テルス


 朝が来る、アユムはいつも通りに目を覚ましたが、そこはいつものベッドの上ではない。見慣れない部屋だった。
『部屋?どうして部屋に…』
 祭りの途中でうとうとして…、そこから覚えていなかった。
 頬を叩かれた気がして横を見ると見覚えのある警備兵がいた。
「貴方は、カイン?」
「覚えてくれてたのか」
「昨日会いました」
「ハハッ、そうだったな」
「あのぉ…ここは」
「ライン村の外れにあるリーナ様の神殿ですよ」
 昨日の村から少し離れた山間にある神殿でリーナが地上にいる間にいる場所だ。
「あの、私はどうしてここに…」
 その瞬間、アユムは背後から何者かに抱きつかれた。
「い、痛いっ…」
「アユムかわいい~」
 聞き覚えのある声だ、それは間違いなくリーナの声だった。
「はぅ…羽根が折れますっ」
「う~ん…きにしなぁい、折れたら治してあげるぅ」
「そういう問題では」
 いくら抵抗してもリーナとは三倍以上の身長差があるので敵うはずがなかった。猫か何かを抱いている感覚なんだろう。思い切り抱きつかれ、頬擦りされ、まるで彼女のペットにでもなった気分だ。
 寝ぼけていると思われるリーナと、それに必死に抵抗するアユムによって、カインの身体は波間に浮かぶ木の葉のように翻弄された。
「リーナ様!」
 カインが名前を呼ぶと、それが聞こえたのかリーナの動きが止まった。
「今何か…気のせいかしら…」
「いいえ…こちらに」
 アユムは身体を起こすと、そっとカインを手のひらに乗せてリーナに見せる、リーナは慌てて起き上がり髪を整えた。
「神殿に入り込むなんて、悪い子ね」
「入り込んだなんて滅相もない!」
 カインが慌てて否定し、事の顛末を説明した。

 アユムは祭りも終わりに近づいた頃に膝を抱えて眠ってしまったようで、カインは彼女の寝顔を見ていた。そして近くで見ようとこっそりと服をよじ登ったところで、来ないと思っていたリーナが村を訪れた。
 彼女はアユムを抱き上げると村の人たちに挨拶をして、次の瞬間には神殿にいた。そこがリーナの神殿であると理解するのに時間はかかったが…

 リーナはカインの慌てぶりにクスッと笑った。
「本当は知っていたんですよ」
「え…?」
「かわいいコビトさんがくっついているなーって、でもそろそろ帰してあげませんとね。村の人には私から謝っておきますね。」
「いえいえ、勝手にくっついてきたのはこの私…」
「私にお任せ下さい」
 リーナが彼の言葉を遮るように言うとベッドから降り、そして一瞬で着替えた。ウェーブのかかった美しい金色の髪に青い瞳はアユムとは対照的で、そこにいるだけで神聖さを感じる。
「お留守番よろしくね」
 と、言い残してリーナの姿は見えなくなった。リーナは好きな場所へ瞬時に行ける、神の特権とでも言うべきだろうか、アユムのような天使達は与えられた羽根が主な移動手段である。




つづく・・・?