『無敵のクラッシャー巨大娘!』

作:湯田

■注意とお願い
 作中に巨大な女性がでてきて、景気良く物を壊します。
そういうものに興味のない方は読むのをお控えいただくことをお勧めします。
またフィクションでありますので、作中の名前・地名・文化風俗等は全て架空のものです。

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『破壊はお任せ!無敵のクラッシャー巨大娘!』

「今日のお仕事、終わりはまだですかーーー」
「ちょっと飛ばし過ぎたかもしれん、疲れた」
「二人とも、さぼってないで働きなさいよ」
「自分こそーーー」
「すまない、もう少しだけ休んでもいいだろうか?」
三人の娘たちが都市のどまん中で座り込んでいた。
いや、座り込んでいる、といっていいものか。
確かに座ってはいるのだが、彼女たちの姿は建築物の上に抜きんでている。
それも当然、彼女たちの身長は地球人の単位で言えば優に300メートルを越えている。
見上げる程の、文字通り無敵の巨大娘!
…と言いたいところだが、そんなことを思ってるのは、誰もここにはいないのだった。

「仕方ないわねえ…よいしょっ、とぅ」
一人の娘がちいとばかり年季の入ったかけ声とともに、赤い髪を揺らして立ち上がった。
続いて二人も、渋々と腰を上げる。

最初に立ち上がった娘が端末を取り出して二人に見せる。
「ほら、あとこれだけだから」
指で示された二人は、しかしいっそう渋い表情になった。
「まだ、だいぶんありますねーーー」
「終わりが、見えない」
「だから、けっぱらないと終わらないわよ。さ、続き続き!」
疲れを見せながらも、三人はそれぞれの持ち場に戻っていった。

三人の中で一番小柄な緑色のロングヘアの娘は目の前、というか、足元を恨めしそうに見下ろした。
彼女の前に広がっているのは住宅街。
後ろを振り返ってみると、こちらには既に潰されて粉々になった町並みの残骸が延々と広がっている。
「でもこれで、半分もいってないんですよねーーー」
それどころか三分の一、いや、さっき見せられた進捗表では四分の一も進んでいるかどうか。
「まずいです、簡単そうだからってこれ選んだのに、この分だと私だけノルマ未達成ですーーー」
彼女は気を取り直すと、片足を上げた。
「えいっーーー」
一蹴りで、四五軒の建物がまとめてたわいもなく吹っ飛んだ。
「えいえいっーーー」
まとめて上からどん、どん、どん、どんと踏みおろす。
積み重なった建物はあっさりと潰れてしまった。
住宅街なので、目立った大きさの建物はそれほど多くない。
ほとんどは彼女の膝下である。
壊すにしろ潰すにしろ、大した手間ではない…が。
それをひたすらに続けるのはしんどい。
それに、ただ壊すだけでなく、できるだけ細かく潰さなくてはならないのだ。

け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。
け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。
け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。
け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。
け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。
け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。
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け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。
け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。
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け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。
け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。
け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。
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け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。
け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。
け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。
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け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。
け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。け飛ばす。踏み潰す。

ここ数日、延々とこれの繰り返しである。
「足も膝も腰も痛いですーーー」
泣いてみせても、離れたところで別の仕事にかかっている二人には聞こえもしない。
「とほほほーーー」

せめて景気をつけようと、じくじくと痛む爪先を我慢して彼女は思いっきり蹴りあげた。
破片をまき散らしながらすっ飛んでいく建物を見ると、少しは気が晴れる。
文字通り街並みを蹴散らす。
蹴散らす。
そう、昔は街を…


「ふふふ、どこに逃げるつもりですかーーー」
右足でビルを踏み潰しながら、彼女は下に向けて声をかけた。
目の下では、沢山の人影が逃げ惑っている。
「それで走ってるつもりですかーーー」
こんどはどん、と左足を踏み下ろしてやる。両側の建物といっしょに、道が足で塞がれた。
「ほらほら、本気で逃げないと追いついちゃいますよーーー」
わざと、間延びした声を浴びせてやる。その声に怯え震えながら、人々は反対の方向に走りだした。
「頑張って走ってますねーーー。うんうん。でもーーー」
ずしーーーん!
引きぬいた右足を振り下ろしてやると、足元の人の群れが蜘蛛の子を散らすように吹き飛んだ。
「あっははは、よわーーーい!私が足を下ろしただけで吹っ飛んじゃうなんて弱すぎですーーーー」
狂ったように逃げ惑う人たちを、思いがままに追い詰めていく。
「右足の人たち、頑張って走れ走れ!左足の人たちも、全力で逃げないと追いつかれちゃいますよーーー」
必死で走っていた人たちの群れは、前方から同じような人の群れがこちらに向かっていることに気づいて
愕然とした。
そして後ろの方から、どぉーーんという響きがした。続いて、反対側からも。
…しまった…追い詰められた!?
恐る恐る、上の方を見上げる。商業ビルより遥か上に、楽しそうな笑みを浮かべた少女の顔があった。
「さあ、どうしてあげますかーーー」
その言葉に失神する者、土下座する者、ビルの壁面を登ろうとして虚しくずり落ちる者。
惨めな有り様をみていると、ぞくぞくと心が震えだすのを感じる。
街を蹴散らす、なんて楽しいんだろう。
さあ、これからたっぷりと、この小人たちを…

彼女は我に返った。
「やってることは、あの時と同じなんですけどねーーー。ううん、規模は今の方がずっと大きいのにーーー」
(ま、当然ね。あの時は好き放題に圧倒的な力を見せつけてやればよかった。今は…)
彼女は小さくため息をつくと、足元のマンションを蹴飛ばした。


離れたところでは、長い黒髪をきつく結った娘がビル群の中を歩き回っていた。
こちらの建物はかなり高い。低いものでも太腿辺り、高いものは彼女の背丈を大きく越える。
真剣な顔をして周りを見渡していた彼女は、やがて一つのビルの前に立った。
「ここは、行動の邪魔になるな。最初に、このビルをどけた方がいいだろう」
高さが彼女の背丈とほぼ同じビルを前にして、腰をすっと落として身構える。
「やっ!」
かけ声ととともに、低い蹴りがビルの根元に吸い込まれる。
さっくりと、まるで刈り取ったようにビルの下がえぐられた。
「はっ!」
同じようにビルの反対側が削り取られる。
ビルの上の方には傷ひとつついていない。見事な蹴り技だった。
そのまますっとビルに近づき両手を廻す。
「んんっ」
両腕で抱え込んだまま、腰だめの要領でビルをひねるように力をかける。
下を抉られているビルは、徐々に根元からきしみ始めた。
「むん!」
下から折れたビルが彼女の両腕の中に残った。
ちょうど最上階が彼女の眼前にある。
なにげなくビルの中を覗きこんだ彼女の頭に、かつての光景が蘇った。


「そこに、逃げ込んだか」
彼女は眼前のビルを眺めまわした。
ビル群の中でもひときわ新しく、そして大きい。最上階の上のアンテナを含めれば、彼女の背より高かった。
ビルの中では無数の小さな人影が蠢いていた。
皆、彼女の方を見ている。見ずには居られないのだ。なぜなら、彼らは彼女から逃げてきたのだから。
「ろくに動き回れない地べたを諦めて、この辺りで一番高く頑丈なこのビルに逃げ込んだか。
悪くない、思いつきだ」
彼女は軽く身を屈めた。
「はっ!」
次の瞬間、ビルの中の人間たちには彼女が消えたように見えた。
上の方から揺れが伝わってくる。
次の瞬間、彼女はまたビルの前に姿を表した。
その手には細長い棒のようなものが握られている。
まさか。あれは、このビルのアンテナ?
ビルの中の何人かは唖然とした。
彼女は眼にも止まらぬ速さで跳躍し、一瞬の間に上についていた
アンテナをへし折り、そしてほとんど振動もたてずに着地してみせたのだ。
あれほどの巨体なのに、なんという身体能力だろう。
「見下されるのは、趣味じゃない」
そう言うと彼女はアンテナをあっさりと放り投げた。
数秒の後、下の方からぐしゃり、がらがらという破壊音が届く。
「悪くはないが、本当に賢明な判断だったか。これからじっくりと、教えてやろう」
言うやいなや、彼女の両足が眼にも止まらない勢いで飛ぶ。
ほとんど音もたてずにビルの基部は、四分の一ほどの面積に削り取られていた。
「そこから出入りするのは、もう無理だな」
感情を込めずに言い放つと、ゆっくりとビルの方に近づく。
中はもう半狂乱だった。
彼女は小人たちの様を気にすることもなく、両手をビルの両壁に回した。
べきり、と少し下の辺りで鈍い音が響く。
彼女の形のよい胸に膨らみに、ビルの壁面が押し負けたのだ。
「そら、そら」
抱え込んだまま、ビルを揺さぶってやる。根元を削られているビルは、
彼女の体の動きに合わせて揺れるしか無い。
徐々に、揺れを大きくしてやる。ゆっさゆっさと揺れるビルは、やがてぼきりと最下部から折れた。
「よっと」
彼女はそのまま、ビルを抱え上げた。ちょうど最上階が彼女の眼の辺りに来る。
「さて、どうする?このまま、下に落としてやろうか?
私から離れたいのなら、このまま遠くまで飛ばしてやろう」
窓越しに、中の様子が見える。中の人間たちは皆、土下座して懇願していた。
「助けてください」
「お許しください」
「どうかお慈悲を」
かすかな響きが伝わってくる。
さて、どうしてやるか…


「確か、あの時は…」
彼女はビルに手を回したまま、しばし考えこむ。
「結局は倒れないように、隣のビルに立てかけてやったんだったな」
今、ビルの中を覗きこんでも、人っ子一人いない。
彼女はふっと笑うと、ビルを抱えて運び、そのまま下に落とす。
手から離れたビルは地面にぶつかり、ぐしゃりとつぶれて崩壊した。
「さて、これだ」
彼女は次の目標を見やった。
高層ビル街と隣接した地区に、ビルと同じぐらいのクレーンが何本も建っている。
「取扱い注意、だったな」
資料を取り出して確認する。
クレーンの何本かは、手の形をしたアーム型クレーンだった。
「できれば原型のまま残せ、か。そういえばこれは、あの時のアームに似ているな…」
眺めるうちに、また彼女の脳裏に以前の情景が蘇ってきた。


「おや、これは」
いつの間にか、見慣れないものが背後にある。
振り向いてみれば、ビルぐらいの大きさのあるロボットだった。
下には幾つものタイヤとカタピラが見える。それなりに、移動はできるらしい。
(どうやら、ビルを盾にして近づいてきたらしいな)
上の方には何本ものアームが植え付けられており、ゆらゆらと揺れ動いている。
「私に挑もうというのだ、それなりの出来なのだろうな」
彼女が構えようとした時、ロボットの体のあちこちから煙が上がった。
何本かのロケットが、火花を飛ばして飛んでくる。
彼女は避けようともしなかったので、ロケットは全弾命中した。
だが煙が収まると、彼女はまた悠然とした姿を表した。
「なんだ、今のは?ネズミ花火なら、人に向けないようにするのだな」
わざとらしく嘲笑してやる。実際、彼女には痛くも熱くもなかった。
その声に怒ったかのように、ロボットはタイヤとカタピラを軋ませると彼女の方に突進してきた。
「ふん」
彼女の両手がさっと動くと、楽々とロボットを受け止めた。
ロボットの前進が止まる。全力で駆動機器を動かしても、びくとも動かない。
タイヤとカタピラは、虚しく地面を削るばかり。
「どうした、こんなもので私に挑むつもりだったのか」
今度はやけくそのように、アームが動き出した。
ぶんぶんと振り回されるアームのうち、勢いをつけて後ろに下がったのが背後のビルにめり込んだ。
そのまま動き出したアームはあっさりとビルを引きちぎる。
「ほう、そうきたか」
左手でロボットを止めたまま、彼女の右手が一閃する。
彼女を狙おうとしていたアームがあっさりと手刀で切り飛ばされた。
「そら、そら」
今度は数本のアームが、一斉に彼女に掴みかかろうと襲ってきた。
「はっ!」
彼女の右手が素早く動くと、みなあっという間に切り飛ばされて地面に転がった。
ロボットが懸命に操るアームをやすやすと片手であしらってみせながら、彼女は嘆息する。
「遅い、遅すぎるぞ」
ついにロボットに残されたアームは一つだけとなった。
中央から生えているそれは、メイン用のアームなのだろう、他のアームより遥かに太く頑丈そうだった。
そのメインアームがついに動き出し、彼女の顔面めがけて飛んできた。
これに掴まれれば、流石の彼女も…!
しかし、彼女の右手が苦もなくメインアームを掴んで止めた。
懸命に振り放そうともがくアーム。しかし、彼女の右手は前にも後ろにも、左にも右にも移動を許さない。
「やれやれ、この程度か」
つまらなそうな声とともに、アームから異音が響いた。
べきり。ばきり。ぼきり。
力を入れる風もなく、彼女の右手がメインアームに食い込んでいく。
ただ掌の力だけで、メインアームは握りつぶされてしまった。
へし折ったメインアームの先をロボットに付きつけると、彼女は挑発する。
「さあ、次をみせてみろ。私を相手にするのに、この程度が奥の手だったというわけでもあるまい?」
だがロボットは、もはや完全に戦意を失った様子で、じりじりと後じさりをしていた。
「やれやれ、つまらん」
メインアームの残骸を投げ捨てると、彼女は一気にロボットに近寄り、両手で掴む。
「けなげにも、かかってきたのだ。もう少しだけ、私の力を見せてやろう」
そのままぐいと、頭上に持ち上げた。
頭上で無駄にあがいていたロボットは、やがて力尽きたように動きを止めた。
このまま投げ飛ばしてやってもいいが…
彼女の顔に笑みが浮かぶ。
「よっ、っと」
持ち上げたロボットを軽々と持ち替え、抱きかかえるようにしてからゆっくりと両手の力を込めれば、
紙細工を押しつぶすように、両腕はロボットに食い込んでいく。
全身から軋む音が響き始めると、断末魔のようにロボットは暴れ始めた。
だが、彼女の腕は柔らかくそして強く抱きついたまま、小揺るぎもしなかった。
そのままゆっくりと、じわじわと、ロボットを抱きしめていく。
柔らかく、しかし強大な抱擁にわずかな抵抗もできず、
両腕と胸の間で押しつぶされ、へしゃげたロボットのパーツがばらばらと下に落ちる。
最後に頭部らしきものがぼとりと下に落ちると、彼女は両手で体についたゴミを悠然と払い落とす。
パンパンと、当たり中に響く音で手を叩いた後、あえて言葉をかけずに、悠然と足元を見下ろしてみせた。
周囲には恐れと絶望と、彼女の慈悲心に縋ろうという必死の想いがたちこめている。
小人をいたぶることや破壊には、さして関心はない。
自分の圧倒的な力を見せつけてやれば、それでよかった。
だが、勝つことはできずとももせめて一矢をと、小人達が総力を結集して造ったであろう、
ささやかな希望をいともたやすく圧倒的な絶望で押しつぶしてやったのは…
…悪く、ない。
快感が体の中からにじみ出してきたのを、彼女は自覚した。


「昔は昔、今は今」
彼女はクレーンアームの基部に手を伸ばすと、接合部を取り外した。
そのまますっと引き抜き、両手で抱え上げる。
「よっ、っと」
ゆっくりと両手で抱え上げると慎重に歩き出し、
先ほどのビルのところを体を横にして通り抜け、クレーンアームを空地に静かに下す。
「これで、よしと」
何度か同じ工程を繰り返し、すべてのクレーンアームをきちんと並べ終えると彼女は息をついた。
「クレーンは、これで終わりか。さて、次だ」
(しかし…まだまだ終わらんな。焦らずにいかなくては)
一つのビルが消えても変わった様子を見せないビル街を見ながら、彼女は首を振った。


赤毛の娘は、端末機を操作しながらあちこちを歩きまわっていた。
彼女は一応、責任者ということになっている。
作業自体は二人の受け持ちだが、結果のチェックにこれからの段取りの確認、
都市の状況の下見、進捗報告書の作成とやるべきことは山ほどある上に、
手の回らないところは結局は彼女が動かなくてはならないので、暇ということはまったくない。
住宅街に入り、残骸を見回していた彼女は眉を寄せた。
「あ、またやり残してる。まったく、ただ蹴っ飛ばすだけじゃ駄目だっていったのに!」
残っているのは、どうやら元:集合住宅らしい。
ため息をつくと、彼女は残った建物に向けて指をかざした。
ぴっ、という音ととともに、残骸の画像が端末に浮かび上がる。
「今度は証拠も確り取ったから、言い訳させないんだから」
残骸を踏み分けつつ建物に近づくと、彼女は足で踏みつけた。
力を入れる必要は全くない。足を乗せただけで、その重みで集合住宅は崩れ始めた。
しかし、彼女は何度も足を上げ下げして念入りに建物を踏みにじった。
半壊していた集合住宅を周りと同じような瓦礫に変えてから、ようやく彼女は踏みにじりをやめた。
「これで七つ目よ。あの子には今度こそ、きっちり注意しないと」
そう呟きながら、彼女は次の目的地に向かう。
工場の跡地か、四角く区切られた敷地には廃材が丁寧に並べられていた。
種類ごとに大きさを揃え、向きも綺麗に整えられているのを見て彼女は苦笑する。
ここまで整理する必要はないのだけれど…彼女らしいわ。
品質過剰の気はあるが、こちらは仕事をちゃんと進めているのだから文句はない。

チェックを進めていた彼女は所々に塔が立っている、広い場所に入り込んだ。
「ロケットの発着場、か。宇宙港かな?」
辺りを見回しても、ロケットや乗り物らしきものは見当たらない。
今はがらんとした空虚な空間だが、整った設備類は往時はさぞかし賑やかであったろうことを感じさせる。
「もったいないなぁ」
そんな言葉が思わず出た。
これだけの発着場をあっさり放棄するなんて。
昔見た発着場など、規模といい施設といい比較にもならない。
歩きまわっていた彼女は一つだけ、横たわったロケットを見つけた。
「これは、廃棄品かな?」
彼女は両手でロケットを掴むと、ぐっと持ち上げた。
ひと通り見てみても、特に壊れた形跡もない。
外見からするとまだまだ使えそうだが、規格が古くでもなったのだろうか?
「これも、もったいないなぁ」
貧乏性というなかれ。彼女の星でなら、最先端どころか数世紀は先を行ってそうな物である。
そう、彼女の星でなら…


「あんたたち、どこに行く気?」
彼女は腰に手を当てたまま、ロケットを見下ろしてみせた。
世界征服の最終段階になると、もはや勝敗は明らかになっていた。
警察や軍隊を蹴散らし、世界が協力して結成した反撃も文字通り一蹴した彼女たちには
到底叶わないと誰もが思い知らされていた。
彼女たちに降伏を申し出る国や組織が相次いだが、中には脱出を試みたものがいた。
逃げる、と言っても、地上にはもはや逃げる場所はない。
惑星上は文字通り、彼女たちの遊び場と化している。
人間たちは彼女たちが闊歩する足元で惨めに、そして哀れに這いずりまわるしかない。
とすると、残されたのは宇宙だ。
宇宙基地に残されたロケットを使って宇宙ステーションに逃げ出す。
しかしその計画は、彼女たちに降伏した人間からの情報もあり、
彼女達にあっさり見抜かれていた。
(ま、逃げたどころでどうということもないけどね)
どうせ宇宙ステーションから先は行きようもない。
この星の周りをぐるぐる回っているしかないのだ。
そのうち、どうとでもしてやれる。
だが、自分たちを少しでも出し抜いた、と思わせるのは面白くない。
それに、彼女には自分たちだけで逃げ出そうという性根が気に食わなかった。

世界の首脳が最後の希望をかけたロケットだけあって、
今までのロケット比べると倍以上の大きさを誇っている。
彼女の背丈と比べても、さほどの差はない。
だが、宇宙港についた彼女は悠々とロケットに向かって歩いていた。
歩きながら、ロケットに向かって声をかける。
「あんたたち、今までは首脳だ、指導者だって、威張ってたんでしょ?
だったら皆を代表して、率先して土下座でも三跪九叩頭でもして、
私達に命乞いでもすべきでしょ。
それを、自分たちだけ逃げようなんて、どういうつもりかしらね」
容赦なく言い放つ彼女を無視するように、ロケットの下部から煙が上がり始めた。
「ふうん。そういうつもり?」
吹き出る煙を気にする様子もなく、彼女はロケットに近づいた。
ロケットのノズルから、炎が上がる。
だが、彼女はあわてずゆったりと、しかし着実にロケットに迫る。
ロケットの内部では、カウントダウンが始まっていた。
10,9,8,7…
急げ、急げ。
早く点火しろ。
宙に浮かんでしまえば、流石に手は届かない。
いや、一度点火すれば、人間が造った者の中でも、最大級の推力だ。
たとえ巨大な娘といえども…
5,4,3…
ぐっと、彼女は右手を伸ばしてロケットを掴んだ。
2,1,0、点火!
ごおおおおおおおおおおおおっ
ロケットの下部から猛烈な勢いで火と煙が吹き上がり、発射台と彼女を包んだ。

どうだ、どうなった?
煙が徐々に収まっていくのを見守っていた管制塔の人たちは、
発射台を見て息を呑み、頭を抱え、呆然とした。
まるで何もなかったかのようだった。
彼女は片手だけで軽々と、ロケットの発射を押さえつけたのだ。
「ロケットの発射って、こんなものなの?
私、このまま一緒に持ち上げられちゃうのかな、とか、
宇宙に連れてかれちゃったらどうしよう、とか心配してたのに」
小馬鹿にした声が宇宙基地中に轟く。
「あ、わかった!きっと失敗したんだ。そうかー、残念だねー、
せっかく私達から逃げるチャンスだったのにねー」
そんなことはない。全てが順調だった。
問題さえなければ、そう問題さえなければ、今頃は宇宙ステーションを目指して翔んでいたはずだ。
ただ、彼女の途方もない腕力だけが問題だった。
見た目にはほっそりとすらして見える腕なのに、なんという力だろう。
絶望する首脳たちを載せたロケットを、彼女はぐっと引き寄せた。
ぐらりと傾いたロケットの中で悲鳴があがる。
「そんなに逃げたいなら、手伝ってあげるよ?」
彼女は言い放つと、ロケットをまるで竿か何かのように軽々と持ち上げた。
「あんたたち、どこに行きたい?」
そういうと、ぶんと一振りする。
そして、ぐっと力をこめてロケットを放り投げた!
ロケットははるか彼方に向かって飛んでいき…


…あれが最後の抵抗だった。
その後、惑星全土は文字通り彼女たちの膝下に屈した。
人間たちには、もはや逆らう気力も勇気もない。
移動しようにも交通機関や港、宇宙港などは全て彼女たちに制圧された。
炭鉱など地中深くに逃げ込んだ者達もいたが、入り口を完全に塞がれて沈黙するか、
幾つかは見せしめに穴を開けられて引きずり出された。
金持ちも貧乏人も、男も女も、赤ん坊も年寄りもない。
人間は彼女たちの力に圧倒され、些細な気まぐれに振り回され、ただ慈悲を乞うしかない存在と化した。
その姿を高みから見下ろしてやるのが、絶対の支配者となった巨大な私達だ。
どんな圧制者でも叶わない、圧倒的な恐怖と支配力。
望むことでかなわないことはなく、力を示したければ軽く物を壊してやればいい。
まさに無敵の巨大娘だった。
あそこで。
あそこで、止めておけば。
そうすれば今でも私達は無敵の支配者として君臨していたろう。
…まあ、それができなかったから、こうなっちゃったんだけどね。
彼女は広がる宇宙港の跡地を眺めると苦く笑った。

宇宙港を後にした彼女は端末を操作して次の作業内容を確認した。
「これは、三人でかからないと無理だわ」
どうしよう?とりかかるのは明日にしようか。
それともいったん二人を集めて、最初の段取りだけでもつけておこうか。
少し考えた彼女は、端末に向かって呼びかけた。
「二人とも、今の作業を一旦終わらせて、ここに来てちょうだい」
自分もそうだが、二人もかなり疲れが見えてきている。
このまま続けるより、気分を変えたほうがいいだろう。
しばらくすると黒髪の娘が到着し、それからかなり経ってから緑頭の子も足を引きずりながら現れた。
「うう、足が痛いですーーー
彼女は着くやいなや、足元に座り込もうとした。
「ちょい待ち。これ見なさい」
その鼻先に、端末が突きつけられる。
「建物はみんな、潰して細かくしないと駄目っていったじゃないの」
「ええーーー、ちゃんとやりましたよーーー」
「やってないわよ!ほら、見なさい!ここと、ここ。ここも、ここもよ!」
彼女が端末を操作すると、踏み残しの画像が次々に地図付きで浮かび上がる。
「あ、ありゃりゃーーー」
緑髪の娘を軽く小突いてから、赤毛の娘はきつめの声で言う。
「ちゃんとやらないと、支払い額を減らされかねないわよ。
もしもそうなったら、あんたの分から差っ引くからね」
「ひええええええーーーご勘弁をーーー」
今度は頭を抱えてみせる。
「判ったら次からちゃんとやんなさい。いいわね?」
「はいーーー」

「さて、二人に集まってもらったわけだけど」
「おそらく、これだな?」
黒髪の娘が指をさすと、赤毛の娘はこっくりと頷いた。
「そう、これの処理よ」
「壊すのか、これを?」
「ええーーー、無理ですよーーー」
三人は上を見上げた。
「まあ、全部は無理だろうけど、できるだけのところまででいいから試しにやってくれって」
「できるところまで、か」
「それって大変ですーーー」
「せめて、道具があれば」
「あの時、よけいな見栄張って『無敵のクラッシャー巨大娘に道具は不要です』なんていうからーーー」
「うるさいわね。巨大娘だったら、自分の体で破壊するべきと思わない?」
それは彼女の拘りだった。
巨大娘が街を壊すのに道具なんて必要ない。
前は、皆がそう思っていたはずだ。
人間たちが繰り出すちっぽけな武器や兵器を、自分たちの体だけで弄び、粉砕する。
それこそが無敵の巨大娘の証ではないか。
だが、残りの二人は変わっていた。
「私は、考えを変えた。道具は、あった方がいい」
「わたしもーーー。できればローラーかトンボとかあるといいなーーー」
「あんたたち、それでも無敵の巨大娘なの?」
「その言葉に、間違った拘りをしてないか?」
「だったら一人だけ素手でやればーーー」
二人の目は真剣だった。
「…判ったわ。今日の報告の時に相談してみるから」
ついに彼女は折れた。
「でも、せっかくの好意を断っちゃったし、日にちも経ってるから貸してくれないかも…」
「あちゃーーー」
「好機を、逃してしまったか」
二人が落胆した顔になる。
「…悪かったわよ」
実際、目の前の構造物は素手では手出しできそうになかった。
基部は彼女たちの宇宙船よりずっと大きい。
そこからずっと上空まで塔のようなものが伸びていて、その端は霞んで見えないほど先にあった。
「何とかやってみましょう」
「仕方が、ないな」
「ううーーー」
三人は基部の周りをぐるっと一周した。
「周りの附属施設は、何とか外せそうね」
「だが、本体は難しいぞ」
「継ぎ目もないですねーーー。これ、どうやって出入りしてたんでしょーーー」
「多分、地下からだろう」
「とりあえず、外せる物を外していきましょう」
三人は手分けして作業にかかる。
「駄目だ、硬い」
基部から突き出た平たい建物を引き剥がそうとした黒髪の娘がため息をついていると、
「こっちも全然動かないわ。二人でやりましょう」
同じように球形の物体を外そうとした赤い髪の娘が声を駆けた。
「判った。やろう」
力を合わせているうちに、球形の物体はぐらりと動き始めた。
「よし、いける」
「いいわよ、そらっ」
二人がけんめいに力を込めていると、突然後ろから
「あったったったったあああああーーー」
とんでもない悲鳴が聞こえてきた。

慌てて駆けつけてみると、緑髪の娘が右足を抱えていた。
「おい、大丈夫か?」
「どうしたの?」
「あれを、蹴ったら…」
涙目で指さした先には、尖った三角の塔のようなものがある。
「足、見せて」
素早く靴と靴下を脱がせ、足の様子をみてみる。
「よかった、怪我はないわよ」
三人はほっとため息をついた。
「でも、ジンジンするーーー」
「それで済んで、良かったと思うべきだな」
言いながら、黒髪の娘は三角の塔を手でさわって確かめた。
「強度が、住宅街やビル街とは段違いだ。蹴飛ばしたぐらいでは、傷もつかない」
「やっぱり、用途上頑丈に出来てるんでしょうね」
足を抱えて座り込んでいる緑髪の娘の上で、二人は顔を見合わせた。
「大丈夫?立てる?」
「うん。何とかーーー」
彼女は靴を履き直すと、どうにか立ち上がった。
「それじゃ、無理をしないでいきましょう」
「よし、続きだ」
「あれは外せそうだったわね。あんたも来なさい」
「私もーーー?」
赤髪の娘は二人を促すと、球形の物体の側に戻った。
「行くわよ。いちに、さん!」
二人が力を合わせて回すと、ごきっと音がして物体は根元から外れた。
「置き場所はここだけど、あんた、これ持っていける?」
「やってみるーーー」
渡された球を抱えると、緑髪の娘は慎重に歩き始めた。
「無理しないでいいから、駄目なら下に置いちゃいなさい」
「うん、大丈夫ーーー」
そろそろと歩いて行くのを見守ってから、二人は次にとりかかる。
「よく出来ているな、これは」
「え?」
「さっきのもそうだが、うまく力を入れれば外れるようにできている。
例えばこれは、一旦横にずらしてから上に引き抜けば…」
「結構簡単に抜けたわね」
二人が突起を引き抜いたちょうどその時、緑髪の娘が帰ってきた。
「じゃ、次はこれ持って行って頂戴」
「ええーーー、もうですかーーー」
「無理?」
「にゃにゃ、いけますよーーー」
軽く首を振ると、また抱え上げて運び始めた。
小一時間ほど、三人は熱心に働いた。

「どうやら外せそうなのは外せたわね」
三人は基部に寄りかかりながら、一息ついていた。
「ふいーーー、疲れたーーー」
「これ、もし外れたらどうなる?上から、落ちてこないか?」
黒髪の娘が基部の付け根を指さした。
「大丈夫よ、重力制御されてるから」
もっとも、三人ががりで押してもびくともしなかった。
その心配はしなくても良さそうだ。
「じゃあ、そろそろ締めにしましょうか」
「いいのか、まだ時間があるぞ?」
「今日は色々あったから、早めに上がろうと思ったんだけど。いや?」
「賛成、賛成ーーー」
「進捗に問題がないなら、構わないが」
「じゃあ、一旦整理して…」
赤い髪の娘は端末を操作し始めた。
「今日で五十日目、か」
「ずいぶん経ちましたねーーー」
「今までの仕事では、最長だ」

そう、彼女たちはなぜここで破壊活動に従事しているかというと…

あるきっかけを元に巨大化した彼女たちは深く考えることもなく、自分たちの力を実感した。
私達、凄い。無敵じゃないかしら。
都市を蹴散らし軍隊を壊滅させ、惑星全土をあっさりと征服すると、次はということで、
彼女たちは宇宙を目標に定めた。
もちろん自分たちで用意なんかしない。
準備をするのは小人…標準サイズの人間達である。
彼女たち、つまり巨人用の宇宙船に宇宙服、莫大な量の燃料に食料、その他もろもろの必需品…
それだけでも気の遠くなる量なのに、やれドレス、靴、武器、化粧品と、
彼女たちは好き放題にリクエストを付け加えた。
リストに一つ項目が追加される度、人々がどれほどの絶望と殺意を抱いたことだろう。
彼らの科学レベルでは不可能とされていたことも多々あったのだが、
しかし彼女たちの意に背いたらどうなることかわからない。
それに、実現すれば連中は出て行く。
それだけを希望に、人々は文字通り不眠不休の血と汗の滲む労苦を積み重ね、
課題を一つ一つクリアし、なんとか無理無理難題を実現し、ついに彼女たちの出発の日にこぎつけた。
そんな労苦には感謝することもなく、狭い惑星にゃ住み飽きた、これからは宇宙よとばかりに、
彼女たちは意気揚々と出発した。
もっとも、仮にも宇宙である。
今までのように肉弾戦だけではちょっとは苦戦するかもしれない、ということで、
彼女たちは、それでなくても強力な武器、つまり自分たちの体に加え、
さらに強力な武器をも携えていた。
(もちろん、造らせたものである)
ミサイルとレーザー砲の直撃を跳ね返す宇宙服、ビルを一発で蒸発させる光線銃に、
試し切りで山を真っ二つに切り裂いた刀。
携帯用の武器だけでも凶悪な破壊力の上、宇宙船の主砲は一発で大都市を壊滅させることができる。
これだけあれば惑星征服なんて余裕も余裕、銀河征服なんてあっというま、次はどの銀河を目指そうかしら。
…などというのが、いかに甘い見通しであったことか。


出てきてみれば、さすが宇宙は格が違った。
その事を、彼女たちは最初に目標に定めた惑星でいやというほど思い知らされたのだった。
何かが違う、と気付いたのは最初の攻撃の時だった。
一応降伏通信を送ってみても、相手は反応しない。
そらきたとばかりに主砲を景気良くぶっ放してみる。
が、直撃したはずの相手の宇宙船はびくともしていない。
これはおかしいと一旦撤退しようとした彼女たちは操縦をあやまり、宇宙船を墜落させてしまった。

そう、宇宙とは、惑星を一発で吹っ飛ばす大砲だの、恒星を暴走させるミサイルだの、
その暴走した恒星を制御する光線だの、ブラックホールを封じ込めたミサイルだの、
銀河系を半分壊滅させる主砲だの、とんでもない武装をしている連中がごろごろしているところなのである。
惑星上で無双して喜んでるレベルでは、お話にもならなかったのだ。

墜落した宇宙船の中で呆然としていた彼女たちの前に、突然女性の人影が現れた。
立体映像なのかもしれないが、人間と全く見分けがつかない。
「初めまして。私はこの分宇宙の統括官をしております」
水色の髪をして未来的な神官のような服装を身にまとう彼女は、
300mを超える巨大娘用の宇宙船をずっと上から見下ろしている。
その声は、嫌でも船内に響き渡った。
分宇宙統括官と名乗った彼女は、やや事務的な口調で一方的に続けた。
「惑星上の事は惑星の主権に委ねられます。
従って、貴方達が自惑星でやる限りは、何をやっても放置されていました。
しかし宇宙で活動する場合は、宇宙法に則る必要があります。
それを無視して行動した場合には、然るべき処分が与えられます。
貴方達は先ほど、何の害意も表してない相手に一方的に降伏勧告を送り、
返答も待たず攻撃を仕掛けました。
その攻撃が通用しないとなると逃亡を図り、操縦を誤って墜落し、この星の地表の施設に少なからぬ
損害を与えました。
これは損害賠償の対象になります。
何か申し立てる事はありますか?」

ぐうの値も出ない正論である。
「では、墜落に巻き込まれた施設の持ち主が被った損害を、誠実に賠償するように。
支払い方法は追って指示があります。
なお、貴方達から違法な攻撃を受けた宇宙船の持ち主ですが、こちらはかすり傷もついてないとのことで、
損害請求権を放棄しました。従って、この分は支払わなくても結構です」

…支払う借金が少ないのは嬉しいが、宇宙船の主砲の直撃がかすり傷にもならないとは、
それはそれで屈辱である。
それでなくとも自分たちの力を思い知らされている彼女達に、分宇宙統括官は追い打ちをかけてきた。

「今回は初回ということもあり、宇宙法に不慣れなことも考慮してこれ以上の罰は課さないものとします。
しかし事後は、銀河群・銀河系・星系・恒星・惑星・矮惑星・小惑星・その他に存在する生命体及び
物質に対して同様の悪質な行動をした場合は、今回のものを加えた処罰が下されます。
現在只今から、私の権限の及ぶ範囲において、貴方達の行動言動は全て記録の対象になりました。
そのつもりでいてください」
「そ、そのう、あなたの権限ってどこらへんまで及ぶんでしょう?」
赤毛の娘が、恐る恐る聞いてみた。
「私の権限はこの宇宙のごく一部です。ごらんなさい」
彼女たちの目の前に、無数の光点が輝いている映像が浮かび上がった
「これは、私達のいる銀河系でしょうか?」
「いいえ、これは私の管轄する銀河系の集団です」
銀河系の集団…
「貴方達の用語では、銀河団というようですね。現時点では5687個の銀河系が所属しています」
5687個の銀河系。
一つの銀河系どころかその一部すらままならない彼女たちには、把握することすら難しい。
それでも、勇気を奮って聞いてみる。
「ええっと、その、私達の居るのはどこらへんでしょうか?」
「ここらへんですね」
彼女が指をさすと、映像の外からにゅっと指が出てきて銀河団の端のほうを指さした。
「そ、そこですか。ありがとうございます」
分宇宙統括官が指を引っ込めると、銀河系より巨大な指もすっと消えた。
「あのう、まさかと思いますけど、今の指は…」
「あれは私の指です。合成画像などより正確でしょう?」
「え」
「大丈夫です。うっかり触ったら壊れてしまいますから、物理的干渉を無効にしてありますので」
「は…あ…」
『銀河団どうしが接近し過ぎた場合などは然るべき処置をする場合もありますが、
その場合は細心の注意が必要です。
うっかり力を入れたら、銀河団など指先でつぶれかねません」
「そ、そうですか」
(銀河系を数千まとめてつぶすって、どんな大きさの指よ…)
宇宙征服など夢の夢のそのまた夢と実感していた彼女たちは、
分宇宙統括官の力と大きさを知らされて、もはや反抗する気すら失せてしまった。
「ご安心ください。私、今まではそのような粗相はしたことはございません。
あ、うっかり裾をひっかけてしまってちょっとした被害が出たことはあります」
どんな規模の災害が起きたのか、彼女たちには想像すらできない。

「私の管轄から出ましても、私の同僚に伝達してありますので同じことです。
仮に、借金未返済のまま私の管轄外に無許可で出た場合は逃亡罪も課せられますのでそのつもりで」
「はい、判りました」
出たくても、出れるものではないだろうが。

「ちなみに私は分宇宙統括官に過ぎません。が、宇宙統括官やその上は、さらに大きな力を持っています。
でも、その分寛大とは限りませんよ?」
「心します」
彼女より大きい存在なんて、出会いたくもない。

「よろしい。では、貴方達は他の生命体に迷惑をかけず、正当な方法で返済資金を速やかに獲得してください。
幸い相手方は、早期の返済は不要と言っています。
その代わり、しっかり反省して、しっかり返済してくれればいいとのことです」
「あ、ありがとうございます」
「では、しっかり頼みますよ。何か困ったことがありましたら連絡してください。
そう言って分宇宙統括官の姿は消えた。


かくして彼女たちは借金持ちになった
本当に幸いな事に、自分の農場の施設を潰された被害者は大変に寛大だった。
「まあ、あんたらも若いし、つい調子に乗っちゃったんだろ。
うんうん、俺も昔はそうだった」
人の良さそうなおじさん(にみえる生命体)は彼女たちを見上げながら、そう言ってくれた。
「大きな被害も出てないし、急がないからじっくり返してくれればいいからね」
そういうと、宇宙船をわざわざ修理までしてくれたのである。
自分より小さな小さな生命体に初めてペコペコ頭を下げた彼女たちは、
流石にこの借金は返却しないといけない、と真剣に考えはじめた。
もちろん、未開の星を襲って征服して搾取、などという方法は使えない。
彼女達に許されているのは、真っ当な手段で金を稼ぐことである。
だが、どうやって?
彼女たちには破壊以外に大した芸がないのだ。
せめてそれを活かせるものを、ということで立ち上げたのが
『無敵のクラッシャー巨大娘!』
…と名乗った傭兵兼破壊業者兼よろず承り業。
早い話が何でも屋である。

業績は残念ながらあまり芳しい状況ではない。
傭兵稼業はこの巨体を活かせば、と思ったが、宇宙平均からすれば大柄とはいえ
数千メートル、数万メートル級の宇宙人がざらにいる宇宙ではアドバンテージにもならない。
その上彼女たちは、宇宙の兵器の取り扱いにほとんど慣れてなかった。
結果、宇宙傭兵年鑑には
『無敵のクラッシャー巨大娘!』:「ほとんど無力」
と書かれる始末である。

破壊業の方も、残念ながら今までは依頼はほとんど来なかった。
仕方なく、ビルの谷間の清掃から浜辺のゴミ拾い、広告塔にチラシ配り、
交通整理からイベントの手伝い、雪下ろしから廃棄物処理、仕事を厭わず取り組んで、
やっとこさっとこ借金の返済に当てている状況だった。
私ら何をやってるんだろうと思わない日はないが、今は故郷に逃げ帰るわけにはいかない。
粛々と勤勉にこれ勤めているうちに回ってきたのが、今回の仕事だった。


今彼女たちがいるのは、ある恒星を取り囲むように建造された球殻、
地球ではダイソン球と呼ばれることもある人工天体である。
恒星の放つエネルギーを余さず活用するための施設は
彼女たちの太陽より遥かに大きな恒星を中心に作られており、
空間を有効に活用できるようよう、内部には数多くの層が設けられ、
層と層の間は幾つもの塔やチューブで繋がれていた。
その層の一つが取り壊されることになったのだ。
エネルギーの利用効率が想定より上がらないとのことで、
理由は聞かされていないが、どうやら施工ミスらしい。
今までも十分利用できているのに、と思うが、一つの層といっても
彼女たちの惑星の表面積より遥かに広いのだ。
無駄にされるエネルギーを考えると、作り直したほうがいいのかもしれない。
しかし、なぜ私たち『無敵のクラッシャー巨大娘!』に声がかかったんだろう?
疑問に思いつつ、赤毛の娘は三人を代表して依頼主の元に出向いたのだった。

「いやね、取り壊すにしても、天体の中でしょう?
周りの層には極力影響を出さないようにしなきゃらないし、最近はやれエコロジーだ、環境保全だとうるさい。
爆弾や大型機械は使いにくいし困っていたら、君たちの事を知ったんだ。
君たちなら余計な音や光は出さないし、無駄なところは壊さない。
破壊だけでなく細かい仕事もお願いできる。いやあ、願ったりだよ」
彼女たちの依頼主はご機嫌だった。
「壊すのは、層の全部ですか?」
「いや、とりあえずは表面を壊してくれればいい。
あそこは貴重な素材が多く使われてるからね。
上手く回収できれば資材も活用できるし予算も節約できて、一石二鳥ってわけだ。
そこのところも、是非よろしく頼むよ」
「わかりました。ただ、その…」
大きな体を心持ち縮めて、赤毛の娘は小さな声で言った。
「私達はその、あまり早くは壊せませんが…」
「ああそれは大丈夫。工期は何年もあるんだ。何分、他の層は稼働中だからね。
乱暴な事はできないのさ」
「なるほど。判りました」
「そうだ、もし必要な工具があれば、言ってくれたまえ」
「ええと、お気持はありがたいのですが、私達にあう大きさとなりますと…」
「ああ、それがね、君たちとほぼ同じ大きさの工作ロボットが使ってたのがあるんだよ。
最近はロボットも規制やら燃料費やらで使えない事が多くてね、余っちゃってるんだ。
もちろんお代はいらないよ。なんだったらお譲りしようか?」
なんともありがたい話だった。
断ったのを二人が怒ったのも当然である。
せっかくの好意を無碍にしておいて、また頼んだら貸してくれるものだろうか?
だが借りられたとしても…彼女にはまだ未練があった。
巨大娘が道具、それもツルハシだのスコップだのを振るう…
それはなんか違うと思ってしまうのだ。
そうすると、つい愚痴が出てしまう。
「ああ、あたしら、故郷の星じゃ無敵の巨大娘として鳴らしたもんだったのに。
それが道具振り回して破壊活動とわね」
「過去の、栄光」
「昔の話ですよねーーー」
「判ってるわよ」
「あ、昔の話といえばあの二人、どうしてるでしょうねーーー」
今は三人で活動する彼女たちだが、実は最初は五人だったのだ。
無敵の五人娘として大暴れした彼女たちだが、宇宙侵出の時に一人目が
「私、自信なくした」と言い出して、説得にも応じず星に残ってしまった。
使いもしない品々を余分に作らされたうえ、巨人が一人居残ると聞いた人間たちはどういう思いをしたことか。
もう一人は、『無敵のクラッシャー巨大娘』を設立する少し前、
借金の返済についてあれこれ言い合っている最中に、
「悪いけど、私、あなた達とは方向性の違いを感じたわ」
とか言い出して、あっさりメンバーを抜けてしまった。
…なんだか売れないバンドの遍歴のようである。

「ま、二人ともそこそこやってるでしょ」
「そうですよねーーー。元の星じゃ、無敵の支配者だもんねーーー」
「それも、一人だけだ。さぞかし、いい気分だろうな」
あの星に戻れれば…と思っても、今は戻れない。
自分たちの星で今までの顛末を分宇宙統括官にバラされでもしたら、
恥ずかしいどころの話ではない。
連絡もとらず、今ではすっかりお互い音信不通だ。

もう一人の方も、今では音沙汰がない。
「でも、彼女は私達と同様、借金を返してるはずよ。その件では話が来ないところをみると、
そこそこ頑張ってんじゃないかしら」
「あいつは、アイドルになりたいとか言ってたな。今は、何をやってるのか」
「へーーー。アイドルかーーー」
「まあぽっと出の田舎宇宙人がすぐ通用するほど、宇宙芸能界も甘くはないわよ。
宇宙芸能誌や宇宙芸能ニュースでもそれらしい名前は全然見ないしね。
上手く行って、今は下積みってところじゃない?」
「よく知ってるねーーー」
「そういうの、好きなんだな」
「いいでしょ、私の趣味なんだから。あんたたちに迷惑はかけてないし」
そうだ、そういう道もあったのだ。
だが、自分たちはこの道を選んでしまった。
選んだ以上は頑張るしかない。
幸い、今度の仕事が成功すれば同じような惑星や人工天体の仕事を紹介してあげようと依頼主から言われている。
上手く軌道に乗れば、破壊をしながら生計を建てられる。
そうやって実績を積み重ねていけば、いつの日にか宇宙で『無敵のクラッシャー巨大娘!』を名乗っても、
恥ずかしくない日が来るかもしれない。

「じゃあ、今日の作業報告をするわね」
端末を操作し始めた。
「ええ、そうです。あのシャフトは…はい、部品を取り外すところまでで…
はい、外した部品は指定場所に置いてあります。分別は…ええ。ではそのように」
彼女は軽く咳をすると、息を整えた。
「それでですね、その、前にお話をいただいた工具の件ですが…はい、できればその、
お願いしたいと思いまして…ええ、その…はい。え、ええ。それと…はい。判りました」

端末を切った彼女は、仲間たちをじっと見た。
「どうでしたーーー」
「やはり、駄目か?」
「それがね…一式、ただで貸してくれるって!明日の朝持ってきてくれるわよ!」
「やったーーー」
「助かった、ありがたいな」
「さあ、今日は終わりよ!」
「わーい。うれしいーーー」
「やれやれ、今日も無事に終わったな」
三人は顔を見合わせて笑った。
「明日も張り切って破壊しましょ。私たち、『無敵のクラッシャー巨大娘!』なんだから!」
「ああ、そうだな」
「そうですねーーー、頑張りましょーーー」