落とす。ふたりとも既に気絶しているようでピクリとも動かなかった。
「おふたりには少し休んでもらいましょう。」
そう言うと、マリーはレンに姉妹の肢体を見せないように気を付けながら、隣の部屋へと入っていった。
「どうするの?」
枕もとの小さな街に降ろされたレンは改めて尋ねてみた。
「そうですね、お話は伺いますけど、やはり私はこびとの戦争には・・・」
マリーが片方に加担すれば、もう片方はどうなるか、少し考えればわかるのだ。レンもそれ以上は聞こうとはしない。
「少なくとも、今日は出発できそうにないね。」
「はい、リサさんとリナさんがお目覚めになったら考えましょうか。」
結局、ふたりは一日をこの部屋で過ごすことになった。

翌朝、最初に目を覚ましたのはマリーだった。リサかリナのどちらかが目を覚ましたのに気が付いたのだ。レンを起こさないようになるべくそっとベッドから出て、忍び足で隣の部屋に向かう。
隣室では、リサがリナを起こしていた。
「はう・・・おねえちゃん?ここは?」
「わかんない。でも、天国でも地獄でもないみたいね。」
「でも、ここどこなんだろう。なんか凄く広いお部屋みたいな・・・」
部屋?そうだ!あの白魔導師に助けられて、とういうかあの女がとんでもなくでかい伝説の巨人で、それから・・・ということは、あの女の家?よく見まわすと遠くに壁のようなものやその中央に窓のようなものも見える。
「あたしたち、こびとになったみたい・・・」
ボソッとリナが呟く。確かに周りの物が桁外れに大きいのだろう。この場所だって、実は普通の場所なのかもしれないのだが途方もなく広いのだ。
その時だった。巨大なドアがガチャリと開くと、そのドアに見合ったサイズの女性が入ってきた。間違いなくあの白魔導師だ。やはり助けられたのか。とようやくふたりは理解した。
「おはようございます。ゆっくりお休みになれました?」
そう話しながら、超巨人女がガタガタッと椅子を引いて腰かける。ということはここはテーブルの上か。それにしても圧倒的な迫力にふたりとも気圧されそうになる。
「そ、そんなことより、なんで、あんた・・・」
「まあ、そんなに慌てないでください。まずその姿を何とかしませんか?そのままじゃあ、いつまでたってもレンさんを呼べませんから。」
ふたりとも全裸なのだ。リナも身に着けていた葉はとっくに外れて生まれたままの姿になっていた。
ふたりは言われたとおりに服を差し出すと、マリーがゆっくりと掌を翳した。そのまま降ろされたら間違いなくペシャンコにされてしまうであろう広大な掌を見上げて、姉妹は息を呑んでいた。
数分後、リサとリナは違う意味で唖然としていた。
「あんた、なんなの?服まで大きく出来るって・・・」
今の自分たちのサイズに合った服を手に取り、驚くリサ。
「いいじゃないですか。いちいち直す必要が無くって便利だと思いますけど。」
「そういうことじゃなくて・・・」
そこまで言いかけたが、何かどうでもよくなったリサであった。

「リナさん、レンさんのことお願いできますか?」
一度部屋に戻ってレンを連れてくる、と言っても広大な掌に見えないくらい小さな粒が乗っているだけのようだが、とにかく連れてきて、指先にレンを移動させるとそれをゆっくりとリナの前に差し出した。
一抱えもある指先にチョコンと乗っているこびとは間違いなくあの剣士だ。ずぅっと一緒だったんだ。そう思いながらリナはレンを受け取った。
「久しぶり。でも、かなり大きくなった?」
「え?ええ・・・ずっとモンスターと戦ってばかりだったので。」
その後レンが何か言おうとすると、機嫌の悪そうな声がレンだけに轟いた。
『私より安全だと思って渡したんですからね。あんまりデレデレしてたら、わかってますよね。』
見上げると、恐ろしく巨大な胸をテーブルに乗せて座っているマリーが冷たい視線で見下ろしていた。

マリーとレンの馴れ初めからマリーの成長期、リサとリナの生い立ちなど色々な話をした。リサとリナはある国のはずれに捨てられていたところを保護されたのだそうだ。
巨人族の幼い姉妹は、子がいなかった国王夫妻に引き取られ、王宮で育てられた。彼女たちも人より遥かに強大な力に戸惑ってはいたが、成長するにつれ、その力を国のために使い始めた。
隣国とは王族同士が親戚だったので仲が良かったのだが、数か月前突然発生したクーデターが、すべてを狂わせる発端だったようだ。
隣国では屈強な冒険者たちが数多く傭兵として入国していった。その数は千人とも1万人とも言われていた。そしてその傭兵軍団が攻め込んできたのだ。
いくら身長が10倍の巨人族でも、普通の少女ふたりでは高位の冒険者集団には敵わなかった。国は徐々に隣国に蝕まれていったのだった。
「もう、首都が陥ちるのも時間の問題なんだよね。」
リサがボソッと呟く。
「それで私の力・・・ですか。」
「別に無理にとは言わないわよ。今の私たちも相当強くなったから、住民を逃がす時間稼ぎくらいはできるしね。でもさぁ、あんた、ほんとにどんだけ強いの?」
リサがテーブルの上に乗せているマリーの手に近づいていく。何をする気なんだろう?マリーの視線は身長150m以上の小さなリサを追っていた。やがてリサが人差し指の前で立ち止まると、、、
パシュッ!
「へ?」
何かが指に当たった感触。リサさん、なにしたんですか?と言おうと思ったとき、
「いったぁ~いっ!!!」
リサが脚を抱えてのたうち回っていた。
「あの・・・リサ、さん?」
「リナっ!治癒魔法っ!足折れちゃったよぉ・・・」
慌ててリサに治癒魔法をかけるリナ。いったい何が起こってどうなったんだか?
「本気の蹴りが全く効かないとは思わなかったわ・・・」
本気の蹴り?あの黒魔導師を瞬殺、というより、一瞬で消滅させたあの蹴りをマリーの指に入れたってこと?あまりの速さに誰も気が付かなかったのだ。しかも、今やこびとなら数十人単位でまとめて消滅させられるほどの破壊力になっているはずなのだが、マリーの指1本はそれより遥かに強大だったということになる。
「なんかあんたといると自信なくしちゃいそうだよね。次、リナ、物理障壁作って」
キョトンとしているマリーの指の横に半球形のドームが現れる。これも成長のおかげで数十人の高位の剣士や格闘家の攻撃などではビクともしないであろう物理障壁になっていた。
「ねえ、これ、壊してよ。」
「わ、たしがですか?」
マリーは、いったいリサさんは何がしたいんだろう?と思いながらも、半径100mほどの小さなドームの上に指を乗せた瞬間、ピシッ!と大きな音がしたかと思うと、物理障壁が粉々になって崩れ落ちていった。
「す・・・ごい。」
自分の作った物理障壁に少しは自信があったリナだが、それを指1本で粉砕されて絶句するしかなかった。とんでもない破壊力だ。
「やっぱりね。魔法力はこの前と昨日助けてもらった時のを見て桁外れだってのはわかったけど、力も半端じゃないよね。まあ、あんたに助っ人に来てもらえれば間違いなく楽勝なんだろうけど。」
「それで試したんですか?」
「ああ、ごめんね。悪気はなかったんだ。」
『やっぱりお手伝いに行った方がいいのでしょうか?』
マリーはレンにだけそっと語り掛ける。
「う~ん、でも、正直言うとマリーさんの力が、他の人にまで及んじゃう危険はあるよね。」
『そうなんですよ。それがちょっと・・・』
ところが、リサが発した言葉は想像とは少し違っていた。
「ねえ、森の入り口まで送ってってくんない?あたしたちだけだと戻るだけでまた何日もかかっちゃうからさ。」
「え?あ、はい。いいですけど。それからどうするんです?」
「そろそろ首都もやばいと思うんだよねぇ。だから早く帰らないと。」
「あの・・・あたしは?」
「いいよ、無理しなくても。強すぎるってのも大変でしょ?あたしたちのせいで他の人を殺させるのも嫌だからさ。」
「はぁ・・・」
リサもマリーの圧倒的な力を目の当たりにして何かを感じたようだ。ここはリサの言うとおりにしておこうとマリーもレンも思ったのだった。

魔の森の超巨木を踏み砕きながらマリーがゆっくりと歩いている。掌の上にはリサとリナが乗せられ、リナの掌の上には相変わらずレンが乗せられている。
最初はそんな予定ではなかったのだが、「あたしたちがよろけたら危ないんじゃない?」というリサの一言で、レンの居場所はまたもやリナの掌の上に決まったのだ。
『あんまりじろじろ見てたら、わかってますよね。』
少し怒気の籠ったマリーの心の声に、レンは心底恐怖しておとなしく前を向いて座っていた。だが、背後で大きなものが揺れる気配に負けてほんの少しだけ振り返ると、リナの爆乳が視界いっぱいに広がった。
「どうしました?」
気が付いたリナがレンに話しかけるが、それを聞きのがすマリーではなかった。
急にマリーが立ち止まったので、3人そろって見上げると、少し冷たい視線が見下ろしていた。事情が呑み込めないリサとリナだが、残りの一人は身体の震えが止まらないといった感じだ。マリーがここまでやきもち焼きだとは・・・
『レンさん、あとでゆっくりお話ししましょうね。』
レンにだけそう言うと、またゆっくりと歩き出した。
数時間後、魔の森を抜け迷いの森はたったの数分で通過して、マリーは足元に巨人の姉妹を降ろしていた。
「やっぱ早いわ。でも、モンスターとかいなかったの?」
「いっぱいいましたよ。面倒だから避けなかっただけです。」
つまり、数えきれないほどのモンスターを虫けらのように踏み潰してきたと・・・リサとリナはあの巨大な足跡の中の光景を思い出して少し身震いしてしまった。
「じゃあ、ここでいいわ。ありがと、また会えるといいね。」
「ええ、また」
マリーが立ち上がるとリサとリナの視線がほとんど真上を向いてしまった。圧倒的な大巨人が地面をえぐりながら踵を返すと、壮大な地響きを伴って歩き去っていく姿をしばらくの間見送っていた。というのは建前で、実は二人とも足が震えてしばらく動けなかっただけなのだが。

「本当によかったのかなぁ・・・」
広大な掌の上でレンが呟く。
「気になるんですか?」
少々怒気の成分が含まれた声が上空から響いてくる。
「そういうんじゃなくて、あの二人、特にリサさんは自分を犠牲にする覚悟なんじゃないかって・・・」
「私もそう思ってました。でも、なんかお手伝いするって言えなくて・・・」
マリーは山の間に立ち止まって、掌の上のレンを見つめている。たぶん、言いたいことはわかっている。とレンは感じていた。
「ちょっと行ってみようか。」
「はい。」
マリーは少し方向を変えて、また歩き出した。

「そろそろ小さくなりますね。」
確かに少し小さくなっておいた方が、目立たなくていいかも知れないな。そう思って振り返ると、あれ?この前ほど小さくない。マリーもレンが怪訝な感じなのに気が付いたようだ。
「今は十分の一くらいです。以前の私より少し大きいくらいだから、レンさんもそんなに変に思わないんじゃないかって・・・」
そうか、でも確かにそのくらいの大きさかも知れない。思えば出会った時からマリーはこんなに大きかったんだなぁ。と妙なところを感心していた。
リサとリナの国の領土に入ってしばらく歩くと、マリーが何かを感じたようだ。
「この先に、村か何かがあるみたいです。」
しゃがんで山の中腹から顔を覗かせると、確かに集落が見えた。でも、畑には人はいない。村の中は?そう思って視線を移すと・・・いた。たぶん村人と思われる人たちが、車座になって地面に座らされ、その周りに何人かの男女の姿があった。
マリーが集中して会話を聞き取ろうとすると、だんだん顔色が変わってきた。
『あの人たち、村の人を全員殺して首都を攻撃する部隊に合流するって・・・』
じゃあ、あれが金で雇われた高位の冒険者ってことか。見張りが数人ということは建物の中にもいるのかもしれない。
『レンさん、どうしましょう。助けに行った方が・・・』
「ちょっと待って、あのじいさんに直接話しかけて、村人全員があそこにいるかを聞いてくれる?」
レンは車座の中の長老と思しき落ち着いた感じの老人を見つけていた。彼ならいきなり心の中に話しかけられてもあまり動揺しないと踏んだのだ。
少しうなだれていた老人の頭が急に上がり、あたりを見回している。しかし、落ち着かない挙動はそれだけで、あとは前を見て普通に座っていてくれていた。
『答えてくれました。あそこにいるのが全員だそうです。やっぱりちょっと驚いてましたけど。』
「そう、じゃあ助けに行こう。僕が囮になるからマリーは・・・」
『大丈夫ですか?あの人たちかなり強そうですけど。。。』
「最後にはマリーがやっつけてくれるんでしょ?」
『はい。任せてください。』
マリーはにっこりとほほ笑んだ。

レンは出来るだけ不遜な態度で村の入り口に近づいて行った。見張り役の誰かが、こちらにやってくるひとりの剣士に気が付いたようだ。顔を見合わせてひそひそと二言三言交わすと、ひとりがひとつの建物の中に入り、ふたりの男がレンに近づいてきた。魔導師と剣士か、いけそうだな、レンはそう思っていた。
「なんだ?お前、見かけない面だな。新入りか?」
自分たちと同じで金で雇われたのだろう。彼らはレンが冒険者だったので、そう思い込んでいたのだ。
「ああ、この村に来れば同じ奴らがいるって聞いたんでな。」
射程距離に入るまで話を合わせなければならない。レンは剣を構えるそぶりも見せていない。それを見て、一度は剣に手をかけていた剣士も剣から手を離す。今のところ成功だ。
「リーダーに会いたい。」
「構わんが、名前は?」
村の向こう側の山の斜面からマリーの頭が見えた。うまく回り込んだようだ。こっちのふたりもレンの間合いに入ってきた。今しかチャンスは無い。
「外道に名乗る名などないっ!」
剣を抜き放ち、魔導師を一刀のもとに切り捨てる。剣士にとって魔法の方が厄介なのは自明だ。多少レベルの高い剣士を残しても時間稼ぎくらいはできる。
想像通り剣士の方はレンより少しレベルが高そうだった。かなりの速さで剣を抜いて身構える。
「て、めぇ!どういうつもりだっ!」
「まだわかんねぇのか?敵襲だよ。」
相手の意表を突いた分だけ、レベル差が無いと村の中の連中も思い込んだようだ。村人を取り囲んでいた中のひとりと建物から出てきた数人がレンに向かって走ってくる。
「てめぇ・・・生きて帰れると思うなよっ!」
加勢がついたのがわかったのか剣士の鼻息は荒い。まさにその時、村の向こう側で何かが大きく動き始めた。
ズッドォォォンッ!!!
村の向こう側には、途方もなく巨大な足が踏み下ろされていた。そのまま大きな影がゆっくりと落ちかかると、残された一人の見張りの周囲だけが影が濃くなっていき、肌色の巨大な壁が現れたかと思うと、見張りの姿は見えなくなった。
見張りがいた場所の陥没した地面と上空の巨人の姿を見て村人の何人かもざわつき始める。
「リサ様?」
「いや、違う・・・で、でか過ぎるっ!」
でか過ぎとかちょっと失礼なんですけど・・・と思ったがまだそんな時じゃない。大地震に驚いて建物から飛び出した冒険者たちを、次々と指先で圧し潰していく。あとはレンさんの方だけかな?
そう思って見ると、レンの前にひとりの剣士が対峙し、村から5人の男女が走り出て立ち止まっている姿が見えた。まだ手が届く場所なので、動かずにゆっくりと右手を伸ばす。

「な、んだ?ありゃあ・・・あれが噂の巨人姉妹か?」
「外れ。俺の彼女だよっ!」
狼狽を隠せない剣士などもはやレンの敵ではなかった。簡単に切り倒すと、ほっと胸を撫で下ろした。
5人の冒険者の周りには物理障壁が張り巡らされていた。かなりレベルは高そうだが、リナの作るものには遠く及ばない。しかも、そのリナの物理障壁をあっさり粉砕したマリーにとっては、いくら小さくなっているとはいえ何の障壁にもならないだろう。
レンの予想通り、マリーは物理障壁を簡単に指で弾いて粉砕してしまった。
「うまくいきましたね。」
マリーは笑顔で戦意を喪失した冒険者たちを次々に弾き飛ばしていった。500倍の指先の破壊力は、剣士の防具など何の役にも立たない。リサの回し蹴りを凌駕するデコピンで、全員を文字通り消し去るのに10秒もかからなかった。
ズズンッ!
村の外にゆっくりと腰を下ろし、村人たちを見下ろすと、全員が唖然として巨大な女の子の姿を見上げていた。
「リサ様やリナ様以外に、これほどの巨人がいるとは・・・」
長老はさっき心の中に話しかけてきた声の主が彼女だと直感していた。膝を崩して座っているその膝の前に近づいて、頭を垂れる。
「ありがとございました。おかげで村は救われました。」
「いえいえ、私なんかではなく、そちらのレンさんのおかげですから。」
ちょうど村に入ってくる剣士を指さすマリー。すると、レンの周りに人だかりができ、口々に感謝の言葉が発せられた。

長老からだいたいの話を聞いて、マリーは決心したらしい。何しろ攻め取った土地のほとんどの住民は追い出されるか殺されるかしたらしいのだ。リサに何を言われようと首都に行くつもりなのだ。
レンも止めはしなかった。だが、少し不安を抱えていた。普通、国盗りの戦争は一般住民はそのままの土地に置いておくのが常のはずだ。人も含めて支配下に置かなければ国は大きくならない。移住のための土地だけが欲しいのだろうか?相手の国の思惑がどうも読めなかったのだ。
今日はここで泊めてもらって、明日の朝に首都に向かって出発することにした。といってもマリーは少し離れた場所で野宿なのだが。