「靴の妖精さん その10」





「あっ、茜里。見てたんだ…」
夏織ちゃんの冷静な…半ば冷めたような声が響く。
「ねぇ?何してるの…!?フラくんがいるんでしょ?」
「あっ、フラくんて言うの?この小人くん」
夏織ちゃんがふーん…と呟いく。

「なんでこんな酷いことを…。フラくんは何も悪い事してないじゃない…!」
茜里ちゃんの焦った声が響く。
そしてズンズン!と茜里ちゃんが近づく音が響き、俺は体操服の監獄から解放された。

「フラくん、大丈夫?どうしてここに…」
「ごめん、茜里ちゃんの悩み事をどうにかしてあげたくて凛ちゃんに連れて来てもらったんだ…」
「えっ…!?そ、そうだったんだ…」
茜里ちゃんは申し訳ないような嬉しいような…そんな複雑な表情だった。

夏織ちゃんはというとしゃがみこんで僕と会話している茜里ちゃんと俺を腰に手を当てて立ったまま無表情で観察している。
「すご~い。茜里ってばその小人君の事よっぽど可愛がってるのね~」
パチパチと手を叩きながら夏織ちゃんが言う。まるで茜里ちゃんをバカにしてるような言い草だ。

「かっ、可愛がってるとか…!そんなんじゃないよっ!フラくんはペットとかそういうんじゃないんだから…!」
「そっか。ペットじゃないよね。フ…ラ…?くんはさ。うんうん!」
大げさに頷くリアクションをとる夏織ちゃん。
俺の名前を呼ぶ時がイマイチぎこちない。

「そっ、そうだよ…!だから苛めたりとかしないで…!」
「わかった!お姉ちゃんも頑張ってフラ…?くんと仲良くなる!
だから、ねぇ茜里。お姉ちゃんフ…ラ?くんに謝るから!」
「ホントに…?じゃあ…」
茜里ちゃんが俺を手の平に乗せて夏織ちゃんの方へと近づける…。


グワアァッッ!!

「うぐぐ…!?」
本当に一瞬の事だった。あっという間に俺は夏織ちゃんの手中に収まっていた。
「ふふっ…!ハハハハハハッ!!ほんっとーに茜里ってバカだね!
すぐ人のこと信じていっつも同じような手にひっかかってさー。何とかの大木って言うしねー」
「おっ、お姉ちゃん!?やめて…!絶対に何もしないで…!!」
茜里ちゃんが泣きそうな声で叫ぶ。
「えっ?何言ってんの茜里?私、まだ何もするって言ってないじゃん…。何のこと言ってんの?」
高圧的な態度で口を開くと同時に言葉を吐き出す夏織ちゃん。


「お願い…!フラくんには何も…!」
「えっ?何?」
茜里ちゃんの震える声に夏織ちゃんはわざとグググッ!と俺を握る手に力を込める。
「うがぁ!?」
骨が軋む音がする。体操服の重みの方がまだ優しかった。
意図的に小人を痛めつけようとする夏織ちゃんの力はダイレクトに体に響いた。

「やっ、やめてっ!!」
ダッ!と茜里ちゃんが夏織ちゃん目がけて駆け出し、
シュバッ!と素早い動きで茜里ちゃんが手を繰り出す。しかし…。


「茜里ってほんとバカだね~」
「いっ、いたたた…!!」
茜里ちゃんの繰り出された手がガッチリと夏織ちゃんの手に捕まれ、手首に間接技を決められている。


「私に勝てた事一度もないのに…」
呆れた様子で夏織ちゃんが言う。
そうか!夏織ちゃんも茜里ちゃんと同じように柔道を習っていたから…。

「いっ、痛い!離して!お姉ちゃん!ごめんなさい!お姉ちゃん!!」
涙ぐんだ表情を浮かべる茜里ちゃんが必死に訴えかけている。
それを夏織ちゃんは冷めた表情で見ている。
どうにか助けてあげたいけど…今の俺じゃ…とても助けてあげられない…。
「ほら、小人くん。君の大切なご主人様が苦しんでるよ?助けてあげなよ」
突然ニコッと笑った夏織ちゃんが俺を茜里ちゃんの肩に乗せる。
「うわわっ!?」
痛みで小刻みに体を動かす茜里ちゃんの肩の上はとてつもなく不安定で俺はその場に伏せてしがみつくことしかできない。

「やっ、やめて!落ちちゃう…!フラくんが…!!」
「大丈夫よ。茜里が痛みに耐えて動かなければ…ねっ!」
「!!?」
そう言って夏織ちゃんがグッ!!と茜里ちゃんの手首を掴む腕に力を込める。

茜里ちゃんは一瞬ビクッ!と体を震わせたがすぐに止まった。

そんな茜里ちゃんの表情を方の上から見上げる。
痛みに歪んでいる茜里ちゃんの顔。心が痛む。俺のせいで…。

さらに俺のことを気遣って痛いのに動かないように頑張ってる…。

何が茜里ちゃんを助けるだ…!迷惑をかけてばっかり…俺は…ダメな…ちっぽけな男だ…。



バシャン!!

突然巨大な水滴が俺に直撃した。しょっぱい。
茜里ちゃんの頬を伝って落ちてきた涙だ。
一粒の涙で俺の体はビショビショになった。服も水滴を浴びて重たくなった。
その重さは茜里ちゃんを苦しませた俺の罪悪感に重く重くのしかかる…。


「これ以上やるとあざになっちゃうね」

夏織ちゃんがクスクス笑って俺を摘まみあげてから茜里ちゃんの手首を開放する。
茜里ちゃんはその場に崩れ落ちて嗚咽を漏らしながら手首をさすり出した。

「ホントさーくだらないこと考えるのやめなよ。さすがのお姉ちゃんも怒るよ?」
「っぐ、ひっぐ…!ごっ、ごめんなさい…」
泣きながらも茜里ちゃんが答える。
「小人くんも情けないねー。ご主人様が苦しんでるっていうのに振り落とされないように必死になっちゃってさー」
摘まみあげた俺を目の前まで持ち上げてムッと睨みつける夏織ちゃん。
茜里ちゃんに似た容姿だけど若干ツリ目で鋭い目つきの夏織ちゃんの目はすごい迫力だ。
「なんか言ったらどうなの?」
次は口元を目の前にして夏織ちゃんが囁く。
巨大で弾けそうな弾力を持った唇が上下し、突風と共に言葉を文字通り浴びせかける。
唾液で潤いを帯びた口元はとてつもない迫力で今にも食べられてしまいそうな迫力があった。
「ごっ、ごめんなさい…!」
震えながらも俺は何とか声をしぼりだした。


「おっ、お姉ちゃん…!乱暴しないで…!」
茜里ちゃんの勇気を振り絞った声。
「ん~?別に乱暴じゃないよ。茜里ができなかった分、私が小人くんを躾けてあげてるだけ。
だって小人とはいえ男なんでしょ?じゃあ女の子を護れなくっちゃダメだよね~?」
そう言って夏織ちゃんが悪戯っぽく笑う。
ううっ…!相変わらず心に突き刺さることを言う…。


「小人くんにはもっともっと頑張ってもらわないとだね。
じゃないと私も姉として茜里のことお任せできないしー」
「お姉ちゃん…もうやめようよ…」
「何でよー。茜里はちょっと黙ってて。
そうだなー…まずはボーナスタイムってことで小人くんが喜ぶ特訓にしてあげるよ♪」
ニッコリと笑った夏織ちゃんが俺を床に降ろす。
一体何が始まるっていうんだろ…。

「ねぇ茜里知ってる?この小人くんって女の子の足とか汗の匂いとかが大好きなんだよ?」
「えっ…フラくんはそんなの好きじゃないよ…」
「嘘じゃないよ?私の汗の染み込んだシューズで気持ち良さそうに寝てたんだからさ」
「そっ、それはフラくんが靴の妖精さんだから靴の中が落ち着くだけだよ…!」
「ホントにそうかな?例えばさ、その小人くんに茜里の足のお掃除させたら喜ぶと思うよ」
「えっ…!」

茜里ちゃんがビックリした表情を足元の俺に目をやる。
「そっ、そんなのかわいそう…!絶対ダメ…!!」
「大丈夫だよ…大好きな茜里の為だもん…ね?小人くん?」

ドゴオォォン!!


夏織ちゃんが巨大な拳を俺のすぐ近くに叩きつけた。
俺はその衝撃でよろけて倒れてしまった。
「ひゃ、ひゃい!!」
情けない声で返事をすると夏織ちゃんはニコッと笑って茜里ちゃんの足を指差した。

俺はゆっくりと茜里ちゃんの足に近づいていく。
チラリと茜里ちゃんの表情を伺うと赤面していて口に手を当てがっている。
どこか怯えたような、心配そうな…そんな表情だ。

一方で夏織ちゃんはそれらを愉しんでるような感じだ。


「フッ、フラくん…」
か細く途切れそうな茜里ちゃんの声。
茜里ちゃんの足指のすぐ傍まで来た。
裸足で過ごしていた茜里ちゃんの足は近くで見ると小さなゴミや畳のクズが付いている。
そしてほのかに酸っぱい匂いが漂ってくる…。


そんな大迫力の茜里ちゃんの素足を目の前に俺は興奮してしまっていた。


悲しいことに夏織ちゃんの言う事は嘘偽りない事実になっていた…。

茜里ちゃんの足指にさらに近づく。手を伸ばせば触れられる。
巨大な球体のオブジェのように。幼く形の整った足指が目の前にある。

手を伸ばした。


茜里ちゃんの足指の温度を手のひら全体、直に感じる。


意外とヒンヤリとしている。でもベタベタとした汗を感じる。

「フラくん…大丈夫?」

心配そうな茜里ちゃんの声がする。
俺はその茜里ちゃんの優しい声に何も言わず頷いた。

興奮を隠し、冷静を装いながら…。















 ~つづく~