魔女と女神 覚醒(前編)

見習い期間に行うべき訓練は多い。振り返れば飽きっぽい自分がよくここまで真面目にやって来られたと思うほどの様々なことを学んできたものだ。と、絵里奈は感嘆していた。
「では、最後の訓練、シミュレーターによる最終確認をしましょうか。」
名前が似ているという理由(かどうかはわからないが)で絵里奈の指導教官になったエリーシャの声に我に返る。
「シミュレーター?何するんですか?」
絵里奈は目の前に立っている自分より二回りほど長身のスタイル抜群の白人っぽい女性に、訝し気な表情で尋ねてみた。
「たいしたことないわ。簡単に言えば見習い解除試験ね。合格率はほぼ100%。これを通れば晴れてEクラスに昇格よ。」
「はぁ・・・」
でも、確かEクラスっていってもこの中の雑用係のようなものだったはず。一人前になるまではまだまだなんだろうなぁ。などと思いながら、絵里奈は歩き出したエリーシャの後に続こうとすると、
不意にエリーシャが立ち止まった。
「絵里奈、あなた相変わらず文句ばっかりね。あなたの才能ならDクラスにはすぐなれると思うから安心なさい。」
あ・・・また心を読まれてしまった。Bクラスのエリーシャが相手ではどんなに頑張ってもすぐに心の扉をこじ開けられてしまう。見習いとのそもそもの能力差でもあるので仕方が無いし、
これからさらに訓練を重ねれば抵抗できるようにもなるとは聞いているが、それでも今の状況は面白くないな。などと、これも読まれてるんだろうな。
と感じながら、絵里奈はまた歩き出したエリーシャの後に続いた。

「エリーシャ様、シミュレーターって何をするのですか?」
明確な意思表示は言葉にするように言われていたので、絵里奈もその通りにしている。
「簡単に言えば、今までに訓練した能力のすべてを使って、人間界に私たち女神の存在を知らしめることよ。それと、人間同士の争いを止めさせること。面倒だったら滅ぼしても構わないけど。」
女神かぁ、私もここに来るまでは女神の存在なんか信じてなかったもんなぁ。っていうか、今さらっと恐ろしいこと言いましたよね。
「どうやって知らしめるんですか?」
「それは、絵里奈の好きなようにすればいいわ。一番簡単なのは争いに介入して人間にできないことを見せるのが一番簡単だと思うわよ。それと、シミュレーターと言っても、
実際には人間界に存在するどこかの宇宙のひとつの惑星を使うから、本来の仕事の先取りってとこかしらね。」
女神の本来の仕事とは、人間の管理と淘汰である。これはDクラス以上の者が行える。つまり、この適正もテストされるのだろう。適性が無い者は、ずっとEクラスのままだと聞いたことがある。
そうこうしているうちに、ひとりの少女が座っているカウンターの前に到着した。
「エリーシャ様、こんにちは。えっと、こちらは?見習いの方ですね。本日はシミュレーターですか?」
一見すると少女にしか見えない彼女も、エリーシャと同じ白のローブを纏っているということは正式な女神である。ただ、ここにいるということはEクラスなのだろう。
ちなみに見習いは薄黄色のローブなので、心を読まなくても見ただけでわかってしまう。もちろん、彼女も絵里奈の心を読めるが、見た目で判断できるのでそんなことはしていない。

「初級ですと、このあたりでいかがでしょうか。女神さまを脅かすものは存在しませんので比較的簡単かと思います。」
少女は中空に浮かび上がらせたリストをエリーシャと絵里奈の方に向けた。もちろんこれも女神の能力で、別にどこかにプロジェクターが隠れているわけではない。
脳内で受け渡された情報を視覚化させているだけで、実際に空中にリストなど出ていない。当然だが絵里奈にもその能力はある。
エリーシャはさっとそれをさっと眺め、「ここにしましょう。今も不毛な戦争を続けているようですしね。」と言うとリストの中の1行が赤く反転する。
「承知しました。では、お気をつけて行ってらっしゃい。」
少女が深くお辞儀をした瞬間、何か言おうとしていた絵里奈の姿はその場所から一瞬で掻き消えてしまった。

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転送された先は、かなり賑やかな通りから一本それた脇道だった。何か抽象的なデザインのTシャツとショートパンツといった軽装にサンダル履きという格好になっている。
「なに、これ。だっさ・・・」
絵里奈は突き出した胸元を見て呟くと、頭の中にエリーシャの少し不機嫌な声が響く。
『あら~、この世界に合った格好にしたつもりなんだけど、裸の方がよかったかしら。』
『い・・・いえ、これで大丈夫です。はい。』
慌てて打ち消す絵里奈。まさかこんな程度で失点になるわけはないとは思うが、エリーシャには頭が上がらないのだから仕方が無い。何しろ絵里奈を女神界に連れてきた
張本人であり、絵里奈の命の恩人なのだから。

絵里奈はあの日の飛行機事故で死んでいたはずだった。

絵里奈の乗った大型旅客機は、エンジントラブルで空港に引き返す途中に機体のコントロールを完全に失い、墜落してしまったのだ。
CAの指示に従い、頭を抱えて前傾姿勢になって身体を丸めていた。まだ高校に入ったばかりなのに、これから色々な経験が待っているかも知れないのに、突然そのすべてが
中断される。そんな切なさとか悲しさとか周りの人たちへの想いとか色々な感情がこみあげていた。そして、その時はやって来たのだ。前の方から機体が破壊される音と悲鳴の合唱が
聞こえた時、人間としての絵里奈は終幕を迎えた。

気が付いた時には、外に投げ出されていた。と、少なくとも絵里奈は感じていた。ここはどこなのだろう?足元のフワフワした感触と、霧のようなものがかかった向こうに、バラバラになった
飛行機の残骸といくつもの死体の山が見えた。これが、あの世?そうしたら自分はどこに行くのだろう?幽霊にでもなるのかな?などと自問してみるが答えは出ない。
するとどうだろう。死体と思っていた人たちが、むっくりと起き上がると浮き上がり始めたのだ。どんどんと天空に上っていくのだ。ああ、これが天国に行くってことなのか。と思った時、
思いもよらない出来事が起こったのだ。何か恐ろしく巨大なものが現れ、上っていく人たちの一部を叩き落とし始めたのだ。
霧の向こうに何かいる。そう直感した絵里奈は無意識に地面を蹴っていた。身体は重力というものを全く感じずにグングンと上昇していった。霧が切れかかったところで、それははっきりとした
形となって絵里奈の目の前に現れた。
「ゆび?なの?」
驚いたのも無理はない。絵里奈が今見ているのは、自分達の身体など塵ほどにしか見えないほどの巨大な指先だったのだ。それがクイクイと動くたびにひとり、またひとりと地面の下に
叩き落とされているのだ。
さらに上を見ると、絵里奈は両手で口を押え、「うそ・・・でしょ?」と呻いてしまった。遥か上空では、途方もなく巨大な女性の上半身が聳え、その女性が少し曇りがちな顔で、
自らの意思で人を叩き落としていたのだ。

「あら、あなた。私のことが見えるの?」
巨大な女性と目が合った瞬間だった。それがエリーシャだったのだ。絵里奈は口を手で押さえたまま頷くしかなかった。
「もう、振り分けも終わるから、ちょっと待っててね。」
そう言うと、数人を指先で叩き落として、絵里奈はその指の上に乗せられた。
「あ、あの。。。今何をしてたんですか?」
「ああ、これ?次の世界の転生先を振り分けてたの。下に落としたのは不良品だからもう転生できないのよ。ひどい仕事よね。」
と言いながらも笑っている。いつの間にか絵里奈の後ろにはバラバラになった旅客機の残骸が散らばっていた。あんなに大きな飛行機が、この女の人の右手に乗っていたのだということを
絵里奈は初めて気が付いた。
「あなたは・・・転生出来そうね。でも・・・」
女性が一息ついた時、絵里奈ははっとなって振り返った。もう旅客機は影も形もなく、ひとりの人間が横たわっているだけだ。心臓がバクバクと鳴り出しているのを自覚していた。
「ねえ、あなた。女神になる気、ある?」
絵里奈は何も答えられなかった。横たわっていたのは自分自身だったのだ。しかも、左腕は折れ曲がり、身体全体が横にCの字にぐにゃりと曲がり、至る所が赤く染まっている。
「こ・・・あ・・・あた、し?」
それだけ言うので精いっぱいだった。本当に自分は死んでしまったんだと思った。残された道は転生するか、女神になるかしか・・・え?なに?それ?
「め、めがみぃ!?」
思わず叫んだ小さな女の子に女性の方も少し驚いたようだ。
「ずいぶん面白いリアクションするのね。そう、女神よ。一応これでも人間から見えないようにしてきたつもりだったんだけど、あなたには見えるってことは素質があるのね。
どう?あの人たちと一緒に転生するか。自分の身体を使って女神修行をするか、どっちか選ばせてあげるわ。」
自分の身体、つまり今の自分は魂だけというか精神体だけという存在で、入れ物はそこに転がっている死体ということなのか。
「あの、身体と一緒になったら、すごく痛いんじゃ・・・」
「大丈夫よ。壊れたところはちゃんと直してあげるわ。」
だったらこっちの方がいいかな。だって、転生とか人間とは限らないし、人間でもなんか微妙な感じだったら嫌だし・・・つまり今の身体はそれなりに気に入っているのだ。
「じゃ、じゃあお願いします。」
絵里奈がぺこりと頭を下げると、意識が足元の身体に吸い込まれていった。

『こらこら、なに思い出にふけってるの?』
そこで絵里奈の思考は中断された。
『あ、す、すみません。久しぶりの人間世界なので、つい・・・』
『わからないでもないわ。女神界って殺風景だものね。それより、シミュレーションはもう始まってるからがんばってね。あり得ないとは思うけど、失格判定が出たらすぐ呼び戻すから。』
それだけ言うと、エリーシャの声は聞こえなくなった。

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どうしようかなぁ、過去のシミュレーションもいくつか見ていたので多少やり方を真似れば簡単だ。でも、何かひとひねりしたいなぁ。。。
「まあ、いっか。」
そう言うと、絵里奈は大通りへと出て行った。

「ちっ・・・さ・・・」
確かスタート時点のサイズは人間界にいた時のはずで、そうすると絵里奈は178cmのはずだ。長身で多少肉付きはよいが運動神経抜群のこの身体を凄く気に入っていたので、
転生しなかったと言ってもいいくらいの自慢のボディである。
その絵里奈から見ても街行く人々はかなり小柄だった。成人男性で肩くらい、女性だと胸元より少し高いくらいしかない。稀に絵里奈と同じ程度の身長の男性を見かけるくらい
だったので、その長身は人々の目を向けさせるのに十分だった。
絵里奈は少し集中して人々の心の声を拾ってみるとかなり自分に興味を持っている人がいることに気が付いた。
「ってか、ほとんどが『でか女』って思ってるわけね。うざっ・・・皆殺しにしてやろうかしら。」
いけないいけない。女神の力を持ち始めてから、考えも過激になってるのかな。実際、今の絵里奈ならこの街の人々を全て消し去るのは一瞬だろう。だが、それではその力を
見せつける相手がいなくなってしまう。と、その時、違う思考が絵里奈の中に入り込んできた。と同時に街中の全てのサイレンが鳴り響いた。
「警報?まじで戦場なんだ。」
駆け出している街の人々を眺めながら、絵里奈は少し笑みを浮かべて舌なめずりした。最初の獲物はこれから現れる軍隊に決めたらしい。
「じゃあ、始めますか。」
一度気持ちを落ち着かせようと目を瞑る絵里奈。が、右手を誰かに掴まれて引っ張られる感触がした。
「え?あ、あの・・・」
「何してんの?こっちっ!死にたいの?」
ひとりの女の子が絵里奈の右手を掴んで引っ張っている。この星では長身の方なのだろう。絵里奈の肩くらいの身長だ。突然のことに戸惑う絵里奈を連れて、
女の子は近くのシューターに絵里奈を入れようとしていた。
「あなた、大きいけど入るでしょ?早く入って。」
「え?は、はい・・・」
訳も分からず、絵里奈はシューターに入って、地下深くへと滑り落ちていった。

地下には広大な空間が広がっており、さながら地上の街がそのまま移動してきたかのような賑やかさだ。絵里奈は女の子にとある部屋の一室に案内されていた。
そこには同じ年代の女の子ばかり十数人が集まっている。そのうちのひとりが絵里奈たちに近づいてきた。
「だれ?その子。」
「ああ、上でなんかボーっとしてて危なっかしかったから連れてきたの。ね。」
「別にボーっとなんか・・・ってか、ここ、どこ?」
女神の力のひとつは言語的障壁が無いことだ。絵里奈もごく自然にこの星の言葉を話していた。
「はぁ?ってことは他のとこから来たのね。まあいいわ。私はミカ。しばらくあなたを保護してあげる。いいよね、みんな。」
ミカと名乗った絵里奈を連れてきた子に反対する者もなく、絵里奈も深い考えなしにひとまずここにいることにした。

この星は特に珍しくもない、「多主権国家」で構成されている。ただ、より強大な2国の国力が突出しているため、他の小国はどちらかの国に寄り添う形になっており、
その2国の代理戦争ともいう形での紛争が場所を変えながらも、数十年も続いているような状態だった。
そして絵里奈が転送された場所がまさに今代理戦争をしている国の片方なのだ。
瞬時に情報を収集して分析するのも女神の力のひとつだ。こちら側が劣勢であることも分かっている。もうひとつ、敵にはこちらにない新兵器が存在する。
「爆撃じゃないんだ。」
絵里奈は上を向いて、その新兵器が地上を蹂躙しているのを眺めていた。(もちろん、心の中で)

少女たちは同じ場面を地上に配置したカメラからの映像で見ていた。逃げ遅れた人たちがバタバタと倒れていき、建物が次々に崩れ落ちている。
放っておけばこの街は消滅し、敵軍が大きく占領地を広げることになる。
「フンッ!今のうちに好き勝手やってればいいさ。」
地下に避難した人々のうちの戦闘員たちは反撃の機会を伺っているのだ。しかし、この少女たちもそうだとは最初は思わなかった。聞けば、ここにいる全員が
天涯孤独の身の上らしい。
「ねえ、エリナ。あなたも私たちの仲間になる?」
「そうね。別にいいけど、規則みたいなので縛られるのは嫌いなんだよね。」
「それなら心配ないわ。そんなもの無いから。生きるか死ぬかよ。」
フフッと笑う絵里奈は、この星で何をするかをだいたい決めていた。

アントボットと呼ばれる全長2mほどの6足歩行の真っ黒な自動機械歩兵による破壊と殺戮がひと段落すると、どこからともなく人が現れた。敵の兵士たちだった。
画面を見ていた少女たちが一斉に動き出す。たぶん他の部屋で息を潜めていた戦闘員たちもそうだろう。敵が地上を占領している間に、アントボットが
何らかの手段を使って地下に侵入してくる。それを迎え撃つのだ。ミカも機銃を肩にかけて、もう一丁を絵里奈に渡そうとしたが、絵里奈はそれをやんわりと拒絶した。
それどころか、ミカの機銃も降ろしてそっと肩に手をまわし軽く抱きしめたのだ。驚く表情のミカに、
「もっと面白いこと、しない?」
そう囁いた瞬間、ミカの視界は真っ白になった。

外に出ている?明るさに目が慣れてきて、ミカはそう感じていた。エリナは?まだ自分の身体を抱きしめたままだ。絵里奈が腕を離したので少し離れて見上げてみると、
笑顔で人差し指を下に向けている。何だろう?と足元を見ると、ミカは目を見開いたまま言葉を発することが出来なかった。
ふたりの足元には、まるでミニチュアのような街並みが広がっていたのだから。
「え・・・エリナ?これ、どういう?」
「驚いた?これなら敵の新兵器なんか怖くもなんともないでしょ?」
「じゃ、あ・・・あたしたち、大きく?」
絵里奈はその言葉に大きく頷いた。
「そう、100倍くらいかなぁ。この星で初めてのお友達だから、女神の力を少しだけ分けてあげたの。気に入ってもらえたかしら。」
絵里奈はゆっくりとしゃがんで街の中に手を入れると何かを摘み上げて、ミカの手に置く。それは、アリ、ではなく、今まで破壊と殺戮を思いのままにしていた
アントボットだった。が、ミカから見ればアリにしか見えないほど小さいのだ。その小さなアリが生体反応を認めて機銃をミカの美巨乳に向けて乱射していた。
「全然痛くない。ちょっとくすぐったいだけみたい。ロケットランチャーもちっちゃな花火よりちっちゃいんだ。」
アントボットを乗せた左手を左胸に近づけて、機銃掃射やロケット攻撃をまともに受けても全く効かないのだ。
「じゃあ、ちょっと反撃ね。」
ミカは右手の人差し指を伸ばして、アントボットに近づけるとゆっくりと押し付けてみた。クシャ・・・という感触を残しただけでアントボットは簡単に潰れてしまった。
「ほんとにアリみたい。弱すぎ。」
手のひらを反すと、胴体がペシャンコに潰れ、脚の部分がバラバラになったアントボットがパラパラと足元の敵のただなかに落ちていった。
「エリナって女神様だったのね。あたし、ずっとこんなに強いまんまでいられるの?」
「ええ、いいわよ。ミカがそう望むならもっと大きくて強くしてあげるわ。」
ふたりは何が起こったのかようやく理解し始めた敵兵の攻撃を受けていた。だが、機銃もロケット弾もゴツゴツしたサバイバルブーツに包まれたミカの足はもちろん、
サンダル履きの絵里奈の足さえ傷つけることはできなかった。

絵里奈とミカは街の中心部を間に挟んで、向かい合って座っていた。ふたりの間には数百人の敵兵と数十機のオートボットが収められている。
もちろん彼らに逃げ場などない。脚を広げて座っている巨人が少し脚を伸ばせば高さ20m近い太ももの壁が真下の建物を押し潰し、乗り越えられない壁となってしまうのだから。
ミカは適当に手を伸ばして軍用トラックを摘み上げると掌に乗せて中を観察しようとしていた。幌に包まれた荷台には10人以上の兵士が乗っていて、全員が身体を丸めて
震えているようだった。
「怖い?そうだよねぇ。まさかトラックごと女の子の手に乗っけられるとは思わなかったでしょ?でもさぁ、軍隊のトラックなんだから女の子の力に負けちゃうなんてこと、ないよね。」
ゆっくりと閉じられる手の中から、ミチミチというトラックの悲鳴と、人間の悲鳴や叫びが聞こえてくる。それに呼応してミカの息遣いが少し荒くなっていく。
「んふ・・・なんか、気持ちいい・・・」
トラックを握り潰した感触が伝わると、少し股間が熱くなる感じがした。でも、モニター越しにみんなが見ているのだ。変なことはしたくない。そう思いながら手を広げると、
そこにはグシャグシャに潰れたトラックと、そこから染み出している赤黒いものが広がっていた。中に乗っていた兵士も一緒に握り潰したのだ。
「あはっ、潰しちゃった。」
笑いながら、それを真下に落とすと、地表からたくさんの悲鳴が聞こえてきた。たぶん何人かが巻き添えを食ったのだろう。

それからひとりひとり丁寧に指先で押し潰したり、アントボットと一緒に摘まんで捻り潰したりして遊んでいると、ミカは何か大きく手を振っている人間がいることに気が付いた。
潰さないように、真っ赤に染まった指先でその人間を摘まんで左手の上に落とす。
「何か言いたいことがあるみたいね。」
ミカは小さな男を眼光鋭く睨みつけた。男の言いたいことは感嘆明瞭だった。
「こ、降伏します。ですから、捕虜として・・・」
「あたしさぁ、正規兵じゃないんだ。だから、そういうこと言われてもわかんないんだよねぇ。」
ミカの声は、男の必死の叫びを簡単に掻き消すほど強大だった。
「それにさ、あんたたちだってこのアリンコを使って無差別に殺してきたわけでしょ?それを勝てないからって助けてくれってムシが良すぎるんじゃない?」
「そ・・・んな・・・」
彼はそれ以上喋れなかった。ミカの人差し指が男を弾き飛ばしたのだ。男の肉体は瞬時にバラバラになり四散していた。

絵里奈はミカが本能の赴くままに殺戮を楽しんでいるのを観察していた。何人かは潰したりしていたが、特に進んで殺したりはしていない。それよりも、
ミカの思い(この場合は怨念かもしれないが)が余りにも強いものだったので、好きにさせておこうと思ったのだ。
街に侵入してきた敵は、ものの10分もしないうちに、全滅してしまった。
やがて、敵がいなくなったのを確認したのか、絵里奈の視界の片隅から何か小さなものがわらわらと現れてきた。
「ああ、あそこが地下の出入り口なんだ。」
ミカはそう言うとゆっくりと立ち上がりそちらに向かったので、絵里奈もそのあとに続く。
街から500mほど離れた小高い丘に隠された出入り口の外には、数百人の小さな人間たちが蠢いていた。
「ふふっ、みんなちっちゃい。敵は全滅させたよ。」
ミカは笑顔でそう言いながら、足元の小さな人間たちに軽く手を振った。ミカの隣に絵里奈もしゃがみ込み、じっと見下ろしてみる。
すると、群衆の中から、3人の男がミカの足元に近づいてくるのが見えた。
「い、いったい・・・これは、どういうことなんだ?」
ミカが絵里奈の方を向くと、絵里奈は頷いて来たので話してもいいんだと理解する。
「実は、この絵里奈・・・さま。女神様なんだよね。それで、私を大きくしてくれたのよ。」
「女神?そんな絵空事・・・」
ごく当然の反応。でも、この常軌を逸した状態はそうでも言わなければ説明がつかない。
別の男が絵里奈を見上げて切り出した。
「では、我々も大きくしてもらおう。本物の女神であれば可能だろう?」
それに対する絵里奈の返事は素っ気ないものだ。
「ヤダ!あたしは気に入った子にしか力を与えないの。あんたたちに力を与えてもろくなことにならないでしょ?」
ったく、全部支配するとかバッカじゃないの?絵里奈は男たちの心を読み取ったうえで、そう答えた。
「な・・・」男が何か言いかけたが、ミカがそれを遮った。
「なんで?あたしは大きくしてくれたじゃん!みんなでやったら敵なんかあっという間に全滅だよ!」
「そうねぇ、ミカちゃんがそう言うんだったら、考えないでもないわ。その代り、ミカちゃんが選んだ5人だけよ。あんまり馬鹿でかいのがいっぱいいても仕方がないでしょ。」

結局、ミカが選んだのは自分が最も信頼する5人の女の子だった。
実は頭の中に絵里奈の声で男は絶対に選ばないようにと言われていたのだ。一度絵里奈の顔を見ると頷いたので間違いないだろう。それに、ミカ自身が今まで自分と一緒に苦労してきた
子たちに同じように力を与えたいと思っていた。だが、5人を掌に乗せ、立ち上がったふたりの足元ではブーイングの嵐だった。
「っさいなぁ、あんまりガタガタ言うと踏み潰すよっ!」
絵里奈が少し足を上げその場を軽く踏みつけると、衝撃でその場にいたほとんど全員がなぎ倒されてしまった。巨大な女神との力の差をまざまざと見せつけられ、ほとんどの人間が黙ったが
それでもまだブツブツと不平を言う奴らが点在していた。
「フンッ!それより、あなたたち心の準備はいいかな?」
絵里奈はミカの掌の上の5人に話しかける。と、同時に5人の心の中も覗いてみた。全員が敵に肉親を殺され、相当な恨みを持っていた。だが、圧倒的な力を手に入れることによる野心は
全くと言っていいほどなさそうだ。
「大丈夫そうね。じゃあ、ミカちゃん、みんなを降ろして。」
ミカが5人を足元に降ろした次の瞬間、真っ白な光が5人を包み込み、それが爆発するようにその場にいた全員の視界を白に染めた。
別にこんな演出しなくても・・・と思っていた絵里奈を除いてだが。

群衆の前には合計で14本もの巨大な脚の塔が聳えていた。その高さはどんな高層建築物でも敵わないほどだ。だが、建築物と違うのは、それらがそれぞれの意思を持って動き回れるということだろう。
「さて・・・」
絵里奈は群衆を見下ろし、ミカを含む6人に掌を差し出すように命じた。次の瞬間、6人の掌の上にはそれぞれひとりずつの人間が乗せられていた。絵里奈が群衆から瞬間移動させたのだ。
驚く6人に向かって、絵里奈が発した言葉は、人間が想像する女神のイメージとはかけ離れたものだった。
「この者たちは人間の分際で女神である私に最後まで不平を鳴らしていた者たちです。わかる?女神に逆らうことは人間には許されないの。だから・・・」
全員が息を呑む。
「殺しなさい。」
ミカを除く5人が思わず顔を見合わせる。殺すって、今まで仲間だった人でしょ?そんなの・・・
「承知しました。」
ミカは左手に乗せた男に右手の人差し指を丸めて近づけていった。一度男の目の前で止め、無表情で泣き叫んで命乞いをしている男を見つめる。
「女神さまのおっしゃることは絶対よ。逆らうことは許されないわ。だから、あなたはここで死ぬの。可哀そうだけどね。さあ、あなたたちも早く片付けなさい。」
バシュッ! 男の身体はミカの人差し指に弾かれ、一瞬で四散した。それが合図であるかのように、他の5人も次々と女神様に逆らった人間を処分していった。
「エリナ様、次はどうしましょうか。」
ミカは絵里奈の目の前に跪くと、他の5人もそれに倣う。このミカという娘の豹変ぶりに少し驚くが、絵里奈は彼女の心を読んでいたので、それは納得の行動だと理解していた。
それは、敵を完全に葬り去るのはこの女神さまに付き従うのが一番の近道だと思っていたからだ。
「そうね、少し先に敵の前線基地があるみたいだから、まずそこを滅ぼしましょう。」
「かしこまりました。」
敵の前線基地は20kmほど離れた場所にあるらしい。そこに向かって7人の巨大な少女たちは地響きを立てながら歩き出した。

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ミカたちの敵の陣営の前線基地。基地司令官はいつになく不機嫌だった。
「何をしている。まだ連絡はつかんのか!?」
かれこれ1分おきに連絡将校を呼びつけては怒鳴り散らす始末だ。それもそのはず、今回の作戦であの新兵器のアントボットの使用許可がやっと下りたのだ。
ただ、敵の殲滅と同時に取得した戦闘データを本国に送らなければならないという条件付きだ。しかも1体でも損傷させれば責任問題になる。だからこの基地の最精鋭を同行させたというのに。
またイライラが頂点に達しようとしたその時だった。廊下を走る足音が聞こえてきた。それも一人ではない。何か問題でも起きたのか?嫌な方向に想像力が向かっていた。

「司令官閣下っ!今すぐ脱出のご準備をっ!」
ノックもせずにいきなりドアを開け放って現れた部下を叱責する暇も与えられずに、そんな台詞をはかれて思わず狐につままれた顔になってしまった。
その後ろからズカズカ入ってきた警備兵が、司令官を連れ出そうと近づいてくる。
「ちょ、待てっ!どういうことか?」
訳もわからず脱出などあってはならない。少なくとも部下が脱出を具申する理由を知りたいと思ったのだ。
「こちらへ。」
部下もそれを察したのか、短く言っただけで司令官の腕を掴んで窓際まで引っ張っていった。
「あれをご覧ください。」
「な・・・なんだ・・・あれは・・・」
部下が指さす方向を見て、司令官はそれ以上言葉を発することが出来なかった。遠くの山の向こうから、5人の少女がこちらに向かって歩いているのだ。それも、遠近法を無視するようなサイズで。
5人の巨大な少女たちが、山麓の街に侵入し街のあちこちを踏み潰し、蹴り飛ばしているのだ。一番左端の少女が膝にも届かない高さのビルをひと踏みで踏み潰したところで、司令官は我に返った。
「ぼ、防衛部隊はどうしたのだ。」
「全く歯が立たず・・・あっという間に全滅したとのことです。。。」
「応援は。」
「今、向かっておりますが・・・」
ちょうど一番右端の少女に、機動部隊が総攻撃をかけるところだった。爆炎が少女たちの身体を一瞬だが隠していく。だが、煙が晴れても少女たちはひとりも欠けることなくその場に聳えていたのだ。
そして、攻撃を一身に受けていた少女がニコッと笑うと、建物を踏み潰しながら機動部隊に近づき、さらに右足を踏み下ろした瞬間、精強なはずの機動部隊はあっさりと壊滅してしまった。
「ば・・・ばけものか・・・ぜ、全軍に伝達っ!総員退避だっ!急げっ!」
あとふたり、山の陰から現れたのとほぼ同時に司令官は退避命令を発令し、自身も屋上のヘリポートに向かっていった。

少し前、絵里奈たち7人は、ゆっくりと敵の前線基地に向かっていた。ゆっくりといっても、山のような巨体である。彼女たちの歩行速度は時速200kmを軽く超えていたので、
その巨大な姿に気が付いて必死に逃げ回っている人や車にも簡単に追いつき、無造作に踏み潰していった。
絵里奈の身長よりも少し高い山を回り込めば、もう前線基地の全景が視界に入るはずだ。その直前で、ひとりの女の子が何かに気が付いた。
「脚になんか当たってるみたい。」
視線を下げると、少し先に小さな壁のようなものが張られ、その向こうに軍用車両らしきものがかなりの数集まっているのが見える。
「防衛ラインみたいですね。」
受けている砲撃など全く気にせずに、ミカは絵里奈を軽く見上げた。
「そうね。ウォーミングアップにはちょうどいいんじゃないかしら。みんな、好きにしていいわよ。」
絵里奈のその言葉を合図に、全員が小さな軍隊に向かって歩いて行った。そして、それから1分も経たないうちに、数千人もいたこの防衛隊の生存者は一桁という大惨敗に終わることになる。
最初にミカが、陣地の周りに張っていた高さ20mほどの壁をあっさりと踏み潰した。自分たちとってはそんな低いものは壁にもならないということを足元の小さな軍隊に思い知らせるためだ。
その場で動けなくなって自分の姿を見上げている小さな人間たちの前で両手を腰に当てて悠然と見下ろすミカの両側を、巨大な少女たちが次々と通り過ぎていく。
ミカはゆっくりと右足を上げ、こびとが一番集まっている辺りにゆっくりと踏み下ろした。衝撃で周りの建物が崩れ落ち、車両が跳ね上がる。
「う~ん、やっぱり靴底が厚いと踏み潰した感があんまりないなぁ。」
実際、ミカが感じたのは車両をクシャリと潰した感触だけだったのだ。だが、足を退けると、その足跡の中にはたくさんの赤い染みが貼りつき、3台ほどの車両がペシャンコになっていたのだった。

めいめいが好き勝手に遊んでいた。ある子はその場にしゃがんで、車両や人を摘まんで捻り潰していた。それに飽きると今度は拳をドンドンと地面に叩きつける。彼女の周りにはいつの間にか
動くものがなくなっていた。
ある女の子は、地面につま先を突けて蹴り上げていた。彼女が脚を上げるたびに、人や車が舞い上がっていき、悲鳴とともに地面に叩きつけられていた。やがて彼女は膝ほどの高さのビルの入り口に
足を突っ込んだかと思うと、それを思い切り蹴り上げた。ビルは根こそぎ地面から引き剥がされて数百m舞い上がって、地面に叩きつけられて木っ端みじんに吹き飛ばされた。
そうして、ものの1分も経たないうちに、前線基地の防衛ラインは簡単に突破されてしまった。

街の中でも異変に気が付くものが多くなった。断続的に続く地震のような地響き。それがだんだんと大きくなり立っていられなくなるのだ。そして、建物越しにその原因を見つけると、
その場にへたり込むか、その原因の巨大な少女と反対方向に駈け出すかのどちらかの行動しかとれなかった。
あるカップルは、車の中でそれに気づいた。ハンドルが取られてうまく走れない。路肩に車を寄せ、降りたふたりが建物越しに見たのはその建物の向こうから近づいてくるひとりの少女だった。
「なんだ・・・あれ・・・」
男がそれだけ呟いて、カップルは抱き合ったままその場に立ち尽くしてしまった。そうしているうちにも、巨大な少女の姿が地響きとともにさらに拡大される。二人が我に返ったのは、
数十m先にその少女の巨大な足が踏み下ろされ、人や車が簡単に跳ね上げられたのを見た時だった。
グオォォという風切り音と共に、少女の足がビルの向こう側に踏み下ろされる。次の瞬間、立っていられないほどの揺れが襲い掛かってくる。いや、一人だけじゃない、他の方からも
聞こえてくる轟音は、他にも何人かの巨人がいることを表していた。
破たんはあっという間に訪れた。数十m先にあった足が上空へと持ち上がったのだ。そして、あろうことか自分たちの頭上が真っ暗になる。
「逃げるんだっ!」
男が女の腕を引っ張って走り出す。だが、まだ自分たちは影の中にいる。男は引っ張っている女の腕をそのまま思い切り振りぬいた。それは自分自身がその場に転がるほどの渾身の力でだった。
女は吹っ飛ばされ、転がりながらも一瞬だけ男の表情が見えた気がした。少し安堵を浮かべた男の顔が見えた。何か言おうと思った。が、それはできなかった。
なぜなら、地響きと爆風と一緒に突然鼻の先に現れた巨大な壁に彼女は吹き飛ばされ、男の姿は彼女の視界から消えてしまったのだから。

したたかに腰を打ちながらも女はよろめきながら立ち上がった。10mほど向こうにアスファルトがめくれて盛り上がっているのが見える。自分はその向こうから逃げてきたはずだった。恋人と一緒に。
女はめくれたアスファルトに近づいて行った。その向こうに何か見える。道路の両側の建物はグシャグシャに潰れていた。地響きが遠ざかっているのが聞こえる。最初に見つけたのは、
たぶん彼の愛車の無残な姿だった。ひと目でそれとはわからないほどに潰れていたのだ。そして、その手前巨大な足跡の中の彼女から一番近い場所を見て、しばらくその場で口に両手を当てて
まるで石化したかのようにグシャグシャになっている真っ赤な地面を見つめていた。それが愛する人だということはすぐに分かった。それは見慣れた色の衣服がくっついた人型だったのだ。
そして、その人型は両手を前に突き出し、万歳をするような状態で貼りついていたのだ。助けてくれたんだ。そう思うと涙が溢れて止まらなくなった。背後に人の気配を感じたのはその時だった。
「あら、酷いわね。ぐっちゃぐちゃ。」
女が振り向くと、そこには黒いワンピースを着た長身の女性が立っていた。女はそんな他人事のような言い方に思わず鬼のような顔でその長身の女を睨みつけた。
「そんなに怖い顔しないでよ。私が踏み殺したわけじゃないでしょ?」
「あんた・・・だれよ・・・」
長身の女は少し間をおいていた。
「説明するの面倒なんだよね。それよりさ、復讐してみない?」
「復讐?」
「そ、あいつらにね。」
長身の女が指さした方向には、街を踏み荒らして今にも前線基地に襲い掛かろうとしていた7人もの女巨人たちの後ろ姿があった。

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「なんか、逃げ出そうとしてますね。」
足元を見てミカが呟いた。あと数歩で侵入できる基地内部では、明らかに人が動き回り先頭車両も非戦闘車両も自分たちとは反対の方向に走り出している。
「そうね。じゃあ、まず逃げ道をふさぎましょう。」
絵里奈は3人の少女に基地の反対側に回り込むように指示した。
ミカは、そのままズンズンと基地の中に入り込み、滑走路に向かって一直線に歩いていく。人や車を踏み潰し、建物のど真ん中を踏み砕き瞬く間に滑走路に到着したミカは、
まだ駐機場にいる輸送機に向かってゆっくりと歩き出していた。
「あ、あれ。」
ひとりの少女が、3機編隊で飛び立ったヘリコプターを見つけた。だが、ヘリも捕まったら最期という勢いで瞬く間に少女たちの手が届かない高度まで急上昇している。
悔しがる少女たちの中で、絵里奈だけはまだ余裕の表情だ。
「フフッ、あんなので逃げ切れると思ってるのかしら。あなたにあれ、あげるわね。」
絵里奈は、傍らにいた濃紺のタンクトップ姿の少女に微笑みかけた。

「何とか逃げられたが、基地は全滅か。。。早く本国に報告して対策を練らなくては・・・」
司令官は沈痛な面持ちで眼下に広がる大惨劇を眺めていた。数人の巨大な少女が簡単に建物を破壊し、兵士たちを殺戮している。少し先ではひとりの少女がまさに輸送機群に
襲い掛かろうとしていた。そしてその先、真っ先に逃げ出したはずの歩兵部隊も3人の少女に簡単に追いつかれ、壊滅の危機にあった。
その時だった。パイロットの悲鳴が機内に響き渡った。
「今度はなん・・・」
司令官はそこまでしか言えなかった。彼らの眼前には、あり得ないはずの巨大な濃紺の壁が一面に広がっていたのだから。

なんだか景色が違う。エリナ様に頭上を飛び去ろうとしているヘリをあげると言われて、少女はそう感じた。何か下の方から小さな声が聞こえる。そう思って足元を見ると、目を疑ってしまった。
そこには、あの見上げるほど長身のエリナ様が上を向いて手を振っていたのだ。周りの女の子たちもみんな小さい。そして、それより小さな車や建物。
今の彼女なら、たったのひと踏みで、10を軽く超える建物を踏み潰すことが出来るほどだ。あたし・・・大きくなってる。そう直感した。
「これなら簡単に潰せるでしょ。」
足元のエリナ様の声に、はっとなりあのヘリを探す。エリナ様の命令なのだ。逃げたヘリを見つけて潰さないと。そう思って辺りを見回したところで、ちょうど目の前、胸元辺りを漂う
小さな3つの粒のようなものを見つけた。
「逃がさないんだから。」
そう呟くと少女は両手を広げ、胸元から急旋回して逃げ出そうとしているヘリの集団に向かって、バチンッ!と両手を叩く。
彼女が両手を開いたまま見てみると、まるで飛んでいる虫を叩き潰したように3つの黒い何かが掌に貼りついていた。

元の100倍サイズに戻った少女は、絵里奈に懇願してみた。
「あの、もう少しあのままで・・・」
「また機会があったらね。あんな大きさじゃ、こんな基地本当にあっという間に全滅しちゃうでしょ。それじゃあつまんないじゃない。」
絵里奈の答えに、少女は「はい。」とだけ短く答え、他の少女たちの破壊と殺戮に合流していった。

全長50mの大型輸送機もミカの身長の三分の一といったところだろうか。ミカは一番近くの輸送機の胴体を鷲掴みにして、軽々と目の前まで持ち上げた。
コクピットを覗くと恐怖の表情のふたりのパイロットと目が合った。
「飛びたかったんだね。じゃあ、手伝ってあげるよ。」
そう言うと、紙飛行機を飛ばすように勢いをつけて輸送機を前方に投げ飛ばした。だが、輸送機は紙飛行機のようにはうまく飛ばずに、滑走路の端まで放物線を描いて飛んでいき、
そのまま失速して叩きつけられ、四散してしまった。
「へへっ、失敗。」
ミカは悪びれる風もなく、2機目のど真ん中を踏み潰すと、3機目に手をかけた。主翼を引きちぎって投げ捨て、胴体部分を軽く抱きしめる。
「優しく抱きしめてあげるね。」
笑顔で真上を向いているコクピットを見下ろし、ゆっくりと両腕に力を込めると、メギッ!バギッ!という機体の悲鳴が聞こえる。
「やっぱり弱いわね。」
もう少し力を加えたところで、輸送機の胴体は簡単に巨大な少女に抱き潰され、千切れたコクピット部分が落下して、巨足の周りを逃げまどっていた兵士や車を叩き潰した。

「だいたい片付いたかなぁ。」
絵里奈は、足元に無駄な抵抗を受けながら、悠然と辺りを見回していた。基地内にまともに残っている建物は無く、まともに戦える兵器もほとんどない。局所的な抵抗はあっても、
そんなものは少女のひと踏みで沈黙してしまう。絵里奈は足元で機銃を乱射していた兵士たちを3人まとめて摘み上げ、その場にゆっくりと腰を下ろし、二つほどの建物を巨尻で圧し潰した。
「人間が女神様に勝てるわけ無いでしょ。」
ブチュッ!小さな果実を潰すように、簡単に3人を捻り潰して肉片を周囲にまき散らす。突進してきたジープを逆に指先で弾き飛ばし、100mほど向こうのビルに叩きつける。
そんなことをして遊んでいる絵里奈の前に、ミカが近づいてきて跪いていた。
「エリナ様。基地を殲滅できました。」
「そう、敵は全員殺したのかしら?」
「はい、動くものは全て。」
「では、今日はもう休んで、明朝敵の首都を攻撃しましょう。」
「でも、首都までは500km以上ありますが。。。」
「大丈夫、すぐに着くわ。それより今日はゆっくり食べて休みましょう。」
いつの間にか周りには、少女たちのサイズに見合った食事が用意されており、寝袋も現れていた。
「なんか、野営というより、みんなでキャンプに来たって感じですね。」
「そうよ。こういうことは楽しんでやらないと。」
絵里奈はにっこりとほほ笑んだ。ミカにしてみれば少し複雑だ。悲壮な覚悟で戦争していたはずなのに、圧倒的な力とは自分たちの意識まで変えてしまうのだろうか。
確かに今の戦闘もピクニック気分で敵、というより虫けらを弄び、葬っている。それでも、もうこの女神様についていくしか戦争を終わらせる方法はないだろう。
他の子はどう考えているのだろう。でも、きっとそれはエリナ様は見通しているよね。そう思って、ミカも他の少女たちに倣って食事をとって休もうと決めた。

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翌朝、前線基地の残骸にいたのは絵里奈を含めて6人だった。ひとり足りない。皆が不安になっていた。
絵里奈は行方不明になった少女の居場所を、女神の能力を使って探し出した。
「なんで?あの子、もう、首都に着いてる。。。」
確かに今のサイズなら1時間ちょっとで着くだろうが、理由がわからない。そんなに好戦的な子には見えなかったけど、まあいいか。訳は聞いてみればいいだけだ。
そう思って、絵里奈は残った5人を伴い、首都に向けて瞬間移動した。。。

後編へ続く。