テルス

  

 ライン村ではカインがいなくなったことを別に気にする様子はなかった。『どこかでサボってるんだろう』とか、彼の仲間はそんな会話をしていた。それが少しして女神リーナが姿を見せ、彼女が屈み、彼女の手のひらからカインが降りてきたので、皆驚きと共に何がおかしいわけでもないが笑って出迎えた。
 その民衆の中から青っぽい髪の若者が民衆の前に出た。
「これはこれはリーナ様、また会いましたね」
 そう言って挨拶にお辞儀をしたのはアルドだった。
「すみません、気づかずに神殿に連れ帰ってしまったようで、どうか許してあげて下さい」
 リーナが彼にそう言う、人間は神殿に妄りに近づくなという掟があり、カインは結果的にそれを犯した事になる。
「女神様がそう仰るならば、そのようにいたします。お断りした日には私の身体が持ちませんてね」
「あらアルド様ったら」
 リーナは悪戯な笑みを見せ、アルドは笑っていた。
「それからアルド様、アユムをお願いします。夜には迎えに来ますので」
「リーナ様の頼みならば何なりと」
 アルドは跪いた。
「困ったことがあればアユムに押し付けちゃってください、でもあまり無茶はさせないで下さいね」
「はい」
 リーナは一旦切り上げて来た神界での役目に再び戻らなくてはならない、それは“とても重要な”と言うこと以外は人間の知るところではなかった。アルド達も他の人々もそうだが、神々が何をしているかなどと言うことを訊く者はいない、先ず第一に、人が関わらないことは話してはくれないからだ。

 リーナが立ち去った後、アルドがカインに命じた。
「カイン、一日アユムの世話係だ」
「それは罰ですか?」
 罰は免れたと思ったのに、どういうことだろう…そう思っていると
「いいや、リーナ様より賜った重要な任務、この村、否!この国の命運をかけた重要な使命だ!」
「そんな大袈裟な」
「言う機会がないので言ってみました。それとも私の代わりにネシアの町まで使いに行くかね?」
「アユム様のお世話、お引き受けしましょう」
「やけに素直だな」
 リーナ様がいなければもっと酷い罰が待っていたのは確かだ、それに比べれば容易い事だ。それに村長の使いなどカインのできる内容の仕事であるとも思えなかった。

「と言うわけで、一日アユム様のお世話をする事になりました!」
 リーナの神殿に戻ってきたカインが村長の書いた許可証をバンッと見せながら、アユムの前に仁王立ちした。
 それが面白かったのか、アユムは可愛らしく「はい」と言って微笑んだ。
「あのー、小さくて読めません」
 アユムはニコッと微笑んだ。
「あのぉ、リーナ様から困ってる人を助けなさいって…」
「それもありますね」
「何をすればいいんですか?」
「ちょっと水路を作るのとですね、あとは森を少し切り開いて新しく畑を作るだけです」
「分かりました」
「では、早速行きましょう」
「はい」
 アユムはカインを手に乗せると神殿を出た。
 この神殿の不思議なところは神殿自体は何の変哲もない神殿だというのに、神殿なんかよりも大きなリーナやアユムが中にはいれてしまうところだ。村人などが入っても何も変わらないが、リーナ達と入ると一緒に縮んだかのようになってしまう。むしろこの場合は別の空間が存在しているのではないかと…
「うわっ!」
 突然身体が浮いたかのような感覚に襲われた。アユムが白く大きな羽根を広げて飛んだのだ、そしてゆっくりと移動し始めた。
「あの、どの辺でしょうか」
「あっちだ」
 カインは行くべき方向を指差してみせた。村のはずれにある森だ、既に開墾された畑とその先に川も見えた。
 アユムは森の中に降り立つ、木々は胸元までの高さがあったが、アユムにとっては草と変わらない。
「肩に乗っていてくださいね。」
 カインを肩に乗せると、アユムは右手を前に突き出して手を開く、アユムは閃光と共に現れた漆黒の大鎌を握った。
「まるで死神の鎌だな」
「はい、その通りですよ」
 笑顔で言うアユムはそれを両手でしっかりと握ると構え、一気に振り切った。カインは何が起きたか分からなかったが、見ると木々が薙ぎ倒されていた。
「このくらいで良いですか?」
「あぁ、そうだね、十分だよ」
「もしかしてやり過ぎましたか…?」
「そんな事はないよ、ちょっと驚いただけなので問題ないです」
 アユムが笑顔を見せた。
 一振りで周囲100m程の木が切り倒されたのだ、驚いて無理はない、そして倒れた木を端の方へと山積みにしていく、それはそれで利用価値があるからいいのだ。
「あのぉ、水路はどこからどこまでですか?」
「水路はあそこから…」
 と言ってから気づいた。多分そこからそこまでと言うと一直線に水路ができてしまうかもしれない、実際は少し複雑に曲がっているのだ。
「よし、水路を作る場所に印を付けるので、その通りに掘ってくれればいい」
「分かりました。」
 カインは地上に降ろしてもらうと水路の始点に立ちアユムにここから始める事を教えた。そして水路を掘る場所に印を付けながら歩いた。
 アユムは屈みながらその印を辿るように水路を掘っていく…
「おまえ、すっかり手懐けたな」
 警備兵仲間がカインをからかう、手懐けたわけではなく単にアユムがお人よしなだけなのだが。
 仲間の警備兵と一緒になってアユムを見上げていた。
「こうしてると普通の女の子だよなぁ」
 特に深い意味があったわけではないが、リーナなら魔法のように一瞬で終わらせてしまいそうな作業を、アユムは普通にこなしている、普通すぎて気づかなかった。
「アユム?」
「はい?」
 彼女の手元で呼ぶとすぐに気づいたアユムはカインたちを見て首を傾げる。
「魔法とか使えないの?」
「魔法?」
「水路を一瞬で作っちゃうとか」
「できるんですか?!」
「お前が驚くか!」
 警備兵は何がそんなに面白かったのかと思うほど腹を抱えて笑っていた。
「できないの?」
「さっきみたいな簡単な召喚くらいしかやったことがないので…、今度リーナ様にきいてみますね。」
 アユムは水路になる場所を指でなぞり、後ろに気をつけながら少しずつ下がっていた。そして午後になって作業も終わり、アユム達は一息ついた。