夢葉のある初夏の奇跡
第3話:意地悪な巨大娘のメゾン



『ガチャ・・・パン』
その瞬間ドアの音がして、気がついたら私は暗くて狭いところにいた。周りを見ると私はまだ鞄の中にいるみたい。

そうか、今のは夢か。いきなり人に飲み込まれるなんて、酷い悪夢だった。

上へ視線を移すと白い天井が見える。寝ていたままで秘実子の家に着いたみたい。私は小さいままで、鞄に入れられたまでの出来事は本当に夢じゃないみたい。起きたら全部が夢だったりしたらいいな、って願ってたのに。残念ながらこれは紛れもなく、現実。でも、さっきの悪夢よりもましかもしれない。

「起きたか?」
巨大な顔が天井の代わりに現れた。そして、巨大な手が下ろされてきて私を摘み上げた。

「うん、ここは?」
「着いたよ。私の家。まだ覚えてる?」
周りをぐるっと見渡すと、ここは秘実子の家の玄関。懐かしい感じがする。

「それは、覚えてるのよ。小さかった頃に来たことがある。あまり、覚えたくないけど」
「今はあの頃より小さいじゃないか」
「身体の大きさのことじゃないの!」
「今片手でも乗せられるし、子供より小さいも同然」
「私だってあんたの汚い手に乗せたいわけではないし」
「誰が汚いのよ!乗せてあげたのに。降りたいっていうの?」
「そうなの。自分で歩けるもん」
「本当に?」
そう強がって不意に言った私を秘実子がようやく床に降ろした。また秘実子の足は私の前に聳えている。

「じゃ、ここから私の部屋まで自分で歩けるよね?昔と同じだから、覚えてるよね?」
「へえ!!・・・」
私は家の奥に見据えた。確かにここはたった普通の小さな家だった。でも、今はすごく大きな家に見える。まるで巨人の家に迷い込んじゃったみたい。今強がって、歩けると言ったけど、自信がなくなっていく。

「も、勿論なの。家の中くらい歩けなければどうするのよね」
「じゃ、私は先に部屋で待つから、気をつけて早く追いかけて来てね」
そして彼女のでかい足は動き始めて、目の前のフローリングにものすごくでかい足音を立てた。素早く巨大な身体は先に去っていって、彼女の足とフローリングから起きた轟音はどんどん小さくなっていって、彼女の姿が中に消えたのを見送ってから、私も歩き始めた。見たとおり、この家は大きくなっても昔からあまり変わらないとはわかる。

秘実子の部屋は確か・・・あ!やばいこと思い出しちゃった。彼女の部屋は二階にあるってこと。

私の目の前にあるのは、一段でも自分の肩くらい高い階段。目算で高さは15センチくらい。普通なら一歩ずつ気軽に歩き上がれるはずなのに、今の私は腕で登っても難しい。負けず嫌いの所為で、つい無謀な挑戦を受けちゃった私に後悔という感じが沸いてきた。

ここまで来たのは間違いかな。これからもどうされるかわからないし。悪い予感がいっぱい沸いてきたし。まるで自分は『飛んで火に入る夏の虫』みたいじゃないか。ちなみに今も夏になったし、身体も虫ほどではなくてもとても小さくなったし。まあ、飛べないけど。こんな時飛べたらいいのに。虫みたい・・・じゃなく、鳥みたいに。それとも小さな妖精のように背中に翼が生えたらいいな。って、今は妄想する場合ではないよね。妄想はあくまで妄想として、現実と立ち向かわなければ、何も得られない。

これくらい。絶対に上に辿り着いて見せる!意気を込めて、私は階段を登り始めた。登れない高さではないけど、もともと運動神経あまりよくない私にとってはかなり大変になる。

やった!一段を登った私は疲れてゼーゼーと息切れた。一段だけこんなに大変なのに、まだ何段も登らなきゃならないのか?普通の家は一階3メートルくらい高いから、一段15センチとすれば20段を登らなければならないということ。考えるだけで頭の中は暗くなった。でも、仕方なく私は一段ずつ登っていく。





時間はどのくらい経っているかわからないが、随分かかったってだけはわかる。十数段くらい登ったところで、積み重ねた疲労のあまりに、私は階段の段の端に座り込んで休憩した。座わっても胸のどきどきも息切れも簡単に止まらない。

もう嫌だ!まだ登り続けなければいけないのか、って考えて不意に階段の上を見上げて、いつの間にかそこには秘実子が立っている。

「もういいよ」
そう言って彼女は階段を下りてきて、そして私を摘み上げた。

「ハァハァ、何を?・・・」
私はまだハァハァいっている。

「あんたはがんばればできるってわかったから、もういい」
彼女は悲しそうな顔で私を見つめた。まさか、さっきからずっとここで待っていて私を見ていたの?

「ハァハァ、何を言っているのよ?私はまだ・・・」
って言っても本当は助かったという感じもするけど、それでも、さすがにどうでも素直に言い出せない。そしてお互い交わす言葉もなくなり、秘実子は私の身体を持って自分の部屋まで連れて行った。彼女の顔を見れば、まるで本当に私のこと心配しているみたい。私のことが嫌いなはずなのにどうしてそんな優しさを・・・

「着いたよ。私の部屋」
部屋に着いたら私を寝床に置いた。冷房から冷たく気持ちいい風に絡ませながら、私は安心に横になっている。やはり疲れきった時にはこれは一番。

ややあって、私は元気に戻って、立ち上がった。

「もう大丈夫?」
「まあ、大体」
そもそも誰かの所為かって責めたいが、さっきはちゃんと私を心配して迎えに来たから、本当はあれも感謝はしたいくらい。

「大丈夫でよかったよ。あんたは私の家で死んだりしたら困るからね」
私は元気に戻ったのを見て、秘実子は安心そうな顔をした。

「大げさだな。別に階段を登って死ぬなんて聞いたことないし」
でも、正直いってさっきは疲れて死にそうかと思っていた。

「別に心配なわけじゃない。待ちくたびれたから、迎えに行っただけ」
「そういうことなのか。別に頼んでないのに」
「じゃ、さっきのところに戻ってみたら?」
「それは嫌!」
考えても嫌。元気に戻ったけど。今はもう無駄に動きたくない。秘実子の意地悪!

「あ、とにかくね、今は、あの・・・」
私は話を変えようとしている。

「汗でびしょ濡れなので、その・・・」
「ああ、お風呂とかに入りたい?」
「まあ、一応そうなのだけと、着替えの服はどうしようかなって」
今服は汗でびしょ濡れだから、着替えない気持ちよくないし。でもこんな小さいままでは・・・

「そうね。さすがにこんなに小さいなら普通の服は無理よね。この家にある人形も多分このくらいのサイズはない」
「そんな・・・」
別に最初から期待していないし。

「大丈夫よ。この服はすぐ洗濯したら明日すぐ着られるでしょう。今夜はハンカチとかで包んでおいてもいい」
「へえ、そんな。ハンカチだなんて」
「じゃ、裸でも?」
「それも嫌!まあ仕方ないからハンカチでいいの」
「じゃ、まずは私と一緒にお風呂に入ろう」
「へええ!なんで!」
そう聞いてまた悪い予感がした。

「そんなに小さな身体では自分で入るわけがないじゃない。だから仕方なく私は手伝ってあげるから」
「それは・・・」
シャワーも持てないし、シャンプー瓶も自分より大きいよう。言わなくても無理だとわかっている。

「もしかして、恥ずかしい?」
「そ、そんなことない!ただ嫌なだけなの。」
「じゃ、お風呂は一階にあるから、勝手に使っていいよ。行ってらっしゃい」
そう言って秘実子は手を上げて部屋の外へ指した。

「・・・・・・」
「どう?さっさと行かなくていいの?」
彼女が私にニコニコ笑った。

「もう秘実子の意地悪!わかったよ。一緒に入ってあげてもいい」
折角二回まで来たのに、また一階に戻るなんて、さすがにどんなに負けず嫌いでも嫌。

「だから、素直に言ったらよかったのにね。じゃお風呂準備してくるね」
そして、秘実子は元気そうな顔で走って部屋を出て行った。





「準備完了よ。さあ、入ろう」
しばらく待った後、秘実子は部屋に戻って元気な声で誘った。

「まずは服を脱がないとね」
そういって彼女は私の着ている制服を摘んだ。

「何をするの?」
「私を脱がしてあげる」
「子供じゃないから自分で脱げるよ!」
私は抵抗しようとした。

「遠慮しないで。してあげたいから~」
「遠慮なんかはしてない!」
「い・い・か・ら」
私の言うことをよそにして、巨大な指は無理矢理私の制服のボタンを脱ごうとした。私は精一杯抵抗しようとしたが、身体の大きさがこんなに違ったことで、力がまるで雲泥の差みたいになった。

「ちょっとじっとして」
私は落ち着かないから、秘実子はもう一つの手で私の両腕を拘束した。

「イヤ!イヤ!イヤ!・・・」
力いっぱい入れても拘束した腕は少しでも動けない。巨大な指は私の制服のボタンを少しずつ外していく。そして、スカートも、下着も。ようやく、服は全部脱がされた。

「これでよし」
秘実子は私の裸を見て笑った。

「全然よくない!この変態!馬鹿。今私は本当に怒るからね!」
私は自分の身体を庇おうとしていながら、怒っている声で罵詈雑言した。今は穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。

「ごめん、ごめん。お人形さんみたいだから、つい」
「全然わざとだ!今度またこんなことしたら・・・」
ここまで言って私の言葉は止まった。

したら・・・どうする?今の私は彼女に何もできないじゃないか。怒っても無駄のようだし。

「とにかく、こういうことはもうしないことなの!」
私は他の言葉で言い直した。

「わかった。さあ、今は風呂に入ろう」
まるで私の言葉を無視したみたいに、秘実子は私の身体を持って部屋を出た。





風呂に入ると秘実子も服を脱いで、裸の付き合いになった。彼女は私の身体を床に置いて自分もしゃがんできた。

綺麗な身体ね。目の前にある秘実子の巨大な身体はしなやかで、白い肌もつややかで綺麗で、細い腕や足もあいまって、認めたくなくてもこれは本当に魅力的な身体。そんな彼女を見て私もどきどきしちゃった。自分が小さくなっているおかげで、普通には気づかないこともいろいろ気づいてきた。

「何を見蕩れてんの?まさか、『綺麗な身体だな』とか思ったりしてるの?」
「そ、そんなわけないじゃないの」
心を読まれるように秘実子は私をからかった。いつの間にか私の顔は真っ赤になった。

「シャワーしてあげるね」
「待って。わ!」
滝みたいにシャワーヘッドから水が出てきた。ちょっと強すぎてびっくりしたけど、気持ちいい。やはり疲れきった後は冷房の次にはシャワーが一番。

「これは石鹸とシャンプー」
彼女が差し出してくれた石鹸はやはり私にとっては大きすぎて自分では持ち上げられない。秘実子は自分の指に石鹸を擦って、その指で私の身体を少しずつ擦った。

「嫌ってば、私は自分でやるので!」
「遠慮要らないって」
「だから、遠慮なんかしてないの!あ!そこはだめなの!嫌!優しくして!」
なすすべもなく私の身体は巨大な細い指にいじられ続けた。

「次は湯船だな」
シャワーが終わった後、秘実子はお湯を準備しておいた湯船に入ろうとした。

「私はいい」
「へえ、何で。お風呂嫌いなの?」
「いや、そんなことないけど」
実はシャワーの後暖かい風呂に入ったらすごくいい感じのはず。だけど、今は・・・

「なら、一緒に入ろうよ」
そう言って彼女は私を掴まって湯船に入れた。

「いや!あっぷあっぷ・・・」
一人が入る普通の小さな湯船だけど、私が入ったらプールみたいな広さで足が届かないくらいの深さ。そして、実は私は泳げない。だから今は必死にもがいている。でも、耐えられなくてすぐ底へ落ちていく。

「夢葉!どうして?まさか、泳げないのか!?」
ふと、大きな手は地面のように私の足場を作って支えてくれた。そしてその手をだんだん浮かせ、ようやく私の顔は水面から出した。

「ハァハァ、けほけほ!」
「夢葉!大丈夫!?」
「大丈夫じゃない!入らないって言ったのに!」
「ごめん、泳げないとは思わなかったから」
「泳げなくて悪かったね!じゃ、私を降ろしてもいい?」
「いや、これならどう?」
そう言って秘実子は手をもっと浮かせて、水は私の膝くらいの深さになった。

「座っていいよ。これで普通のお風呂に入ると同じでしょう?」
そして彼女は水を汲む盆のように両手を合わせた。私は彼女の言うとおりに手の上に座った。ちょうどいい深さ。いい感じになった。

「こうやって一緒に風呂入るのは久しぶりね」
「それは、そうなのね」
そういえば、小学生の時も一緒に風呂入ったことがある。でも、今と違って同じサイズで。そして、もう一つ違うのは二人の間の関係・・・

「そういえば、どうして夢葉は泳げないのかな?」
「どうしてって?興味ないだけなの」
というのは嘘。実は子供の頃勉強したことがあるけど、失敗した。あの時以来二度と泳いだことがない。

「やってみないとわからないよ。じゃ今私は練習を手伝ってあげよう」
そういって足元にある彼女の手はどんどん沈んでいて、頭は沈む深さになった。代わりにもう一つの手で私の身体を摘んで支えた。

「いや、やめて!」
「さあ、このまま手と足を動いて」
「嫌なの!放して!・・・じゃなくて、離さないで、私を外に出して!」
だめだ。まるで水泳を勉強した頃の悪夢は沸いてきたみたい。

「動かないとすぐ沈むよ」
そう言って彼女の手は私の身体を放て、私はまた水面でもがいて、でもやっぱりだめみたいで、そのまままた沈んじゃった。そしてまた彼女の手に救い出された。

「けほけほ!もう限界なの!さっきからずっと無理矢理なことばかり。私は逆らえないからこうするでしょう?この状況で楽しんでるでしょう?でも私は全然楽しくない。一刻も早く元に戻りたい。あんたは私のようになってみないと私の気持ちわかるわけない!」
私はもう耐えられなくて、内心全部言い出しちゃった。

「それは・・・」
秘実子は後悔しているような顔している。多分私の言葉は効いたみたい。

「そうよね。やりすぎて、ごめんね。本当にごめん。もう何もしないから」
多分、自分はやるべきじゃないことやったとわかったようで、彼女は謝った。その後私は何も言わないまま黙り続けた。

「じゃ、風呂はこれで。部屋に戻ろう」
もうお風呂に入っている雰囲気ではなくなったからか、彼女はすかさずお風呂から上がって、部屋に戻った。





「このハンカチで身体を包んでおいてね。制服は私は洗濯しておく。今はまずご飯を準備してくるね。ちょっと待っててね」
そう言って秘実子は一階に下りていった。さっきまで部屋に戻った後秘実子はあまり何も喋っていなかった。たぶん、さっきのことまだ考え続けている。

私、言いすぎたのかな?いや、言わなかったらどうするのよ。いろいろ考えながら、私は夕飯を待っている。



「いただきます!」
夕飯はコンビニから買ってきたコロッケ。彼女は私に小さな一個をくれた。

「手作りじゃなくて、ごめんね。足りないなら、おかわりでもいい」
「いや、いい」
おかわりどころか、こんな頭より大きいものなんて、一個だけでも食べきれないじゃないか。小さくなったから、食べ物は食べ放題になった。私は両手でコロッケを持ち上げて食べる・・・って言うよりも『齧る』という方がいい。大きくても食べ物は食べ物。美味しいものは変わらない。

「こう見たら、夢葉をちょっと羨ましいな。大きなコロッケが食べられるなんて、普通ならあり得ないよね」
美味しそうな顔で両手いっぱい大きなコロッケを齧っている私を秘実子が見つめている。

「またそんなこと言うの?私は小さくなりたくて小さくなったわけじゃない!本当に羨ましいなら私の代わりに小さくなってみたら?」
と言っても小さくなった原因もわからないままではできない。

「そうね。できれば私も小さくなってみようかな」
「それは本気で言ってるの?」
「・・・まあ、夢葉は今本当に不安だとはわかってる。でも、事情は起きたし、今はまだ何もできない。だから、憂鬱なことばかり考えるよりも面白いことを探した方がいいじゃないかな?」
「面白いこと?」
「そう。普通の大きさならできないこと。元に戻ったらもう二度とできないから」
「小さくなって何がいいの?」
「ほら、食べ物も食べ放題だし、プールみたいに大きな風呂も入れるし」
「それは楽観的すぎるの」
例えどんなにいい点があるとしてもよくない点の方が多すぎるし。現実はいつも人の想像したよりも厳しいもの。

「そうね。夢葉は泳げないしね」
「そんなことは関係ないでしょう。もう忘れろ!ご馳走様」
私はおなかいっぱいになった。

「もうおなかいっぱい?」
「こう見てもたっぷり食べたので」
秘実子から見れば私が食べた部分は雀の涙みたいね。

「じゃ、これもらうね」
秘実子は私が食べ残ったコロッケを持ち出して自分の口に入れた。





食事の後、私たちは寝室に戻った。私はまたただ寝床の上で寝転がりながら、テレビを見ているだけ。今のテレビは映画館とかにある大きなスクリーンのように見える

「ね、今は宿題をするから、テレビを消すね」
そう言って秘実子はテレビを消して机の席に座って宿題を始めた。そういえば私も宿題があるし、でも鞄は持ち帰ってこなかったから。それに持ち帰ってきてもこの身体じゃどうやって書けるかわからない。

「ね、何か本がないの?ただ寝転がり続けたらつまらないの」
「あ、あるけど。教科書以外には漫画しかない」
秘実子らしい。私とは正反対であまり本を読むのが好きじゃないみたいだから。

「あんた、学校以外の知識は読んでみたら?」
「嫌よ。勉強だけでもしんどいし、あんたみたいに毎日本を読むなんて人生はつまらなすぎるよ」
「私はそうじゃないと思うのだけど、本を読むこそ色々なこと知るようになっていくの。毎日同じ行動をしているように見えるけど、内容は全然違うよ。同じ本は二つない。全部違う。毎日読んでも全然つまらないわけがないの」
本が色々ある。教科書でも小説でも色々な豆知識でもそれを読む意味があると思う。

「いや、私には全然わからないな」
「それはそうよね。秘実子なんか」
そう、考え方が違いすぎるから秘実子なんかは私の気持ちわかるわけがないのよね。何のことでも。昔のことも・・・

「それはどういう意味よ?」
「いいえ、前にも行ってたと思うのだけど、私作家になりたいの。色々書いてみたいから」
「そうか、いいよね。目標があるのって・・・」
なぜか秘実子は暗い顔をした。まさか今でも未来の目標が見つかっていないかな?

「その話はもういいの」
そんな顔を見たら、私は話の腰を折った。別に秘実子のためなわけじゃないよ。ただこんな時に夢とかの話をするなんてちょっとピンと来ないかも。

「とにかく、漫画でもいいの。貸してもいい?」
教科書は大体予習しておいたからね。それに、秘実子はどんな本を読んでいるかちょっと知ってみたい。

「いいよ。こんなの読んだことある?」
秘実子は漫画一冊を差し出した。見たことない漫画だった。漫画の本は私の身長とほぼ同じくらい大きい。私は両手でページをめくって、ちょっと苦労で読みにくいけどまだ読める。

「ね、秘実子」
「ふん?」
「あんたの漫画って・・・」
「どうしたの?」
「私に何を読ませたのよ。これはBLじゃないか!」
「なんだ。BLの漫画も見たことないのか?夢葉はうぶだな」
「うるさい!興味ないの、こんなの!秘実子の馬鹿!」
私は真っ赤な顔で罵った。でも、結局読み続けた。何もすることないよりましだから。

コマの中の人々は今の私と同じくらいの縮尺だからか、迫真な感じがかもされやすい。まるで私も漫画の世界にいるみたい。見るほどどきどきしちゃった。何でこの男はそこまで熱く攻めるの!?あ、いきなり抱きしめた!?

「何だ!面白そうに読んでるじゃないか」
「うわ!」
いつの間に没頭しちゃった。って、どうして私はこんな本の所為でびっくりするのよ!?気づいたら秘実子はいつの間にか机の方からこっちを見ている。

「ち、違うの!ただ読んだことないので、何があるかちょっと知りたいだけなの」
「そうなの?で、どう?まだたくさんあるよ」
「いや、遠慮しておく!」
「遠慮しなくていいよ。その代わりに、あの・・・」
秘実子はちょっと躊躇っているような顔をしている。

「何?」
「せ、折角だからな、宿題、手伝ってもらってもいい?」
「嫌なの」
何かと思ったら、そういうことなのか。そんな彼女の願いに私はすかさずに断った。

「即答かよ!ちょっとくらいいいじゃないか。漫画の返しだよ」
「そんな漫画は別に読みたいわけじゃない!」
そんなとこで恩返しを求めることかよ?

「でも読んだんでしょう」
「関係ないでしょう!あんた、本当最低!」
「じゃ、もう一冊あげたら」
「要らない!」
そんな秘実子のしゃしゃり出た言葉に私は呆れそうな顔で対峙した。

「どう言っても、宿題は自分でやるもの」
「そうだけど、折角来たんだし」
「あんた、まさか最初から宿題の手伝いのために折角私を連れてきたのね!」
「そ、そんな、違うよ。人の善良は何だと思ってるのよ!もういい。別にあんたなんかが手伝わなくてもできるよ」
秘実子は不満そうな顔をしたまま机に振り向いて自分で宿題を書き続けようとした。

「まったくなの。まあ、そんなに手伝ってもらいたいなら仕方がないなのね。それに、今はすごく暇だし。ちょっとくらいなら宿題を見てあげてもいいよ。感謝しなさい」
・・・それに、いろいろ面倒みてもらったしね。いや、助けられたというより、いじめられた方がたくさんな気がするけど。とにかく、ちょっとでも例をしておいた方がいいじゃないかと、私は一応思っているけど、勿論口に出してない。

「本当?じゃ一応感謝しとく!」
秘実子は嬉しそうな顔をしながら、気が進まなさそうな言葉で感謝した。それは人に手伝いを求める言葉なのかよ?まったく。私はちょっと頭の中で文句をしたが、やはり言い返すのは飽きたからどうでもいい。そして秘実子は私を机まで連れて一緒に宿題を見る。

「あんた、馬鹿?こんな簡単なこともできないの?」
問題を見て呆れた私は遠慮なく文句を言い出した。

「わ、悪かったな。私は誰かさんみたいに成績優秀じゃないし」
秘実子は恥ずかしげな顔で答えた。

「こんな時だけに褒めてもらっても無駄なのよ!」
「いや、褒めるつもりじゃないし。とにかく、教えてよ」
「これは人に頼む時の言い方なの?」
「はい、はい、教えてください」
皮肉のような口調で秘実子は頼んだ。小さくなってから初めて優越感を取り戻したみたいな気がする。

「まったく、仕方ないな。教えてあげる」
結局、私は根負けしちゃって、秘実子が宿題終わるまで付き合う羽目になった。

「やっと終わった。本当にありがとうね」
「感謝したいなら、まずは私の身体を元に戻すようにがんばってもらいたいな」
嫌なこともたくさんさせられてまだ機嫌が直っていないけど、やはり今どういってもまだ秘実子に頼るしかない。

「でも、あんたが元に戻ったら誰が宿題の手伝いをするのかしら」
「私のことは宿題をする道具扱いするつもりなのかよ?」
「冗談よ。言ったでしょう。ライバルとしてどうでも手伝ってあげるから。そういえば今まで身体は何の変化もないね?」
「うん、見たところ全然変わってない。最初から身体の異状も何も感じない。ただ小さくなっただけ。まるで私には何の変化もなく、ただ周りの全部が大きくなっただけ。この人形も何の変化もないみたいなのね」
私は自分の身体と寝床に置いてある元凶でありそうな人形を見て溜め息した。

「ただ待っているだけでは治らないじゃないかな?」
「明日になったら学校で琴花先輩と湖由梨に聞いてみる」
「私ももう一度学校に戻る」
「いや、私に任せていい。夢葉は行っても何もできないし」
「それはそうなのだけど。なんかずっとここでいたらつまらないし・・・ううん、明日何の変化があるかもしれないし。まあ、その時はまた話そう」
「そうね。明日起きたら元に戻るとか」
「本当にそんな簡単に済んだらいいのだけど・・・」
「じゃ、今は夜遅くなったし、そろそろ寝よう」
「うん」
そういえば今はちょっと眠くなった。宿題するには随分時間がかかったね。

「で、私はどこで寝ればいいの?」
「仕方ないから私の寝床で一緒でいいよ。私は寝相がいいから、踏まれるのを怖がる必要ない」
「何であんたの寝床なんかで?嫌なの」
「私だって、別にあんたと一緒に寝たいわけじゃないけど、念のため何か起きたらそばにいる方が守りやすいじゃないか」
「あんたが一番危ないと思うけど!」
「ひどいよ。私みたいな可憐でか弱い女の子が悪いことをするわけないじゃない」
いやいや、自分のことを気軽に『可憐』とか褒める女こそある意味で怖いじゃないかなと、私は考える。

「あんた、今まで自分が何をしていたか忘れたのかよ?」
「いっぱい可愛がってたじゃないか」
そう言って彼女は指で私の身体を撫でた。

「やめて!それこそ嫌!」
「寝床でもいっぱいいっぱいいいことしてあげるよ」
「それはもっと嫌!」
「遠慮は必要ないよ」
「だ・か・ら、遠慮はしてないの!」
なんかこういうネタは、何度もデジャヴュみたいな気がする。

「あんたこそ、いろいろ言ったけど、実はただ私に一緒に寝てほしいだけじゃないの?」
「な、何でそう思うのよ?」
秘実子は意外と驚いた様子で返事した。

「いきなり家に連れてきたり、服を脱がしたり、お風呂一緒に入ったり、あんた今日は前より変なの」
「それは・・・仕方ないでしょう!なんか一緒じゃないと落ち着けないから」
「へえ!?」
「いやいや、べ、別に変な意味じゃないよ。その、あんたはちっちくてこんなに・・・か、可愛い・・・じゃなくて、かわいそうだからほうっておけないっていうか」
なんか秘実子落ち着きのない様子になって、言葉もぎくしゃくしてきた気がする。どう見ても怪しい。まさかこんなに小さくなったら、私に惚れてたりしたのかな?いや、それがないかも。

「とにかく、ライバルとして、あんたが元に戻るまで守らなくちゃ。だから寝る時も一緒では一番いいよ!」
「・・・つまり、どう言っても私は一緒に寝なきゃ行けないのね」
「まあ、そんなところ」
私、最初から断るすべがないとわかっているはずなのに。

「わかったよ。そんなに一緒に寝たいなら、一緒に寝てあげてもいい」
根負けして結局一緒に寝る羽目になっちゃった。秘実子は私を寝床まで連れて行った。

「壁側で寝てね。万一間違って下に落ちたら危ないから」
「いや、落ちることより、あんたの方が危ないと思うが。言っておくけど私に変なことしたら」
壁の方なら何をされたら逃げられないし。というか、そもそもどっちにしろこんな小さな身体では逃げられやしないさ。ならどうでもいい。

「わかってるよ。何もしないから、安心で寝よう。じゃ電気消すね」
「お休み」
そして部屋は闇に落ちた。ただ窓の外から月の光が漏れてきた。私は今日小さくなった時からの事情をもう一度回想している。ただ放課後から今までの時間、そんなに永くないはずなのに、いろいろなことに遭って、とても永い時間みたいな気がする。まだ信じられない気もする。まるで夢みたい。

もしこれは夢なら明日起きたら元に戻るはず。とにかく私は明日元に戻るって心から願っている。いろいろ考えているうちに意識は少しずつ遠くなってようやく眠った。



-つづく-

初投稿:2014/08/09