「靴の妖精さん その4」





ここは凛ちゃんのパーカーの胸ポケットの中。
洗剤の良い香りが漂う。上を見上げると凛ちゃんの顎と鼻が見える。
ズズ…と上履きを引きずって歩く音と共に振動がくる。完全に遅刻だがその歩みに焦りは微塵も感じない。

ガラガラ…!

ズゥゥゥン…!

凛ちゃんが教室の扉を開けて席に座ったようだ。
「黒瀬さん!遅刻ですよっ!」
女性の声が響く。おそらく先生だろう。
「はいはーい、すいませ~ん」
凛ちゃんが気のない返事を返すと生徒たちの笑い声がした。苗字は黒瀬なんだ。
先生は「次からは気を付けて」と言って話に戻った。
こんなに遅刻しているというのに小学生とはいえ堂々としたものだ…。
先生の話はどうやら平和授業のようだ。俺も小学生の時にあったなぁ…。

凛ちゃんがパパッと動き出す。
「うわ!?」
何をしているんだろう?と思っていたら巨大な指先が降りてきて俺をつまみあげ机に放り出した。
あたりを見回すと巨大な本で囲われていてちゃんと周りから見えなくなってる。
そんなふうにキョロキョロしていると凛ちゃんがガバッ!と机に寄りかかり前傾体勢になって俺に顔を近づけてきた。
「なあ、何で茜里ノ山の靴の中なんかにいたんだよ?」
すました顔で俺を目線だけで見下ろして言う。
「いや、何ていうか…僕は靴の妖精で茜里ちゃんのもとに現れたっていうか…」
「あー…今流行ってるもんな。ふーん…茜里ノ山のねぇ…」
少し上を向いて考え事をする凛ちゃん。
さすがに教室の中ではキャップをはずしてるようで今までよりは威圧感がない。
というか喋らなければ本当に普通の美少女なんだけど…。
「あのさ…さっきから気になってたんだけど茜里ノ山って茜里ちゃんのあだ名?」
「ん?そうだけど」
「何で茜里ノ山…」
「いや、背でかいし全然喋んなくて山みたいだから」
「え…!?喋らない…?」
「ああ。でっかいけど喋らないからいつの間にか後ろに立ってたりするとビックリするんだよな~…」
俺はびっくりした。
あんなに俺には明るく元気に色んなことを話してくれる茜里ちゃんがクラスでは喋らない大人しい子だなんて…。
俺にはどうも茜里ちゃんが自分を押し殺してそんな風に振る舞ってるんじゃないかと疑って仕方がなかった。
「じゃああんたは茜里ノ山のモノって感じなんだ?」
「え?いや、別に誰のモノってわけでもないけど…」

ペシッ!

「ぐわっ!?」
話してる途中に頭に痛みが走った。
凛ちゃんが人差し指で俺の頭を叩いたのだ。
「そんな小さいくせにプライド出してんじゃねえよ。どうせ茜里ノ山に飼われてるみたいなもんなんだろ~…?」
ニヤニヤと意地悪な笑いを浮かべた凛ちゃんが言う。
「うっ…たっ、確かに…」
俺は俯いて答える。
何かこの子、頭良いな…ていうか小4に色々見透かされてる俺って…。
「だっ、だから僕を茜里ちゃんのもとに戻してほしいんだ…!
僕、凛ちゃんのペットにはなれな…!?」

話の途中でグワッと凛ちゃんの手が伸びてきて俺は凛ちゃんの手の中に納まってしまった。
「せんせー、ちょっとトイレ行ってきまーす」
凛ちゃんの気怠そうな声が響くと凛ちゃんが歩く振動がしはじめた。


バタンッ…!

「何?何様?」

女子トイレの個室の中。凛ちゃんが俺を眼前にぶらりと摘まみあげ睨みつけてくる。
「いっ、いや…!別に何様とかそういうつもりじゃ…」
凛ちゃんは俺の言葉に対して鼻で笑って返すと片足の上履きを脱いで俺に見せた。
「あんた靴の精霊だっけ?こん中入ればもうあたしのモノってわけだ」
「え…!?いや、うちそういうシステムじゃ…」
俺は手を横に振り必死にアピールするが凛ちゃんはニヤニヤと笑っていて聞く耳を持ってないようだ。
踵がぺちゃんこで全体が黒ずみクタクタになってしまった凛ちゃんの上履き…。
こんな中に入れられたらたまったもんじゃない…!
「いいから入れよっ!」

そう言って凛ちゃんは俺を上履きの中に放り投げた。
「いてて…!」
どうやらここは上履きのつま先部分だろうか。
ツーンときつい凛ちゃんの匂いが漂う。
黒ずみが酷く茜里ちゃんの上履きと違って少し納豆のような匂いがする。
酷い匂いだ…。

ズンッ…!!

なんだ…?全体が揺れた。
俺はつま先部分からソーッと踵のほうへと歩みだしてみることにした。
すると、上空には凛ちゃんの足の裏が迫ってきていた。
「なっ、なんだ…!?」

ズズズズウゥゥン…!!

凛ちゃんの巨大な足が振り下ろされる。
重量感ある足音と振動がする。
俺の眼前には巨大なつま先。命は助かった。
上を見上げるとクスクスと笑う凛ちゃんの顔がこちらを見下ろしていた。
「ハハ…!すぐに潰しやしないけどさ…まあ逃げないと命の保証はできないね…」
そう言うと目の前の足がズズズズ…!!と地響きをたてて俺の方へと迫ってくる。
凛ちゃんが上履きを履こうとしてる!?
俺は慌ててつま先部分へと引き返す。

ズズズズズズズ…!!!

凛ちゃんのつま先は止まらずにどんどんと迫ってくる。
「うっ!?もっ、もうここで行き止まりだ…!」
再びはじめにいた上履きのつま先の部分まで来てしまった。振り返るとそこには凛ちゃんのつま先がもう目の前に…もうダメだ!
「むっ、むぎゅううう!!?」
凛ちゃんのつま先の強力な圧力を感じる。
ぐにぐにと時折動かす足指の運動がさらに物凄い圧力となって俺に襲い掛かってくる。
同時に、上履きの匂いが凛ちゃんの足の熱で気化するのか匂いがムンムンとこもり始めた。
「ハハ…!靴の妖精さんにとってこういうのって本望なんだろ~…?」
凛ちゃんの声がする。この子…楽しんでる…。
「ハハ…あんまりやりすぎると死んじゃうからこのへんにしといてあげるよ」
そう言うと俺を圧迫していたつま先が去り、凛ちゃんの巨大な手が俺を再び摘まみあげた。
「あんたがあんまり調子のるからいけないんだぞ」
ツンとした凛ちゃんの顔が俺の視界をいっぱいにしている。
助かったけど酷い目にあった…。
「どうだった?あたしの靴の中は?」
「うっ…う~ん……」
臭いって言ったら怒られるだろうな…と思い俺は言葉を濁した。
「なんだよハッキリしない奴だなー!こん中落としておしっこまみれにして流してやろうかっ!?」
凛ちゃんがそう言うと摘まみあげた俺を便器の上に持っていきブラブラと揺らした。
「ひいいぃぃぃっ!!?そっ、それだけは勘弁してくださいっ!」
俺は震え上がって大きな声を挙げた。
「ハハッ…!ばーか。じょーだんじょーだん…そんなことしないって」
凛ちゃんはそう言って俺を手のひらの上に乗せた。
「まああんたの言うことももっともだし…返すか返さないかは茜里ノ山の話を聞いてから決めることにするよ。面白かったし」
そう言うとニッと笑って俺のことを再び胸ポケットにしまいこんだ。
意外と物わかりのいい子だな…。ていうかさっきの笑った顔が可愛すぎた…。
でも遊びであんなことするだなんて…この子…ドSだ…。



「…というわけでこれで先生のお話はおわりです。
みなさんくれぐれも健康管理はしっかりと、車や変な人には気をつけて規則正しく楽しい夏休みを過ごしてくださいね。
それでは号令」

「きりーつ、きをつけ、れい…さようならー!」

号令が終わると一斉に生徒たちのはしゃぐ声と足音が響く。
俺も登校日が終わった後にそのまま友達と校庭で遊んだっけ。
凛ちゃんは周りの子たちがすぐさま教室を飛び出していくのにマイペースで荷物をしまっている。
「凛ちゃん一緒にかえろー?」
という誘いにも「いや、あたし用事あるからさ」と断っていた。

一番最後に教室を出た凛ちゃんは下駄箱に着くと「ふふっ…!」と笑った。
「おい、茜里ノ山ぁー!一人で何してんだよ?そんなとこで?」
「ふわっ!?くっ…黒瀬さん…」
茜里ちゃんの怯えきった声が聞こえる…。
少し胸ポケットから顔を覗かせて茜里ちゃんの顔を伺ってみると腰を丸め、ビクビクして少し下を俯く茜里ちゃんが…。
これがクラスのみんなが知る茜里ちゃんの姿…全然印象が違う。
そして、凛ちゃんの胸ポケットからの目線でも大分見上げることになるから彼女の背が高いんだということを再認識する。
「みんなとっくに帰ってんのに…こんな下駄箱で何してんだよ?」
「いや…べっ、別になにも…」
「探しもんか?」
凛ちゃんのセリフに茜里ちゃんがビクッ!と反応する。
「ハハ…!ちょっとこっち来な」
「えっ!?ちょっ…黒瀬さん…!」
凛ちゃんは茜里ちゃんの腕をひっぱり飼育小屋などがある裏庭のほうへと連れ出した。


「な…何?」
ビクビクとして消え入りそうな茜里ちゃんの声。
何だか茜里ちゃんのこんな姿を見てるの心苦しいよ…。
「あんたが探してるのってこれだろ?」
そう言って凛ちゃんが俺を胸ポケットから摘まみだしてぶらぶらと揺らし見せつけた。
「あっ!!フラくんっ!!」
茜里ちゃんが今までの声とは比較にならない大きさの声をあげる。
「なんだよお前フラくんっていうのか」
「えっ、うん…まあ…」
「ぷぷ…!パチもんくさっ…」
凛ちゃんはそう言うとと笑った。そこは触れないでほしかった。
「かっ、返して!!フラくんは…私のフラくんなのっ!!」
茜里ちゃんが必死にそう訴えかける。
背筋もピンと伸び顔つきもいつも俺が見ているような茜里ちゃんのそれになっていた。
「ハハ…!なんかいつもの茜里ノ山じゃないな。でも、あんたのフラくんって証拠はあんの?」
「そっ、それは…」
「答えられないのか?」
凛ちゃんの言葉に一瞬ひるんだ茜里ちゃんだったがキッ!と顔を上げて睨みつけた。
「ハハ…!こわいこわい…そんな大事なら守ってみせろよ」
そう言うと凛ちゃんは俺をバッ!と上に掲げ挙げた。
「あ~ん…」
目を閉じて口を開けて摘まみあげた俺を口の真上でぶらぶらと揺らす。
「うわあああ…!?」
舌を見ると凛ちゃんのピンク色の口内が迫っており俺は叫び声をあげた。
何考えてるんだ凛ちゃん…!?

「ちょっと…!やめてっっ!!!」

ババッ…!ズドオオオォォォン…!!!



一瞬の事で全く訳が分からなかった。
いつの間にか俺は茜里ちゃんの手の中に抱かれ、凛ちゃんはその場に尻餅をついていた。
「フラくん…!大丈夫だった…!?」
茜里ちゃんの心配そうな顔がこちらを覗き込んでいる。
「え…うん、大丈夫だけどいったい何が…」
俺が頭をポリポリとかいて茜里ちゃんの顔を見上げると少し頬を赤らめてにっこりと笑いかけてきた。
「いてて…」
凛ちゃんがお尻をさすりながら立ち上がる。
「あっ…黒瀬さん…大丈夫…?」
「ハッハッハッハッハッ!!大丈夫じゃねえよっ!茜里ぃーっ!」
豪快に笑ったかと思うと凛ちゃんが茜里ちゃんにバッ!と抱きつく。
「ふわあ!?ちょっ、ちょっとどうしたの黒瀬さんっ!?ていうかさっき私のこと茜里って…」
「ハハッ…!あたし、茜里のことすげえ気に入ったよっ!今日から友達なっ!」
凛ちゃんがさらにギュッと強く抱きつき、茜里ちゃんの胸に顔をすり寄せて言う。
「えっ!?えっ!?えっ!?」
茜里ちゃんの戸惑う声が聞こえる。
そうか…凛ちゃんは茜里ちゃんを試すためにわざとこんなことを…。
何はともあれ茜里ちゃんに友達ができたみたいでよかった…。


ただ…凛ちゃんと茜里ちゃんの間に挟まれて死ぬほど苦しいんですけど…。







 ~つづく~