HOPES BRIGHT 2014-11-20



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臨時ニュースをお伝えします。
T市沖に巨大な“昆虫“が現れ、午後五時四十分頃、T市街地に上陸しました。
その生物の体高は推定130m、体重は不明。すでに××重工第3工場及び石油タンクを始めとする臨海工業地区は破壊され、被害は現時点で百億円以上に及ぶものと見られております。けが人の数も相当なものに及ぶと見られます。

中継が繋がりました。現場のA山さん。

………はい、T市上空よりお伝えします。
…物凄い..全身を震わすような音が聞こえてきます。
臨海地域はこのように火柱という火柱が立ち、駆けつけている消防機関だけではとても手に負えない状況となっております。T市民はまばらに避難を開始し、高台に向かっているようです。救急車のサイレンが響きます。今わかっている時点で180人ものけが人が出ているようです。
昆虫、じゃないや、怪獣は破壊を続けており、被害は現在進行形で進んでおります。

なんと言いますか…褐色の蝉の幼虫に酷似した姿をしています。赤く目が光ってます。鎧のような皮膚に覆われ、民家も容易く壊しております。

T市、A町、B町C町D市E市西南部にお住まいの方は速やかに避難を開始してください。
その他地域の方も厳戒な注意が必要です。
以上T市上空よりお伝えしました。


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ニュース映像から災害対策本部の会見に画面が切り替わる。

テレビ以外のメディアでも未曾有の怪獣災害は話題になっていた。
Twitterは知り合いの安否を心配する呟きや避難民の呟きが載せられ、海外在住者の間でも話題に上っていた。「こんなときに政府はのろのろしやがって」「怪獣どこ移動するかわからへんねんで。近所の避難所が頼りになるんやったら、こないに困りやせんやろ」とSNS使用者やニュース視聴者が愚痴をこぼす。

当の被災地の状況はとても冷静には眺めていられない状況だ。“褐色の蝉の幼虫に酷似した"”怪獣”は海岸より600mも進行し、地方の中核でもあるこの港町の繁華街・ビジネス街にたどり着いていた。台風で街路樹が倒れただけでも騒ぎになることがあるが、今回は街路樹のみならず、電線や小型のビルがへし折れ粉砕され行く事態になっている。車も主要な舗装道路も怪獣の4本の脚2本の鎌でことごとく粉砕されていた。そこから上る粉塵や爆煙が、秋の夕焼けをより黒く紫に焦がし不穏な色に染めて行く。

怪獣から何十分もの間逃げている者も少なくはなかった。疲労で肺がつまり、脚が悲鳴を上げてきたためにへたり込んでしまう若い男。男はそう遠くない所にいる怪獣を見上げた。複眼は赤色の光線の如く発光、点滅しており不気味さを漂わせる。脚は解体用重機のような形をしているが、スケールはそれの比ではない。一本一本が高層ビルや道路を突き刺し、観覧車なんて一蹴りで倒してしまっている。戦闘機の攻撃も屁とも思わないような強靭さを誇り、屈強な男が何千人何億人集まってもその威圧感には勝てないだろう。

するとひときわ大きい崩壊音が鳴り響いた。アスファルトが悲鳴をあげ、鉄骨が泣き、電線がちぎれイカれた笑いを浮かべた。
その後に怪獣とはまた違う巨大な存在に市民は気づかされた。
真っ白な灰燼に包まれし身体がその見込まうような美しい顔を覗かせた際、人々は声にもならない驚嘆の叫びをあげた。灰の霧が薄くなる。滑らかな曲線を描いた、姿勢の低い人型のシルエットが見えてくる。

街のど真ん中でしゃがみ膝を抱えているあまりにも大きな裸の美女の存在が明らかになり皆の視線を奪っていった。
皆が常識だと信じていたものは、大女の体重がのしかかっている町と共に音を起てて崩れていった。

巨人の乙女は、水晶の如く輝き潤んだ瞳、何かの感情のどん底に突き落とされたような表情を浮かべていた。そして、間もなく頭を抱えて叫び出したのだ。
大地を舐め、街や山、海を叩き割るような巨人の悲痛の叫び。勿論人々の鼓膜に優しい訳はなく、至近距離だと衝撃で四肢がちぎれてしまいそうだ。

実はこの巨人、さっきまではモデル志望の19歳というごくごく普通の若者として生活していたのだった。

フユミ(19)はいつも通り繁華街の一角を歩いてバイト先に向かっていた。その時、例の怪獣災害に遭遇してしまったのである。見慣れた建物がざっくざっくと攻撃されてはボロボロになり 、人々はパニックに見舞われ、何もかもが日常から遠のいて行く。そのような状況に際してフユミは身体が震えて震えて歩くことさえもできなくなっていた。

-- やっぱり屑野郎はこんな時でも何もできなくなっちゃうんだな。怖すぎて叫び声も出なくなるとか、私、自分で自分のことをどうすることもできないんだ。ましてや人助けの一つもできないなんて...。普段から構ってちゃんで認められたい癖に、ちょっとコミュ障で不器用でみんなに迷惑かけててホントに救いようが無い。この際タヒのうかな、いやタヒぬ勇気もないし。ほんと意味わかんないよ。だったら私なんてタヒねばいい

と考えを巡らせていたその時である。巨大昆虫の複眼から発する赤色の光がフユミの身体を照らした。

-- 怪獣さんと目が合った。殺られる。この世界さよなら。決して嫌いな世の中じゃなかったのよ。

そんな思いとは裏腹にフユミの体内に潜在的に眠っていた何かの因子が赤の光と反応を起こした。フユミは自身の目線が高くなっているのを感じた。身体の圧迫感も増して行く。パーカーのファスナーがパキパキ割れ、縫い目から破れて行く。腕時計のバンドが破裂し、靴はぺちゃんこに。ポニテで束ねられた髪を留めるゴムは弾力を失っていった。しゃがんでいるのに目の高さがトラックの窓とそろってしまう。

そんな意味不明な身体の異変に精神の反応が追いつかなかった。エレベーター、いや特急電車並みのスピードで目線が上がって行き、身長162mにまで一気ににょきにょきむくむくと巨大化してしまったのだ。
見慣れたあんなに大きかったビルも自分の身体で覆えそうなくらい小さく見え、車もミニカー以下の玩具と化している。街の一つの顔であるあの川が蛇口から流れる水と変わらなく見える。小さな動物が私に向かってきぃきぃ叫んでいる様子が私の立場を確認させる鍵となった。

      燃え盛る街
     巨大昆虫の悪魔
崩れ行く社会の安心感
   煙でおどろおどろしく輝く空
パニックに苛まれる市民
    おおきくなった私


その現実は人生まだこれからだという乙女にとってはあまりに残酷すぎた。
叫びにならない叫びをあげるフユミ、もとい巨人。身体から力が抜け尻餅をついてしまう。
空から大臀筋という二つの山が振り落とされた。街が轟音と興じて軋み、巨人もかつては使っていたという市営バスはことごとく一枚の鉄板へとつぶれ、電線やオフィスもさりげなく断末魔を上げて地面に埋め込まれていった。

 …なぜ私は巨人になってしまったの
…なんでみんなの前で裸にされるの
…私はとんでもない存在になってしまったんだ
...今度は本当に何やったって恥ずかしくなってしまうんだ
…とんでもないのはこの街も同じなんだ
…普通の女の子には戻れないの
…これからどうすればいいの

悲しみにくれ、頭を抱えている暇も無かった。
奇妙な生命体と目が合い、声にならない悲鳴をあげる間もなく巨人の上半身は押し倒された。
倒された背中は6棟もの家やビルを交差点ごと蹂躙していき、押された弾みで投げ出された足が28階建て高さ100mを誇るホテルをなぎ倒し、瓦礫の雪崩へと変えた。

元気に暴れまわっていた怪獣が巨人をターゲットに攻撃を始めたのだ。仰向けに倒れる巨人の身体を4足の脚でホールドし、二つの鎌でどこかに狙いを定めている。巨人の方が一回り大きいというものの、怪獣の胴体は巨人の腹に被さり、頭部は乳房に密着している。

やめてと言わんばかりに巨人は手を突き出そうとするも、それに対抗してか怪獣は鋭利な鎌で巨人の掌を押し返し、抵抗させまいとしている。腕力では巨人が勝つが、彼女は今にも感覚が無くなりそうになる程、手が震え、顔が涙でこわばり、士気のしの字も感じさせないようになっていた。それに対し怪獣は闘争心支配欲みなぎる自慢の鎌で巨人の抵抗の手を物理的にダメにしようとしていた。
怪獣の鎌を握る手は多大な痛みをもろに喰らう。そしてとうとう手のひらの中に生暖かい液体が徐々に吹き出てくるのを巨人は感じた。

-- 苦しい。
今までの日常で感じていた細々とした悩みや苦しさと似て非なる感じだ。苦しいとは、自由になりたい一方で息苦しく、(この際は窒息しそうになるほど)圧迫されることを言うんだな。このあらゆるショックの海で空気を求めもがいている中で見つけたわりとどうでもいい考えだ。私は今生きたがってる。怪獣が死という巨大な1文字になってのしかかってくるけど、それに抵抗してなかったら、苦しいとも思わないんだろな。私を含めたみんなが 生きづらいって言ってたのも、自由になりたい気持ちが前提にあるからであって、"生"にはなんだかんだで肯定してたんだ。ってこんな時に何考えてんだ、私。"生"を肯定してるのならいっそ裸でも巨大化しててもこの状況何とかすべきなんじゃないの?

とは言うものの痛みやストレスで動悸を起こしている上に、脳裏には"死"の巨大な文字だけでなく"恥"の字も相変わらずビュンビュン飛び回っていた。巨人は不利な立場に置かれていた。

巨人の視界の片隅に4人の人間達の姿、おそらく父母・小学生の二人の子供 の家族連れの姿が入って来た。逃げ道を失い、何かを求める目で巨人の横顔を見つめていた。巨人からすると蛆虫のように小さく弱く見えるが彼ら人間達も己の"生"を肯定すべくあらゆるものを背負って生きているのだ。この家族連れの父に至っては以前の巨人よりも忙しく働いては人生のあらゆる壁を超えてきたはずだ。

-- 私がやられたらこの人達も、私の知り合いも....

「君には困ってる人を放ったままにしておけない優しさがあるね」
こんな時になって誰かがかけてくれた言葉が記憶の中から現れ、心を撫でてきた。
その記憶の備品のように幼少期の思い出も浮き上がってきた。大雨に濡れないように、蟻さんの大群に傘をさしてあげていたあどけない思い出。記憶の中の蟻さんが、今、目の前にいる小さな親子と重なってくる。
身体も意識も重く感じられ、感覚が麻痺していく巨人に横槍を入れてくる記憶達。


...べろん

突然、粘性を含んだ、冷えあがった人差し指のような棒が巨人の股部の"豆"を押してきた。巨人は体の芯に冷たい激痛を感じ、反射的に腕や脚に力が入り、悲鳴をあげた。足は粘性の冷たい棒を中心とする怪獣の下腹部を蹴り飛ばし、力の入った腕は怪獣の両腕両肩を引きちぎる。

大ダメージを受けた怪獣は300m以上の空に飛ばされ港の工場跡地に叩きつけられてしまった。

身体を束縛するものから開放された巨人。大地の傾きや振動を伴いつつ、総量数トンもの灰燼を巻き上げ、立ち上がる。黒、紫、赤の闇に染まる天空の間より突き抜ける光を背に浴び、燃え盛る壊滅寸前の街を踏みしめ、バベルの如く天を衝く巨体で絶望の市民の前に降臨していた。
右腕は小型コンテナ船以上の重量を含みはり出ている乳房を覆い、左手は涅色に生い茂る下半身の林を包む。神々しくも若々しいその顔は後光を発しつつ、瀕死状態の怪獣を見つめていた。その表情はこの世のどんなものを以てでも決して触れてはならない神の逆鱗の一片をのぞかせる。

... さっきの刺激はさすがに許せない
... やられっぱなしじゃいけない
... みんなを痛めつける怪獣をどうにかしなきゃ

巨人は歩みを始めた。その足は10tトラックや電線はおろか、家屋を地面に沈め、瓦礫や車両を風圧で撒き上げ、地割れに堕とし、砲音では全然及ばないような地鳴りを起こしている。

怪獣は両肩が無くなり、生殖器を蹴られねじ曲げられた身体を負けじとおこし、目の光を激しく赤く点滅させる。そして残りの全身全霊の力で巨人に突進していった。電車をも木の葉のように巻き込み地上の隕石となって飛びかかったものの、巨人の軽い一蹴りで全て跳ね返され、頭部の装甲が柿の実の如く潰された。

がががあああァァ......!!

悲しげに力ない鳴き声をあげ地面にひれ伏す怪獣。

巨人は秘所を隠しつつ怪獣に歩みより、とどめとして連続で踏みつけた。
装甲はばきばき割れ、五臓六腑が脹れては穴を空ける。メカニックな筋肉の破片が港に散らばっていくと今度は緑の液体が飛び出てきた。

十回踏みつけた所でなんと怪獣の骸は自らダイナマイトのように爆発四散していった。
"怪獣"もとい"巨大昆虫"もとい宇宙蝉は300万年の人生を終えていったのだ。

-- 私は勝ったんだ。世界をめちゃくちゃにしようとする大怪獣を懲らしめたんだ。ウルトラマンだ、私。
なんていうか最後に一方的に怪獣をやっつけってた時はホントに自分が圧倒的存在になれたんだと実感できた。
これで市民は無事だ。パニックの根源も自分で消せた。


とてつもない体のサイズのままであるが、「その件も無事解決されるだろう」と言わんばかりに微笑む巨人。
ふと、とある心配事が心をもたげてきた。先ほど仰向けになっていた時、自分の顔の横でとどまっていたあの家族連れはどうなったのか。街の建物を崩さないように歩き、心当たりの場所を見てみる。

「そんな...」
悪い予感は的中した。家族の大黒柱もその二人のかわいい子供も骨片肉片へとすりつぶされていたのだ。かろうじて残っていたのは、末っ子の驚いた表情のままの生首と、悲しみのあまりに生ける屍となった母親のみであった。

--私が股に怪獣のものを押し付けられたときに抵抗した挙動で潰されたんだ。

肩に着いた蚊の屍骸のようなしみと破れただけた衣服を見て確信した。

市民の群れは、高台から、恐怖と悲しみと絶望と奇異と蔑視を帯びた目でフユミを見つめていた。
その尋常でない感情を抱く民衆の中にいるバイト先の憧れの先輩と目が合うと、フユミの感情の動きはフリーズしてしまった。フユミは身体が震えて震えて動かなくなった。
身体にゴマ粒や米粒のような物がぽつぽつぶつかりはじけていくのを感じた。おもちゃのイージス艦のミサイルが女に向けて集中放火している姿に変わらず、フユミは痛みもこそばゆさも感じることができなかった。
鉄骨の露出した高層ビルのTVモニターを見てみる。そこには「巨人災害」のテロップとミニチュアの街で全裸で佇む女という不思議な緊張感の映像が映っていた。


感情が再起動を始めたようだ。

フユミは己の"生"を肯定した

人が見え 人の感情も見えるが
だからといって自分の感情まで傷んでいくことはなくなった

街がちゃっちな模型にしか、無機質なものにしか思えなくなった
文化を持たない汚らしいガラクタにさえも思えてきた

緊急車両という名目の虫が通り、渋滞を起こしている高架道路を、興味も伴って踏み抜いてみた
彼等車両は、あたかもベルトコンベヤーから落とされる製菓のように、道路から落ちる。鈍い金属音を上げて、落下で中身もろとも押し潰された。

もう社会の概念に囚われるのをやめた

自分の秘所を隠す必要もなくなった
あらゆる圧迫から開放され
"苦しく"なくなった

爆煙や灰燼に覆われ、紫よりの虹色となっていた夕空に黒々とした雨雲が突如として上がり、これからは復興しないであろう壊滅しかけの街にスコールをもたらした

巨人、もとい、フユミの人格の中の、まだ開いたこともなければ存在も知らなかった扉が開こうとしていた。

Hopes bright -大きくなった私- (完)