エリザさんのおはなし 

作:湯田


■説明とお願い
ゆんぞさんの巨大系治癒術士エリザさんの世界をお借りした二次創作です。
ゆんぞさんにこの場を借りてお礼を申し上げます。

作中に巨大な女性がでてきます。
そういうものに興味のない方は読むのをお控えいただくことをお勧めいたします。
またフィクションでありますので、作中の名前・地名などは、全て架空のものです


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とある日の夕方、とある宿屋の食堂にて。
エリザはイーゼムと出張してきたグランゼル、そして、なぜかついてきた師匠のローンハイムと宿屋で落ちあい、食卓を囲んでいた。
野菜を主にした料理を頼んだローンハイムの後で、グランゼルは細かく注文を出す。
「それと、ソーセージ入りのスープに、羊の焼肉の野菜添えですね?」
「うむ。ワインは、あまり冷やさんでな」
領主のグランゼルの悠然たる態度に、給仕の娘は少々緊張気味である。
パンと肉とシチューと山盛りのサラダを注文したイーゼムの後、エリザの番が回ってきた。
「私は、この煮込み料理をお願いします」
「はい、煮込み料理ですね」
給仕娘はしげしげとエリザの顔を見た。
「あの、エリザさんですよね?」
「はい、そうですが」
「その、ご注文の煮込み料理なんですが、この宿屋は量が多いのが自慢でございまして」
「はい?」
「ええっと、その、大きくなったときでもご満足いただけるかと思います、エリザさん!」
そういうと娘は調理場の方に駆けて行ってしまった。

「最近、多いんですよね」
「何がだい?」
「先ほどの人もそうですけど、こちらではなぜか皆さんが、私のことをエリザさん、エリザさん、って、
 『さん』づけて呼ぶんです」
「いいんじゃないか?呼び捨てにされるより。きっとお前の貫禄に押されてるんだよ」
「でも、目上の方や、初めて会う人にまで言われると…」
「お、来た来た」
先ほどの娘が料理を乗せたワゴンを押してきた。
給仕を始めた娘をエリザはそれとなく見る。
「あの、何でしょうか、エリザさん?」
「あ、いえ、別に」
あわててエリザは視線を逸らす。
皆の前に料理の皿が並べられる。
「よいしょっ、っと」
次に給仕娘は重そうに何かを運んできた。
「!?」
エリザの前に置かれたのは、両手で持つのがやっとな大皿である。
ほかほかと湯気の立つ大皿、中にはたっぷりとどう見ても三人前、いやそれ以上の料理が入っているだろう。
「あ、あの、これは?」
「高名な治癒士にしてこの地方の治癒に尽力されているエリザさんへの、主からの志でございます」
「あ、あのぅ…」
「足りなかったでしょうか?」
「え?ええ、そうでなくて…」
「あの大きな体では、さぞかし沢山召し上がるだろうと。足りなければ可能な限りお作りしますので、
 どうぞ遠慮なくお申し付けください」
パンをちぎりながら忍び笑いしているイーゼムを一にらみしてから、エリザは給仕娘を見た。
彼女は真剣である。
宿の主も本気らしい。
ならば、せっかくの気持ちを傷つけるのは悪いだろう。
「これで十分です。ありがとうございます」
エリザがそう言うと、娘はほっとした顔で調理場に戻っていった。
「で、どうするのじゃ、その料理?」
「できるだけいただきます。無理な分は、明日の朝にでもいただいて、それでも残ったらも皆さんに分けてもらうことにして」
そういうと、エリザは大きな匙を皿に入れて料理を口に運んだ。
うん、味は悪くない。これなら結構いけそう。
「ふむ。それにしても、不正確な情報が伝わっているようじゃのう」
ローンハイムが野菜をナイフで切りながら呟いた。
そうなのだ。
今のところ「巨大化する治癒士」という情報が独り歩きしている感は否めない。
食事についても、何千人分準備すればいいのか真剣な問い合わせが来たかと思えば、今は食料がないんだ、勘弁してくれと泣きつかれたこともある。
他にも、寝てる間に大きくなられたら困るという理由で宿を断られたこともあるし、
かと思えば、それこそ王族並みの下にも置かぬもてなしを受けたりすることもある。
それ以外にも錬金術の片棒を担がされそうになったり、詐欺のネタにされそうになったり、怪しげな宗教の本尊にされそうになったり、商売のネタを持ってこられたり…
自分はあくまで一治癒士のつもりのエリザにとっては、いささか困ったことだった。
「ええ。ひょっとしたらエリザさん、も…」
スプーンを口に運びながら、エリザが呟く。
その言葉にグランゼルとイーゼムははっとして手を止めたが、ローンハイムは素知らぬ顔だった。
「誤解か何かあってはいかんな。食べながらでいい、どんな事があったのか、話してみなさい」
師匠に質され、エリザは最近の出来事を話し始めた。


ある田舎村に赴いたエリザを村の入り口で出迎えたのは、年老いた治癒士だった。
初めて見る巨大な姿に目を丸くした老治癒士だったが、すぐに気を取り直して大きな声で
呼びかけてきた。
「あんたが、エリザさんかね?」
「はい、そうです」
エリザはゆっくりと頭を下げて一礼する。
「それじゃあ、着いて早々で申し訳ないが、あんたに治癒して欲しい連中が待っておる。
 直ぐかかれるかね、エリザさん?」
「はい、参りましょう」
「うむ。着いて来なされ」
直ぐに急ぎ足で歩き出す老治癒士。
といっても、エリザからすればじりじりとした歩みでしかない。
後について歩くエリザは彼を追い越さないよう、ゆっくりした歩調を保つよう心がけねばならなかった。
次の村では、村長が心配そうな顔をしてエリザを待っていた。
彼女がゆっくりと裾を払ってしゃがみこみ、顔を近づけると、
挨拶もそこそこに、村長は話しかけてきた。
「貴女がエリザさんですね。お待ちしていました。実は、この村では疫病が流行っておりまして」
「はい、伺っております。状況はいかがでしょう?」
「それが、連絡後も病人の数が増えるばかりでとても手が回らず…」
なるほど、これは大変だ。
「患者の皆さんはどちらにいらっしゃいますか?」
「発病した人達は、あちらの方の小屋に集めて面倒を見ておるのですが、看病の人手も足りず…」
「判りました。では、早速参りましょう」
そういうと、エリザはさっと手を差し出した。
ずっと突き出された指先をぎょっとした風で見ながら村長が後じさる。
「な、何でしょうか?」
「その、お急ぎなら、私の手に乗りませんか?」
「あ、いや、結構です」
そう言うと、村長は先に立って歩き出す。
その歩みは老治癒士に比べれば早いものの、エリザにとってはせいぜい蜥蜴か虫か…
いけない、失礼なことを考えてしまった。
慌てて考えを改めたエリザは、こちらを怪訝そうに振り仰いでいる村長の視線に気づいて赤面した。
最初はともかく、その後の治癒についてはエリザが存分に力をふるったといえるだろう。
村の半数近くが歩けないほどの重病人だったのに、エリザの癒しもあって
三日後には全員が全快に近い状態になっていた。
村民たちは口々にエリザに礼を述べ、中には涙を流してエリザに感謝する人もいる。
浮かれてはいけない。
そう思うけれど、村を出て街道を歩いるエリザが少しばかりいい気分だったのは、まあ仕方がないことだろう。
この後予定もないことだし、足元に注意していれば…
そう思いながら歩いていたエリザの顔が軽く固まった。
次の四つ辻に、馬に乗った人影が待ち構えている。
仰々しい甲冑に固めた派手な身なり。
あれは多分、騎士だ。
以前騎士がらみで面倒な経験のあるエリザは、騎士に対していささか構えるものがあった。
もちろん、偏見ということは理解している。
王都でも尊敬できる立派な騎士にも多数会うことができた。
なのだけれど、どうも一対一となると、自分と騎士は相性が悪いらしい。
特に、騎士の服装の派手さと、性格の面倒さは正比例しているようなのだ。
今眼前…といっても、エリザ基準でいうと足元…にいる騎士は、今までに見た中でも三指に入るぐらい派手派手しい身なりをしていた。
どうしようか?
またあの時のように、面倒に巻き込まれるのはかなわない。
もちろん騎馬の騎士一人ぐらい、その気になればあしらうのは造作もないのだけれど…
いやいや、自分の力を振りかざした言動はよくない。
といって、今更道を変えるのも不自然だし、第一なにも悪い事をしていないのに道を変えるのも釈然としない。
結局、エリザはそのまま歩き続けた。
ただし、彼女は最近編み出した秘策を実行することにした。
秘策といっても、術を使うとかそういうことではない。
少なくともエリザにとっては、単に早足で歩くだけである。
彼女は、大きくなったときはなるべく静かに、音を立てないようにして歩いている。
普通の人間なら、抜き足差し足忍び足、の感覚に近いだろう。
王都でのお披露目の際の猛特訓のおかげもあって、いまではすっかり静かで優雅な
歩きが身についてしまったエリザである。
おかげで普通の大きさでもそうっとした歩き方になってしまい、イーゼムにからかわれる始末だ。
この歩き方なら、傍らの人もそれほど驚く事はない。
エリザが街道沿いに歩いていても、少し離れたところにいる人なら気づかないことすらある。
だが、巨大化した彼女が本気で早足で歩いたらどうなるか。

体験者曰く、
「いやもう、凄いもんだよ。一歩ごとに、地面がぐらぐらぐらって揺れるんだ。
 何とか立ち上がろうとしたら、すぐ次のどーん、が来る。
 どーん、どーん、どーん、力自慢が寄ってたかって殴ってる、
 でっかい太鼓の革の上に立たされたようなもんだよ。
 それだけじゃない、びゅんびゅん風が吹いてくる。
 踏みつけた時、足元の下の空気が圧縮されて吹き付けてくるんだな。
 髪の毛も逆立っちまって、息をするのも苦しい。
 何とか顔をあげてみれば、足を下したところに深くえぐれて、そこから地割れがあちこちに伸びて、
 側に立ってた家からは瓦は落ちるは壁は剥がれるわ…
 もうおしまいだ、村の破滅だ、と観念してたら、案外直ぐに収まった。
 というか、あの治癒士、あっという間にうちの村を離れちまったんだな。
 そりゃあ、あれだけの大きさだもの、歩幅だって大概だよ。
 本気で歩いたら、全力で走っても追いつけっこない。
 馬ならどうかって?いやいや、あの姿に近づく馬なんていないよ。びびって逃げ出すだけだね。
 ともかく街道沿いの町や村は…」

意外なことにおとがめはなかった。
そう、我を忘れて下への注意を完全に失っていたものの、エリザはあくまで「早足で歩いた」だけ。
師匠のローンハイムにはきっちりお小言を頂戴したが、深くは追及されなかった。
後で聞いたエリザは自分の行いの結果に気が咎めたものの、威力についてもちゃっかり把握していた。
その後エリザは、道上で何か面倒な事態に巻き込まれそうになると…時と場合によっては「たまたま」急ぐ用事を思い出すことがあった。
もちろん相手は、彼女にちょっかい出そうというチンピラや、戦いだか勝負だかを挑もうとしている戦士や冒険者、身の程知らずの山賊、そういう言った連中だけ、周りに建物など被害が及びそうなものがない場合だけ、である。
エリザにとっては本当にただ歩くだけなのだからどうということもないのだが、彼女を引き留めて何かやろうとしていた連中が、自分に近寄ることもできず、ただ腰を抜かしているのを上から眺めながら颯爽と通り過ぎるのは、正直に言うと愉快でないこともない。
さて、今は?街道の上、周りに民家はない。近くにいるのは騎士らしい人影だけ。
これなら大丈夫。
エリザは早足で歩きだした。
四つ辻に近づくにつれ、足を高く上げ、一歩一歩を踏みしめるように降ろす。
足元に振動が伝わってくるから、下では相当な揺れだろう。
われながら、少々わざとらしい。
でも、こうやって足音を立てて歩けば、たいていの人間は気おされて近寄ってこない。
近づいたとしても、彼女の足ならあっという間に引き離される。
騎士の人、驚いて落馬でもしなければいいけれど。

しかし、騎士は彼女が近づいたのを見計らうと、エリザが足を振り下ろした絶好のタイミングで道の真ん中に躍り出た。
ちょうど足先に飛び出されたエリザは無視するわけにもいかず、思わず歩みを止めてしまった。
(しまった)
あわてて首だけ下に向けて足元の騎士を見る。
なんとか先手を取らなくては。
「貴殿が、かの有名な大巨人エリザさんですな!」
いきなり騎士は、エリザの耳にも響く大声で呼ばわった。
「はい。何でしょうか?」
エリザは不本意さを伝えようと、わざと低い声で応えた。
だが、騎士はほとんど気にしていないようだ。
「拙者、武者修行の騎士、パンタグラフと申す!」
そういうと、騎士はエリザの全身を見渡しはじめた。
頭だけでなく、上半身を上下左右に傾け、いかにも興味深げといった風だ。
「うーむ、ふーむ、ほほう、これはこれは…」
「あのう、何かご用事ですか?」
「あ、これは失礼した。拙者、高名なる大巨人エリザさんの名を耳にして、
ぜひ一度お目にかかりたいと思っていた者でござる」
「はい?」
「大きい!」
いきなりパンタグラフは、エリザもびっくりするぐらいの大音声を張り上げた。
「なるほど、大きい。これは、大きい!顔も頭も首も手も足も、身も心もどこもかしこも
 大きい、大きい、大きい! いやいや、実に大きい!実に大したものだ!」
(…なんなのでしょう、この人は)
大きい大きい、を連呼されて、エリザは内心愉快ではない。
「いやあ、聞きしに勝る大きさですな。いや、本当に大きい。
 このパンタグラフ、しっかりと大巨人エリザ殿を拝見しましたぞ!」
「は?」
「うむ、十分に堪能した。少し離れたところから見てみよう」
「へ、あの?」
「では失礼、エリザさん!」
そういい残すと騎士は、エリザの横を颯爽と通り抜けると、彼女の向かう方向とは
正反対に、馬を跳ばして去ってしまった。


「…という具合です」
どうも納得いかない、という気配のエリザである。
「それはな、王都であんな派手なお披露目をやったからだろう。
 皆、敬称付きで呼ばねばいかん、とでも思っているのだ」
グランゼルがグラスを干してから言うが、エリザは得心していないようだ。
「そうでしょうか」
「まあ、あまり気にすることもあるまい。それより、これからの予定じゃが」
ローンハイムが野菜料理をつつきながら応じた。
(ご老体、いつになったら話すつもりなんだ)
グランゼルはこっそりため息をつく。
「おや、ワインはもう空か。ん?」
「おや」
「へえ」
「?」
エリザの前の大皿も、いつの間にか空になっていた。





そしてここは三月ほど前の、ある村の酒場。
一仕事を終えた村人達が集まっては、思い思いにジョッキやグラスを傾けている中に、ひときわ大きな声を張り上げている行商人の男がいた。
「だっからよ、そんなちっぽけじゃなかったって言ってるだろ!」
「また奴のほら話が始まったぜ」
隣の職人風の男がにやにやしながら応じる。
「木のてっぺんより背の高い、女の治癒士だって?大した話を考えついたな」
「俺は確かにこの目で見たんだ!見ただけじゃない、馬と一緒につまみ上げられて運ばれたんだぞ!」
「はいはい」
職人はすまして応じる。
「お前さん、ホラを吹くならもっと考えてからにした方がいいぞ」
「くそっ、どいつもこいつも…」
「ま、罪がないからいいがね。さて、俺は明日から王都ラファイセットに行ってくる。
商売と一緒に、お前さんに負けないぐらいのほら話のネタを仕入れてくるとするよ」
「ちぇ、言ってろ」
行商人の男は面白くなさそうにジョッキを空けた。


しばらくして、また同じ、とある村の酒場。
「しばらくだな。どうだった、王都は?」
「ああ、王都か…」
職人は何故か黙りこくっている。
「どうした、何かあったのか?」
「なあ、お前の言った話…あれなんだが」
「でっかい治癒士のことか?」
「すまん。あれ、本当だったんだな」
「ほれみろ。俺の話、ホラだなんだと言いやがって!」
行商人は有頂天である。
「ああ、すまんかった。今日は俺のおごりだぜ。
それにしても、あの娘、エリザとか言ったな。いや、あれは本当にでっかかった」
「なんだ、なんだ」
「いや、それがな…」
二人の周りに人が集まってきた。

職人は訥々と、王都ラファイセットでのエリザのお披露目会について話し始めた。
「とにかくまあ、その治癒士の娘、エリザっていうんだが、そいつのでっかいのなんの!
靴だけで、靴だけでその、うーん」
「木よりでっかかった、だろ?」
「木なんてもんじゃない。家よりでっかかった」
「馬鹿な」
今度は別の男があきれたように言った。
「本当なんだって!俺も、この目でみたんじゃないないならホラだと思うとこだよ」
「ンでもよ、靴だけで家よりでかいって、ンじゃ全体ではどんなにでっかいんだよ」
また別の男が尋ねる。
「全体で?うーん、そうだな、うーん」
「物見の塔ぐらいか?」
「物見の塔?あんなの膝にも足りないぜ!」
「ふえええ」
誰かが頓狂な声を出す。
気にせず職人は見物の様子を語ろうとする。が、上手く言葉が出てこないようだ。
「そんなにでっかかったのが、さらにでっかくなってよう…」
「もっとでっかくなったっだって?」
「おうよ。途中で、急に海の方に駆けてってさ。そしたら、雷がどっかんどっかんなって…雲が晴れたら…
 王?のお城より、ずっとずっっと、でっかくなっちまったんだからな!」
「お城より大きい?」」
「もう城なんて、足元にもおよばないさ。それでさ、その大きな姿でぐっと、街を抱きかかえるようにして…」
「抱きかかえるって…」
もう皆は、その大きさを把握しかねている。
「俺もこの目で見たけど、今でも信じらんねえさ。思い出すだけで心臓がどきどきする」
職人が目をつむり、まぶたの裏にその時の光景を浮かべているようだった。
「ふうん、丘が落っこちてきたようなもんか?」
「いや、丘よりでっかかったぐらいだ」
「丘よりでっかいって…」
「んふ、ここの丘があるだろ。あれが、膝にも届きゃしねえぐらいさ!」
「んが、膝に届かない?」
「そうだ、山だ!」
職人は閃いたらしい。
「あれは山人間だ!。エリザの山、人間の山…そうだ、エリザ山だ!」
「エリザ山?」
「エリザやま?」
「いやいや、それは何というか、重々しさに欠けますぞ。ここは"えりざさん"でないと」
酔っ払いの一人、どうやら学校の教師らしいのがもっともらしく頷くと、皆はたちまちそれに乗った。
「エリザさん、か。そいつはいいや!」
「エリザさん!」
「エリザさん、あ、ほれエリザさん!」
皆は陽気に歌まで歌い始めた。
「エリザさん、エリザさん、なんでそんなに大きいの〜♪」
「エリザさん、エリザさん、背丈が高いのね〜♪」
「おう、おまえ!」
一人の酔っぱらいが、酒場の隅で静かに弦楽器を鳴らしていた詩人に目をつけた。
「私、ですか?」
「そうだよ。お前、歌唄いだろ?」
「一応、その様に名乗っております」
「おう、じゃあエリザさんの歌、歌ってみろや!」
酔客のあしらいには慣れているのだろう、詩人は悪びれずに受けた。
「では、一曲。その前に、御主人。手風琴はありますか?」
詩人は弦楽器を下ろすと、酒場の主人から手風琴を借り受けた。
軽く音を確かめると、詩人は明るい声で周りに呼びかけた。
「さあ、賑やかにいきますよ、皆さんもどうぞご一緒に!」
 
大きな城も一跨ぎ 優しい治術師やってくる
怖くなんか無いですよ♪
火山も雷も山火事も エリザさんにゃかなわない
癒せエリザさん みんなの王者

「うぉおおっし!エリザさんの歌だ!」
「うたえーーーー!!!皆の衆!」

頭を雲の上に出し エリザさんがやって来る
逃げなくっていいんだよ エリザさんは友達さ
嵐も火竜も怪獣も エリザさんにゃかなわない
癒せエリザさん 世界の王者

ひときわ通る声で唄いながら、詩人は思った。
しょせん一晩の戯れ歌、酔っぱらい達の気晴らし。
一晩過ぎれば皆忘れる。
だからこそ、せめて陽気に歌いましょう、声を限りに!

癒せエリザさん 全てを癒せ



一晩過ぎれば皆忘れる。はず、だったのだが。
盛り上がった勢いのせいかどうなのか、翌朝もしっかり覚えていた連中が居たのだった。
その中の何人かが、行く先々で話を吹聴して廻る。
耳に残ってた歌を披露する。聞いた人間がまた面白がってまた歌う。
エリザの歌は、すぐにこの地方一帯で大いに歌われることになった。
それだけならまだよかったのだが、今度はエリザの王都での情報が入り込んできて、さらに事態は混乱する。
「そうか、エリザという治癒士はそんなに偉かったのか」
「これは呼び捨てにはできんのう」
「ならば、エリザさん、と呼ばねばいけませんね」
「そういえばエリザさんの歌というのを聞いたことがありますぞ」
かくして、エリザという大きくて偉い治癒士についての噂と、
エリザさんの歌がごっちゃになって、「エリザを呼ぶときはエリザさんと呼ぶべきである」
という考えがこの地方に広まることになってしまったのだった。



子供達はいつも好奇心旺盛だ。
初めて見る15丈のエリザにも、物怖じせずに近寄って挨拶をする。
「あ、エリザさんだ!」
「こんにちは、エリザさん!」
「初めまして、エリザさん!」
「はい、こんにちは」
エリザも笑みを浮かべながら返事をした。
「…また、さん付けですね」
「しつけがいいんだろう」
グランゼルがぼそっと返答する。
「そうでしょうか」
「そうそう。名前を知っててくれてるんだから、いいじゃないか。それとも、"エリザさま"じゃないと駄目なのかい?」
「それはもっと駄目です」
「じゃあ、いいじゃないか」
何とか誤魔化そうとイーゼムは懸命だ。
(ローンハイムのじいさん、いつになったらエリザに話すつもりなんだ?)
グランゼルとイーゼムが「エリザさん」の真相を知ったのは、少し前である。
ある酒場で出会った詩人から事の顛末を教えられ、ついでにオリジナル版のエリザさんの歌を聞かされて、腹を抱えて笑った二人だったが、エリザにそれを告げるのはローンハイムに止められたのだった。
「なに、大して悪気があることでもなし。しばらくはこのままでもよかろう」
「でも、彼女だけ知らないというのも」
「おやお前さん達、彼女の歌で大笑いしてた事を知られた方がいいのかの?」
グランゼルとイーゼムは揃って首を横に振った。
あの娘は、あれでなかなかの悪戯好きなのだ。
エリザを題材にした戯歌で笑ってた、なんて事が知れたら、何をされるか判ったものではない。
「そのうち、わしから話すとするよ。それまでは内緒、ということで」
仕方なく二人はうなずいた。
そして今まで、言い出す機会を逸してしまっている。
「お、迎えが来ましたぞ」
「初めまして、エリザさん。私が町長の…」
「お初にお目にかかる、エリザさん。私が隊長の…」
「こんにちは、エリザさん。この町で治癒士の見習いをしている…」

「これ、いつまで続くんでしょう?」
「うむ、この地方の活動が終わるまでではないか」
「ええっ、しばらくかかりますよ!」
「うむ、わしは王都で用事を思い出したので…」
「そんな、グランゼル様!」

「二人とも、何を話してるんです?」
上空からじっと見ているエリザに気づいて、二人は慌てて表情を繕った。