女神さまのうっかり

作:湯田

■注意とお願い
作中に巨大な女性が出てきます。
そういった話に興味のない方は、読むのを控えたほうがよろしいかと思います。
またフィクションでありますので、作中の名前・地名・文化風俗等は、全て架空のものです。

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 女神さまが一人、星の間を滑るように移動していました。
普段女神さまが何をしているのか、ほんとうのことは判りませんが
宇宙を作ったり消したり、法則を決めたりしているのでしょうか。
ともかく、難しい仕事をしていると時に息抜きといいますか、
人間でいうと気分転換をしたくなるのは女神さまも同じようです。
女神さまには、お気に入りの星がありました。
それほど珍しい惑星ではありません。
ごく普通の太陽の周りをめぐるごく普通の大きさの星です。
が、ちょっと珍しいことには、この星には生命がいました。
女神さまは、この星をずっと前から見守っていたのです。
そのかいもあってか、しばらく前に生まれた生命は順調に年月を過ごし、
その中の一部は女神さまに似た知的生命体、つまり人間にまでなっていました。
自分とよく似た姿の人間がことのほか気にいった女神さまは
時々星を訪れては触れ合うのを楽しみにしていました。
それは星の人たちにとっても同じです。
彼らにとって女神さまは、人間が何かを考え始めたころ、言ってみれば
物心がつく頃から時々やってくるおばあさん…まあお姉さんのようなものでした。
女神さまが何かお土産を持ってきてくれる、というわけではありません。
でも、星の人たちは女神さまが特別な存在であることをちゃんと知っていて、
皆が慕っていました。
女神さまが星に居るのは一年間。
その間は言ってみればお祭りのようなものです
一年間も祭りなんてしてたら政治や経済は大丈夫なのか、と難しい事を考える人もいるでしょうが、
この星の人にとってはずっと昔から続けていることですから、もうみんな慣れていました。
それに、祭りと言っても、いろいろなことがあるのです。
例えば国と国の間などで難しい決め事をするときには、女神さまに同席してもらうという習わしがあります。
特にお招きしなくても、そういう話をしていると、いつの間にか女神さまが現れて耳を傾けているのです。
女神さまが何を言わずとも、その前で嘘やごまかしを口にするものはいません。
誰もが真剣に本気になって話し合い、論じ合い、そこで決まったことは必ず守られました。
あるいは、新しい鉄道が開通した時など、女神さまはまるで橋か何かのように線路を跨いで立っていたこともありました。一番列車が注意しいしい両足の間を通り抜けていきますと、いつの間にかその姿は消えていました。
そうして開通した鉄道は今まで一度も事故を起こしていません。
女神さまが立ち会われた鉄道で事故を起こすわけにはいかない、と皆が真面目に仕事に励むからかもしれません。
ある時は、新しいお酒をお披露目する会を開きますと、皆に無料でお酒を振る舞う行列の中に、ちゃっかり女神さまが紛れ込んでいました。皆がびっくりして見つめる中、女神さまが美味しそうに飲み干したお酒は、その後大いに売れました。
そんな調子で、身長百メートルぐらいの大きさでサーカスの行列を眺めていたかと思えば、
図書館で本を開いていたり、評判のお菓子屋の前に並んでいたり、
大きくなって流行りの服を身につけて街を闊歩したかと思えば、
次の日はレーシングカーをかっ飛ばしていたり…
あるときはお父さんやお母さんがいない子どもたちを掌に載せて遠足に連れだして一日中一緒に遊んでいたこともありますし、泣いている子供の隣でじっと座っていたこともありました。
まさに神出鬼没でいつどこに来るのかは分かりませんが、星の人たちはみんな女神さまに来ていただけることを願っていましたし、来ていただければそれだけで嬉しく、またありがたく思うのでした。


星のある街に一軒の小さな家があり、そこにはパパとママ、そして女の子の三人が
住んでいました。
三人はテレビをつけて、女神さまが来るのを見ようと待ち構えていました。
「いよいよだね」
「女神さまは、この街の上は通るかしら?」
「さて、どうだろうね」
女神さまはこの星に来ると、たいてい星の周りをぐるっと一周一日かけてゆっくりと回るのです。
その時の女神さまの背丈はちょっとした山ぐらいはありますので、大抵の人は空を優雅に滑っていくのを見てとることができました。
女の子が訪ねました。
「ねえねえ、おとうさん。女神さまはどこから来るの?」
「ずっと遠く、私たちには想像もできないぐらいの遠くからだよ」
「ふーん。じゃあ、女神さまもおなかがすくの?」
パパとママは笑い出しました。
「女神さまは、お腹は空かないよ」
「でも、お菓子は食べるんでしょ?」
「そういえば、そうだな」
パパが頭を捻ってみせると、ママが女の子を軽くにらみました。
「この子ったら、お腹空いたの?さっき、おやつ食べたでしょ」
「すいてないもん」
ママに言われて、女の子はすましてみせました。


いよいよ、星の近くにまでやってきて、女神さまはくすっと笑いました。
(十年に一度なんて、我ながら気が短いわねえ)
十年は人間にとってはかなりの時間ですが、女神さまとは感じ方が違います。
女神さまにしてみますと、一ヶ月に一度、一週間に一度、ひょっとしたら毎日来てる、
ぐらいにあたるのかもしれません。
(ちょっと回数が多すぎるかもしれないけれど…でもでも、可愛いんですもの!)
そう、女神さまにとって星の人々は皆、愛らしい子どもそのものでした。
今度はどんな楽しみに出会えるでしょう。
女神さまにとっては赤ん坊のお遊戯のようなものですが、だからこそ愉しいのです。
(このところ順調に成長しているようですし、このままいけばこの星の揺りかごから出て、
太陽系をはいはいして、星々の間をつかまり立ちして、そして銀河系を中をよちよち歩きできるようになれるでしょう。そうなったら…私と一緒にお散歩もできるかも!まあ、そうなったらなんて楽しいこと!)
この星の人達と星々を共に歩く、その様子をうっとりと夢想していたからでしょうか。
女神さまは何かを忘れてしまっていたのかもしれません。


「さあ、今日は女神さまのいらっしゃる日だぞ!」
天文台長が宣言すると、職員たちは皆忙しく働き始めました。
彼らは女神さまを一番最初に発見し、その様子を星のみんなに知らせるという、
大切な役目を持っています。
皆が熱心に仕事をしている中で、若い研究員が首を傾げました。
「おかしいなぁ。どうも変だ」
「何が?」
「女神さまの大きさと速度です」
「なんだと?」
天文台長は急いで確かめます。
みるみるうちにその顔から血の気が引いていきました。
女神さまは伸縮自在、そして空で宇宙でも自由に飛び回れることは、この星の人はみんな知っています。
ですから少しばかり大きいぐらい、そう、千メートルぐらいの大きさ、
速さもせいぜい時速五千キロメートルぐらいなら、天文台長も驚きません。
でも、観測データによると、女神さまの大きさと速さはそれどころではありませんでした。
「全長、推定三千キロメートル、速度、時速五十万キロメートルだと………!」
この星の人が記録を残すようになってから、女神さまがいらっしゃった時の記録はずっと残されています。
でも、今までの訪問ではこんな大きさで、こんな速さで女神さまがいらっしゃったことは
一度もありませんでした。

いったい、どうしたことでしょう。
女神さまが、考えことをしていたからといって何かを見過ごしたとは
考えにくいのですが…
ともかく女神さまはいつもよりずっと大きな姿、そしてずっと速い速度で
ぐんぐんと星に近づいてきています。
このまま星に降り立ったら、たいへんなことになってしまいます。
「女神さま、大きすぎます!速すぎます!」
天文台長が悲鳴をあげました。

あら?
自分がいつもより速く星に近づいていることに気づいた女神さまは、あわててブレーキをかけました。
でも、完全に速さを落とす時間はなかったのです。
女神さまが足から星の大気に入り込んでいきますと、足指に触れた人工衛星が何個か粉々になりました。
やがて女神さまはいつもよりちょっとだけ速く、ちょっとだけ大きな感触とともに星の上に足を降ろしました。
でももし、あのままの速度でぶつかったら、星にはもっと大きな衝撃が伝わっていたでしょう。
ひょっとしたたら、大きなひびが入っていたかもしれません。
それはなんとか免れたようです。
ふう、と女神さまは息をつきました。
なんとか大事にならずに済みましたね。

いえ、星に住まう全ての生き物たちにとっては大変な事が起きていたのです。
女神さまの両足の下、数百キロの範囲にいた人たちは、天が暗くなり、何か変だなと思う間もなく地中深くに押し込まれ、全てが終わっていました。
そのそばに居た人たちも、苦しまなかったのはおなじでした。
女神さまが軽く触れたつもりの足元では、地表は大きくへこんでいました。
その周囲は王冠のような形で盛り上がると、砕けた一キロほどの大きさの地表のかけらとともに星の上に広がっていきました。
大地は奥深くから一瞬でめくれ上がり、おそろしい勢いで上昇し、どろどろに溶け、
熱い水のようになって周囲に押し寄せていった時には、ほとんどの人は意識がありませんでした。
少し離れた人にとってもせいぜい数秒の違いというところで、押し寄せてきた灼熱の壁が建物ごと一瞬で
飲み込こんでいき、苦しむ時間もなく、あっという間に事は済みました。


あらら?
女神さまは少しばかり慌てました。
まさか、ほんのちょっと、ごく軽く触れただけのはずですよ?

気の毒だったのは、離れたところにいる人たちからです。
この人達は、何が起きたのか、少なくとも何かが起きたことが判ってしまいました。
でも、何をすることもできません。
あわてて何かを、逃げるか、せめて事態を知ろうとしても、せいぜいが数歩動くぐらい。
おおぜいの人が懸命に叫びました。
「女神さま、助けてください!」
でも、それが最後でした。
助けを呼ぶたくさんの声を女神さまの耳は捉えていました。
でも、今は手を出すわけにはいきません。

千キロ以上離れたところでは、ようやく事態が飲み込めました。
でも、どうすればいいのでしょう?
めくれ上がった地殻の波は音の速さより速く地表を進んできます。
車や船や鉄道では、到底間に合わない速さです。
飛行機に乗って逃げるのは?
でも、巻き上げられた波の高さは、数千キロの高さまで達しているのです。
数千メートル、高くても一万数千メートルを飛ぶ飛行機では、とても飛び越せない高さです。
飛んでいた飛行機は、それより遙か高く舞い上がった岩と溶岩に巻き込まれていきました。
地面に潜るのは?
でも、押し寄せる波は地面そのものを次々にめくり上げていきます。
それは地下鉄などが通るよりもずっと深く、それどころか人間が住んでいる地殻という、星の表面そのものが
宙に舞い上げられているのです。
どうすることもできずに、人々は波に飲まれていきました。
波はニ千キロメートルほどのところまで到達すると、そこで大きな壁を作りました。
女神さまの足の周りに、大きな丸い輪、クレーターができていたのです。
高さ七千メートルを超えたクレーターの淵の中は、どろどろに溶けた岩の海になっています。
巻き上げられた波は壁でとどまり、そこから外へ跳ね飛ばされた岩が隕石となって落ちていきました。
大きければ一キロメートル以上ある岩の下敷きになって壊滅した街や村は数えきれませんし、
それより小さいものでも遙か高くから落ちてきた岩は当たっただけでビルや建物を崩壊させ、
甚大な被害をもたらしました。
でも、あの溶岩の波が止まったのであれば、被害は隕石だけで収まるのでしょうか?
だったら、生命は生き延びることができる…
いえ、もっと恐ろしい出来事が待っていたのです。


あらららら?
女神さまは、足の間から黄色いものが浮き出してきたのに気づきました。
それは、星の大地を構成する岩そのものが、女神さまの足との間の圧力が生み出したあまりの高熱で溶けて蒸気になったものでした。
丸く膨れ上がった蒸気は女神さまの足を浸すほどの高さにまで上がると、溶岩のマグマの上を奔り、
クレーターの淵を越え、一気に四方に広がっていきました。
あらゆるものを覆いながら、数時間で蒸気は数千キロ離れたところまで押し寄せました。
四千度の熱風が時速千八百キロメートルの速さで駆け抜けますと、山の雪や湖や川はあっという間に干上がり、木々や建物に次々に火がつきました。
恐ろしい大火事です。
その中で全ての生き物、もちろん人間たちも同じように燃え出しました。


あらららららら?
蒸気はやがて大陸を越え、海にまで押し寄せました。
隕石が次々に落ちる中、熱い蒸気にさらされた海は沸騰し始め、みるみるうちに海水は引いていきました。
真っ白な塩に覆われた海底のあちこちに航行中だった船が転がっており、
その中には茹で上げられた人が顔に苦悶を浮かべたまま横たわっていましたが、
やがて塩が蒸発するのとともに溶岩のように融けだした岩の中に船の残骸とともに沈み込んでいきました。
海を渡りおえた蒸気は、次の大陸にまで押し寄せました。
上陸した蒸気はあらゆるものを燃やしながら進みます。
この星で一番高い山々も、蒸気を遮る壁にはなりませんでした。
山に積もった雪や氷は溶ける間もなく蒸発し、むき出しになった山肌の上を赤黒い雲が覆いました。

近づく蒸気を前に、人々は望みを失いました。
大地も地中も、海も空にも、もうこの星に逃げ場はどこにもありません。
ロケットに乗って飛び出せば、宇宙には出られるかもしれません。
そんなことが出来るのはごく限られた人だけですし、直ぐに準備など出来るわけもありません。
それに、宇宙に出てもそこでおしまいです。
変わり果てた星を眺めながらあとは餓え死にを待つばかり。機会があった人も無駄なことをしませんでした。


あ…
女神さまは息を呑みました。
勇気が出ない人、待つことを選んだ人は、そのまま待っていました。
そして、数千度を超える蒸気に包まれて死ぬのはあまりに恐ろしかった人、それをじっと待つのが耐えられなかった人は、使える道具を使って自らの手で命を断つ事を選んでいたのです。
包丁で喉を掻き切る人、橋から飛び降りる人、毒をあおる人、ガスの栓を開いて部屋に閉じこもる人、車を猛烈な速さで走らせて壁にぶつかる人、一人ひとりの最期の姿が女神さまに届きました。
どちらの人たちも、考えることは同じです。
なぜ?
どうして?
なぜ女神さまは、こんなことを?


女神さまを写してくれるはずのテレビが映し出す光景を、
パパとママは何も言えずに見つめていました。
女の子も、最初は何がどうなったのかわからない様子でしたが、
家々が燃え出し煙が上がるのを見ると、父親に聞きました。
「ねえ、パパ。どうしてめがみさまは、あんなことをするの?」
「たぶん、私たちは女神さまを怒らせてしまったんだよ」
女の子はかなしい顔になりました。
「わたし、なにもわるいことしてないのに。それどころかめがみさまにおあいしたこともないのに、
どうしておこっちゃったの?」
お父さんは、静かな声で娘を諭しました。
「私たちには、至らないところが沢山ある。
私たちの犯したどんな罪も、私たちが気づいていない罪も、女神さまはみんなご存知なのだよ。
その罪に、罰を与えようとされたのだろう」

そんなことはありません!
女神さまは、叫びそうになるのを手を口を当ててこらえました。
もし女神さまが迂闊に声を出したら、この星はさらに大変なことになってしまいます。

でも、罰だなんて!
女神さまはこの星の皆が大好きです。
とりわけ子どもたちは大のお気に入りでした。
一年の間、女神さまはこの星をめぐる間に女神さまは色々なことをします。
大人たちの難しい話を聞いたり、大きな行事に加わったり、
そういうことも嫌いではないのですが、女神さまが一番の楽しみにしているのは、
子どもたちと遊ぶことでした。
身を小さくして、普通の人間と同じ大きさになってこっそり子どもたちの中に加わると、
遊戯をしたり、かけっこをしたり、こっそりお菓子をあげたり…
子どもたちは後になって、一緒に遊んでくれた、あの綺麗な女の人が女神さまだったと気づくのでした。
その子どもたちを怒ったり、まして罰など与えるわけがありません。
女神さまは思わず手を伸ばそうとしました。
でも、それは許されないこと。
それに、今手を差し伸べても、その一帯を押しつぶすことになるだけです。
女神さまが見守るうちにも、蒸気の帯はどんどんとあたりを飲み尽くして進んでいきました。
その先では、ある人は泣き叫び、ある人はあてもなく逃げ惑い、ある人は呆然として座り込み、
あるいはもう動かない体となって、それぞれにその時を迎えようとしていました。
あの家族はパパもママも女の子も、静かに椅子に座って祈っていました。
「女神さま、我らの罪をお許し下さい」
「女神さま、どうかお怒りをお鎮めください」
「めがみさま、ごめんなさい」
もうテレビには何も写っていません。
次の瞬間、恐ろしい熱があたりを取り巻き、家の壁も家具も三人の体も、手も足も髪の毛も、何もかもが燃え上がりました。
パパとママと女の子、三人の裂けるような悲鳴が響いたのはわずかのことで、
やがて押し寄せた灼熱の波が全てを飲み込んでいきました。
それと同じような光景が数限りなく繰り返され、やがて星の地表は赤黒く染まりました。
高熱の岩の蒸気が、この惑星を覆い尽くしたのです。

しばらくのあいだ女神さまはその様を眺めていました。
やがて、気を奮い起こして、いつになく小さな、でも惑星全体に通る声で尋ねます。
「ええと、そのう…皆さん、ご無事、でしょうか?」
もちろん返事はありません。
女神さまにとっては足元がほんのり暖かい程度なのですが、
この星の人達は、一人残らず大地の下のに押し込まれるか、押し寄せてきた溶岩と蒸気に飲み込まれて
骨も残さず焼きつくされてしまったのです。

ひどい。
ひどすぎます。
いくらなんでも。

あの星の人達は、悪いことなどしていません。
それどころか、女神さまに会うのを、あんなにも楽しみにしていたのです。
その人達を、自分が、それもちょっとしたうっかりで、あんなに酷い目に遭わせてしまったなんて…

女神さまはそっと星に目を落としますと、岩が蒸気してできた大気が惑星全体を包み、
ぼんやりと霞んで見えました。
少し冷えるまで、この星はこのままでいるでしょう。

こんなことはごく些細なこと、宇宙ではよくあることです。
ちょっと星が温まっただけで、別に割れたり粉々になったわけでもありません。
せいぜい数十億年もすればまた元のように命がでてくるかもしれませんし、そうならなければ、他に星はいくらでもあるのです。

でも、女神さまは人々の愉しい日々を思い出してしまいました。
それは、女神さまにとってどれほど短いものだったとしても、大切なものなのです。

女神さまはきっと顔を上げて星々を見渡しました。

本当はいけないのです。
女神さまの力は、もっともっと大きくて、大切なことにつかうものです。
女神さまの力はこんな小さな星に使うのは、大きすぎるし、大切すぎるし、貴重すぎるのです。
それは女神さまが、一番良く知っていることでした。

でも、どうしても、女神さまはこのままにしてはおけませんでした。

女神さまはきょろきょろとあたりを見回しました(もちろん、女神さまのやり方でですよ?)
だれも、見ていませんね?
確かめると、女神さまはそうっとその星から離れて行きました。
気をつけながらゆっくりと星の間を通りぬけ、ずっとずっと遠くまで離れると、女神さまは
あの星の方を振り返りました。
そして、女神さまはその場で、ぐんぐんと大きくなってきました。
ずんずん大きくなり、あの星よりももっともっと大きくなり、星たちが回る恒星よりも大きくなり、
更にずっとずっとずっと大きくなり…
もしそのさまをあの星の人達が見ていたら、みんな目を丸くして、口をぽかんと開けていたでしょう。
やがて、途方もない身長になった女神さまは、そっと両手を差し伸べて
お椀の形を作りますと、その中に、太陽と、あの星と、その仲間の星、小さな小惑星、
ずっと遠くにある彗星のもとまでが、すっぽりと収まりました。
女神さまは掌の中の星たちを見つめると、厳かな声で言いました。
「巻き戻し!」





しばらくしますと、女神さまはゆっくりと戻ってきました。
こんどはぐっと小さく、五百メートルぐらいの身長です。
いつもよりすこしばかり硬い表情で、女神さまは星に近づいていきました。
ばれてない、ですよね?

「さあ、今日は女神さまのいらっしゃる日だぞ!」
天文台長が宣言すると、職員たちは皆忙しく働き始めました。
彼らは、女神さまを一番最初に発見し、その様子を星のみんなに知らせるという、
大切な役目を持っています。
皆が熱心に仕事をしている中で、若い研究員が首を傾げました。
「おかしいなぁ。どうも変だ」
「何が?」
「いや、遠くの天体を観測してたんだが、どうもこの星、動きがずれてるようなんだよ。
その結果からすると、どうも一日ぐらいこの星は遅れて動いているみたいなんだ」
「何かの間違いだろ」
同僚はそっけなく言いました。
「俺はさっき太陽や太陽系の他の星のデータを確認したが、そんな兆候は全然ない。
もし自転や公転がずれたなら、近傍の星に大きな影響が出るはずだろう」
「うーん。そうなんだが…」
「第一、今日は女神さまがいらっしゃる日だ。女神さまが日にちを間違えるわけないだろう?」
「そうなんだけど、だとしたら何が…」
若い研究員はしばらくうなっていました。
「おい、お前、そうやってぼけっとしてるなら手伝えよ!」
「あ、すまん」


女神さまが虚空の間から、その姿を表しました。
前と同じにこの星の上空を回りはじめた女神さまを、沢山のカメラが追いました。
テレビに映った女神さまの姿を見て、パパが上機嫌で言いました。
「さあ、いらっしゃったぞ。この上を通るのはいつかな?」
ママがため息をつきながらつぶやきます。
「いつ見ても、お美しいわねえ」
そして、女神さまの顔をじっと見ていた女の子が言いました。
「めがみさま、なんだかおすまし、してるみたい」