気持ちのいい朝日がさしている人気のない教室。
不自然に机に目線を落としている女生徒が一人。
その机の上には目を凝らさないと見えないほど小さな物体が存在していた。

「うふふ、いい感じの大きさになったねー。」

女生徒はその小さな点を吹き飛ばさないように、口元に手を添えながら呟いた。

途方も無い高さから落ちてきた声と同時に、体中を震わせる振動に全く動くことのできない小さな点。
その声の主が同じ人間であることを頭では理解できているのに、そのあり得ない大きさの人間を前に小さな点は現実を拒み続ける。

「君がいけないんだよ、私をバカにするんだもん。やめてって言ってるのに毎日チビチビって。」
「今でも同じこと言えるかな?おちーびさんっ!あ、ちびっていうかゴミだったね。ふふっ、間違えちゃってごめんねー」

容赦なく落ちてくる暴言。女生徒は小さな声で話しているつもりだが、その小さな点には経験したことのないような爆音でほとんど聞き取ることができていなかった。

「あり得ない」
「あり得ない」
「あり得ない」
「あり得ない」

小さな点は狂ったように呟き続ける。声の暴力が収まったことで少し落ち着きを取り戻した小さな点だが、すぐに女生徒の顔が少しずつ近付いている事に気付いた。
女生徒が鼻息がかからないギリギリの位置まで顔を近づけると、小さな点は腰を抜かしその場を動くことができなくなってしまった。それを知ってか知らずか女生徒はにやりと口角を上げた後に、

(にちゃあ……)

と、水気の混じった音をわざとらしくたてながら大きく口をあけた。
口の中で水音をたてながら蠢く舌から目を離せずにいると巨大な口がすぼまり、その口に向かって流れるように風が流れ始めた。
その風は小さな点など軽々と持ち上げるほど強く、なすすべもなく宙に浮かべられてしまった。

「吸い込まれるっ!」

小さな点がそう思った瞬間、突然風向きが真逆になり先ほどの風とは比べ物にならない強さで吹き飛ばされてしまった。

「ふーっ」

女生徒は温かいスープを冷ます時のような強さで机の上に息を吹きかけた。

「そろそろみんなが登校してくる時間だから、私は自分の教室にもどるね!」
「どこに飛んでいっちゃったかわかんないけど誰かに見つけてもらえるといいねっ!うふふっ、ばいばーい!」

そういうと彼女は大きな音をたてながらその教室を去っていった。

小さな点は少し気を失っていたようだが、体の痛みから意識を取り戻す。
先ほどと同じような木目が刻まれた冷たい大地。違うのは目の前にすさまじく大きな四足の建物が建っているのが見える。
小さな点はその見慣れているはずの四足の建物から自分の今いる場所がとても危険な場所であることに気づく。

「い、椅子の上……?」

信じられないとでも言いたげな口ぶりでそうつぶやく。

「誰か来る前に早くここを移動しないと!」

痛む体に鞭を打って起き上がるが、彼のいる木目の大地は果てしなく広い。
絶望に支配されそうな彼の耳に、遠くから幾つもの大きな足音が聞こえてきた。



                                                     つづけ