エリザさんとふぐりん君&マンクス君、または、なぜ男は心配するのを止めてフニクリ・フニクラを熱唱するようになったか。

作:湯田

■注意とお願い
こちらの「とらじまラクガキ帳」のイラストを見ていて、ムラムラと沸いてきた妄想を文字にまとめてみました。

http://www.nekonofuguri.com/cgi-bin/nicky2/nicky.cgi?DATE=201101?MODE=MONTH

改めて申し上げる必要もないかもしれませんが、ゆんぞさんの巨大系治癒術師エリザさんと、
とらじまねこさんの巨大少年、猫野風栗君とマンクス君に登場いただいた二次創作です。
お二人には改めてお礼申し上げます。

▼猫野風栗君とマンクス君の設定資料
http://www.nekonofuguri.com/data/index.html
▼エリザさんの公式設定のようなもの
http://yubanasi.jpn.org/official.htm


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「次のニュースです。噴火直前で避難警報が出されていた○○県のS火山ですが、
 その後急激に活動が収まりつつあります
 火山学者によりますと、これは極めて異例の状況であり、噴火に伴って発生した大量の熱エネルギーは…」
へえ。世の中、変わった事もあるもんだな。
一人の男が座り込んでニュースを見ていたが、急にチャンネルを変えた。
さてと、そろそろ飯の買い物に行かないと。あの二人、今日はどうかな?

「ふう」
リーデアルドの治癒術師エリザは溜息をついた。
噴火直前の火山を鎮火する。最初はスカートで仰いでなんとかしようと思っていたが、
最後は文字通り「座り込んで」噴火を押さえこんだ。
噴火直前の山の火口にお尻を下ろすには、なかなか勇気がいったが、なにより熱かった。
焼け火鉢の上に腰を下ろしたみたいで、お尻からじりじり炙られるようなものである。
あの時はどれぐらいの大きさになっていたのかしら?
熱を加えられると成長する質、いや体質になってしまったエリザは考え込んだ。
今は大体三十丈(約150m)ぐらいの背丈。彼女にしてはちょっと大きいが、やはりため込んだ熱が
まだ残っているらしい。
とある魔術の暴走の結果、日中は巨大化する体になってしまったエリザ。
色々あったが、有り余る力を無駄にすることはない、と師匠のローンハイムからの勧めで転移術を覚えたところ、
なぜか異世界へも移転できるようになってしまった。
「流石スケールが違うのう」と脳天気に言い放った師匠と違い、最初は困惑していたエリザだったが、
やがて別世界の癒しの依頼も受けるようになった。
断る理由はない。そう、彼女は治癒術師なのだから。
どのようにして名前が広まったのかは判らないけれど、段々と今回のような困難な依頼も
入るようになった。
火山を癒す。なかなか難しい仕事だった。でも何とか完了した。
さて、帰ろう。でも、せっかく来たんだし、何か、見てから帰ろうかな?
出張のついでにちょっと観光旅行をしてまわるのは、異世界でも変わらないらしい。
そうだ、この世界には、確か風栗君がいたっけ。確か寅島市、だったかな?

今日も寅島市はいい天気。
青空の下、風栗とマンクスは楽しく遊んでいる。
二人から離れた市街を、男は歌を口ずさみながら買い物に向かっている。
火山と言えば、あの歌だよな。
「赤い火を吹くあの山へ 登ろう 登ろう♪」
まったく、俺達の生活ときたら、火山の側に住んでるようなもんだな。
まあでも、気をつけてれば何とかなる。
今では市の出す予想見て、あの大きな少年たちを避けてまわる習慣がすっかり身についちまったなぁ。
「今後の予想は…シーパーク方面に向かうとのことか」

空港に近いコンビナート工業地帯で、二人はサッカーに興じていた。
「シュート!」
ボール替わりのガスタンクをマンクスが蹴ると、風栗が受け止めようとする。
「ああっ」
受け止め損なったガスタンクは街中に盛大に落下した。
直撃を喰らったビルがどかんと吹っ飛ぶ。
「ほら、ちゃんと取らないと街がぼろぼろになっちゃうぞ?」
「ようし、来い!」
元気に叫んで身構える風栗。と、そこに声がかかった。
「あら、風栗君」
通りかかったのは、彼らと同じぐらい、いやもう少し背丈のある女性だった。
「こんにちは、エリザさん」
風栗はぺこりと頭を下げる。
「この人、誰?」
マンクスは小声で風栗に聞いてみる。
「エリザ=トーランドさん。リーデアルドって所で、治癒術師をしているお姉さんだよ」
「ふうん」
リーデアルド?治癒術師?
聞いたことのない地名に職業だけど、まあ、いいか。
「風栗君の友だちのマンクスです。初めまして」
「エリザです。どうぞよろしく」
エリザはにこにこしながら二人を見ている。
「何の遊びをしているの?」
「あ、サッカーです」
「サッカー?」
「足を使った球遊びですよ。ボールの代わりに…」
そこまで言って風栗は慌てた。このお姉さん、街を壊して遊ぶの嫌いなんだっけ。
まずい。下手をするとお説教されちゃう。
「最近流行ってるんですよ。エリザさんは、どんな用事ですか?」
なんとか話題を変えようとする風栗君。
「ええっとね、ちょっとお使い。火山を鎮めにね」
「火山ですか?」
「そう、噴火しそうな火山があって呼ばれたの」
「そうだったんですか。エリザさん、大変ですね」
火山を鎮めるって、どうやるんだろう。エリザさんは治癒術師だそうだけど、山に湿布でも当てるのかな?
何とか話がそれてきたので、風栗はほっとした。あと一押し。
火山、火山…火といえば、前に聞いたあれはどうだろう。
「ねえねえエリザさんって、熱せられるともっと大きくなるってホント?」
エリザは少し困り顔で頷いた。
「ええ。…あまり知られてないけれど本当よ」
「それ、面白そうだな。でも、どれくらい大きくなるんだろう?」
マンクスがにやりと笑う。風栗もなんだか試してみたくなってきた。
エリザはきょとんとした顔をしている。
熱か…そうだ、いいものがある。
「じゃあ、コンビナート壊して試してみるね」
そういうと、風栗は並んでいるガスタンクをひょいと蹴飛ばした。
どおん!どおん!どおん!
派手に誘爆して炎上を始めるコンビナート
「ちょっと、止めなさい!」
慌てて止めに入るエリザを尻目に、ガスタンクを次々と蹴っ飛ばす風栗とマンクス。
「ほら、パス!」
「届かないよ!」
ガスタンクが工場のど真ん中に落下すると、たちまち大きな火の手が上がる。
石油を精製しているタンクに引火したのだろう、もの凄い勢いで火の手が上がる。
「きゃあ!」
エリザの姿が炎に包まれる。
「うわっち!」
慌てて風上に廻って避ける二人。いつの間にやら大火事である。
「随分派手に燃えちゃったな」
「エリザさん、どこにいったんだ?」
派手に炎上するコンビナート。炎と煙を透かしてみてもエリザの姿は見えない。
まさかこれくらいの火で焦げちゃうはずないし、どこに行ったんだろう?
「あなた達〜」
上の方から声がした。
「え?」
「うわわ」
見上げた風栗とマンクスは驚いた。彼らの十倍はありそうな大巨人が見下ろしている!
顔半分に影を張りつけた、こわぁい表情をしているエリザだった。
「や、やりすぎ…だったかな」
「ふうん、これくらいか」
感心した口調でいうマンクス。
「そんな事言ってる場合じゃないよ!」
後ろを向いて逃げ出そうとする風栗。だが、遅かった。
素早くしゃがみ込んだエリザの左手が、ぐいと伸びる。
「ああっ」
あっというまに風栗の背中を摘み上げると、ぐんと持ち上げる。
「うわっ、やめろよ!」
右手ではマンクスが捕まって暴れていたが、エリザの指がぐいと動くと大人しくなった。
風栗を摘み上げた手を顔の所まで持ってきたエリザが、厳しい口調で諭す。
「悪戯が過ぎるわよ。反省しなさい」
「はーい」
しょぼんとしてうなだれる風栗。
「この前も悪戯はもうしない、そう言ってたでしょ。それに見なさい。
 私の服、汚れだらけよ」
見ると確かに、治癒術師の服は煤や煙にまみれている。特に白いところは汚れが目立つ。
「一回、ちゃんとお仕置きした方がいいかしら」
「ええっ」
慌てる二人。ぶんぶんと体を振り回しても、摘むエリザの指はびくともしてくれない。
「ここだと流石に恥ずかしいでしょうから、場所を変えましょう」
二人をポケットに押し込んだエリザは、両手で海水を掬うとコンビナートの上にざああっとかけた。
二度、三度と繰り返すと、あれほどの大火が見る見るうちに小さくなる。
「これでとりあえずはよし。あとは皆さんにお任せしましょう。さあ、行きましょう」
エリザが呪文を唱えると、彼女の姿は寅島市からすっと消えた。

「ただいま帰りました」
そういうと、エリザはポケットから二人をつまみ出した。
地上には三つの人影が並んでいる。
みな、両手に子供を摘み上げているエリザを見上げていた。
「僕たち、縮んでないか?」
ぶら下げられたマンクスが、小声で風栗に聞いた。
「エリザさんが身につけてる物は、彼女に合わせて大きさが変わるんだよ」
「ふうん」
マンクスは面白くなかった。
それじゃオレ、彼女の装飾品みたいじゃないか。
真ん中にいた年寄りが声をかけてきた。
「どこから連れてきたんじゃ、その子供達は?」
「ちょっと事情がありまして」
「おおエリザよ、営利誘拐に手を出すとはなさけない」
「ちがいます!」
きっぱりと否定するエリザ。
「この子供達があまり悪戯をするから、お仕置きしようと思ったんです。
 ほらっ、もう服が煤だらけでしょ?火をおもちゃにするなんて、本当にいけません」
そういうと服のあちこちを示してみせる。
「お仕置きだと。何をさせるつもりだ」
中年の男が口を挟む。
「お仕置きと言えば、やはりお尻叩き…」
「ちがいます」
師匠の発言を容赦なく遮ってから、エリザはふと考え込んだ。
「どうしましょう?」
地上の三人がずっこけそうになった。風栗とマンクスも脱力する。
「とにかくその、下ろしてやったらどうじゃ?なんだかぐったりしておるぞ」
「あら、いけない」
そういうと、エリザはしゃがんでとマンクスの二人を解放した。

エリザに見下ろされながら、子供二人と大人三人の対面である。
どうしよう。この人達日本語判らないよね。
風栗はとっておきの外国語を繰り出した。
「は、はろー?まいねーむいず、ふぐりん」
「領主のグランゼルだ」
風栗は拍子抜けした。なんだ、言葉通じるんだ。
「マンクスと言います。よろしくお願いします」
そういってぺこりと頭を下げるマンクス。
「エリザの師匠のローンハイムじゃ。こっちはイーゼム」
ふうん。レベルは低そうだけど、独特の文明を持ってるみたいだ。
マンクスは値踏みをしながら如才なく笑顔を見せた。

「仕置きといったが、あまり厳しいのはいかんぞ」
「そうですねえ…あ、いいこと考えつきました。お洗濯をしてもらいましょう」
「洗濯?」
五人の声が唱和する。
エリザはくふっ、と笑った。
彼女は道を一跨ぎすると、村はずれに建っている大きな建物の前にかがみ込んだ。
上に手を伸ばして軽く押すと、屋根がぱかりと開く。まるで長持のようだ。
彼女は中に手を突っ込むと、中から服を取り出した。
「あれは?」
「こんな事もあろうかと思って造っておいた、エリザサイズの治癒術師の服が役に立つようじゃな」
自慢げに言うローンハイム。
何を考えてんだ、この爺さん。
軽く呆れるグランゼルとイーゼム。

「着替え、着替えっと」
上着を脱ぎかけて、エリザはふと気づいた。
くるりと振り返る。大人三人と子供がこっちをじっと見ている。全員男。
「あっちを向いて下さい」
「ん?」
聞こえないふりをしようとするローンハイム。
「あっちを向いて下さい!さもないと…」
慌てて廻れ右する五人。
「見てますからね。いいと言うまで、振り返ったらただじゃおかないですから」
五つの人影が後ろ向きでこくこくと頭を上げ下げしたのを見てから、ようやくエリザは上着の袖を
引っ張り始めた。

豪勢な衣擦れが後ろから響いてくる。
複雑な顔をして聞いていたイーゼムがぽつりと言った。
「僕達はいいとして、村の連中からは丸見えじゃないか?」
「あ…」
グランゼルは後ろを振り返ろうとしてやめた。
音から察するに、どうやら下のスカートを脱いでいるところらしい。
そんなところで声をかけたらどうなることか。こういうところの状況判断が出来ないと領主は勤まらぬ。
隣を見ると、子供達は神妙そうな顔をしている。
やれやれ。
グランゼルは肩をすくめた。

しばらくすると着替えの音は終わり「もうこっちを見ていいですよ!」と言う元気な声が聞こえた。
五人が振り向くと、前と同じ治癒術師の服を着たエリザが、両手に服を抱えて立っていた。
たった三歩で村はずれから戻ってきたエリザは、しゃがみ込むと手に持っていた服をどさっと投げた。
「うわっ」
「これ、気をつけろ」
巻き起こった風に五人はあおられる。
「ごめんなさい」
エリザは平然として言うと、改めて風栗とマンクスを見下ろした。
「あなた達、これを洗ってね。手洗いで」
「ええっ!?」
あわてて言う二人。
地面に投げ出された服は、サーカスのテントぐらい、いやそれ以上あるかも。
「無理だよう…」
風栗は半べそをかく。こんな大きい服を手洗いだって。何日かかるか判らないよ。
「エリザ、無茶を言うでない。幾ら何でもやりすぎであろう」
ローンハイムがたしなめる。
だがエリザはあっさり言った。
「この子達、大きくなれますから」
「なに、この子供達も魔術を心得ておるのか?」
「魔術とはちょっと違うようですけれど、大きくなれるのは確かです。そうよね、風栗君?」
「はい」
「じゃあ大きくなってみて。マンクス君も」
次の瞬間、突然隣に出現した大きなブーツ。驚いてイーゼムは跳び上がった。
横を見上げると、風栗とマンクスは、エリザとほぼ同じ大きさになっている。
下を見下ろした風栗がにこっと笑いながら手を振ったので、イーゼムも恐る恐る振りかえす。
グランゼルは六本の足に囲まれて、魔の森の中にでも迷い込んだような気がしていた。
「ふーむ。確かに魔術とは違うようじゃのう。少なくとも、わしの知っている物とは根本的に異なるようじゃ…」
ローンハイムは頭を捻っている。
「さて、風栗君にマンクス君。その大きさなら大丈夫でしょ。あちらを流れている川で洗ってね」
「え、でも…」
 いいですね?」
ドスの利いた笑顔で二人を見るエリザ。
少年二人はあわてて頷いた。
「よろしい。はい、これがたらいと洗濯板です」
見慣れない道具を渡された風栗とマンクスは顔を見合わせる。
「ちゃんと、後ろで見てますからね。
 さぼったりいたずらしたら、今度こそ本当に許さないですよ?」
エリザは念を押すと、二人と三人の前に立って、ずんずんと歩きだした。

「落ちないなぁ、これ」
川の水をたらいに汲み、洗濯板で服をごしごしこすっていたマンクスが溜息をついた。
服をこんな方法で洗浄するなんて、なんて野蛮なんだろう。
隣に座っている風栗もけんめいに手を動かしていたが、溜息をついた。
洗濯なんて洗濯機でやるもんだよな。ああもう、手が痛くなっちゃった…
「せめて洗剤があればなぁ」
「洗剤?」
「そうだよ。洗濯機には洗剤入れるでしょ」
「…そうだ!」
マンクスは懐からピストルのような道具を取り出した。
「マンクスウルトラスーパーデタージェント!」
そういうと引き金を絞ると、先からしゅっと液が出て服にかかった。
おもむろに揉み出すと泡が盛大に出始める。
「いいなぁ」
「ほら、貸してやるよ」
マンクスがウルトラスーパーデタージェントを風栗に向けると、後ろで仁王立ちになっていた
エリザが声をかけた。
「何をやってるの?」
「これ、石鹸です。これを使うと汚れ落ちが凄いんですよ」
「石鹸?まあいいわ」
どこから出したのかしら、マンクス君?
エリザは首を傾げたが、それ以上は追求しなかった。

マンクスウルトラスーパーデタージェントのおかげか、見る見るうちに汚れが落ちる。
せっせと手を動かす風栗とマンクスによって、治癒術師の上下、着込み、肌着が次々にきれいになった。
残ったのは白の靴下と縞模様の薄い布。
風栗とマンクスの手がさっと伸びる。
布をつかんだのはマンクスだった。
「あ…」
残念そうな表情の風栗に、マンクスがそっと耳を近づけた。
「全部やったら、可哀想だからな」
「?」
なにか企んでるな。そう気づいた風栗だけど、すぐにすまし顔になって靴下を洗い桶に突っ込んだ。
隣ではマンクスがざばっと洗い桶の液を捨てて、改めて水を川から汲み直していた。

「おわりでーす」
洗濯物を村はずれの森にかけた風栗とマンクスがかしこまって一礼すると、エリザは笑顔で頷いた。
「はい、ご苦労さま。もう、あんなことしちゃ駄目よ?」
「はーい」
「それじゃ、帰りましょう」
エリザはすっと二人に手を伸ばす。
風栗とマンクスが手を握ると、エリザは呪文を唱え始めた。
その様をローンハイムが地上から見守っている。
やがて一陣のつむじ風が吹き、三人の姿はさっと消えた。

それから一ヶ月ほど経ったある日。
エリザは服を泥だらけにして帰ってきた。
前夜の雨でぬかるんでいた坂道で、思いっきりすべって尻餅をついたのである。
着替え、着替え。風栗君とマンクス君が洗ったあと、しまっておいたのがあるはず。
倉庫から服を取り出したエリザは早速着替えると、次の用事に向かった。
手の平に載せたイーゼムと会話をしながら街道を歩く。
しばらくすると、どうもイーゼムの様子がおかしいことにエリザは気がついた。
彼女の服をちらちらと眺めては、慌てて視線を逸らす。
「どうかしましたか?」
「なんか、その、その服だけど」
「あ、これはこの前、風栗君とマンクス君が洗ってくれた…」
両袖を見る。あれ、この服、夏服だったっけ?
違う!いつの間にか短くなっているいるではないか。
下を見る。…スカートの裾がどんどん後退していく。
これは一体…さては!
服は見る間にぼろぼろになっていく。
「もう!あの子達ったら!!」
イーゼムをそこらの草原に放り出すと、エリザは夢中で呪文を詠唱した。

「今の『ふぐりん進路予想』は、と…迂回路はこっちか」
男は今日も街の角を曲がる。夕飯はなににしようかな、昨日のカレーの残りを…
「ん?」
見慣れない姿が向かいに聳えていた。
「あれ…二人はこっちだろ?」
振り向くと、ふぐりんとマンクスは元気に跳ね回っている。
新しい巨人?やれやれ。
巨人はこちらにずんずんと近づいてくる。
どうやら女性らしい。なんだか見慣れないけれど、最近どこかで見たような気のする服を来ている。
ああ、あれか。ファンタジーゲームのクレリックか?
だが、その服は見ている間にぼろぼろと崩れていく。えらくやられてるようだ。
巨人の世界でも戦闘はあるらしい。どこの世界も大変だな。
あの僧侶様、レベルはどれくらいなんだろう?男は今やっているゲームのことを思い浮かべた。

「よっと」
風栗が蹴り返してきたガスタンクを膝でトラップしながら、マンクスが言った。
「そろそろかな」
「何が?」
「あのマンクスウルトラスーパーデタージェントだよ。あれ、実は…」
「あなたたち!」
とどろく声。振り返ると半裸、いや七分ほど裸のエリザが鬼の形相でこちらに向かってきていた。
「げげっ」
「あれって体温になると、服を分解する酵素入りなんだよね」
「なるほど…って、そんな事言ってる場合じゃないよ!」
下の住宅を蹴散らしながら突進してくるエリザ。見る見るうちに距離がつまる。
「じゃあ、そういうことで」
「ちょっと待ってよ!」
雑居ビルを蹴飛ばして逃げ出したマンクスを追って、風栗も駆けだした。
二人の足下で、建物がどかんばこんと崩壊する。
「待ちなさい!」
追いかけようとするエリザだが、服はどんどん分解していく。
引っかかっていた肌着がぽろりと落ちると、とうとう下着だけになってしまった。
「いやっ」
羞恥心のあまり、座り込んでしまうエリザ。
百を超える建物がそのお尻と足の下敷きになる。

「うわっ!」
大揺れに転びそうになった男は慌てて電信柱にしがみつくと、あたりを見渡した。
両側は肌色の壁で囲まれている。
正面は、縞だ。
眼前に巨大な縞が出現した。
縞の一本一本の幅が、ビル一軒よりも大きい。
パンツのくせに、なんという大迫力。
ゲームのラスボスを勤められそうだ。
それとも伝説の宝の方がいいかな?
ん?なんだかあたりが、暖かくなってきたような…

街中から、いや、市外からも集まってくる視線をエリザは感じた。
「あ、ああ…」
あまりの恥ずかしさに体が火照る、体温が上がる。
熱を帯びるということは。
エリザの体がぐんぐんと大きくなっていく。
エリザの下に飲み込まれていく面積が加速度的に増える。
縞パンの下敷きになった建物だけで、千軒を超えたろう。
被害にあっているのは寅島市の何区画やら。

真っ正面から巨大な縞パンが迫ってきた。
むくむくと、ぐんぐんとこちらに近づいてくる。
いや、違った。動いているんじゃなくて、さらに大きくなっているのか。
男はパンツの端と端を見た。駅と駅の間、いやそれ以上あるかも。
うん、逃げられないな、これは。
男は高らかに歌いだした。

そこは地獄の釜の中 覗こう 覗こう♪
登山列車が出来たので だれでも登れる♪
流れる煙は招くよ みんなを みんなを♪
行こう 行こう 火の山へ♪
行こう 行こう 火の山へ♪
フニクリ フニクラ、フニクリ フニクラ〜♪

「今度捕まえたら、ただじゃ済みませんよ!」
顔を真っ赤にして叫ぶエリザ。
「へへーん、捕まらないよ−」
「ここまでおいで−」
道路を電信柱ごと踏み潰しながら、楽しげに笑って走っていく風栗とマンクス。
その前に、鉄道の高架線が伸びている。
ひょいと高架線を飛び越えたマンクス。
「邪魔!」
風栗が駅舎を蹴飛ばすと、停車中の通勤快速と各駅停車があの世に向かって発車した。
「またやってる!」
エリザは胸を隠しながら、決然として立ち上がった。
脚とお尻からぼろぼろと剥がれ落ちる街の残骸。
エリザの背丈は、富士山を超えていたかも知れない。
1kmを優に越える脚がずんと踏み出されると、寅島市全域が大揺れに揺れた。
「待ちなさい!」
「やーだよー」

追いかけっこの結末は、寅島市民だけが知っている。