魔女と女神 魔女狩り

とある宇宙の人間世界でのほほんと生活を始めて数日。絵里奈は電車に乗っていた。この時の身長は178cm、人間だったころとほぼ変わらない姿である。
この星を選んだのにはいくつか理由がある。その最大の理由は、絵里奈がいた地球と女性のファッションが似ていたからだ。そして、この宇宙を選んだ理由は、絵里奈以外に何人かの魔女が
この宇宙の中にいるからに他ならなかった。
「う~ん、やっぱ退屈だなぁ。」
最初、絵里奈は自分から魔女にコンタクトを取りに行くのではなく、誰か魔女が来るまで待っているつもりだった。当然だがごく一般的な能力の魔女であれば、絵里奈がとんでもない力の
魔女だなどとわかるはずがない。というより、魔女がいることにも気づかないだろう。そうやってのこのこ現れた魔女をちょっと遊んでやろうと思っていたのだ。
だが、絵里奈は飽きっぽいのだ。それは誰よりも自分がよくわかっていた。

「どっかちょっかい出しに行くかなぁ。。。」
その時だった。電車が急停止した。しかも、通常の急ブレーキなんかではない。時速100km近くで疾走していた電車のスピードが突然ゼロになったのだ。
当然のことだが、すべての乗客は初速100kmで前方に投げ出されることになる。しかし絵里奈は人間からかけ離れた存在である。ほとんどその場を動くことが無かった。
「なんだろう?おっ・・・」
絵里奈は左側を吹っ飛んできた老婆を空中で静止させ、優しくそっと抱き止めた。右側を吹っ飛んできたベビーカーと母親も空中で優しく抱き留める。もちろん他の乗客も物凄いスピードで投げ出されるが、
そこまで助けてやる義理は無いので当然放置だ。そして彼らはほとんどが車両の先頭に叩きつけられていった。
真正面から飛んできた中年のサラリーマン風の男が絵里奈の顔面に飛び込んで来ようとしていた。
「めんど・・・フッ・・・」
絵里奈が吹きかけた吐息で男は簡単に押し戻され、それどころか数倍のスピードで今度は車両の後方に吹き飛ばされていく。男を追うようにして飛んできた人間たちを次々に巻き添えにして
車両の最後方に叩きつけられ、その瞬間にその男を含む数人の人間がまるで水風船が割れるように破裂してしまった。
「ほんと、人間って脆いなぁ。」
老婆とベビーカーと母親をそっと床に降ろした時、今度は車両後方のさらに先、10両編成の電車の最後部の方から金属と人間の悲鳴の合唱が響いて来た。

「来た来た。やっとひとり目だぁ。」
絵里奈は電車の中からでは見えない惨劇を見ていた。突然現れた巨大な女が、しゃがんで電車の最後部を摘まんでいるのだ。楽しそうな顔で、この電車全部を吊るそうとしているようだった。
「Dクラスってとこかな?ん?」
母親がベビーカーの上に覆いかぶさって、必死に守ろうとしていた。だが、絵里奈が驚いたのは、赤の他人のはずの老婆までベビーカーを守ろうとしているのだ。これにはちょっとジーンとなってしまった。
「おばあさん、生まれ変わってもまた人間にしてあげるね。でも、まだ死なないから大丈夫だよ。」
絵里奈はにっこりとほほ笑むと、彼女たちが乗っていた前から3両目は、後方が浮き上がっている状態からまた線路上に叩きつけられた。よろめく老婆がもう一度顔を上げると、助けてくれた
長身の女の子の姿は既に無く、後方の車両が地面に落下して叩きつけられる衝撃と轟音に思わず耳を塞ぐことしかできなかった。

「ほら、あんたのこと、ニュースでやってるよ。」
魔女は混乱していた。人間の星に来て、最初に見つけた電車をおもちゃにしようと思って摘まみ上げていたら・・・何故か肌色の大地にいたのだ。それがなんだかはすぐに分かった。
魔女か女神の掌の上だ。でも、この星にはそんな気配は全く感じられなかったのに。すでに力のすべてを封じられていることを自覚していた魔女は、その広大な掌の主を見上げるしかなくなっていたのだ。
絵里奈は高層マンション最上階の自室のソファでくつろいでテレビを見ていた。
自室と言っても借りているわけでも買ったわけでもない。自分のものにしただけのことだ。もちろん隣近所の住民だって何の違和感も持っていない。「元々そうだったことにする」ことも、
女神や魔女の能力のひとつでしかないのだ。
「あ・・・あの・・・あたし、どうなるんですか?」
ニュースでは、鉄板状にまでペシャンコに潰れた最後尾の車両と、落下して地面に叩きつけられたその前の数両をたくさんの救助関係者が取り囲んでいた絵が流れていた。
アナウンサーは目撃情報として収集した「巨大な女性が電車を摘み上げていた。」という複数の人間の話を、信じられないといった顔で伝えていた。
「そうだなぁ、あんた、運が悪かったよね。あの電車の人間を助けたくなっちゃったからさ。」
絵里奈は掌を目の前まで上げてみた。100分の1に縮めた20代前半くらいの容姿の魔女は掌の中央で蹲っている。
「あの・・・じゃあ・・・」
「お楽しみの邪魔しちゃったから、命までは取らないよ。でも、」
魔女は全身から力が抜けていくのを自覚した。どういうこと?何をされたの?全く分からない。
「ふむ、ここまで強いとDクラス程度の力を吸い取ったくらいじゃ全然変わんないか。」
力を吸い取る?まさか、私、力取られちゃったの?魔女はがっくりとうな垂れてしまった。人間に戻ってしまったらこれからどうすればいいのか。絶望に近い感情が彼女に襲い掛かろうとしていた。
「あ~、一応Eクラスの最底辺の力は残しといてあげたから。」
絵里奈は魔女の心を読み取ってそう言うと、魔女の顔が少し上がった。でも、最底辺ってどういう・・・
「それはね、あんたがどんなに弱い魔女と戦っても、絶対に勝てないってことよ。でも、人間よりは圧倒的に強いんだからいいでしょ。」
絵里奈はそれだけ言うと、魔女をどこかに転送して大きく背伸びをする。
「お風呂でも入ろっかな。」
テレビ画面では、絵里奈が助けた老婆が、命の恩人を探しているとテレビの画面を通して訴えていた。

魔女が転送されたのは深い霧がかかった湖か何かの中だった。まだ力は封じられたままなので立ち泳ぎで辺りを見回すが真っ白で何も見えない。
「ここって・・・温泉?あたし、まだちっちゃいままなのかな・・・」
水というよりもお湯の温度で、しかもいつの間にか全裸になっていたのでどこかの温泉に放り込まれたと思ったのだ。すると、上空からさっきの魔女の声が響いて来た。
「あたり~、いい勘してるね。温泉じゃなくてただのお風呂なんだけどね。でも、気持ちいいでしょ?」
薄くなってきた霧、というより湯気の向こうに肌色の壁と湯面に見え隠れするピンク色の何かが見える。乳首、かな?そう思って泳いでいくとやはりピンク色の綺麗な乳首だ。
しかし、その大きさは抱えきれないほど大きい。
「ふふっ、乳首に乗っかりそうだよね。じゃあ、あなたでも遊べるおもちゃあげるよ。」
魔女の背後に何かが現れた。何だろうと思って振り向いた彼女の胸元に、その胸のサイズくらいの何か細長いものが当たって来た。それは一隻の船だった。

湯船の向こう側に投影されたテレビ放送では、緊急ニュース速報で某国近海で演習中の艦隊が丸ごと消失したと伝えていた。100隻以上の大小様々な艦艇が忽然と姿を消してしまったのだ。
「10万分の1にしちゃったからあたしが相手するとすぐ全滅しちゃうからさ、遊んであげてよ。」
絵里奈が手を伸ばして、湯船の上に漂っていた小さな粒をふたつばかり摘まんで胸元の魔女に近づけた。自分の全身でさえ丸ごと挟まれそうな太さの親指と人差し指の間では、
2隻の軍船が、完全にペシャンコに潰れて貼りついていた。
恐らく100分の1にされている自分から見ても1000分の1にしかならない小さな艦隊は確かにちょうどいいおもちゃかもしれない。100m級の艦船は10cm、300mを超える空母でさえ30cmなのだ。
つまり、目の前の女から見れば空母でさえたったの3mmしかない。たしかにこれではおもちゃにもならないだろう。

転送された人間の軍隊もパニック状態だった。突然深い霧に包まれ、その霧が晴れてきたときに見えたのは恐ろしく巨大な壁だったのだ。まさかこれが女性の背中だと誰が思うだろう。
しかも、海水温が異常な上昇を示していた。まるでお湯だ。ありとあらゆる手段を使って、現状を確認する必要があった。だが、それは、その現状をもたらした相手の方から知らされることになる。
まず目の前にあった巨大な壁、これが突然動き出したのだ。そしてその近くにいた巡洋艦が向こう側にあったと思われる巨大な突起物に激突、大破してしまった。最初、誰もがその色はともかく
巨大な流氷だと思っていたものの正体がこの時に明らかになる。あり得ないほど巨大な女性の、しかも、胸。。。誰もが言葉を失っていた。
そしてその巨人の向こうに聳える壁の正体がわかった時、全員の驚愕は絶望へとなだれ落ちていった。その壁の持ち主のものと思われる途方もなく巨大な指が、瞬く間に2隻の駆逐艦を持ち去ってしまったのだ。
その大きさは想像もできないほどだった。だが、彼らはこう見えても軍事大国の軍人だ。現状を打開するには目の前のあり得ないサイズの敵を攻撃するしかないと判断し、自ら進んで近づいて行ったのだ。

「泳ぎっぱなしも疲れるでしょ。」
絵里奈は水中から左手をゆっくりと、魔女の足がつく水面スレスレまで上げていった。といっても縮小された人間を基準にすると水深1000m以上の深さだ。ちなみにこの浴槽に張られた湯の深さは同じ尺度で
水深50000mを超え、どんなに深い海溝よりも深い。
魔女は複雑な心境ながら胸元を漂っている小さな船からの攻撃をまともに受けながら、ズンズンと前に進んでいった。ある船は振り下ろした拳で真っ二つにへし折り、またある船は水中から鷲掴みにして
目の前まで持ち上げて、簡単に握り潰した。そう、人間に対しては相変わらず圧倒的な存在なのだ。そう自分に言い聞かせているようにも思えた。
艦隊は目の前の小さな、といっても自分たちよりは遥かに巨大な魔女に対して陣形を整え攻撃態勢を取っていた。それを真上から見下ろしていた絵里奈が、あることに気が付く。一部が迂回して
挟み撃ちにしようとしようとしていたのだ。
「フフッ、あんたたちはあたしと遊んでよ。」
絵里奈がそう言うと、回り込もうとしていた空母を中心とした30隻ほどの集団がどんどんと流されて絵里奈の方に近づいて行った。
船内は再びパニック状態に陥っていた。突然何のコントロールも出来なくなり、あの途方もなく巨大な壁、いや、胸元に近づいていくのだ。操舵士が何かを叫びながら必死に船を操作しようとしても、
船の向きは一向に変わらない。もう、山ほどもある巨大なピンク色の突起は目の前に迫っていた。

絵里奈は右手で水中からFカップの美巨乳を軽く掴んで少し沈めると、今まで胸が出ていた場所に何隻かが押し流されていった。突然数km四方が水中に没したのだ。人間が作った船がどうこうできる
レベルをはるかに超えたうねりが、艦船を引きずり込んでいく。
何隻かが乳首が沈んでいる真上に到達したのを見て、絵里奈は胸を掴んでいた手をそっと広げる。浮力で巨大な山が再び浮かび上がり、突き出したピンク色の山は、2隻の船をその上に乗せ、
残りの船は左右に押し流して、水上に露出した。
「ちっちゃなごみが乳首にくっついちゃった。」
残りの艦隊は、乳首よりもさらに巨大な二つの乳房が作り出した湾内に流されていった。その奥行きは10km以上はありそうだった。彼らの艦隊の母港がある広大な湾よりも遥かに大きいのだ。
つまり、この化け物のような超巨大女が寝そべっただけで、あの巨大な胸だけで精強を誇るこの艦隊を母港ごと覆い隠してしまえるということだ。
水中から現れた指先が、右胸の乳首を乗せられた艦船ごとつまんで、瞬く間に磨り潰していく様を目の当たりにしたのを合図に、彼らはあり得ない高さの巨大山脈に向かって熱狂的に攻撃を始めた。
「チクチクもしないのかぁ。」
攻撃を受けていることは自覚しているが、絵里奈にとってはあまりにも弱すぎた。空母の艦載機も全機発進し、すべての艦船があらゆる攻撃を自分の胸に叩きつけているのはわかっているのだが。
「ねえ、そっちは?少しは感じる?」
魔女は前方の艦隊を使って思いつくままに遊んでいた。まず、2隻の大き目の軍艦を掴んでそれぞれの手で自慢の巨乳に押し当て、簡単に揉み潰した。他の船の攻撃を全身に受けながら、
今度は一隻を掴んだまま水中に沈め、股間に押し当てていたのだ。
「も・・・もう少し、硬ければ。。。」
そう答えた魔女はまんざらでもなさそうな顔だ。なんかちょっとくやしいなぁ。そう思いもしたが仕方がない。それにそろそろ飽きてきたし。
「じゃあさ、後は好きにしていいよ。力も使えるようにしてあげる。でも、この星から逃げたりしたら潰すから。」
それだけ言うと、添えていた左手をそっと沈め、両手で自分の胸を持ち上げるようにした。もちろん谷間に呑み込まれた空母を中心とした艦隊も一緒にだ。
「じゃあね。また後で呼ぶから。」
絵里奈は湯船の中でゆっくりと立ち上がっていく。桁外れの波が高さ1万m以上のうねりとなって、魔女と艦船群に襲い掛かる。と、その瞬間波に呑まれる寸前でそのどちらもが消えていた。
「そっか、これも帰さないと。」
絵里奈は胸の谷間に乗せられた艦船たちを見下ろすと、ゆっくりと両胸を寄せていった。広大な湾が瞬く間に狭められ、軍船が次々と谷間に激突し、潰されていく。やがてぴったりと閉じた胸の谷間を
何回か揉み回して、すべての船を完全に磨り潰し、そのまま両手を離すと、谷間からパラパラと砂粒以下のサイズの小さな粒が湯船に向かって落ちていった。だが、それはひとつとして湯船に叩きつけられることは無かった。

「今、我々は、演習中に忽然と姿を消した海軍の艦隊がいるはずの海域に来ています。ご覧ください。見渡す限りの大海原には何も存在しないのです。いったい、艦隊はどこに消えてしまったのでしょうか。」
あの後、ゆっくりと風呂でくつろいだ絵里奈は、バスタオルで髪を拭きながら全裸のままで見ていたリビングのテレビ画面には、確かに海と、他局がチャーターしたのであろう数機のヘリしか映っていなかった。
「そろそろいいかな。」
生中継であることを確認して、絵里奈は消し去った魔女と艦隊を、元の演習していた場所に戻してやったのだ。水面にいたものは水面に、そして、胸の谷間で挟み潰したものはその高さの10万倍の高空に。
テレビではアナウンサーが絶叫していた。そうだよね、突然現れたらびっくりするよね。絵里奈はにんまりしながらもう一度テレビを見ると、先ほどとは打って変わってへし折れたり転覆したりしている艦船や、
バラバラになって漂っているその破片などが映っている。そして、その中にあり得ない大きさのものがひとつ、いや、ひとり、海上にはだけた胸をあらわにした周りの船と比べても巨大な女性の姿があった。
「意外と浅かったのね。」
魔女が普通に立っているところを見ると水深1000mを少し超える程度だろう。それでも人間を基準にすれば深海には違いない。魔女は辛うじて健在な一隻の船に手を伸ばしていった。
「に、人間ですっ!巨人ですっ!巨大な女性が海軍の戦艦をまるでおもちゃのように掴もうとしていますっ!信じられません。あの女はいったいどこから・・・」
同時にヒュンヒュンという風切り音が響いて来た。絵里奈が挟み潰した艦隊の残骸が、50kmもの超高高度から落下してきたのだ。しかもひとつやふたつではない。破片も含めれば数百もの鉄塊が
まるで隕石群のように降り注いできたのだ。中には船の形を保ったままでペシャンコに潰れているものもあった。そして、それが画面の片隅に映っていた2機のヘリを巻き添えにして海面に叩きつけられた。
数kmにもなる水飛沫が上がり、それが豪雨のように降り注ぐ。ついさっきまでの穏やかな顔を見せていた海が嘘のようだ。
そして、中継していたヘリも何かに激突したのか突然画面が灰色になってしまった。アナウンサーの声ももう聞こえない。
「なんだぁ。つまんないなぁ。」
次の瞬間、テレビ画面はまた同じ映像を映し始めたのだ。絵里奈が力を使って、あたかもヘリが無事だったかのように映像を中継しているのだ。
こうして大惨事の中継はあと10分ほど続くことになった。もう、1時間ほど前に発生した電車の脱線転覆事故のニュースは過去のものとなっていた。

魔女は海面に浮かぶすべての艦船を破壊しつくし、さらに近くの陸地に上陸すると近辺の街を玩具にして数万人を虐殺し、少し疲れたのか標高1000m級の山にもたれかかって休んでいた。
「いい気なものね。」
テレビ中継は既に終わっていたが、絵里奈は力を使って魔女の行動をひととおり観察すると、明日のことを考えて早めに休むことにした。
こうして人間から見ると超常現象に翻弄された一日が終わっていった。

翌日、目を覚ました魔女はいつの間にか違う場所に転送されていることに気が付いた。
「ここって・・・」
どこかの部屋だ。しかも、見覚えがある。そうか、あの魔女の・・・
「ようやくお目覚め?でも、呑気なものね。あなたを狙ってたくさん魔女が来たのに全く気付かなかったでしょ。」
顔を上げると、あの巨大な魔女がソファに座って自分を見下ろしている。いや、また縮小されたのだ。
絵里奈が魔女の前に差し出した掌の上には、8人の女性が乗っていた。
「これって・・・」
「あなたのおかげでこの宇宙の魔女はほとんど捕まえちゃった。自分より弱い魔女がいるってわかって、みんなあなたのことを捕まえに来たみたいだけど。」
つまり餌にされたってこと?誰にも支配されたくない魔女は、自分より弱いものを見つけると支配したくなる。自分もそう。だけど、元々Dクラス程度なのだから、弱い魔女なんかなかなか見つけられない。
「この子たち、もうあなたと同じくらい弱っちいよ。」
巨大な掌が逆さまになり、小さな悲鳴と共に自分と同じサイズの魔女たちがテーブルの上に落とされる。と、同時に魔女の視界が切り替わった。
「どうしたの?人間サイズじゃ不満かな?」
隣から声が聞こえる。ハッとして振り向くと、そこには自分と同じサイズのひとりの女の子が座っていた。
「あ、あの・・・私・・・」
「いやさ、餌に使っちゃったからさ、お詫びも兼ねてちょっと強くしてあげるよ。」
そう言うと、絵里奈はいきなり魔女の口に唇を重ねた。その瞬間に魔女の全身に何かが流れ込む。
「これでBクラスくらいかな、って言っても実感わかないか。」
両肩を両手で押さえて前かがみになっている魔女を見て、絵里奈はひとり満足していた。力を奪うのも与えるのもそれなりに上手くなったらしい。
力を与えられた魔女は苦しむでもなく、やがてキョトンとした顔で絵里奈を見つめていた。その時だ。マンション全体を大きな影が覆いつくした。

「お、最後の子がようやく登場かな?」
その場にいた全員がマンションの外の大きなものの正体を見ていた。途方もなく巨大な女の子が両脚の間にこのマンションを収めて見下ろしている。
「へぇ、なんかすっごく弱そうなのが集まってるけど。数が多けりゃいいってもんでもないんだよねぇ。」
薄笑いを浮かべて右足を上げ、マンションの上に翳すと勢いよく踏み下ろした。だが、このマンションが踏み潰されることは無かった。
「いらっしゃ~い。」「へ?」
頭上を見上げた女の子から見えたのは同じ歳くらいの女の子の巨大な顔。それが笑顔で自分を見下ろしている。足元の街並みはどこかに消え、代わりに肌色の大地が・・・って、掌?
「あなた、ずいぶん慎重なのね。待ちくたびれちゃった。」
絵里奈がそう言いながら左手を小さな女の子に伸ばすと、フッとその姿が掻き消えた。
「無駄なんだけどなぁ。」
絵里奈は目を瞑って女の子が瞬間移動した場所をトレースして、強制的に呼び戻そうと・・・「あれ?どこ行った?」気配が完全に消えてしまったのだ。
「逃げられちゃった。。。これってひょっとしてステルス能力?」
女神や魔女が持つ潜在能力で、自分の力の気配を完全に消し去ることが出来る能力。それなりの数の者が持っているので珍しくはないが、絵里奈にとっては初めて体感した能力だ。
「あの・・・ステルスを持ってる子を捕まえるのはちょっと・・・」
「うん、難しそうだよね。でも、この星に結界張ってあるから、逃げられることは無いと思うんだ。入るのは全然オッケーなんだけどね。」
絵里奈は腕組みをして少し考えこんでいた。で、出た結論。
「ねえ、あの子はたぶんDクラスくらいだからさ。ちょっとBクラスの力で捕まえてきてよ。」
隣の女性にそう言うと、女性の姿は瞬時に消え去ってしまった。

気が付けば街のど真ん中に立っている。しかも、100倍くらいになっていた。足元では突然現れたダンプカーよりも遥かに巨大な足を見て驚いたり逃げ出したりしている人間がちまちましている。
『最後にあの子の気配を感じたのがそこだからさ。ちょっと探してみてよ。あと、力を使う時は本気出しちゃダメだかんね。かる~く、ね。』
頭の中であの女の子の声が聞こえる。なんだか使い魔みたい。そう思ったが、本当にBクラスの力を持ったのかも気になったので、魔女は少し手伝うことにした。
「ちょっと暴れればあぶり出せるかなぁ。」
魔女は右脚を軽く上げると、横にあったオフィスビルに向けて軽く踏み下ろす。
メリベギッ!バゴボゴッ!ズッシィィンッ!
10階建てのオフィスビルは、一瞬で踏み砕かれて周りに瓦礫をまき散らしながら巨大な足に踏み敷かれてしまった。
メギベキベギッ!ズゥゥゥンッ!
次に左脚を渋滞していた車列に踏み下ろして、数台の車両をまとめてプレスして道路に巨大な足跡を穿った。
その時だ。力の気配を感じたと思ったら、100kmほど先に瞬間移動していった。
「ふふっ、見つけた。」
魔女は片手を上げてその方向に向けて軽く振り下ろした。

「あ~、ビックリした。踏み潰されるかと思った。」
人間サイズのまま100kmほど瞬間移動して、もう一度力の気配を消す逃げている魔女。こうすれば、力を頼りに探すことはできなくなる。
とはいえどこに逃げようか困ってしまった。この星に張られた結界は、自分の力では全く突破できないほど強力だ。そうするとこの星の中で逃げ回るしかない。それとも参りましたって降参しようかなぁ。
そんなことを考えていると・・・「うっ、そでしょ!?」少しだけ力を使って10000mほど上空に飛び上がった。
遥か下の地上では大爆発が起こり、その範囲は半径10km以上に達していた。しかも、地殻まで粉々になったのか街があった場所にはぽっかりと大きな穴が開き、マグマだまりが顔を覗かせていた。
「ちょ、すっごい力・・・あたしなんかが勝てるわけ、え?」

街をひとつ簡単に吹き飛ばした破壊力に驚いた魔女がもう一人いた。その力をふるった張本人である。彼女にしてみれば軽く、本当に軽くビル一つ程度を爆散させる力しか放っていなかったはずなのに、
100km先で繰り広げられている大惨事に思わず呆けてしまったのだ。
『ちょっとぉ、軽くって言ったでしょ?この星潰すつもり?』
「え?だって、こんなに・・・」
『ちゃんとBクラスの力って言ったよね。そのくらい強いの当たり前でしょ?ほら、さっさと修復して、じゃないとこの星ガタガタになっちゃうよ。』
「え?あ、はい。。。」
魔女は力を瞬時に数百万人を爆散させた方に向けて集中させた。すると、見る見るうちに地殻が元に戻り、抉られた地形が戻り、建物が、そこにいた人々が戻っていく。
今までも修復をしたことはあるが、スピードと規模が全然違う。これだったら本気でやれば星のひとつやふたつ修復できるかもしれない。
「これが、Bクラスの力。。。すごい・・・」
『そういえばさっきの子まだ捕まえてないでしょ?早くしてねぇ。』
それっきり絵里奈の声はぷっつりと途絶えた。

追いかけっこが始まってかれこれ10回ほど、瞬間移動とピンポイント(のつもり)の破壊の繰り返しが続いていた。だが、追いかけている魔女の方もだんだん自分の力を把握してきたらしい。
ビル1棟だけを確実に木っ端みじんにする程度に力をセーブできるようになっていた。
力の差は歴然なのになぜか捕まえることが出来ない。ステルス能力とはこれほど厄介なものなのかと魔女が思い始めたくらいだ。
「そこっ!」
瞬間移動先の一瞬の力の気配に向けて力をぶつけるが、次の瞬間にはもうその気配が消えてまた数十kmから数百km離れた場所にその気配を感じるのだ。
先回りしてやりたいのだが、ランダムに飛んでいるのでなかなか難しい。その時、また絵里奈の声が聞こえた。
『もう、じれったいから手伝ってあげるよ。』
同時に、瞬間移動した先に異変が生じた。
「すご・・・結界?あれが?」
『本気で攻撃してみてよ。外からは中に入れるからさ。』
言われた通りに渾身の力をその方向に集中させると、半球形の形に真っ赤に染まるのが見えた。中で大爆発を起こしたのだ。だが、その外側は何も変わっていない。地面も球形に抉れているだけで、
岩盤も全く無事だ。ただ直径1kmほどの巨大な球体だけが真っ赤に染まっていた。
さっきは本当に軽く力を向けただけで大災害を起こしたというのに、今度はあれだけ?つまり、あの絵里奈という子の力は自分など足元にも及ばないということだ。
でも、さらに弱いあの子は?結界の中で消し炭になってしまったのだろうか。魔女は球体の中に入り込んでいった。
中は壊滅というよりも、すべてが完全に消滅していた。超高温で蒸発してしまったといってもいいくらいだ。だが、その中で小さな動くものを魔女は見つけた。あのステルスを持つ魔女だとすぐにわかった。
一度は、その肉体を完全にバラバラにされても、そこは魔女である。時間はかかっても自分の身体を再構成して意識をその中に戻してやることくらいは出来るのだ。
だが、その魔女の意識が肉体に戻った瞬間、魔女の力は封じられ、巨大な指先に摘ままれることになってしまったが。

絵里奈の掌に乗せられた少女は震えていた。力を封じられてはステルス能力を使っても逃げ出すことはできない。
「ねぇ、あなた。」
目の前まで上げられて、そう呼びかけられた少女の身体がビクッと震える。恐怖で声など出るはずもない。
そんな精神状態を分かったうえで、絵里奈は普通に少女に話しかける。
「ステルスってもう一度見せてくれない?力が封じられても特殊能力は使えるでしょ。」
「え?あの・・・」
すべてお見通しらしい。少女は、コクンと頷くと掌の中央に立ち上がって目を瞑って集中し始めた。
「え?すごいっ!マジわかんないっ!」
少女からは力の気配が完全に消え去っていた。縮小したひとりの人間としか思えないほどだ。隣に座っている魔女も驚いた顔で見つめている。
女神も魔女も力の存在を隠すことができる。が、それは自分より格下の相手に対してだけだ。この少女は最強の魔女に対しても同じことができるのだ。
しかも、自分の能力をほぼ完全に把握しているようで、瞬間移動後に瞬く間に気配を消すことができる。力の封印は対象がいないと意味がないので、
多少彼女より強い魔女では捕まえることはできないだろう。
「面白いわね。気に入ったわ。」
絵里奈は少女を自分の口の前に移動させ、軽く口づけをした。

「さて、あなたたちにはこれから別の宇宙に行ってもらうんだけど。」
絵里奈がそう言うと、目の前に直径1mほどの漆黒の球体が現れた。
「これね。私特製の宇宙なの。普通の宇宙の1億個分くらいの星が詰まってるわ。色々試したいことがある時に使おうと思ってるんだけどね。」
「あの・・・これ、どうするんですか?」
Aクラス並みの力を持ち、絵里奈を挟んで魔女の反対側に座ったステルス能力の少女は殺されることはなさそうだと思って少しホッとしているようだ。
唇が全身を覆った直後は死ぬ思いをしたが・・・
「別に好きにしていいわよ。でも、約束事があるの。魔女と女神は絶対に殺さないこと。多少は破壊してもいいけど、あんまり星を破壊しないこと。
それだけかな。」
テーブル上に残されていた8人の魔女がフワッと浮き上がってその宇宙に次々に吸い込まれていく。
「あの子たち弱っちいけど一応魔女だからさ、別に脅して手下にするのは構わないわ。でも、あなたたちもこの宇宙から絶対に出られないけど。」
魔女ふたりが顔を見合わせる。でも、ここで逆らったらどうなるかくらいはわかる。
「わかりました。行きます。」
「ここが私の居場所になるんですね。」
ふたりの魔女が自らの意思で、絵里奈専用の宇宙に飛び込んでいった。

絵里奈は宇宙をさらに縮めて野球のボールくらいにして掌に移動させた。
「何するか決めてないけど、死ぬほど怖い目に遭わせちゃったらごめんねぇ。」
ペロッと舌を出すと、漆黒の宇宙はその場から消え去り、虚無の中へと戻っていった。