夢葉のある初夏の奇跡
第1話:生徒会室の謎のプペ



これは衣替えが終わってすぐ、六月上旬のある日の話。いつもと同じような穏やかな朝。だけど、前触れもなく一生忘れられない物語の幕開き・・・

「おはよう、夢葉」
「盟子、おはよう」
朝早くまだ閑散としている教室に入ってクラスメートと挨拶を交わしながら、私は窓辺にある自分の席に鞄を置いた。立ったままで鞄から必要な本だけ取り出して持ってから、すぐ席から離れた。

「夢葉、今日も生徒会室に行くの?」
教室のドアへ向かっている私を見てクラスメートの盟子は聞いた。

「ええ、そうなの」
「毎日朝っぱらから仕事があるの?」
「いいえ、実は生徒会の仕事なんて忙しくないの。ただいつも生徒会室で勝手に静かに本を読むだけなの」
私は盟子に答えてから教室を出て行った。

私、粟野夢葉(あわのゆめは)は中学2年生で、今この学校で生徒会をやっている。小柄で運動神経あまりよくない私だけど、本が好きで、いつも朝に授業が始まるまで生徒会室で本を読む。他の人から見ると、真面目な生徒だと思われそうよね。

やっと生徒会室の前まで着いた。部屋の扉の上半のすりガラスから光が漏れているから、すでに誰かが入っているとわかった。誰なのか聞くまでもなく、こんな朝から生徒会室にいるのはあの人しか他にない。

「おはようございます。琴花先輩」
私は扉を開けて部屋に入ってから中にいる女の子に元気に挨拶した。

「夢葉ちゃん、おはよう。相変わらず朝早くから来たね」
彼女は優しい声で返事をした。

「いえ、先輩こそいつも私よりも早いのです」
「だって、生徒会長だから」
彼女の名前は春江琴花(はるえことか)。私より一年上で、今は3年生で、この学校の生徒会長をやっている。いつも元気で優しくて成績優秀で、整った顔立ちと流れるようにつややかな長い髪もあいまって、完璧な人だともいえる。この学校みんなから憧れられている。去年私は入学した初日から出会って、それ以来仲良くなってきた。私にも憧れな先輩で、生徒会に入った主な理由でもある。学年は違っても今この学校で私の一番仲のいい人の一人ともいえる。

私は扉を閉めて、部屋の真ん中の長い机のそばにある椅子に座った。

「そういえば、昨日はどう?」
「仕事のことですか?はい、全部終わったのですけど」
「けど?」
「その後、とても大変だったなのです」
「なんで?モンスターとかに襲われたりしたのか?」
「モンスターより怖いのです。家に帰ったとき、空がすでに暗くなったので、つい大きな犬とぶつけて、追いかけられて・・・」
「ふふ」
事情の説明を聞いた琴花先輩は少し笑い出した。

「笑い事じゃないのです!大変だったのです」
「ごめん。わかったわ。大変、大変ね。夢葉ちゃんは相変わらず犬が苦手ね」
まだ私のことをからかっているみたい。私はいつも真面目に対して、琴花先輩はいつも元気でよく笑っている。

「で、どうしてこんなに遅く家に帰ったの?昨日の仕事はあんなに大変なの?」
「いいえ、だって秘実子のやつはいきなり来なかったので、私は一人で全部やるしかなくなったのです」
私が言ったのは、三松秘実子(みつまつひみこ)、もう一人生徒会の一員。私の幼馴染・・・といってもただ家が近所にいだけで、小学校の頃から顔を飽きたくらい頻繁会っている。でも、あまり仲が悪くて、出会ったらすぐ喧嘩してしまうという関係。それなのに、今は同じ生徒会やってる。しかも、来年の会長の席を狙っているライバルにもなっている。幸い、今年クラスは違って、登校する時間も違って、会うのは大体生徒会室でだけ。仲が悪い理由は、そうね、好き嫌いや性格は対照的なものだから。例えば、私は文学が好きに対し、秘実子は運動の方が好きで水泳部をやっている。でも、それだけではなく、昔はちょっと事情が・・・

いや、つい秘実子のことばかり考えちゃっている。気に食わないのになぜそんなことよく思ってたのかな。忘れて。あんなやつのこと考えてもどうしようもないしね。時間の無駄になる。

「そうか?まあ、用事があるかもしれないわね」
「部活だろうと、急用だろうと、どうせ言い訳ばかりなのです。これで2回となったのですよ。そもそもどうしてあんなやつは生徒会やりたがったのかわからないのですし。部活ばかりして、生徒会の仕事サボってたやつなんて。まあ、私も顔を見たいわけじゃないのですので、別にいいのですけどね。でも・・・」
「あの・・・」
「あ、ごめんなさい。つい、取り乱しちゃって」
しまった。琴花先輩の前でまたこんな口調で。あいつのこと考えるたびに腹たってしまった。

「夢葉ちゃんったら、秘実子ちゃんのことを言う時だけはこんな風に熱くなるね。面白い」
琴花先輩は私の思いがわかったような笑顔をした。私もどうしようもなく文句をやめた。

「別に言いたくて言ったわけでもないのですし。つまらないことばかりで、いいことは一切ないのです」
「勉強が好きな子がいたら、運動が好きな子もいるし。例え好き嫌いが違ってもお互いのことを悪く言う必要がないわ」
「そんなこと言われても・・・」
私と秘実子の間の問題は琴花先輩の目では子供の喧嘩みたいに見えるかもしれないけど、本当はそんな簡単な問題ではない。好き嫌いや性格のことだけではなく昔色々あったから。でもそんなことについては今言ったら長い話になるから後にしよう。

「実は夢葉ちゃんもスポーツとかやったほうがいいと思うよ」
「無理なのです。私は琴花先輩みたいに優秀なわけじゃ」
琴花先輩は勉強も運動も全部できて完璧な人。さすがみんなの憧れの生徒会長。

「そんなことないわ。私だってこれで精一杯よ。それに、昨日は本当に大変だったらゆっくりして、残った分は今日やってもいいのに」
「鉄は熱いうちに打った方がいいのです。一日延ばしたらやる気はどんどんなくなっちゃうのですね」
「さすが夢葉ちゃんね。責任感強い。来年もいい会長になれるわ」
「いいえ、琴花先輩ほどではないのです」
褒められて照れてきた。

「そういえば、何の本を読んでるのですか?」
私は話を変えた。

「あ、これか」
琴花先輩は自分がさっきから読んでいた本を見せた。

「英語ですか?いや、違うのですね。何の言語ですか?」
「フランス語よ」
「フランス語!?読めるのですか?」
「私、小学生の頃両親の仕事でフランスに連れて行って二年くらい暮らしたことがあるの」
「すごい。私は英語だけでも大変なのに」
「両親は外国と貿易してるから、言語の勉強を大切にして私に子供から色々な言語を学ばせたんだ。それに小説を読むのが言語のいい練習なのよ」
本当に琴花先輩は色々な意味ですばらしい人ね。何もできるし、それに貿易って、まさか結構お嬢さんかも。

「この本は小説なのですか?」
「そうよ。『マリーの小さな大冒険』っていうタイトルなの」
「どんな話ですか?」
「マリーちゃんという主人公の女の子は何かの魔法の所為でいきなり身体が小さくなって、身体を元に戻すために冒険に出かける。でも、身体が小さくなった所為で、周りの世界が巨大になったから、いろいろ大変のよう。でも、この点は面白いところだと思うわ」
「そうですね」
小さくなるという話か?私も小説いつも読んでいるので、こういう話は時々読んだこともあるね。

「でも、本当に小さくなったらいろいろ大変なのではないですか?」
「そうよね。でも、面白いとは思うわ。いろいろ普通できないことがたくさんできる。それに・・・」
先輩は私の顔を見て両方の長いツインテールを撫でた。

「夢葉ちゃんは小さくなったらきっとすごく可愛いよ」
「今は可愛くないみたいな言い方なのですね」
私は拗ねた顔をした。

「いいえ、今も随分小さくて可愛いよ~」
「小さいってのはちょっと・・・」
私は144センチしか高くないので、同級生の女の子と比べても随分小さい。だから、誰かに小さいと言われたら、ちょっと気になる。まあ、言うのが琴花先輩だから、別にいいけど。でも、小説みたいに小さくなってもっと琴花先輩に可愛がってほしいとも考えちゃった。

「冗談よ。拗ねた顔もやっぱり可愛いな。ふふ」
そう言って琴花先輩はまたくすくす笑い出した。

「わ、私、本を読むので」
話を終えようと私が読みかかった本を取り出して琴花先輩の反対側に座って読み始めた。部屋は静かに戻った。





『キーンコーンカーンコーン』、とチャイムが鳴って、授業が始まる時間になった。私と琴花先輩はそれぞれ自分の教室へ戻って今日の授業を始める。



放課後。
「夢葉、今日はもう帰るの?」
「ええ、生徒会の仕事も昨日から終わったし、湖由梨は?」
私はクラスメートの女の子に答えた。彼女は市波湖由梨(いちなみこゆり)、生徒会の一員。私と琴花先輩とは違って朝は生徒会室にはやってきてない。大体仕事がある時だけ来る。昨日も私と別の用事をしに行ったから、一緒にいなかった。湖由梨はクラスでは一番仲がいい友達。でも、実際に私と彼女の間にはちょっとギャップがあるような気がする。

「私も帰るところよ。じゃ一緒に帰ろう」
「いいよ、じゃ・・・あ!」
「どうしたの?」
「あの本はどこに・・・」
朝読んでいた本が鞄の中にはなかった。机の引き出しを調べたらそこにもない

「まさかどこかで忘れたのかな?」
普段なら昼休みにも本を読むが、今日ちょっと用事があって、読む時間がないので最後に読んだのは朝生徒会室で。たぶんその時に持ち忘れた。

「朝私は生徒会室から戻った時に本を持ってきたの?」
と、私は確認するために湖由梨に聞いた。

「朝か?・・・よくわからないけと、確かないじゃないかな?」
「やはり、生徒会室なのね。ごめん、湖由梨、先に帰ってね。私本を探してから帰るの」
「いや、一緒に探してもいいよ」
「いいよ。まだ本当に生徒会室にあるかどうかわからないし。私一人で大丈夫なので」
「じゃ、また明日ね」
「また明日なの」
別れの挨拶をしてから、私は生徒会室に向かった。

生徒会室に着いた時にはやはり中に誰もいない。電気はついていないし、鍵もかかっている。私は鍵で扉を開けてから、中に入った。

「あった!」
扉を閉めて机を見るとすぐ探していた本が見つかった。やはりここで忘れたんだ。

「あれ?」
私は本を取ったら、同じ机の上に見慣れないものは目撃した。それは小さな女の子の人形。豪華な茜色のドレスの格好をして、白い顔で金髪碧眼。フランス人形?可愛いけどなんか目つきがちょっと怖い。

「この人形、誰のものなのかな」
朝は確かまだ見なかった。たぶん昼休みに誰かが持ってきたのかな?でも、この部屋の鍵を持っている生徒は私たち生徒会の5人だけ。私以外にその中一番可能性が高い人というと、琴花先輩かな。いつも小説を読んでいるから、時々変なものを買ったこともある。

そういえば今琴花先輩は『小さくなった人』に関する小説を読んでいるよね。今は読み終わったのかな?小さな人間はこの人形みたいな感じかな?

とにかく、細かく見るために私はこの人形を取ろうとしたが・・・指先が触ったその瞬間、いきなり白くて強い光が出て、私はつい目を閉じた。

もう一度目を開けた時、人形は消えた。いや、机も。でも、まだそれだけではなく、目をぱっちりと開けてよく見ると、周りは別の場所になったみたい。

「ここはどこなの!?」
見ればここはすごく広い部屋だった。隣には大きな茶色の柱一本がある。それは直立ではなく大きく激しく曲がった木材の柱で、そんな姿では部屋の支柱には見えない。少しずつ上へ見上げると、その柱は茶色の何かに繋がっている。それは天井だと思ったら、本当にそうではない。もっと高いところには白い天井が見つかった。たけど、見る限り、天井が床からとても高く張られている。数階のビルの高さではないかと。

「あ!」
次に目に当たったのは一冊の本。でも、これは普通の本ではなく、普通の何倍も大きい。私の身長と同じくらい大きな本。でも、一番気になっているのはこれは私が持っていた本と同じ。そう考えて、自分の手に目を向けるその本はなかった。

「まさか・・・」
本が大きくなったのか?大きくても間違いなくその本だった。いや、違う。私はぐるっと周りを見回して、視線を動かすたびに、背筋が寒くなってきた。信じがたい現実を納得しかできない。

「私、小さくなったの?」
大きく広く見えても間違いなくこれは生徒会室。さっき大きな柱だと思ったものは机の猫脚に過ぎない。私はまだ同じ場所にいる。身体にも特に変化を感じない。ただ、大きさだけは変わった。まだ明確には言えないが、確かに人形サイズくらいになった。

「これはいったいどういうことなの!?」
見慣れた生徒会室なのに、ただ小さくなっただけで、別の空間に入り込んだみたい。今この部屋は大ホールみたいに広くなった。

そうだ。さっきの人形。触ったところで変な光が出て、そして・・・とにかくその人形は確かに今でも机の上にあるのだろうが、どう見上げても机の上にあるものは見られはしないし。ここからじゃ無理。

私は机を登ろうとしたが、やはり無理。今の私には机の上には勿論、椅子の上にも届かない。

どうしよう。自分ではできなかったら、他の人を呼ぶしかない。そう思って私は部屋の扉に向かって、でも、扉の前に着いたら・・・

「で、どうしたら、開けられるの?」
ノブは手の届かない遥かな高いところにある。

「さっき閉めるのじゃなかった!」
そして、私は部屋のいたるところで方法を探っていたが、今の私は小さすぎて何も届きそうにない。何もできない。自分の無力さを実感した。

「はぁ、本当絶望な状況・・・」
どうしよう。ここでずっと閉じ込められたら?でも、朝になったら琴花先輩はやってくるし。でも、その間一晩ここから出られないということになるね。嫌だ。夜になったら誰もいないし。独りでこんなところに泊まるなんて、普通に考えても嫌だったのに、今のサイズじゃもっと嫌。それに、食べ物もないし、トイレやシャワーもない。どう見てもこのままではいられない。そう考えて私は泣き始めた。

『ぺた、ぺた』
「え?」
その時誰かの足音が聞こえた。この校舎の四階は生徒会室と軽音部の部室しかない。でも、軽音部は今年メンバー足りなくて廃部しちゃったから、今は生徒会室にしか人は来ない。

「今更誰が?」
湖由梨ちゃんはもう帰ったはず。琴花先輩は今日は放課後用事があるって言ったよう。足音はどんどん大きくなって、小さくなったからか、人の足音は大きく聞こえる。普通の足音に過ぎないとはわかっているはずなのに、何でだろう、音が大きくなるたびに怖い感じが沸いてきた。なんか大きな怪獣とかものが近づいてくるみたいな感じ。不意に、私は机の猫脚の後ろに身を隠すようになった。

ガチャと扉が開いた。

「あれ?誰もいない?」
私は入ってきた人の姿を見上げた。長いポニーテールの髪に整った顔の女の子。今すごく巨大に見えるけどその顔は私がはっきりと認識している。

秘実子だ!今彼女はまだ下を見下ろしていないから、私のことまだ気づいてない。でも、例えこの机の脚は大きくても私の身体を完全に隠すには足りなさそう。見下ろしたらすぐ見つけられるはず。

秘実子はこの部屋の中へ歩いてきた。足を下ろすたびにものすごい音を立てる上にはっきりと床が揺るぐと感じる。彼女の履いた上履きが私の身長くらい。いや、恐らく私の身長よりも長いかも。こんな巨大な足に踏まれたら、間違いなく即死。こんなに巨大になったら、例え華奢な女の子でも怖い怪獣に見えちゃう。

本当に、大きくて怖い・・・って、今は怯えてる場合ではない。しっかりして、私。どうしよう?見つかる前に自分の方から声を出した方がいいかな?でも、秘実子だし、どうされるかわからない。もし琴花先輩だったら、何の迷いもなく、声を出すつもりだったのに。どうして秘実子なのよ。琴花先輩だったら、小さな私を可愛がってくれるはず。考えるだけで・・・じゃなくて、今は変な妄想をしている場合じゃない。

秘実子は私のことを気づいていないまま、私のいるところを通り過ぎてまだ中へ向かっている。私は扉の方へ振り向いたら、さっき彼女は入った時から扉は閉まっていないと発見した。

今隠し続けても、どうしようもない。見つけられなくてもここにいる限り、秘実子が去って行ったらまたここに閉じ込められちゃう。うろたえているままではいられない。ここから出たいなら、今のチャンスしかない!そう考えると、私は机の脚から離れ、秘実子に見つからないように少しずつこっそりと出口へ向かっていく。

「変な人形だな」
その言葉が聞こえて、私ははっとそっちに振り向いちゃった。そこには秘実子はさっきの人形を机の上から手で持ち上げている。やっぱりこの人形はさっきまで机の上にあった。この人形を調べたら小さくなった原因はわかるかも。でも、どうやって手に入れられるのかな。見る限り今人形は私と同じくらいの大きさのよう。視線はまだこの人形に凝視したまま私は歩き続けた。やっと出口に辿り着いた・・・けどその瞬間足が間違って敷居の凹凸の部分に躓いて、転んじゃった。

「痛い!」
と、私はつい叫び出しちゃった。しまった、と思って後ろに振り向いたら、秘実子は驚いた顔でこっちを見ている。私のことは気づいてしまったみたい。

ばれちゃった!?どうしたらいいの!?



-つづく-

初投稿:2014/08/01