ドジッ娘天然ミズホたん


今日は、ミズホ姉ちゃんと買い出しに出ている。
ミズホ姉ちゃんは、町に出るときも巫女装束のままだ。
そんな大きな服が無いからかな……と思って聞いてみたけど、
どうやらそれだけでもないらしい。
 宣伝、とも少し違うかな。人々に社の存在を忘れて欲しくないからだとか。
だからなのか、町の人も慣れたもので、にこやかに挨拶してる。
やっぱりミズホ姉ちゃんは人気者なんだな。

 さて、買い物を終えて、商店街を歩いている途中のこと。
けたたましいサイレンの音が、僕たちの耳に届いたんだ。
僕らも、買い物客のおばさん連中も、不安そうな表情で音のする方を見る。
前方右側からサイレン音は近づいているけど、そのスピードはかなり遅い
みたいだ。人通りはそんなに多くないけど、この辺の道は狭いし店も
張りだしているからなあ。
 そんなことを暢気に思ってたんだけど、途中でサイレン音の場所が
動かなくなった。どうしたんだろうと思っていると、なにやらホーン越しの
声が響く。
「さいたま300ナンバー、『さ○×−△□』の車の方、
至急車を移動させてください」
その声色からも、救急士さんの焦りがわかる。なんだか大変なことに
なっているらしい。

「ど、どうしよう」
僕は、ミズホ姉ちゃんの方を見上げた。
「そうですね」
見下ろすミズホ姉ちゃんの表情もちょっと深刻そうだ……と思ったけど、
不意に破顔一笑、ミズホ姉ちゃんはこう切り出す。
「じゃあ、私が車をどけてしまいましょう」
一瞬、何を言ってるのか判らなかった。
だけど、そうなんだ。ミズホ姉ちゃんならそれが出来るんだ。
「大きくなるんだね?」
「ええ。こんなこともあろうかと用意してきたんです」
僕の問いかけに応えて、袖をごそごそまさぐるミズホ姉ちゃん。そして……
「じゃーん♪」
得意げに自分で言いつつ何かを取り出す。
 掲げたそれは……えっと、紙を括り付けた緑の枝?
「何、それ?」
「玉串です」
自信たっぷりに応えるミズホ姉ちゃん。
 いや、それはお祭りで見たから知ってるけど、でも何故今それを?
「やっぱり、変身するなら何か持ってないと示しが付きませんから」
そういう問題なんだろうか? 余りに突飛な考えに、僕は突っ込むことさえ
出来ない。そんな僕の様子を見て、流石に外したと思ったのか。
ミズホ姉ちゃんは僅かに眉を潜めつつ、右手の玉串を見やる。
「幣(ぬさ)の方が良かったのかしら?」
「い、いや。そういう問題じゃ……」
何とか声を絞り出せた。

「まあ、とにかく」
声に出して、僕は無理矢理頭を切り換えた。とりあえず、今は助けることが
先だ。ミズホ姉ちゃんもそれには異論無い——というより、やる気満々といった感じで頷き、二三歩後ろに下がって玉串を頭上に高く掲げる。その玉串を
胸の高さまで一度下ろすと、ミズホ姉ちゃんは大きく息を吸う。
 そして……何か言おうと軽く首を反らすけど、顔を赤らめたまま何も
言い出さない。そのまま数瞬の間玉串をじっと見ていたかと思うと、
今度は手に持った玉串を振りながら体を二度、三度回転させる。
 玉串の葉が擦れる音が静かに響き、回るミズホ姉ちゃんの体がどんどん
大きくなっていく。そして4回転半の後には、身長40メートル近い
巨大な巫女さんが僕の前にそびえ立っていた。といっても、
40メートルって言うとビルの9階か10階位の大きさだから、
僕の正面には緋色の壁しか見えない。
「あ、あの〜」
不意に気の抜けた声が降ってくる。見上げると、ミズホ姉ちゃんが額に
手を当てて上半身を軽くふらつかせてる。必要もないのに調子に乗って
回るから……そういえば、西瓜割りの時もそうだったなあ。

「おーい、ふらついてる場合じゃないだろー」
そう言ってやるとミズホ姉ちゃんは頷いて背中をすっとのばし、
下を見ながら摺り足で慎重に歩き出す。
 大きめの車くらいある草履と足袋が地面から浮き、進んで、重い音と共に
アスファルトを陥没させる。僕はその後ろを小走りで追い掛けながら、
体重について聞いたときのことを思い出していた。
『身長が20倍だと、体重も凄いんだよねー?』って
僕が冗談交じりに聞いたら、ミズホ姉ちゃん、顔を真っ赤にして
恥ずかしがってたなあ。更にハッチ(畑山)の奴が
『60キロの8000倍とすれば480トン? 萌え〜!』なんて
言うモンだから、姉ちゃん怒っちゃって……

 そんなことを考えているウチに、僕らは救急車の居る交差点まで4〜5歩で
たどり着いた。『止まれ』の位置から足が出ないように注意しながら、
ミズホ姉ちゃんはゆっくりとしゃがんで前に手を伸ばす。
 違法駐車していた車は結構大きくて高級そうだけど、
今のミズホ姉ちゃんが右手で掴み上げると、まるで玩具のようだ。
高級車が持ち上がるというありえない景色に救急車も始めは
戸惑ってたみたいだけど、直ぐにサイレンを鳴らして通り去っていく。

 それを見送って、ミズホ姉ちゃんも安堵の溜息をつく。
見ていた僕も一安心だ。転んだり髪を電線に絡ませたりしなかったのは、
とんまなミズホ姉ちゃんにしては上出来といったところだろう。

「さて……」
ミズホ姉ちゃんは、手に持った車を見下ろしつつ呟く。
救急車の帰りを考えると、同じ場所にまた置いておくわけにも行かない。
思案顔で周囲をきょろきょろと見回していたけど、何かを見つけたのか
表情はすぐに明るくなる。視線の先は、どうやら近くの空き地のようだ。
 ミズホ姉ちゃんは振り返ると足を大きく上げて、家々を跨ぎ越す。
けど空き地まで一歩で行くのにはちょっと無理があったようで、
足を下ろしたときには一層大きな地鳴りが響いた。
崩しかけた体勢をどうにか立て直し、しゃがんでから空き地の
入り口に向けて車を置く。
「それにしても、酷い人ですよね」
唐突にミズホ姉ちゃんは振り返り、僕の方を見下ろしながら呟いた。
「こんな車にはお仕置きが必要だと思いませんか?」
(え?)
僕の返事はおろか、何を言おうとしているのか理解するよりも早く、
ミズホ姉ちゃんは行動に移った。
 右足を軽く上げて、別の場所に下ろす動作。
僕のいる場所からはそれだけしか見えないけど、
金属の軋む音からして何をやっているかは明らかだ。
僕は焦って走りだした。けど空き地に着くまでの数秒は余りにも長く、
ミズホ姉ちゃんが自動車を鉄板にしてしまうには十分な時間だった。

「ど、どうするんだよミズホ姉ちゃん!」
「大丈夫ですよ、後で戻りますから」
思わず声を張り上げてしまったけど、答えるミズホ姉ちゃんは
冷静そのものだ。話す内容もあって僕は安心した……と思ったら、
ミズホ姉ちゃんは嬉しそうに一言付け加える。
「でも願をかけましたから、日が暮れるまでは戻らないんですよ」

 そんなこんなでミズホ姉ちゃんは「変身」を解き、僕らは家路についた。
今日はいろいろあったせいか、僕はなんとなく足が重い。
でも、その原因であるミズホ姉ちゃんは得意げというか、上機嫌というか、
妙にテンションが高かった。
「善いことした後は気分が良いですね」
そんなことさえ言ってる能天気ミズホ姉ちゃん。僕は疲れの原因である
この人にちょっとでも御裾分けをしたかったので、とりあえず突っ込んでみた。
「でも、玉串で変身って、どこから考えたのさ?」
「えっと……その方が”らしい”と思ったので」
少しだけ躊躇いがちに答える。らしいって言うことは、知っててやったのか。
そう思うと改めて溜息が出てしまう。
「だいたい、魔女っ娘って歳じゃないでしょ」
「あう……歳のことは言わないでくださいよ〜」
いや、反論するところが違うんだよ、ミズホ姉ちゃん。
 本当にこの人は千歳も生きているのだろうか。ふとそんな疑問が
浮かんでしまうけど、きっとそれも含めてミズホ姉ちゃんなんだ。
なんとなくだけど、僕はそれで納得することにした。

 でも、疑問と言えばもう一つ。
 ミズホ姉ちゃんは変身の時、何って言おうとしたんだろう。
「ねえ、ミズホ姉ちゃん?」
「はい?」
振り向くのを待ってから、僕は思いきってそれを聞いてみた。
ミズホ姉ちゃんは何故か顔を真っ赤にして、辺りをそれとなく見渡す。
そして屈んで僕の耳に口を近づけ、小さな声で教えてくれた。
「ぴ……ピピルマ ピピルマ プリリンパ……」
「……」
多分、僕の顔も——もしかしたら耳まで赤くなっていたと思う。
 言わなくて良かったよ、ほんと。


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次話予告

季節はずれの風邪をこじらせてしまった豊。
その病を治すため、再び玉串を手に取るミズホ。

次回、「巫女みこミズホたん」を























……いや、流石にそれは無いと思ふ。