聞こえてる?
もう一回聞くね。

身長500mになったお姉ちゃんの姿、見える?
近すぎて逆に見えないってこと、ない?
大丈夫?

……うん、それならよかった。

突然びっくりさせちゃってごめんね。
お姉ちゃん、弟くんのために大きくなっちゃった。

ねえ。
お姉ちゃんの声、大きすぎない?
お姉ちゃん、よく『包み込むような優しい声』って褒められるんだけど。
身長がこんなに大きいと、お姉ちゃんの声で街が大変なことになっちゃうの。

すこし前、知らない街で大きくなった時に、そういうことが、ね?

お姉ちゃん、本当はもっと近くで可愛い弟くんを見たいんだよ?
だけど、顔を近づけすぎちゃうと、小さな弟くんがお姉ちゃんの……その……、えっと、つまり。
街なんてどうなっても別にいいの。この前みたいに半壊しちゃっても。
でも、弟くんだけは本当に……

あ、ううん。なんでもないからね。

そうだ。
可愛い弟くんにね、見せたいものがあるの。

ほら。
お姉ちゃんの体、見える?
これ、弟くんの大好きな身なり、だよね?

お姉ちゃん知ってるよ?
実は、可愛い弟くんはこういう身なりの女の人が好きで、画像をたくさん集めたり、眺めたり、妄想したり。
そして片手を動かして。
……太ももの間でゴソゴソしてるのも。

お姉ちゃん、全部知ってたんだよ?
弟くんに気付かれないようにそっと大きくなって、今みたいに座ったまま、窓から見てたんだからね。

もしかして誰にも気付かれてないと思った?
お姉ちゃんは可愛い弟くんの事、いっぱい知ってるからね?
その冷静なふりして淡々と動かしてる目。
……小さくて可愛い。食べちゃいたいかも。

そうだ。このまま指を伸ばして、弟くんの部屋も隣の建物も関係なくつまんで……。
後はお姉ちゃんの口に……。大きくてあったかーい口に弟くんを入れて……。
あ、ううん、なんでもない、なんでもないからね?

えっと、それで今日は弟くんの為にね、ほら。
お姉ちゃん、弟くんの大好きな身なりになってみたよ?

お姉ちゃんの今の身長は500mくらい。
だからお姉ちゃんは、いま、弟くんの大好きな身なりをしてて、日本で一番……

あ、世界で一番大きいって事になるんだね。

どうかな、お姉ちゃんの姿。
足先から頭まで。気に入ってくれた?

……やっぱり、お姉ちゃんが正座してるから全身、見えにくいのかな?
うーん。

じゃ、ちょっと立ちあがるから待ってて。
世界でいちばん大きなお姉ちゃんの全身、見せてあげるね。

それじゃ、まずは両手の指をつけるからね。そーっと。

んっ。

……大丈夫? 弟くんの場所、ちょっと揺れちゃったね。
お姉ちゃん、いま、道路に指をついたよ?
なるべく何も無いところを選んだけど、やっぱり、道路の車はだいぶ動いちゃうんだ。
あ、爪の先にある横断歩道も大変。元々の模様がわからないくらい崩れちゃってる。
お姉ちゃんの指のせいでここの道路はもう使えなくなっちゃったんだね……

弟くんの場所は問題ないよね? ちょっと確認するね。

……うん、大丈夫そう。
この調子でお姉ちゃん、足を上げて立ち上がるね。

あ、そうそう。
お姉ちゃんの地響き、我慢してね。
きっと、街の一区画が沈んじゃったと思うかもしれないけど、お姉ちゃんの足音だからね?
この前の街の人みたいに怖がらないでほしいの。
弟くんの場所は強く揺れるだけだから大丈夫。安心してね?
それじゃ。

そおーっと、足の地響きは控えめに、周りを壊しすぎないように、避難してる皆を転ばせすぎないように、っと。

…………はいっ。

右足はおっけー。
足を優しく降ろしたから周りの建物、そんなに崩れなかったよ?
お姉ちゃんの足先の建物は、えーっと、……屋根の半分くらいが崩れちゃって、中が丸見えって感じだね。
あっ、ここの建物なんて、テーブルが真っ二つに割れてて、その上でソファーがひっくり返ってるね。
建物もなんだか傾いちゃってるのかな。ドアが外れちゃって、床の上を少しずつズーッって滑ってるの。

お姉ちゃんが足を降ろせば、街はこんなことになっちゃうんだ……

街の皆も軽く転んじゃったけど、すぐ立ち上がってまた逃げ始めてる。
皆、えらいえらい。お姉ちゃんの地響きに負けないでね。

あとは左足。
両足を肩幅くらいに広げるには、どこに左足を置けばいいのかな。
えーっと。

あれ?

……あ、そっか、これじゃ。

足、置けないみたい……。
左足を置いて良さそうな場所、全然見つからなくて。
予想はしてたんだけど、お姉ちゃんの足よりも広い場所、全然ないんだね……

例えばここ。お姉ちゃんの左足を少し前に伸ばした所にある、この住宅地ね。
ここのお家なんてすごく大きいし、お庭も立派なんだけど、それでも狭いかな。
こうやって、道路と敷地の区切りにつま先をぴったり合わせたとしても……。

うん、やっぱり足の半分しか入らないもんね。
これじゃ、足を下ろしたら、かかとにあるお家が八軒は無くなっちゃうね。
それにお姉ちゃんの地響きが大きすぎて、ご近所まで潰しちゃうかもしれないし。

うーん。やっぱりダメだよね。
入らないのは一目瞭然だったけど、それでもちょっとは期待したんだよ?
ここのお庭にお姉ちゃんの足を入れて、弟くんに姿を見てもらおうって。
でも結局、何億円の豪邸の広さでも、お姉ちゃんの片足に勝てないんだね……。

他を探さなきゃね。
うーん、あっ、ここはどうかな。

お姉ちゃんの左胸でちょっと隠れちゃって見えにくいけど、胸をちょっと寄せれば……、んっ。
うん、見える見える。
あ、今の音、交差点と近くの建物を握りつぶした音じゃないからね?
お姉ちゃんが胸を動かしたんだよ?

びっくりしちゃった?
もし恐かったならごめんね。
お姉ちゃん、今度から気をつけるからね……。
えっと、それでね。

ここのドラッグストア。
駐車場には車がいっぱい止まっているけど、とっても広いの。
これならお姉ちゃんの足。置けそうだね。

どうかな?
ちょっとかざしてみるけど。

あ、つま先がはみ出ちゃう……。
この駐車場、この辺で一番広いのに、それでもお姉ちゃんの足の方が大きいんだね……。
うーん。

……でも、少しくらいはみ出してもいいよね?
はみ出ちゃうのはつま先だけだし、被害なら近くの道路と、お向かいの二軒のお家くらいで済むもんね。
これ以上、弟くんを待たせちゃいけないし。

邪魔なお家、可哀想だけど、……さよならしちゃおうね。
うん、それじゃお姉ちゃん、駐車場に足を降ろすね。

……。

ん? 弟くんどうしたの?

お家や車の中身、気になるの?
誰か居るかもって?

あ、それもそうだね。
お姉ちゃんのこと恐がって、車の中に隠れてる人がいるかもしれないもんね。
お姉ちゃん、このまま踏み潰しちゃうとこだったね。

そんなことに気がつくなんて、弟くんはやっぱり賢いね。
賢い弟くんに教えてもらえたなんて、お姉ちゃん、……嬉しい。

ねえねえ。弟くん。
もし中に人がいたら、お姉ちゃんはどうすればいいかな?
そのまま踏み潰しちゃったら、弟くんはどう感じるの?

車とか家に、人が居たら大変だよね?
それとも、大変じゃない?

ねえ、お姉ちゃんに教えて。
恥ずかしがらずに。正直に。

……。

……ん?
どうしたの? 黙ってないで、早く答えてくれるかな?

……。

……あれ?
ねえ、どうしたの?
さっきから画面を見て、目を動かしてるだけだよね。
なんだか片手も、……動かしてるの?
お姉ちゃんに見られてるの、わかってるのに?

ねえ。
画面を見るのは止めて、お姉ちゃんの質問に答えてくれる?

……。

……そっか。
お姉ちゃんのこと、まだ無視するんだ。

弟くん。
今のお姉ちゃんの大きさ、わかってる?
500mだよ?
お姉ちゃんが一歩歩くと、街はどうなるかわかってるね?

……色々と、簡単なんだよ?

いま弟くんのいる場所なんて、そんな小さな場所、お姉ちゃんのつま先だけでどうにでもなっちゃうからね?
いいかげん答えないと、お姉ちゃん、メッ、しちゃうよ?

……あ、いま心がムズムズしたね?
ほら、息のリズムがちょっと変わってきた。
そっかそっか。

お姉ちゃん、弟くんの心の中、だいたい読めたよ?
弟くんの息がそうなったってことは、つまり、お姉ちゃんが踏み潰しちゃったら、弟くんは……。

うん、そうだね。
弟くんの事だから、きっとそう感じると思ったよ。
お姉ちゃん、弟くんの好み、また一つお勉強しちゃった。

ごめんね。
お姉ちゃんのお話、長かったね。
それじゃお姉ちゃんの足元の車、中を見てみるね。

んっ。

カーナビの乗っ取り……、完了っと。
お姉ちゃんの意識を全台のカーナビにつなげたから車の中、カーナビを通して感じられるようになったよ?

じゃ、全台の中を確認してみるね。
声で確認すればいいよね。
お姉ちゃんの優しい声で、安心させるように、っと。

「あー、あー、お姉ちゃんです。今からここに足を置くんだけど、誰もいないよね?」

……あれ?
パリンパリンって、すごい音がしちゃったけど。
なんだか、お店に並んだテレビが一斉に勢いよく弾け飛んじゃったみたいな音。
それに何だかモクモク煙くさいね。

カーナビ、もしかして壊れちゃったのかな?
別にお姉ちゃんの声は関係ないよね?

うーん。
あ、でも映像は見えるね。
それじゃ、声じゃなくて映像で確認するね。

んっ。
……うわー、すごいね。
車内の映像が網目にはめ込まれたみたいに、いっぱい見えるよ?
三十台分はあるね。
お姉ちゃんの足元には、そのくらい車があるんだね。

誰かいるのかな? えーっと。

……。

……そっか。
そういうことなんだね。
うん、それじゃ確認は終了。

ん? 何?
中の人、居たかどうか気になるの?

それはね。
……弟くんの好みの通りだったよ。

ということでお姉ちゃん、足を降ろしていくからね。
かかとの影は駐車場の下にぴったり寄せて、つま先は二軒の小さなお家に、っと。

…………はいっ。

おっけー。ようやく両足で立てたね。
お姉ちゃん、いま、すごく気持ち良いよ?
だってずっと片足立ちだったんだから、足の感覚が久しぶりで、……気持ちいい。

あ、あまり気持ちいいって言い過ぎると、誤解されちゃうね。
お姉ちゃんの両足、いーっぱい潰しちゃってるんだから。

右足にあったものも。
左足にあった、ドラッグストアの広い駐車場も。
そこにいっぱい停めてあった皆の車も。
お姉ちゃん、立ち上がっただけなのに、こんなにいっぱい踏み潰しちゃったんだ……。

でも、壊しちゃって気持ちいいとか、別にそういう意味じゃないからね?
片足立ちから開放されたのが気持ちいいんだよ?

……あ、忘れてたけど、つま先にあった二軒のお家も無くなったんだね。
お姉ちゃん、すっかり忘れちゃってた。
気持ちいいなんて言ってる場合じゃなかったね。
不謹慎、不謹慎っ。
お姉ちゃん、反省しなきゃ。

自分の頭に、軽く、メッ!
これでもう大丈夫。
次からは周りを確認して、状況をわきまえるからね。
うんっ。

……あれ? お姉ちゃんの斜め左。
地平線まで、街がすっごくえぐれているけど、何かあったのかな?

お姉ちゃんが来る前からだったかな?
でも、街並みの吹き飛び具合を見る限りだと、今まさに、何かあったような?
うーん、お姉ちゃん、よく分からないな。

あ、ごめんね。
別にそんなことはどうでもいいね。
いま大事なことは一つ。
お姉ちゃんがせっかく立ち上がったんだから、弟くんに姿を見てもらわなきゃね。

それじゃ弟くん、見上げてくれる?
空じゃなくてお姉ちゃんを見てね?

ほら、お姉ちゃんの全身。
街の皆が注目しちゃうお姉ちゃんの身なり。
普段はこういうのは人前で見せないんだけど。
弟くんのために、今日は特別にしてあげたんだからね?

どう?
気に入ってくれた?

……もしかして。
首、痛い?

……そっか。
確かにそうだね。
お姉ちゃん大きいから弟くんは真上をみる姿勢だもんね。

弟くんに無理させちゃうなんて、お姉ちゃん失格だよ……。
ごめんね……。
お姉ちゃん、東京のタワーより大きくてごめんね……。

身長、今度からはタワーより小さくしておくからね。
大丈夫、明日にでも東京に行ってタワーを縦に引き伸ばしてくるの。
お姉ちゃんの身長より高く伸ばせば、お姉ちゃんはタワーより小さいってことだもんね。
これで明日以降、お姉ちゃんは小さいって事でいいんだけど。
今日はどうしよう……。

せっかく立ち上がったのに。
弟くんがつらそうにしてるなんて。
これはもう、どうしたらいいのかな……。

……あれ?
もしかして、お姉ちゃんがここから離れたらいいのかな?
弟くんとの距離を離せば弟くんの首、ゆったり出来る、よね?

うん、きっとそうだね。
これなら弟くん、お姉ちゃんの姿を見られるね。

それじゃ今から離れるんだけど、お姉ちゃんの後ろはどうなってたかな。
ちょっと振り返るね。

あっ、中心街なんだ。

建物、いっぱいあるね……。
弟くんの行きつけのあそこも。
地元では有名なあそこも。
弟くんの幼い頃の思い出のあそこも。

いっぱいあるけど、どれもお姉ちゃんの片足よりも小さいんだね。
小さいけど、綺麗で、そして平和そう……。

お姉ちゃん、あっち方面に行くってことは……。

弟くん。
ちょうどいい場所で『もう良いよー』って言ってね?
かくれんぼの時みたいに、ちゃんと言ってね?
お姉ちゃんとの約束だよ?

それじゃ、お姉ちゃん、離れていくからね。
後ろを振り向いてまずは一歩、っと。
場所は、ここでいいよね。

……はいっ。

きっと、まだだよね。
次はここに一歩。

……はいっ。

煙がすごいね。
でもお姉ちゃんは全然問題ないから、安心してね?
まだかな? もう一歩?

……はいっ。

うーん、お姉ちゃんは歩いてるだけなんだけど。
みんなの悲鳴、いっぱいだね。
でも、お姉ちゃんの地響きの方がもっと凄いんだよね。

……はいっ。

あ、高めの建物が足裏に当たっちゃった……。
どれも同じ高さに見えて、距離感がわからないね……。
弟くんどう? まだなの?

……はいっ。

弟くん? ねえ弟くん?
もっと遠くにって事かな?

きっとそうだよね。
それなら。

……はいっ。

…………はいっ。

じゃーんぷ、……はい、はいっ。

おしまい