テルス

  フェリアスの騎士

 ※血生臭い戦闘があります
 ※巨大天使娘出現率5%?『たったの5だと?!』


小さなノックの音に起こされて、フェアリス王国軍の国境警備隊隊長エリシアは朝のまだ日の昇らない時刻に伝令から手紙を受け取った。
伝令の持つ蝋燭の灯りがやけに明るく見える、ベッドに腰をおろして手紙を開いた。
『要人護衛のため兵を貸されたし』
その一文だけが紙の真ん中に書かれていた。差出人は王国軍司令官で蜜蝋で封印された封書で正規のものに間違いはない、どうも騎士団長になってからというもの疑り深くなった気がする。
「それから伝言です『招待状は今度渡す』との事です」
伝令の囁くような声は周りを気にしてのものだろう、他の部屋の兵はまだ眠りについている、エルフならばこのくらいの囁き声など簡単に聞き取れてしまうだろうが。
「分かりました…。さぁ、すぐに兵を集めなさい、準備でき次第出ます…」
「了解しました」
「それから、火を灯していってくれませんか、今朝は暗い」
「はい」
伝令は言われたとおりエリシアの部屋の蝋燭に火を付けると、そのまま敬礼をして部屋を出ていった。
エリシアは手紙を蝋燭の炎にかざす、浮かび上がった文字を見てエリシアは微笑した。
「小細工を…」
そしてそのまま蝋燭の炎で手紙を燃やして処分した。外はまだ暗く、頭はぼーっとしている…

要人護衛、どこかの国の領主が外遊で近隣の国を回るという、それでフェアリス王国に立ち寄ったので護衛しろという事なのだ。
白い甲冑を身に纏い、真っ白な毛並みの整った馬に乗り、エリシアは彼らを先導して街道を行く、並走するのはエリシアの右腕とまで言われるライラだ。エリシアを『お姉様』と呼び、軍人にしておくのがもったいないほど美しいエルフである。しかも彼女は槍の達人でいくつもの大会でトップクラスの成績を納めている。
「こんな仕事は一般兵にでも任せておけば良かったのでは?」
ライラはやや不機嫌そうに言う、よほど護衛任務がイヤだったのだろうか苛立っているようだ。確かに一般兵でも国境までの道は護衛できる、前線で戦ってきた者達だ、そうそうやられるものではない。
「久しぶりに外に出れるから喜んでくれると思ったんですが」
 ニコッと笑ったエリシアを見てライラは視線を逸らし、それを見たエリシアはクスクス笑う。
エリシアは急に馬を止めて腕を水平に伸ばし停止の合図をした。
何事かと思い領主も馬車から身を乗り出して前方に目をやった。
「血の臭いがしないか」
ライラに尋ねた。彼女は目を閉じて意識を集中させた。
「…確かに、しますね」
「よし、お前」
エリシアは後ろにいた兵を呼び、様子を見てくるように命じた。彼は馬を走らせて様子を見に行く、彼の姿が森の中に消えていく、ライラはその間愛用のハルバードを手に点検していた。
 しばらくして、兵士が戻りエリシアに報告をした。
「街道上に戦闘の痕跡あり、我が軍兵士の物と思われる物が落ちていました。」
兵士が差し出した手のひらには壊れた紋章があった。
「誰かいたか」
「それが人の気配は全くなく、血痕はありましたが近くには負傷者も死体すらありませんでした。何があったのか検討もつきません」
「他に何か変わったことは?どんな細かい事でも構わない」
「ありません、大量の血痕と唯一それだけが落ちていました。」
「下がってよし」
兵士は隊列に戻りエリシアは街道の先に目をやった。
「おそらくは私たちの先にいた囮の部隊でしょう…そして部隊は全滅したと考えるのが妥当なところ…」
「では…道を変えましょう」
「いいえ、このまま進みましょう」
 エリシアはそう言って皆のほうを向いた。
「お待たせしました。このまま進みます」
エリシアが馬を進める、だが数歩行ったところで振り返る、ついてくる者がいなかったからだ。
目の前に危険があるかもしれないと言うのに進む方がおかしい、誰もがそう思った。だがエリシアにも考えがないわけではない、賭けでもあるが…
「本当に大丈夫なのか?何かあったんじゃないのか?何があったか説明したまえ」
 異国の領主がエリシアに向かって大声で抗議する、しかしエリシアは冷静に答えた。
「何も言わずついて来て頂ければ幸いですが、そうも言っていられませんのでご説明いたしましょう。偵察の兵の報告ではこの先で戦闘があったようです、我々の前を行っていた囮の部隊と思われますが、全滅したようです。」
「すぐに引き返せ!」
 領主は間髪いれずエリシアに命じた。
「問題ございません、全て予定通りにまいります」
「気でも違ったか!魔物でも襲ってきたらどうするつもりだ」
「魔物などおりません、いたら偵察にやった兵も襲われていたでしょう」
「なら山賊か?」
「それも違うでしょう、囮とはいえ王国の正規軍、山賊ごときにやられないと思います。そうでなくとも、すぐ後ろにいた私達が追いつくまでは耐えられるはずです。」
「とにかく、引き返せ」
 その時草むらがざわめいた。
「もう手遅れのようです、あなたの声が魔物を引き寄せてしまった…」
 エリシアは剣を抜いて周りを見た。確かに感じるのは草むらの中に潜む魔物の気配だった。エリシアにはそれが部隊を襲ったものとは明らかに別であることが分かった。もし襲ったものがこの魔者達なら血の臭いがするはずだがそれがないのだ。
 一匹の魔物が街道に躍り出た。それは黒い狼のようで、金色の目がエリシア達を見ていた。ただその身体だけは狼なんかよりは一回りも二回りも大きい。
「この辺のは人に危害を加えることはなかったんですがね…」
 ライラも槍を構えていた。
「領主殿、死にたくなければそれ以上騒がないで下さい」
 半ば脅しのようなエリシアの言葉だったが、敵と対峙したときのエリシアの目は冷徹で、その眼で見られるとそれだけで動けなくなる。ライラも初めて彼女と決闘をしたときは戦慄を覚えた。
「後ろに気をつけて」
「はい、お姉様」
 エリシアの言うように後ろに注意を払う、茂みの中から獲物を狙う魔物達の殺気すら伝わってくる。
「一匹ぐらいさっさと片付けてしまえ!」
 領主の怒鳴り声に反応したのか、茂みから現れた魔物達は馬車を囲み二匹が領主に向かって飛び掛った。
「うああああぁぁ」
 食われると思った瞬間、領主が情けない声を上げて腕で顔を隠した。
(ドサッ…ドサッ…)
 恐る恐る覗いてみると目の前には金髪の長い髪を靡かせて立つエルフの姿があった。その足元には二匹の魔物が転がっていた。その大きさは近くで見ると2メートルはありそうだ。
「よ、よくや、やったぞ、感謝する」
 その声は震えていた。
「あと七匹」
 エリシアの視線の先には確かに茂みから顔をのぞかせているのも合わせると七匹いた。こんなのが七匹もいるのかと、領主は馬車の中で愕然とし腰が抜けたように這いつくばった。
「こっちは六匹ですわ」
 馬車の反対側に目をやると、そっちにも魔物が蠢いていた。
 そして、今度は三匹同時にエリシアに向かって飛びかかってきた。
 エリシアは剣を右に水平に構え飛翔し、右手の一匹の腹を切り裂く、その魔物を踏み台にして隣の魔物を蹴り飛ばすと、さらに向こうの魔物にぶつかって馬車にとどく前に落ちた。
(ドドドッ…)重い荷物でも落ちたような音、後ろでもライラによって魔物が倒されている、そちらは槍で薙ぎ払うように魔物を弾きとばしていた。
 そしてあと三匹と言うところで魔物が吠えた。
『アオォォォォォン』
 狼の遠吠えのようなそれは紛れもなく仲間を呼び寄せるためのものだ。
「ライラ、時間がなさそうです。」
「はい」
言葉の意味を察してライラは答えた。
「馬車をゆっくり進めなさい、ある程度離れたら振り向かず突っ切れ、ライラが護衛する」
エリシアは御者に指示する。
「ライラは兵を率いて馬車を護衛なさい」
「お姉様?!」
「隊長!」
「さっさとお行きなさい!」
皆気迫に負けて黙り込み、命令に従って動き出す。そこには普段のエリシアの姿はなく、一人の軍人の姿があった。
普段見せないような姿と言動に、ライラも気後れしながらも馬車の屋根に飛び乗った。
槍を振るうにはいい場所だが、同時に最も無防備で狙われやすい場所だ。
不意に突破して馬車に飛びかかろうとした魔物はエリシアに頭上を飛び越える
「グォォォ…」
その魔物の腹をエリシアの剣が貫いていた。それを見せしめと言わんばかりに魔物達の前に放り投げる。血を吐き地面に転がった仲間を見て、魔物達はエリシアを囲んだ。
「さぁ、次はどいつだ?」
エリシアの凛とした声と、冷たく光を放ち血の滴る剣が魔物に向けられた。そして茂みの中から新手の敵も現れはじめていた。
 背後の敵が動く、エリシアはその動きを感じて剣を握り締める。敵はどこから来るか分からないが、敵が動けばアールヴの優れた聴覚がそれを捉えるだろう。
 最初に襲ってきたのは左側にいた魔物だ、得物を持つ手と反対側、まるで狙ったかのように襲ってきた魔物をエリシアの剣は切り裂いていた。そして今度は背後から飛びかかってきた魔物を、剣をくるりと逆手に持ち変え、剣身を右脇の下をくぐらせるようにして突き出す、その剣先は魔物の心臓を貫いて即死させていた。倒れ掛かる魔物の身体を放り、エリシアが再び剣を構えると魔物達は四匹同時に飛び掛ってきた。それを難なく跳んで避ける、アールヴだからこそできると言っていいだろう。
 だが倒せど倒せど新手が増えてくる、すでに倒した数より三倍は増えている、正直きりがない…時間稼ぎできればいい、ならばここは少々危険ではあるが森を突っ切って国境へ向かうしかないだろう。
 エリシアは足元でのびている魔物の背中に降り、そこから地面に飛び降りた。エリシアは左手のグローブを外して手のひらに剣で傷をつける、そして目の前にいる二匹に向かって走り、右側の一匹に剣を突きつけながら二匹の間をすり抜けて森の中へと飛び込んだ。魔物達が後を追って森に飛び込む、それを見たエリシアは木々の間を疾走する。
「追って来い化け物!」
 エリシアは魔物との距離を保ちながら木々の間を走り抜ける、前方から現れた敵は木を蹴って飛び越える。

 走りながら隙を見て重い甲冑を脱ぎ捨てていく、いくら人間に比べて体力があるとはいえ、血を零しながら重い甲冑を着て疾走すれば必然的に限界は近くなる。
 身軽になったエリシアは正に風のように木々の間を縫うように走った。
「あと少しで国境なのに...」
この森を抜ければ国境だ、同盟国であるアストリア皇国だ。
「あと少し、ああ女神さま…」
 エリシアは祈りながら走った。

森の木々が開け、乾燥した地面が顔をのぞかせる、追ってきた魔物達はこの乾いた空気が嫌いなのか、わずかな茂みの向こうから睨んでいた。
目の前の砂丘が砂塵を巻き上げて崩れた。薄れていく意識の中で、目の前で起こることは最早認識すらできそうにない…
砂塵が風に消えた時、そこにいたのは巨大な...
「エリシアは貴女ですか」
「はい?」
その大きな声は聞き覚えがないが、目の前には見上げるほど巨大な天使がそこにいた。
「アストリア皇国守護天使ユリシス、遅くなってすみません、助けが必要だとうかがいました。」
魔物から守ってほしかったしかし30mはあろうかという天使の姿に魔物など消え失せていた。
「大丈夫です...」
「怪我をなさっていますよ」
「何故、皇国の天使が...」
その顔を見ようと顔を上げたが、視界が霞んでよく見えない、ただ青みがかった髪と灰色の羽根が見えるだけだった。
意識が遠のき倒れかかる、それを察していたかのようにユリシスの手が差し出され、エリシアはその人差し指にもたれかかるように倒れた。
エリシアはここまで魔物を引っ張って来る為に血の印を残しながら来たのだ、ここまで走って...
「これだけ血を失っては、いくら神に祝福された身体とはいえ無理が過ぎます。」
手のひらの上で仰向けに眠る…、エリシアは遠のく意識の中にいた。
 何も聞こえない、何も感じない、ただ白い…黒…それが白なのか黒なのかさえ分からない
 ユリシスの手の中で、エリシアはまるで眠るかのように…
「死にませんよ?」
 ユリシスは何やら呪文を唱える、手のひらからはみ出すほどの大きな魔法円が現れ、エリシアの身体も浮き上がり魔法円の中心に置かれた。
「まるでお皿に乗った…」
 ユリシスはクスッと笑った
(じゅるっ…)
「あ…」
『食べちゃダメだ…食べちゃダメだ…明日からお仕事なくなっちゃう…』
 


次回につづく…っ

食うか食われるか先ずはそれが問題だ…