「靴の妖精さん その7」






「おいしかった?フラくん?」
「あっ、うっ、うん…!」
「ほんと…?」
「ほっ、ほんとだよっ!」
「…?そっか!」

俺の様子に異変を感じたのか首をかしげてこちらを覗きこんできた茜里ちゃんだったがすぐにニッコリと笑って返してくれた。
どうも一昨日の入浴の出来事を思い出してしまい真っすぐな目で彼女を見ることが出来ない。
そう、俺はあれから茜里ちゃんに対して常にうしろめたい気持でいっぱいで今までのように接する事が出来なくなっていたのだ。
「あっ!もうこんな時間…!ごめんね!私稽古があるから…!フラくん、凛ちゃん!また後でねっ!」
「あっ、ああ!またね…!」
茜里ちゃんが慌てた様子でこの場を去る。凛ちゃんはそれを眠たそうに目をこすりながら手を振って見送った。
眠そうな凛ちゃんはおいといてせっかくおいしいご飯を持って来てくれたと言うのにこんなで申し訳ない…。

ヌゥッ…!

「…ん?うわあぁぁっ!?」
俯いて落ち込んでいたところ顔を挙げるとそこには巨大な凛ちゃんの顔がこちらを凝視していた。
あくびの後で涙の滲んだ目がギョロッとこちらを見ているのはまたいつもとは違った不思議な迫力がある。
「なっ、なに…!?」
ずっと物言わぬ凛ちゃんに耐えきれず尋ねる。
「あのさ…あんたなんか昨日から変だよなあ…茜里に対して…」
凛ちゃんの眠そうな声。
でも確実に俺の異変を見抜いているその核心に触れた発言に俺はかなり動揺とした。
「えっ…!?なっ、なにが…!?」
「プッ…!わっかりやしー!」
ニヤニヤしながら俺を見る凛ちゃん。うぅ…この子はそう簡単にはごまかせない…。
「うっ…じゃあ白状するけど…」
「はじめっからしろよ」
「この前のお風呂の時に茜里ちゃんに色々悪いことしちゃったかな…って…」
「あー…胸にしがみついたりしてたもんなぁ…。やっぱりあれはわざとか~」
「ちっ、違うよっ…!!」
僕は必死になって答えた。
しかし凛ちゃんは「ふーん…」と言って一層ニヤニヤと笑うだけだった。
「まあ別にそんなに気にしなくても良さそうだぞ?茜里ってそういうのよくわかってないだろうし」
「そっ、そうなのかな…?」
「あたしは許さないけどな」
「ちょ…真顔になるのやめてくれません…?」
「うるさいっ!」

ブンッ!!

「あいたっ!?」
凛ちゃんの巨大な指に突つかれあっけなくすっ転んでしまった。
「いっ、いきなり何を…!?」
「茜里は優しいし天然だから忘れてるみたいだけど本当はあんたはまだ許されてないんだよっ!
こんなに毎日世話になってんのにあんたは茜里に何かしてあげられたかっ!?」
「え…」

頭をガーンと殴られたような衝撃が走る。
確かにそうだ。俺はまだ許されてない。茜里ちゃんの優しさに救われているだけで…。
何をしたかと言われれば何もしてない。
凛ちゃんと友達になるきっかけになったというのも少し違う気がする。
俺が何か行動を起こしてそうなったわけではないと思う…。

「確かにそうだね…。でも僕に出来る事って何なんだろう…」
「まず茜里の悩んでる事を考えてみろよ」
「茜里ちゃんの悩み事…?あっ…」

茜里ちゃんの友達がいないって言う悩みは凛ちゃんでかなり解消されたみたいだし…。
あと他には…あっ!

「そっか!茜里ちゃんは身長が高くて悩んでるんだっ!」
「バカ!違うだろっ!」
「ひえええぇぇぇぇ!??」
凛ちゃんの怒号が飛ぶ。その巨大な口から飛び出す声と風は物凄い迫力だ。
何度も怒鳴られているが毎回食べられてしまうのではないかという恐怖を感じる…。
「身長は低くするとかできないだろっ!むしろ羨ましいと言うか…なんであたしは伸びないのかって言うか…」
何やらブツブツと言い始めた凛ちゃん。
俺は勇気を振り絞って自問自答の世界で迷子になってる凛ちゃんに聞いてみた。
「じゃっ、じゃあ何だろう…?」
「ん…?あっ!あぁ…!茜里、ぜんぜん自分家に人入れないだろ?何か家族のことで悩んでるんじゃないか?」
「あっ、そっか…!」
「まったく…!」
なんていうか小学校4年生に諭される俺ってどうなんだろう…。

「でもそれを解決するにはどうすれば良いんだろう…」
「まずは茜里から家に人を呼べない理由を聞きださないとな。
茜里ってあんたには色々と話せるみたいだからあんたが聞けば教えてくれるんじゃないか?」
「そっ、そうかな…」
俺の不安そうな表情を見て凛ちゃんが「はぁ…」とため息をつく。
「友達がいないって悩みもあんたには話したんだから大丈夫だろっ!
夕方はあたしは行かないようにするからあんたはちゃんと茜里から悩み聞き出すんだぞっ!」
「ハッ、ハイ!」



夕方…。
なんか凛ちゃんに言われるがままの形になってはしまったけど俺は茜里ちゃんの悩みを聞き出すことを決心した。
ズンズン…!と茜里ちゃんの足音が聞こえる。晩ご飯を持って来てくれたのだろう。
「ハイ!フラくん!今日のごはんもってきたよー!なんか凛ちゃん今日は夕方来れないんだってさー」
茜里ちゃんはひょいっと笑顔でこちらを覗きこみご飯を差し出してくれた。
「いつもありがとうね、茜里ちゃん」と受け取り早速、口に運ぶ。
茜里ちゃんはその姿を見てニコニコと笑っている。
「おいしい?」と首を傾げて聞いてくる茜里ちゃんに「おいしいよ」と笑いかけると「えへへ…」と照れくさそうに笑った。
少し頬が赤くなった茜里ちゃんの可愛らしい顔はまるでお人形のようだ。

「ところで…茜里ちゃんさ…」
俺は食事の手を止めて茜里ちゃんを見上げ、ゆっくりと話しかけた。
「えっ?なあに…?」
「なんか悩んでることとかない?遠慮なく言ってみて?」
「えっ…!?どうしたの急に?」
予想以上に動揺した様子の茜里ちゃん。
これはきっと何かある…。
「いや、いつもお世話になってるから何か茜里ちゃんの力になってあげたいんだ…何かないかな?」
「え~…べっ、別にないよっ!フラくんのおかげで凛ちゃんともお友達になれたし…ちっちゃいフラくんにいつも癒されてるから!」
そういうと指先で俺の頭をチョンチョンと撫でてみせた。
俺はその迫力にちょっと身構えてしまった。
「そっ、そう?本当にない…?」
「うんっ!大丈夫だよっ!心配しないで…!」
「う…うん…」
にっこりと笑う茜里ちゃん。でも何だかひっかかる…。
「あっ!もうこんな時間…!今日の分の宿題もやらないとだしお家に帰らないと…また明日ね!フラくん!」
「えっ…!?あっ…うっ、うん!また明日…」
俺は気がつくと茜里ちゃんの巨大な後ろ姿を手を振って見送っていた。

「ハァ…」
思わずため息が出る。こうやってすぐに流されてしまう自分に嫌気がさす。
絶対に何かに悩んでるはずなのに…それを押し殺して笑顔でふるまう茜里ちゃんがまた愛おしく感じる。
そんな健気な茜里ちゃんを助ける事の出来ない自分…なんてちっぽけな存在なのだろう…。
身体的な問題だけじゃない。自分は精神的にも本当に矮小な男だ。
どうすれば茜里ちゃんの悩みがわかるんだろう…。

こうしていると急にズンズン…!と誰かの足音が近づいてきた…。

「おいっ!聞けたのかっ!?」
「どわあ!?りっ、凛ちゃん…!?」
急に凛ちゃんの巨大な顔が現れたので俺はのけぞって驚いてしまった。
「どうせ聞き出せないだろうなと思って来てみたらその顔…やっぱり駄目だったんだろ?」
「なっ、なんでわかるの…!」
「ハハハッ!その冴えない顔見れば誰でもわかるって!」
俺は確かに冴えない顔してるけど…凛ちゃんは全てお見通しなのか…。
「でも何か絶対に悩みがあるっていうのはわかったんだ。
きっと凛ちゃんの言うとおり家庭のことかなって思う…」
「そっか…しょうがないな…!今度はあたしも協力してあげるから今度こそ確実に調べるぞっ!」
「えっ…!?うっ、うん…!」
凛ちゃんの方を見やると自信満々の表情だ。
一体どうするんだろう…?



ピンポーン♪

「ハイハーイ!」

ガラガラッ!

「よっ!茜里っ!」
「うわっ!?りっ、凛ちゃん…!?えっ!?えっ!?なんで!?どうして!?」

まさかの強行突破だったー!
でもまあ確かに家に直接行った方が家族の事はわかるよな…。

「あたしは茜里の友達なんだから家に来るくらい当然のことだろっ!なんか悪かったか?」
「えっ…いっ、いや…うん!そうだよね…!友達なんだから当たり前…うん…!うん…!」

俺は凛ちゃんが上着として着ているジャージの腹ポケットの中に入っている。
ジャージの生地は薄くって向こうが透けて見える。
茜里ちゃんの表情を窺おうと上を見上げると大分困ってるみたいだ…。
まるで「大丈夫、大丈夫…」って自分に言い聞かせてるような…そんな感じ…。

「ん…大丈夫か?」
「えっ!?別に大丈夫…なんでもないから…」
「…?そうか。まあなんていうか夕方顔見せられなかったからそれも謝りたくてさ」
「えっ!?そんなの別に全然大丈夫っ!フラくんも元気そうだったし心配しないでいいよ!」
「いや、まああいつはどうでもいいんだけどさ…」
「ハハハッ!凛ちゃんそれ酷い~」
茜里ちゃんは笑って答える。それ聞いて笑うのもちょっと酷いんじゃ…。
「今なにしてんだ?宿題?」
茜里ちゃんの右手にはえんぴつが握られていた。
それを見て凛ちゃんは言ったのだろう。
「ん?そうだよっ!算数苦手だから毎日決めた分やろうと思って!」
「そっかそっか。じゃああたしが勉強見てやろうか?」
「えっ!?そっ、そんなのダメッ!…いや、じゃなくていいよっ!部屋も散らかってるし…!!」
茜里ちゃんはバッと両手を広げて凛ちゃんを遮るように立ちはだかった。
「そっ、そうか…なんかごめんな…」
「ちっ、違うんだってば!あの…!ホントに散らかってて…!!」
「わかったわかった!家にはあがらないけどホラ前貸してあげたマンガの続き持って来たから前貸したの返してくれよ」
「えっ!?ホント!?ありがとうっ!今とってくるからちょっと待っててっ!」

ズシズシ…と足音を立てて茜里ちゃんが自分の部屋へと駆けて行く。

すると俺がいるポケットの中へ巨大な凛ちゃんの巨大な手が侵入してきた。
驚く声を出す間もないうちに俺はパッとその巨大な手に捕らわれてしまった。

「おいフラッ…!あんた今晩は茜里の家に忍び込んで茜里の悩みを暴いて来なっ…!」
ボリュームを絞った声で手の中に納まった俺に話しかけてくる凛ちゃん。
ものすごい至近距離で話されるので凛ちゃんの吐息を間近に感じる。
ほのかに凛ちゃんの口臭が感じられるほどだ…。
「えっ!?なっ、何で僕が…!それに僕は靴の中じゃないと消えてなくなっちゃうんだけど…」
「気付かれずに忍び込むだなんてちっさいあんたしかできる奴いないだろっ…!
それにあんたが妖精だなんて嘘だってことあたしはとっくに知ってるんだからなっ…!」
「えーっ…!?うそー!?」
「子供だましにも程があるだろ。あれ作り話だし…あんたどう見ても妖精には見えないし…。茜里の為にも言わないでおいたけどさ…」
「そっ、そっか…」
なんかショックだ…。じゃあ凛ちゃんは俺の事をなんだと思って接してたんだろう…?
「とにかく…!頑張れっ…!」
「うっ…うん…!」

もっ…ものすごい迫力…。これは頷かざるおえない…。
俺が頷いたのを見るとニッと笑い、凛ちゃんはソッと俺を玄関マットの上に降ろした。


あっ…!茜里ちゃんが部屋から戻って来た…。
って…これ…うわっ!うわー!!?


ズン…!ズンン…!!ズズンンン…!!!ドゴオオォォン!!!!


「ごめんごめん!こういうのって今まで読んだことなかったけど面白いねー!」
「あっ、ああ…!そうか…なら良かったケド…」

凛ちゃんが俺の方を心配してチラッと見る。
俺のすぐ近くに茜里ちゃんの巨大な裸足が存在感を示している。
なんて巨大なのか…真下から見上げる茜里ちゃんは鶏に襲われている時に初めて会った時以来だな…。
足音と揺れの迫力もすごい…自身のちっぽけさを改めて感じさせられる。
そして、茜里ちゃんの巨大さも…。

パッと凛ちゃんの方を見上げるとクイクイと顎でサインを出している。
えっ?なに?足に乗れってこと…!?

俺が茜里ちゃんの足を指さして凛ちゃんの表情を窺うとコクコクと頷いた。
そっ、そういうことか~…。

「…?凛ちゃんどうしたの?」
「うわっ!?いや、なっ、なんでもないっ!ハハハッ!!」

俺はパッと茜里ちゃんの足の甲に飛び乗った。
水々しい茜里ちゃんの皮膚を感じる。体を甲に密着させてその場に伏せた。

「…?そっか!ならいいんだけど…」
「まっ、まあさ…また読み終わったら続き持ってくるからさ!言って!」
「うんっ!ありがとうね凛ちゃんっ!」
「じゃっ、じゃあまたなっ!」
「うん、また明日。フラくんのごはん持っていく時に会おうね!」

ガラガラ…ピシャッ!


凛ちゃん帰ったか…。凛ちゃん平常心装うの下手だったなー…かなり怪しい…。
「なんか…変な凛ちゃんだったな…」
茜里ちゃんが呟くと足がズズズ…!と音を立てて動き出す。

グワアァァッ!!


予想以上の振動だ…!友人と遊んだ時にロデオマシーンに乗った事があるけどあんなの比較にならない!
足が浮上すると共に体がふわっと浮き上がり足が床へ着くたびにとてつもない振動が襲いかかる。
だが存在を気付かれてはならない俺は声を押し殺してとにかく茜里ちゃんの足にしがみつくしかない。
床から足が離れる時のバリバリ…!!という音。茜里ちゃんの足裏が少し汗ばんでおり床にくっつくのだろう。
その音が合図となり浮上が始まるので振り落とされないように俺は全身に力を入れる。

なんとも情けない光景だ。
小学生の少女の足にしがみつくだけで命がけの思いをしている成人している男…。
こんなにも情けないことあるだろうか…?

彼女はただ自分の部屋に移動しているだけだ。特に何の感情もない。
そんな彼女の足には死にそうな思いをしているちっぽけな小人がいる。
しかし、そんなこと彼女は微塵も感じていない。そう、それだけ小さな存在であるから。

凛ちゃんの言うとおり…見つからないで家に忍び込めるのはこんなにもちっぽけな俺しかいないんだろうな…。


ピタッと茜里ちゃんの足の運動が止まった。部屋についたようだ。
俺はコロンと足の甲から転がり落ちた。

何だか身体的にも精神的にも疲れた…。
周りを見渡すと整頓された何ともシンプルな部屋。そんなに広いわけでもない。
とはいっても今の自分にとっては十分に広大だが…。
女の子らしいものは茜里ちゃんのモノと思われる机の上にあるお人形やぬいぐるみくらい。
グルッと部屋を見回すと巨大な机が二つ。共同部屋のようだ。
可愛らしいリュックサックが椅子にかかってるお姉さんの物かな…。

茜里ちゃんはというと鼻歌を歌いながらズンズン…!と足音を立てて椅子に座り先ほど凛ちゃんから借りた漫画を読み始めた。

うーん…とりあえず疲れた…。
部屋の隅っこで横になろう…。


子供部屋の隅。
自分の体ほどもある巨大な埃が横たわる中で俺は目を閉じ一時の休息をとることにした。








 ~つづく~