「靴の妖精さん その3」




「ねぇ?これでいいかな…?」
茜里ちゃんが俺のサイズにぴったりな感じのタキシードや柔道着を手のひらにのせて見せてきた。
「ありがとう!きっとピッタリだと思うよ!」
にっこりと笑った茜里ちゃんの指先に摘ままれた服を受け取り早速着てみることにした。

前日に服をお願いしておいたのを持ってきてくれたのだ。
とはいえ身長3cmほどの今の俺には普通の着せ替え人形の服では大きすぎる。
そこで、茜里ちゃんはルカちゃん人形のミニミニ着せ替えキーホルダーという物の服を持ってきてくれた。
さすが天下のルカちゃん人形。こんな小さいものだがしっかりと飾り付けが施されている。
しかし…柔道着とは…さすがだな…。

「どお?あっ!ピッタリだねっ!」
「そ、そう?」
タキシードを着てみた俺を見て茜里ちゃんがニッコリと笑ってくれた。
正直ちょっとゴワゴワして着心地は良いとは言えないがサイズは奇跡的にぴったりだった。
小さなビーズで飾り付けが施されており、背中をマジックテープで止められていて脱着しやすくなっているようだ。
でもちょっと今の季節にタキシードはあっつい。
「うん!なんかそれ来てるとカッコ良くって芸能人みたい…」
茜里ちゃんがなんだか少し照れたような感じで俺を見つめる。
うう…そんな可愛らしい目でジッと見られるとまずい…!

実は昨晩も懲りずに性欲に負けてオナニーをしてしまった…。2日連続だ…。
こんなにも自分がダメなやつだったとは…。情けなくて涙が出てくる…。
茜里ちゃんの笑顔を見るたびに心苦しくなる。俺は完全に自己嫌悪に陥っていた。
平然として茜里ちゃんと接するのが辛い。

今日は真っ白なワンピース姿で現れた彼女は小さな自分から見れば大天使のように映る。
彼女のその巨大な体に包みこまれたい…。そんなことをふと思ってしまうほど俺の症状は酷いものであった。


「そうだっ!フラくんには言ってなかったけど今日、登校日なのっ!」
「へっ!?」
突然の申し出に俺はビクッとした。
「え?でも茜里ちゃんランドセル背負ってないけど…」
「うん!10時に集まればいいのっ!だから、フラくんにごはん届けてからまた家に帰って準備して行くんだよ~」
「あっ、そうなんだ…わざわざありがとうね」
俺は頭をポリポリとかいて頭を下げた。本当になんか申し訳なさすぎる…。
「でもフラくん気を付けてね?いっぱい私のクラスの子が来るから…」
「うん…!きっと大丈夫…なはず…」
「うん、きっと隠れてたら大丈夫なはずだから…見つからないように気をつけて…!じゃあまたあとでねっ!」
そう言うと茜里ちゃんは足音を響かせて帰って行った。

確かに大量の小学生が訪れるなんて恐ろしいな。
茜里ちゃん一人が近づいてくるのでもかなりの迫力があるのに…この下駄箱の周りが巨大な小学生でいっぱいになるだなんて…。
どうなってしまうんだろうか…。

茜里ちゃんが置いて行ってくれたご飯粒にシソのふりかけを付けたものをかじりながら少し不安になった。



確かに今日は登校日のようだ。
周りの学年の小学生たちだろうか。向かい側の下駄箱から頭だけが見えたり、姿は見えずとも足音や声が聞こえる。
象の大群など比べ物にならないであろう足音の迫力だ。これが10時前になれば俺のいる下駄箱の周りに一気に押し寄せると思うと恐ろしい。


ドドドドドドドド…!!

この足音…!ついにやってきたか…!!

「久しぶりー!」「おはよーっ!」「ほら、みてみ、こんな焼けたー」

小学生らしい明るい声が響く。
なんとも可愛らしい他愛もない会話だ。
しかし、その声量の迫力たるや…。選挙カーが密集したよりもすごい。

ズシズシズシズシッ…!!

小学生たちが下駄箱の周りを通過する。
恐る恐る上履きの中から覗いてみると茜里ちゃんではない女の子が俯いているのかさくらんぼの髪飾りをした巨大な頭がこちらに向いている。
わー…なんか茜里ちゃんだけ特別大きいとか思ってたけどやっぱり他の子もこう大きいんだよなー。そうだよなー…。
改めて自分が小さくなったことを実感しながら俺は再び上履きの中に身を隠した。

何度も前を通過する巨大な小学生。
大量の巨大な足が振り下ろされるたびに下駄箱に揺れが生じる。
落ち着かない…正直物凄く怖い…。茜里ちゃん…はやく来て…。

「フラくん…?」
茜里ちゃんの声…!うずくまっていた俺は立ち上がって声がする方を見る。
すると微笑む茜里ちゃんの顔があった。
「大丈夫?とりあえず上履きに履き替えなきゃだからそこから出て…」
小さな声で周りに気づかれないようにする茜里ちゃん。
俺は何も言わずに素早く上履きから出て隅っこに寄る。
するとすぐに茜里ちゃんが上履きを取り出し、ズンッ…!と運動靴を入れる。
「じゃあ、授業が終わるまでこの中でおとなしくしててね…?」
「いてっ!?」
そう言って俺をつまみあげるとその運動靴の中に放り投げた。
少々手荒かったが、運動靴はクッション性があって何もなかった。素早くことを成すために仕方がなかったのだろう。
去り際に見せてくれた茜里ちゃんの笑顔で少し気持ちが落ち着いた。

登校ラッシュが過ぎたのだろうか、少し足音が疎らになってきた。
しかし、茜里ちゃんの運動靴の中…いつもと違う空間に少し戸惑ってしまう。
茜里ちゃんが少し前まで履いていたものだからぬくもりがある。
しかも周りを覆う生地が上履きよりもずっと分厚く、より汗が染み込んでいるのか匂いが強い。
そして、砂などが多く入り込んでいるために凄く埃っぽくもある。上履きよりもずっと過酷な環境だ。
運動靴の中にこもった熱気、そしてタキシードという格好のために汗だくだ。
そして、またまずいことに茜里ちゃんの濃い匂いに股間が反応してしまっている…。
うう…。また自己嫌悪がひどくなる…。

そんな風に運動靴の中で悶々としている内にパッタリと足音がしなくなった。
ああ、もう10時になったんだな。
とりあえず小学生たちの登校というピンチを無事に過ごせた…と俺は胸を撫で下ろした。

しかし…そんな時である…。

「はぁ~…めんどくさっ…」

聞き覚えのない少女の声がする…。
なんだ…?他の学年の子か…?

ズズッ…!ズズズッ…!!

足を引きずって歩いているのだろうか、独特な足音が響く。
しかもこっちに向かってくる…!?

「なんだよ登校日ってこのクソ暑い中…夏休みって体を休めるためにあるもんなんでしょー…」
何とも言葉遣いが悪い。茜里ちゃんとは大違いだ。
遅刻しても全然悪気が無さそうだし…今どきの子っていう感じだな…。
こんな子に初め見つからなくて良かった…。

俺はどんな子なのか少し興味がわいて運動靴から少し顔を覗かせてみた。
ちょうどその子は靴を脱いでいるところなのか俯いている顔がちょうど伺える。
キャップ帽をかぶってるが、髪型は短いツインテールのようだ…少しツリ目で明らかに恐そう…。
面倒くさそうに目を細めて手を使わずに靴を脱いでるみたい。
うーん…かなりルーズな感じだけど可愛い感じの子だ…。…こういう子も良いかも…。

などと再び俺は品定めするような目で小学生の女の子を見ていた。
するとパッと少女の目がこちらをキョロっと上目遣いで向き、一瞬目が合ってしまった。

うっわ!まずいっ…!!!

俺はすぐさま運動靴の中に戻り、さらにつま先部分へと逃げ込み屈みこんで小さな体をさらに小さくした。
うっあー…!心臓が止まるかと思った…。気づいていなければ良いけれど…。

「なっ、なに…?さっきの…」

少女の声がする…!まずい…バレたのか…!?

「確かにさっき…茜里ノ山の運動靴から…」

ズズッ…!と俺の隠れている茜里ちゃんの靴が引きずり出される音がする。
つま先部分からかかと部分の方をチラッと見ると巨大な指先が差し込まれている…!
ヤバいヤバい…!!っていうか茜里ノ山って…茜里ちゃんの呼び名…?
いやいや、それよりもマズいって…!とにかく見つからないようにしなければ…!!

「虫ではなかったみたいだケド…」

そうつぶやくとふわっ…!とした妙な感覚が俺を襲う。
運動靴が持ち上げられたのだろう。
そう思ったのもつかの間、次はググググッ…!と床が傾く…!
かかとの部分が下方になるよう運動靴が斜めにされているようだ…!
「うぐぐぐっ…!」
俺はなんとか運動靴内の布をつかみ落ちないように耐えていた…がしかしっ!!

ドガァン!!ドゴォン…!!

「うっ、うわあぁ!?」

もの凄い衝撃。おそらく少女が靴を叩き揺らしたのだろう。
俺はあっけなく振り落とされかかとの方へと転がり落ちてしまった。
かかとを包み込むための柔らかな布地に体を打ち付けた俺がゆっくりと目を開けた…。
するとそこには一瞬目が合ったあの少女の巨大な鋭い目がこちらを覗き込んでいた!

「うっ、うわああぁぁ!!?」


俺は叫び声を挙げた。
まずい…!まずい…!!まずい…!!!

茜里ちゃんとの和やかで幸せだった時が走馬灯のように流れる…。
それほどに俺はこの少女に見つかってしまったことをもう絶体絶命の展開であると感じた。

少女は無表情のまま、ぐわあっ!と巨大な手を伸ばし俺をあっという間に摘まみあげ捕獲してしまった。
「ひっ、ひいいぃぃ…!」
俺が情けない叫び声を挙げる中、少女は俺を宙ぶらりの状態にして無表情でジロジロと眺めまわした。

「…あんた…小人?」

少女が口を開く。
間近にある少女の顔。
そこに存在する口が開いたものだから俺は食べられるのではないかと思い目をギュッと閉じてしまった。
その間があってから俺はビクビクとしながらも答えることにした。

「そっ、そうだけど…」

「ふぅ~ん…」

少女は特に表情を変えず、再び俺を眺めまわす。

「電池も入って無さそうだし…なによりもこんな精巧な小型ロボットなんて作れないよな…」

ブツブツと呟き、俺の背中や腹を巨大な指先で突く。
何を考えているんだろう…?とりあえずすぐに俺をどうこうしようって感じじゃないな…。

クールな感じだが見た感じは茜里ちゃんよりも少し幼く感じる。
というか今日の周りの小学生を見ていて気が付いたのだが茜里ちゃんは同い年のほかの子に比べて成長が早いようだ。
目線などからしても背も大分高いみたいだし、顔つきもこの子やほかの子と比べると少し大人びている。
さっきこの少女が茜里ちゃんのことを茜里ノ山って呼んだのも背が高いことからそんなあだ名をつけられてしまったのかも…。
うーん…茜里ちゃん、それをコンプレックスに感じてるのかな…。

「まあ、私嫌いじゃないよ。小人とかそーゆーファンタジーなやつ」

少女は少し微笑み、摘まみあげていた俺を手のひらに乗せた。
「えっ…あっ、ああどうも…」
「気に入った。あたしのペットにしてあげても良いよ」
「あっ、はぁ…どうも…って、ええぇぇぇー!?」

突然のことに俺は焦った。
いや、正直こんなによくわかんないちょっと不良っぽい子よりもずっと茜里ちゃんのほうが…。

「なんだよその反応?そんなチビのくせに不満なのかよ!?」
「うわあっ!!?」

ツンッ!!と巨大な人差し指であしらわれた。
おっ、恐ろしい…。

「ふふっ…」
ニヤッと笑った少女は俺を再び摘まむと床に降ろした。

「うわ…」

俺は思わず声を上げてしまった。
目の前には高層ビルのような巨大な少女が…。
ジーンズに胸ポケットのついた半袖のパーカー、キャップ帽というボーイッシュな恰好の彼女。
ポケットに手を突っ込み完全に優越感に浸った微笑を浮かべてこちらを見下ろしている。

そうだ…これが実際の俺の目線…。
俺はとてつもなく小さな存在なんだ…。

上を見上げるのやめ前を向くとそこには踵を踏まれ、だらしなく履かれ汚れた上履きが異様な威圧感を持ってこちらを向いていた。


そして、ズズ…!と巨大な少女の上履きが地響きを上げると上空に持ち上がり地上の俺に汚れた底を見せつけてきた。

「ハハ…!このまま振り下ろしたら死んじゃうねぇ…」

愉しむ少女の声が響く。
俺は腰を抜かし、その場にへたりこんでしまう。

ズズズウゥゥンン……!

持ち上げられた少女の上履きは俺の元へは振り下ろされず、ゆっくりと元の位置に降ろされた。

「ハハハ…!大丈夫だって、ころさねーよっ!まあ、これで自分がどんだけ弱くって小さいのかわかったろ?」
俺は再び摘まみあげられ、ニヤッと笑った少女の顔の前にぶら下げられる。

「ハハ…!あたし、凛って言うんだ。よろしく。
登校日とかだるくて仕方がなかったけどラッキーだったよ」

凛ちゃんか…。なんか妙な雰囲気だ。
幼い風貌と言動が結びつかない。
しかし、そのふと見せた笑顔は自然なもので可愛らしく見えた。

「ふふ…!黙ってちょっとココに収まってな…」
「むぎゅ…!?」


こうして俺はおませでルーズな小学四年生、凛ちゃんに捕まり胸ポケットの中に収められてしまった。
一体どうなるのだろう…茜里ちゃん…助けて…。







 ~つづく~