【メイド、シスター、学園祭。】



 ある日、少年は夢を見ました。

 きみが願いを言い、
 それに関わるものをくれたなら、
 きみの願いをなんでも叶えるというものでした。

 少年は、進級して新しい学校へ行くことに不安を感じていました。
 だから、何年か前に動物園で買った「年間チケットの半券」を、契約の証に差し出しました。

 子供のままがいい。

 女神様は、じっと半券を眺めた後、にっこりしました。


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 目が覚めると、体が縮んでいた。探偵でもないのに。
「おい、ふざけんな」
 まさかとは思うが、チケットの「子供」表記が「小人」なのを見て勘違いしたんじゃねえだろうな……。
 そもそも俺、新しい学校とか関係ないんだけど。夢設定?
 とにかく、どうすんだよ、これ。
 などと最初のうちは思ったが、幸いというか意外というか、意識を集中してなりたい大きさのものを想像すると、そのぐらいになれた(願い事が願い事だけに、大きくはなれないようだ。残念)ので、まぁいいかと言うことで元の大きさぐらいに戻ってその日は寝た。二度寝最高。



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 夢の中で女神様が泣きながら何か言っていたが、睡魔に負けた。
 ごめんなさいとか、期限がどうとか、なんかそんな……。


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 目が覚めると翌日だった。女神様が夢に出た時は寝覚めがいい気がする。
 コンビニでも行こうかと家の前に出ると、チラシが捨ててあった。近所の某女子高で学園祭があるそうだ。ここらの高校や大学はなぜか女子校が多いから、いっぺんにやってるのかも知れない。
 …………そうだ、いいことを思いついたぞ。
 小さくなれたら、誰もが一度は考えることを実行してやろうじゃないか。
 俺はまっすぐ女子高に向かい、模擬店の喫茶店に入った。裁縫部のようで、メイドの格好をした女子高生がたくさんいた。男性客は奥の個室に通されるようだ。
 ちょうどいい……。
 俺は一番奥の個室に通された後、すぐに意識を手元のマッチ箱に集中した。
 体がぐんぐん小さくなるのを感じる。
 いずれは自在に使いこなせるようになりたいが……ともあれ、マッチぐらい(5センチ?)になった俺のもとに、注文を取りに来たメイド女子高生が来た。
「おかえりなさいませ……あれ?」
 巨大メイド女子高生はきょろきょろしている。そのたびにスカートのフリルが揺れた。
 小さくなった俺からすれば分厚いカーテンより巨大な、それでいてかわいらしい布。白いガーターベルトが際立たせる、すらりとした脚も、今の俺から見れば巨大な柱のように感じる。
 さらさらの綺麗な長髪だって、俺をぐるぐる巻きつけて縛れるぐらいに長い。
 強調された豊かな胸も高校生とは思えないぐらいだったが、俺は眺めているだけがもったいなくて、彼女の足元に駆け寄った。
 ……本当に大きい。
 靴だけで、自家用車よりも大きい。それでいて、女の子が履く可愛い革靴なんだから……。
 もっと、この迫力を味わってみたい。
 そう思った俺は、床に落ちていたゴミに意識を集中してみた。
 周りの景色が、さらに、さらに大きくなっていく……!
 今のサイズは……3ミリぐらいか?
 もう、彼女の靴の低めのヒールですら、民家のように巨大に感じた。
 靴全体なんてもう、すごい大きさだ。ましてや、それをふたつも履いているメイド女子高生の存在なんて……。
「帰っちゃったのかしら?」
 突然、大巨人が動き出した。俺が帰ってしまったと思ったのだろう。
 そのすさまじい速さと威力に驚いた。巨大なのに動きは普通と同じ、つまり圧倒的に速い。
 方向転換するために、その場で振り向いた彼女に危うく踏み潰されそうになったが、ただ風圧に吹き飛ばされて済んだ。
「ねぇ、三番のお部屋、今のうちに掃除しといてー」
 さっきのメイド女子高生の声がした。
 いくらなんでも雑巾で「お掃除」されてはひとたまりもないので、俺は部屋にあった観葉植物をイメージして元のサイズに戻った。
 当然、掃除用具を持って入ってきた別のメイド女子高生と鉢合わせる。
「あの、ケーキ……」
「え? え? え? ……い、いないはずじゃ……」
 少女の顔が真っ青になっていく。女子高だし、男性恐怖症とかだったのか?
 逃げてしまった彼女に「悪いことしたなぁ」と思っていたら、最初のメイド女子高生が角砂糖を抱えて戻ってきた。
「悪霊退散!」
「あ痛ッ、いや悪霊退散なら砂糖じゃなくて塩、いてててて」
 巨乳メイド女子高生から、甘い角砂糖をいくつもぶつけられる。これ何の罰ゲーム?
 仕方ないので、さっきと同じく体を3ミリまで縮めていった。
「うわ、小さくなった!? ……き、消えた?」
 床に四つんばいになって、俺に顔を近づけてくる。巨大な顔が接近し、恐怖すら感じた。
 甘めの吐息が、俺を吹き飛ばしそうな勢いで迫ってくる。
 見つかりませんように……そう祈っていた矢先、彼女の目つきが変わった。
「まだ、残ってるみたいね……」
 巨大な指先が降りてくる。
 体育用マットをかぶせられたような弾力と重みを感じた後、俺は体が持ち上がるのを感じた。
 指先に張り付いて、持ち上げられたのだと気づいたのは、反対側から親指が来て俺を挟んだ時だった。
「えい、潰れちゃえ」
 た、助けて、潰される……!
 俺はこの時、初めて、女の子にも呆気なく潰される虫の気分を理解した。
 が、直後に(もし潰されてたら一瞬で圧死していたのを考えると、実際には同時だったのかもしれない)別の声が聞こえた。
「待ってください。いくら虫でも、命まで奪うのはかわいそうですよ」
 ああ、優しい女の子もいるんだ……。
「殺してしまうなら、わたしにください」
 きっと外に逃がしてくれるんだろう。元に戻ったら恩返しをしてやるからな、嬢ちゃん。



「……どうしてこうなった」
 俺は、つい15分前の前言を撤回した。
 先ほど、俺を助けてくれたのは高等部一年を自称する少女。
 なぜ「自称」と思っているかというと……こいつ、16の小娘とは思えないほど、すさまじく胸が大きい。
 そして性格が悪い。
 敷地内の教会に通っているとかで、シスターらしい格好をしている。そのくせ胸が大きいのが背徳的だ。
 ところどころ金髪になった亜麻色の髪も含めて、容姿もいい、が……
 やっぱり性格が悪い。
「ごらんください、みなさま! これが神の奇跡! わずか3ミリの人間です!」
 ……ごらんのありさまだよ。
 メイド女子高生から救助された途端、俺はマッチ箱の中に監禁された。そのまま揺られていると、今度は透明な皿の上に。
 透明なシャーレに乗った俺を、女子高生どもが顕微鏡で覗き込んでくる。
 さっきのシスターは、丸めた新聞でばんばん机を叩いていた。
「さぁさぁ、見てかないと損ですよー。拝観お布施200円、ニセモノだったらお返ししますよー!」
 こいつただの外道じゃねえか。てか、お布施って言い方だと、教会より神社じゃね?
 何人もの女子高生が観察してくる。一応、女子高の生徒だけに公開しているのは良心なのか。
 ……いや、単に無差別公開すると没収されて儲けられなくなるからだろうな。
「うふふふ、これは天の恵みですね」
 ……「信者」と書いて「儲ける」と読む、って現代でもあったんだな……。
「おっと、そろそろ先生方が嗅ぎつける予感。では撤収です」
 シスターは手早く小道具をまとめると、俺のいるシャーレを手に持って走り出した。ずいぶん人が集まっていたようだが、この引き際はいかがなものか。
 人が少ない廊下を抜けて女子トイレの個室に入ると、シスターは修道服の胸元を開けた。
「はー、走りましたー。体が熱いです」
 谷間からも湯気が昇っている。……やっぱ、でけぇ……。
「さて……次のポイントまで移動しなくてはなりません、あなたを隠して」
 シスターはそう言うと、シャーレを傾けやがった。
 ごろごろ転がって、手のひらの上のマッチ箱に入れられてしまう。
 今の俺にとって、マッチ箱はへたな部屋よりも大きい。一般的な教室ぐらいはあるだろう。
 そのマッチ箱が傾いたかと思うと、紙製の壁越しに透けていた光が徐々に消えていく。
 しかも、なんだか熱い。湿気と、汗の香り……?
 まさか……。
「うふふ。女の子は、隠し場所が多いんです。特に、胸の大きい子は」
「……!」
 あいつ、マッチ箱ごと胸の谷間に入れやがったのか!?
 外から見た時、あいつの胸はマッチ箱なんかより遥かに大きかった……谷間に挟んで隠すなんて造作もないだろう。
 だが、そんな物理的な問題じゃない。
 こんな、ありえない屈辱……ッ。
 マッチ箱の壁に体当たりするが、びくともしない。ましてや、胸肉全体、さらに彼女自身にダメージを与えるなんて不可能。
 このサイズなら……な。
 箱全体が闇に包まれる。きっとマッチ箱が谷間にすっぽり埋もれ、胸元を締め直したのだろう。さらに、歩く振動が伝わってくる。
 こんなところに監禁されっぱなしで堪るか……!
 俺は、さっきの教室で見た観葉植物をイメージした。
 体が少しずつ大きくなっていく。もうそろそろマッチ箱がキツくなる。このまま押し広げ――

 突然、左右から重圧が掛かった。

 あのシスターが胸を寄せているのか。すさまじい乳圧にマッチ箱がメキメキとひしゃげ、大きくなろうとする俺をちからずくで包み込んでくる。
 押し潰されてしまいそうだ……。
 もう動く隙間もない。巨大な乳房に挟まれて、ひらべったく伸ばされて……。
 肺の中からも空気を搾り出される。
 苦しい……悔しい……胸に挟まれただけで、息もできない……。

 俺の意識は、ふっと途切れた。



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 あれから三日、学園祭が終わった後も、俺はシスターの少女に飼われている。

 ……胸で押し潰されて以来、俺は5センチよりも大きくなることができなくなった。大きくなる途中で気絶したせいか、それともトラウマのせいか。
 結果、俺は彼女の「調教」にも抗えずにいる。

 まずは小さくなるように命令される。1センチとか、1ミリとか、もっと小さく。
 小さくなっている間、彼女は優しく俺を扱ってくれる。
 仰向けになった彼女の胸を登山させてくれたり……髪の毛で綱渡りをさせてくれたり……優しい、よな?

 だが、しばらくすると元の大きさに戻るように指示される。5センチが限度だが。
 そして戻ろうとする最中に、彼女は俺をなぶるのだ。
 吐息で吹き飛ばされたり、胸を乗せられて押し潰されたり、蹴飛ばされたり……踏み潰されたり。

 そうしたことを繰り返されて、最近、俺は自分がとても小さな生き物だと思えてきた。

 ……なんだか、女神様に能力をもらったのが、ずっと昔のように感じる。

 そういえば、あの時、女神様はなんて言ってたっけ……。



『あなたからもらったのは年間パスでした。
 あなたの縮小能力。一年間が期限です。
 一年後の昨日までにもとに戻っておかないと、もとの大きさに戻れなくなりますよ』