「ふむふむぅ。つまりお客様は、自分をフった彼に復讐がしたい、あわよくば殺してしまいたい、と」
古木で作られた褐赤色のテーブルの向かいで私の依頼を復唱する少女。
依頼の内容を知った少女は悲しそうに頷きながら、
「それはさぞお辛かったでしょうに・・・・・・」
と、手に持ったボールペンをメモ用紙に走らせる。
古木のテーブルに置かれたメモ用紙には私から聞き出した事が事細かに書かれている。
私の目線からでは天井の明かりに用紙の白が反射して何が書いてあるのかはよく見えない。
辛うじて、手帳サイズの用紙にびっしりと文字が羅列しているのは見えた。
さして重要ではない事も幾つか話したが、その度に彼女は逐一書き留めていた。


私が座っている座り心地の悪い椅子の後ろに立って、手を組みながら話を聞いていたもう一人の女性が口を開く。
「復讐・・・・・・。ずいぶんと暗な考えしてるのね、貴女」
復讐。
その言葉に私が反応を示す前に書き事をしていた少女が手を止める。
「先輩ぃ・・・、お客様にそういうこと言っちゃだめですってばぁ・・・」
先輩と呼ばれた眼鏡を掛けた女性に許しを請うような目でそう言った。
対して、
「そうは言っても、失恋くらいで人殺し企てるなんて普通は絶対にありえないのよ?」
と、いかにも自分の価値観中心の言い方。
何の自信があるのか、彼女は「普通は」を強調した。
「人の価値観は人それぞれなんです!先輩はそうでも他の人は違うんです!」
座っていた少女が手を振り上げて反抗する。
その意見はもっともだ。
人の考えはそもそもの色が違う。
確かに彼女が言ったようにそう思わない人も世の中にはいるだろう。
でも、実際にこうして殺したいほど他人を憎む人間だっている。
そのあたり、彼女は分かっていないのだろうか。
「価値観がどうのより、多少の苦難に遭ってもめげない人になる方が建設的だと思うけど?」
「い、今はそういう問題じゃないと思うんですけど・・・・・・」
・・・・・・・・・・
だめだ、この人そう簡単に曲がらない。
「・・・んん、もう先輩!ちょっとこっち来てください!」
がたん、と席を立つ少女。古木の椅子が軋む。
そしてそのまま先輩の手を引いて足早に奥の古木のドアを開けて中に入っていった。
少しして、
「だ・・・・・・って・・・・・・せ・・・・く・・え・・・・・・・・ちゃ・・・・・・どう・・・・んですかぁ」
閉じられたドアの向こうから少女の声が聞こえてきた。
材質的に相当軟らかくなっているであろう古木に音が吸収されているのか、ほとんど聞き取れはしなかった。
おそらくはあの少女が先輩に文句の一つでも言っているのだろう。
隣の喧騒を聞きながら背もたれに体重を預ける。
が、みしっ、と聞くからに嫌な音がしたのですぐに背を離した。




「それじゃあ、お客様を無下に拒絶した彼を誰にも知られすにわたしたちが殺害する、という依頼を承諾します。
えっと・・・・・この契約書にサインしてくださいね」
テーブルの横に掛けてあった鞄から皺だらけの契約書にサインする。
氏名欄の端にある署名印。そこにも名前を書くべきかと悩む。
と、
「あ、名前だけ書けてればいいです」
そう言われたので私はペンを置いた。
「はい。ありがとうございますぅ」
契約書を皺伸ばしもせずに目を通す。
「えっと、これで契約は終わりです。あとはわたしたちでやりますんで、お客様は家に帰ってもいいですよ」
え?もういいの?
「はい。ここからはプロの仕事ですから、企業秘密事項もありますし、お客様にも見せられないんです」
少女ははにかんで言った。
「殺害日はこちらから電話をかけますから安心してください」
と、また鞄の中から皺くちゃの名刺を取り出す。
名前の部分が見事に折重なっていてとてもじゃないが判別できない。
代わりに、電話番号の部分だけはやけに綺麗だった。
私が名刺に目を向けていると
「はいはい。用事が済んだならさっさと帰りましょうね」
あの先輩とやらに椅子ごと反転させられた。
もう邪魔だ、と言わんばかりの荒さだった。
無理に力が掛けられたため、私の座っていた椅子の根元の方で木が大きくひび割れる音がした。
「先輩ぃ・・・・・・・・・」
少女の本日何度目かの溜め息を最後に、私はほぼ強制的に廃屋と言っていいほど古ぼけた店を出た。












数日後の夜。
私は電話で指定された殺害場所へ来た。


昨夜の電話で、
「あまり来るのはお薦めしないですよ?」
そう少女が言っていたが、私は彼を憎んでいる。
この目で彼の死に様を見届けなければ納得がいかない。
殺害現場に居合わせるのは多少なりとも気が引けるが、私の意志は堅かった。


指定された場所は漁港。
漁港にはいくつか使われていない倉庫があり、いかにもどこかのヤクザが集団リンチに使いそうな場所だった。
倉庫の数は数個あったが、一箇所だけ灯りが漏れていた。
私はその倉庫へ足を運んだ。


倉庫の中には既にあの少女とその先輩の姿があった。
私が倉庫に現れた時、先輩は少し肩を落としたように見えた。
少女が私を見つけ手を振る。
「あ、こっちですよぉ!」
・・・夜分遅くにしては声が大きいと思うのは気のせいか。
「あいたっ!・・なんでぶつんですかぁ・・・」
先輩の握り拳が少女を叩く。
どうやら気のせいじゃなかったようだ。
しかし、あの先輩とやらもそれなりに良識があるのか。
私はちょっと彼女を見直した。


二人の側へ来ると私は辺りを見回したが、肝心の彼の姿は無かった。
これから連れてくるのだろうか。それともこちらから出向くのだろうか。
そう考えていると、少女が先輩に何かを促していた。
先輩は少し困った顔で私に言った。
「一応忠告しておくわ。今ならまだ帰れるけど、本当に私達の仕事を見てもいいの?」
先輩は若干の威圧感をもっていた。
これから起こることは普通じゃない、と、そんな事を言いたいのだと思った。


人殺しに平常なんてあるものか。


その問いに私は頷いた。
憎んでいる彼だからこそ、むしろ惨い殺され方をして欲しい。
その場にいる私はそうする事によって気が楽になる。
その為なら、少々の残酷なら受け入れてみせる。


私が頷いて先輩は私に背を向けた。
先輩の背後にいた少女の目が輝いた。
少女はあの鞄の中をあさり何かを取り出した。
「えへへ・・・・・これ、なんでしょうか?」
握り締めた何かを私の目の前に突き出す。
近すぎてよく分からないが、少女の手には小さな人形のような物が握られていた。
「ちょっと、それじゃよく見えないでしょう」
「あ・・・・・たしかに・・」
先輩に注意されて少女は私の目の前から手を引いた。
距離が離れるにつれ、少女が握っていた物の全貌が認識できてきた。
あ、やっぱり人形だ。男の人形。
人形にしてはやけに精巧で顔が整っている。
少女が強く握っているのか、肩が狭まっていた。
よく見てみると、この人形は・・・・彼に・・よく似て・・・?
「わかりましたかぁ?これ、人形じゃないんですよぉ」
少女が不意に強く手を握り締める。
すると、少女の手の中の人形が叫び声をあげた・・・・・っ!?
「あれ?まだ気絶してなかったんだぁ、しぶと〜い」
少女の握っている人形、いや、私が殺してくれと頼んだ彼そのものが少女の手の中にいる。
彼の特徴そのままのこれは今確かに叫び声をあげた。苦痛な表情もしていた。
これは、生きている。
大きさはせいぜい5cmくらいしかないが、この小さな彼は生きている。
今少女が強く握り締めた事で体を圧迫された彼はぐったりしている。
しかし、少女はそんなことはお構いなしに彼から手を離さない。
「どうですか?ビックリしましたか?」
握り締めたまま私に反応を求めてくる。


私は、言葉が出なかった。
どうして彼がそんなに小さいのか、なぜ彼を小さく出来たのか、彼をこれからどうするつもりなのか。
唐突の現実に私は混乱した。


「・・・はぁ、やっぱり驚きを通り越しちゃうんですか・・・・・・」
少女はつまらなさそうな顔をして肩を落とした。
「いいですよぅ。お楽しみはこれからなんですから」
そう言って、少女は握った拳を口の前に移動させた。
そして、
「じゃあ、いきますよぉ。よく見ててくださいね」
手から突き出た彼の頭を柔らかそうなピンク色の唇で挟み込んだ。
握った手を解く。
すると、彼の体が宙吊りになる。
しっかりと咥えられた彼の頭が支えになっていたようだった。
彼はいきなり自分の頭が何か柔らかいものに挟まれた事に驚いたのか急に手足をばたつかせ始めた。
だが、今彼の体は宙にある。
いくら手足を動かしても地面には到底届かず、ただ空を掻くだけだった。
少女の唇が歪む。
その歪みに彼の体が持ち上げられ徐々に桃色の肉の隙間に引きずり込まれていく。
少女は何度か唇で彼を中へ引きずり込むと一旦動きを止めた。
彼の上半身は既に少女の中。
残る下半身は必死で足だけを動かし、何とかその柔らかな呪縛から抜け出そうとしていた。
が、小さな彼と彼の全身よりもさらに大きな少女の唇。
どちらが勝っているのかは、明白だった。
少女はそんな彼の抵抗に笑みを浮かべた。
少女の隙間からもう一つのピンク色の肉、少女の分厚い舌が唇に挟まれた彼を乗せるかのようにせり出てきた。
舌に彼が乗せられたのも一瞬。
次の瞬間には彼は少女の舌ごと全身が少女の中へと引きずり込まれた。
そしてまた、彼が少女の口内にいたのも一瞬だった。
少女の喉が鳴った。
白く、細い喉の中を大きなものが下へ下へと移動するのが見えた。見させられた。
少女は胸の辺りに手を添えた。
胸越しに食道を通って食べ物が移動するのを感触で確かめている。
やがて、その感触も消えた。
胸の感覚が無くなり少女は少し飛んで跳ねた。
「ごちそうさまでした、っとぉ」
満足げに少女は小さな彼を食べてしまったのだった。




その一部始終を見ていた私はしばらく動けないでいた。
生きたまま彼が飲み込まれたこと。
彼が少女の喉を通って胃の中へと送り込まれたこと。
その光景が頭の中で何度も再生されていた。


「・・・・・あのぉ、大丈夫ですか?」
少女が少し心配そうに私の顔を覗き込んだ。
話しかけられてやっと私は我に返った。
「やっぱり驚いちゃいますよね、こんな方法だと」
少女は先ほどと変わらない口調で話す。
人一人食したというのにそれが極当たり前かのような自然さだった。
「でも、これで貴女の依頼を果たせた訳ですし、良かったです」


私はこの一人の人間を生きたまま飲み込んだ少女に、恐怖した。


「それでですねぇ、まだこの仕事、終わりじゃな・・・・・・あれ?」
言い終わる前に私は少女に背を向けていた。
本能的に此処に居てはいけないと、そう感じた。
急いでここを離れようと倉庫の出口に差し掛かった時、











「だめですよぅ。これ見られたからには帰せません」











少女の声が倉庫に響くと同時に、先ほどから姿が見えなかった先輩が変な形の機械を抱えて私の行く手を塞いだ。
先輩は眼鏡をしていなかった。
この人が誰か判断するまでに生じた僅かな時間。
そのせいで、次の判断が遅れた。
先輩が手にしている見たことのない機械が何なのか、それを考える前に私の意識は機械の発した強烈な閃光でかき消された。
















次に私が目を覚ました時、どこか暖かいマットの上で横になっているかと思った。
視界がぼやけてよくは分からないが辺り一面が薄い肌色をした地面だった。
意識が回復し始めたときに
「あ、先輩、目が覚めたみたいですよぅ」
あの少女の声が耳に入った。
「そうね。でも、あんまり怖がらせちゃだめだからね?」
続いて、あの先輩の声。
「え〜・・・・、でもぉ、どうせもう帰せないんだし、いいじゃないですか」
気付いた事は、この二人の会話がやけに大きく聞こえる事。
声を張り上げているわけでもなし、むしろ声を抑えているようにも聞こえるがそれでもかなりの大音量だ。


それで確信した。
やっと正常に戻った目で見た景色。
二人の会話が大きい理由。
このマットのような地面。
その全ての原因は、私が彼と同じように小さくなって先輩の手のひらの上で横たわっているからだった。


起き上がって上を見上げてみると、こちらを二つの巨大な顔が見下ろしている。
尺は違えどその顔つきは同じ。
少女は相変わらずの笑顔で、まるで自分の好物を見るかのような目で
先輩はこれまで見てきた中で最も良い笑顔で、獲物を捕らえた蛇のような目で


私に予想される結末を見ていた。


私の全身ですら彼女たちの顔の全長に達しない。
彼女たちが口を開く度、私を軽々と放り込める容量がある口腔が視界を覆う。
上空から吹き降ろす生暖かい吐息。湿った空気には熱を感じる。
二人は共に興奮しているのだろう。
自分たちが最も好む食料を目の前にすればそれも当然か。



「貴女も自分がどうなるか、分かってるわよね」
手のひらにぐっと顔を近づける先輩。
ちょうど、私の目の前に唇が来るようにわざとずらして。
「忠告はしたはずだけど、貴女も強情ね。そのせいでこんな目に遭うんだから、自業自得よ」
先輩の唇の奥から赤い濡れた肉が私の上半身を服ごと優しく舐めあげた。
先輩の唾液が私に纏わりつく。
体温で暖められていた液体は熱く、濡れた箇所から熱気が生じる。
唾液の臭いと熱気が目に沁み、私は目を閉じた。
「・・・・う・・・、やっぱり今の繊維技術は未熟ね。化学物質、もうちょっと削減できないのかしら」
「そうですかぁ?先輩、服の味苦手でしたっけ?」
「私はあなたと違ってデリケートなのよ」
どういう意味ですかぁ!と、誰もいない倉庫に少女の声が響く前に、私の衣服は器用にも脱がされていた。
上半身の上着だけでなく、下半身のスカートまでもが先輩の細い指に剥ぎ取られ、私は下着一枚になった。
外気の肌寒い風を感じると、また生暖かい肉に舐めあげられる。
さっきは上半身だけだったが、今度は足先から頭までべろり、と。
目は閉じたままだったが口は開けていた。
そこから先輩の唾液が口に入り、私は反射的に唾液を吐き出そうと咳き込んだ。
が、そんな私を意に介さず、先輩は舌で私を手のひらの上で転がしてうつ伏せにさせるとまた足先から舐めあげる。
全身に走る温い感触。
塗られた唾液はさらに熱を増し、私は体中が先輩の熱い唾液に包まれた。
「あんまり長引かせても怖いだけかしらね・・・・・・・・・」
もう一度、先輩の舌で仰向けにさせられる。
天井の照明が瞑った暗に差し込む。
また舐められるのか、と私は薄く目を開いた。


照明が遮られ、陰った。
先輩が大きく開いて見せた。






先輩の口の中は体を包む唾液よりも熱かった。
私はまだ仰向けになったままだった。
先輩は自分の手のひらに口付けしただけだった。
暗くてよく見えないが、すぐ目の前で何かが蠢く。
足から持ち上げられる感覚。
ざらざらしたような、やわらかいようなその舌は私の体をあっという間に持ち上げた。
持ち上げられて硬いものに押し付けられる。
押し付けられたまま背中の部分を舌が移動する。
力が緩んで私は一瞬支えを失う。
落ちる。
すぐにまた舌に受け止められる。
そしてまた全身を舐められる。
口内は唾液に満ちている分、さっきよりも多量の液体に包まれる。
舌の動きも活発で、胸や股の部分を重点的に攻めてくる。
そこまできて、やっと、私は全身で抵抗をし始めた。
這い寄る舌を両手で突っ張る。蹴る。殴る。
それでも何の抵抗を感じないのか、動きはまったく止まらない。
それでも私は抵抗を続けた。







ふと、口内で必死の無駄な格闘を続けていた私の背後から光が差してきた。
はっとなって手を止めた。
舌がまたも蠢く。
私をいとも簡単に上へ乗せる。
動く。
光の差す方向へ。




先輩の口腔から舌に乗せられて脱出した私を少女と冷たい外気が出迎えた。
と、先輩が首を前に傾けた。
構えていた手のひらへ落とされる。
唾液がクッションになったため、衝撃は少なかった。
舌の猛攻で疲れ果てていた私は、動けなかった。


「あれ?吐き出しちゃった・・・・・・。どうしてですかぁ?」
「この子、往生際が悪いわね・・・。あんまり暴れるから吐き出しちゃった」
「こびとなのに、そんなに暴れたんですか・・・・・・」
「ほら、すごくぐったりしてるでしょ?こびとにしては、なかなかだったわ」
「ほんとですかぁ?」
「ええ。ちょっと遊んであげたらすぐに呑んじゃおうかと思ったけど、そうもいかなくてね」
「うわぁ〜、いいなぁ、さっきのこびと、全然動いてくれなかったからつまんなかったですもん」
「・・・・・・・・それにしても、一回吐き出したものをもう一度食べるなんて、・・・・興が醒めるわ」
「え?」
「どうしましょうかね・・・・・・。私もこびとは好きだけど、こうなると話は別ね」
「えぇ・・・・?それって、もしかして・・・・・・・・・」
「無理に私が食べる必要も無い、ってことよ」
「いいんですか?」
「ええ。私、一度床に落ちたものは二度と食べない主義だもの」
「それじゃあ・・・・・・・・・・」


















「わたしが食べちゃいますね」













私は、動けなかった。













外気が変わる。
寒気で冷え始めてきた体をまた別の熱気が包み込む。
目を閉じていても分かった。
先輩の手の上で動けない私を少女の舌がくるんでいた。
舌に締め付けられて苦しいがそれもすぐに収まる。
少女は挟まっている私を指で抜き取り、摘む。
胸を前後から摘まれて私は細い指に吊り下げられていた。
と、足先から咥えられる感触。
むにゅむにゅとした感触。
足先にあった感触が少しずつ上へ上へとせり上がってくる。
摘んでいた指も離され私は唇の飲まれていくがままになった。
太股まで咥えられると少女の舌が私の股間を刺激する。
何度も先輩の口の中で攻められたそこは敏感になっており、触れた瞬間私の全身は大きく跳ねた。
それがスイッチになって、私の意識は抵抗へ移った。
さっきまでの先輩との争いで結果は目に見えていたが、体が勝手にそうなった。


暴れても、少女を喜ばせるだけだ、とは承知していたが、理解してはいなかった。


執拗に股間を攻められながらも私は抵抗した。
飲み込む途中の唇を何度も叩き、体をそこから抜き取ろうとした。
少女の飲み込むが速度を増した。
体を突っ張っても少女の吸引力には到底叶わず、ずるずると引き込まれていった。
視界が天井の照明、少女の髪、鼻、終にはピンク色の肉に覆われた。
少女の口から頭だけを出した私を先輩が見ていた。
少女はにっこりと笑って、舌を唇に這わせた。
左から右へ一舐めにしたあと、私の頭はそこには無かった。


少女の口内は唾液で一杯になっていた。
唾液は粘性が強い。
肩まで唾液に浸かったものの、浮力はまったくといっていいほど働かない。
その中で、私は必死で立とうとした。
立って走らなければ脱出できない、と、淡い希望を持っていた。
唾液で何度も手が滑ったが、なんとか踏ん張りを利かせて四つん這いになった。
そこから立ち上がろうと足に力を入れた。
だが、またも唾液で滑ってしまう。


同時に、少女の舌が持ち上がる。
足が滑って支えになっている両手両足に無理な負担がかかる。
持ち上がった舌は斜面を作り出し、溜まった唾液が流れ始める。
舌に全身を打ちつけて、私の希望は失われた。
口内全ての唾液が一斉に移動する。
私を包む唾液が私ごと滑り始める。
斜面の先には全てを呑み込む深い穴があった。
斜面に沿って私の体はどんどん滑っていった。
深い穴、少女の胃へと誘い込む穴が次々と唾液を吸い込んでいく。
流された私の足が何かにはまり込んでいく。
大きめの物体を一度に吸い込もうと穴が大きく開いた。
きつく感じた感触が急に薄れ、同時に私は一気に舌から滑り落ちた。
穴が一人の人間を迎い入れて閉じていく。
もう、私はこの時から人間ではなく、たった一つの食料になっていく。


少女も、先輩も、私自身も、みんな同じ音を、聞かせた、聞いた、聞かされた。


ごくん、
と、少女の喉に嚥下された。


咽喉は飲み下された食物をしっかりと咥え、食道に送り込む。
狭い食道の肉壁に全身を揉まれる。
肉自体はとても柔らかい。
だが私を、いや、食物を強制的に胃へ送り込もうとする筋肉の締め付けによる圧迫は強い。
私より先に飲み込まれた唾液で表面を覆われた肉管はその強硬な筋力をもってゆっくりと呑み下していく。
食道は元々狭い。
呑まれた足先が肉を押し開き、無数の襞が足から全身を舐めあげる。
その感覚は先ほどの先輩の口内愛撫よりも密度がある。
滑っていくというより、搾られていくと言った方が正しいだろう。
何度も何度も食道が全身を搾る。
同じ強さでそれは続いた。
視界は暗く目を閉じている為動きは視認出来ない。
だが、足から頭へ上る搾取感と、私が持っている人体の肉の色が嫌でも周囲をイメージさせる。


少女の食物は桃色の肉壁に包まれたまま、ゆっくりと確実に下降していった。




呑み込まれてから数秒、私のとっては数十分にも思えた時間が経つと足の先で動きを感じた。
肉を押し広げる感触が消え、熱く湿った空間に出ようとしている。
食道の先にある空間。人間であれば誰もが知っている空間。
そんなもの、胃以外にありえるはずが無い。
食物を溶解して吸収する人体の消化器官。
その入り口に私は歓迎されている。


呑まれたそのままの速度で食道から胃へと搾り出されていく。
噴門を腰の辺りに感じた時、私は自由になった両足で胃の壁に足を掛けて踏ん張ろうとした。
が、口内で試みた時と同じように何かの液体に邪魔されてしまいそれは徒労に終わった。
そんな小さな抵抗をしている間に噴門は私を胃へ迎い入れてしまった。
目の前で噴門が閉じていった。







少女の胃はただ暑苦しく吐き気を催すほどの臭気に満ちていた。
想像していた以上に臭いは酷く、目にも沁みる。
目を閉じようとしても食道で散々塗られた唾液が入り込む。
目の痛みより異物感が嫌で私は目を閉じれなかった。
せめて口と鼻は塞ぎたいと思ったが両手は生憎塞がっている。


食物を含んだ胃は胃液が分泌され激しく蠕動する。
胃液は液体なので重力に従い下部へ溜まる。
視線を下にやると近くに白く濁ったものが溜まっている。
胃液溜りには黒い点々が浮かんでいたがそれが何かは分からない。
そうしていると地面が波打つ。
体が上下に揺れ、ドクン、と胃全体が大きく揺れる。
私は両手を使って地面の襞を爪を立てて握り締める。
そうでもしないと転げ落ちてしまうから。


胃液が分泌されると胃は内容物を混ぜ合わせるために大きく蠢く。
周期は短く、食道を降っている時から聞こえていた拍動の音とほとんど同時に起こる。
その揺れは座っている事もままならず、高震度の地震のようにも思えた。
私は何とか胃壁に出来た僅かな襞に掴まってただじっと耐えていた。



・・・・・・ふと、気付いた。
今、胃の中は灯りが差し込んでいるように明るい事に。
食道は目を瞑ってはいたものの、光は差し込んでいなかったのは分かった。
なのに胃の構造を目で把握できるのは何故か。


少女は私を含んだ腹部をはだけさせて先輩にでも見せているのだろうか。



考えて、
ドクン
蠕動が襲ってきた。



襞をがっしりと加減無く握る。
血が出そうなほど力を入れてはいるが胃壁に食い込むだけでそれ以上は無かった。



ぐじゅっ



胃液溜りの液面が波立ち胃液が一滴跳ねた。
一滴といっても、量は多い。
粘性のある胃液はばらけずに固まってしまうので一塊が大きい。
その塊が


びちゃ


私の足先に着地した。



じゅう、と靴が溶ける音がした。
靴が溶ければ私の足も溶ける。
肉が溶けていく痛みを想像させられて、恐怖から両手の力が緩んだ。



一瞬遅く、胃の中が明るく照らされた。

そして、衝撃。

それと同時に、私の手は簡単に襞を離れた。























ごっくん・・・



「・・・どう?」
「・・・・・・・喉越し、上々です」
少女は自分の喉に手を当てて内側を通っていく食べ物の感触を楽しんでいた。
喉から手を下へ移動させていく。
「う〜ん・・・・・あんまり動いてませんねぇ。口の中みたいにもうちょっと暴れてくれるかと思ったんですけど」
「ちょっといじめ過ぎたかしらね」
先輩が少女の手をよけて少女の胸に手を当てる。
そして、同じように手を下へ。
「先輩の舐め方ってかなり激しいんですもん。誰だって疲れますよぅ」
「あら?誰かその舐め方を実感して、それで、何て絶賛したんだっけ?」
「それはとてもなんともえっちくてえっちくて・・・・、って何言わせるんですか!」
先輩は満足そうに聞き流して頷きながら少女の腹部に手を当てた。
「・・・・・そろそろ、かな?」
少女を見る。
「ん、・・・・・・」
少女が笑顔になる。先輩が手の先で感じていた感触が消える。
「入った?」
「入りましたよぉ」
「そう。それじゃ、灯り点けてあげましょうか」
手を離して少女の鞄を探る。
鞄から取り出したのは真新しい懐中電灯。
右手に持って、親指でスイッチを入れると眩しい光を発した。
そして懐中電灯の先端を少女の腹部に密着させた。
「ひゃ」
ガラスの部分が冷えていたのか、少女は声を上げたが、途中で口を押さえた。
「ほら、動いたら中にいる子がビックリするでしょ」
少女は声を出さずにコクコク頷く。
動きもかなり押さえ気味で細心の注意を払っているようだった。
すぐにガラスの冷たさが消えたようで少女は口から手を離した。
「・・・先輩、そんなに強く押し付けたら痛いですよぉ」
「あら、ごめんなさい」
聞いて少し腕から力を抜く。腹部の痛みが薄れる。
チクリ
「いたっ・・・?」
と、腹部にごく小さな痛みを感じる。
何か尖った物が肉を抓っている痛み。
外からの影響ではなく、体の内からの痛みのように感じた。
反射的にお腹を押さえようと腕が動く。
が、
「ぁぅ・・・・・・」
あんまり体を動かしてはいけない、だったことに気付いた。
腕が僅かに曲がった状態で直立のまま首を下に動かす。
少女が詰まった呻きを漏らしたのを不思議がった先輩と目が合った
「どうかした?」
「・・・・? なんか、おなかに変な痛みがあったような・・・・・・」
チクッ
「ぁぅっ」
疑惑の最中に原因と同じ傷みが走る。
少女は痛がったのか気持ち良かったのか分からないような声で呻いた。
「?」
先輩と
「?」
少女の疑問符がほぼ同時に浮かぶ。


二人は互いの顔を見つめたまま硬直する。
特に相手に答えは求めてはいないのだが、モノを考える時はそうなるのが普通だろう。
先輩と少女、二人が考えているの疑問の答えには一つの共通点がある。
片方は行った者、もう片方は見守っていた者。
しかし、疑問の答えを先にはじき出したのは、




「———えいっ」
ドフッ
「——おふぅっ・・・!?」
先輩だった。


少女の露出した腹部に懐中電灯の先端で一撃。それもかなり強く。
腹部の衝撃に少女の体がくの字に折れ曲がる。
硬直していたはずの体が敏感に反応し、よろめきながら一歩、二歩と後ずさる。
腹を押さえて二秒ほど立ったままうずくまる。
「・・・ちょ、・・・せんっ・・えふっ、えふっ」
おそらく文句を言おうとしたのだが、言葉の途中で咳き込む。
「えほっ!」
それが引き金になったのか、少女は本格的に咳く。
口を押さえて五秒ほどで。
「えっほ!・・・・・・・・・・・・うぅぅ・・・・っふぅ〜〜」
やっと咳が落ち着いた。
先輩は少女を突いた姿勢のままこれ以上なく素敵な笑顔で微笑んでいた。
「・・・・・・むぅ〜」
対して、そんな顔をされては突かれた方はなんとなくでも癇に障る。
こちらもまたこれ以上なく滑稽な膨れっ面で大した迫力も無い怒りの様を見せた。
「ちょっと先輩ぃ!いきなりなにするんですかぁ!」
押さえていた口から手を離し、腹は押さえたままで声は抑えない。
今が夜中とはすっかり忘れて倉庫中に響く半怒声。
「なんでいきなりよりにもよってわたしのひえたおなかをたたくんですかぁ!」
かなり巻いた感じの話し方。
少女は相当怒り心頭のように思えるが、その声には何かしらの悦びも感じなくもない。
もちろん、少女は気付いていないかもしれないが。
「ちょっと!聞いてるんですかぁ!」
「聞いてるわよ。痛かった?」
やっと先輩が口を開く。表情は変わらない。
「痛かったですよぅ!あんなに強く叩かれたら誰だって痛いです!」
「おなかは大丈夫?」
「大丈夫じゃないですってばぁ!」
「そう、それは大変ね」
「なんで他人事なんですか!?やったのは先輩なのに!」
「何言ってるの?確かに私はあなたを小突いたけど、大変にしたのはあなたよ」
「な、何言ってるんですか!?訳がわかりませんよぅ!」
「それじゃあ分かりやすく聞きましょうか」


先輩は少女を突いた姿勢のまま、これ以上なく素敵で卑猥な笑顔でクスクスと







「おなかの中は、大丈夫?」







「・・・・・・・・・・・・・・・・・あああぁぁぁーーーーーーーー!!!」





少女の食物の末路を笑った。





















数日後。


私は廃屋といってもいいほど古ぼけた店に強制的に案内された。
私の声をかけてきたのは眼鏡を掛けた綺麗な女性だった。
案内された廃屋の店には一人の少女がいた。
来て早々、眼鏡の女性がその少女に対応が悪いと指摘した。
来るのが突然すぎるんです、と少女は返した。
聞くところによると、彼女たちは何でも屋、というものを営んでいるらしい。
何でも屋・・・・・・。それなら丁度良い頼みがある。
しかし、こんな依頼は簡単に遂行できないだろうと思っていたので冗談半分で聞いてみた。
「あの、人殺し、って頼めますか?」
「できますよぉ」
返答は、早かった。
「え・・・・・?」
予想外の即答に、答えを求めた私が混乱した。
「人殺しも承ってますから、ちょっと待ってて下さいね。準備してきます」
少女はそう言って素早く椅子から立ち上がり奥の部屋へ消えていった。
呆然とする私に、
「復讐・・・・・・。ずいぶんと暗な考えしてるのね、貴女」
先輩と呼ばれていた女性が小さく呟いた。
その直後に先程の少女が慌てた様子で戻ってきた。
「だから、お客様にそういうこと言っちゃダメですってばぁ!」
と、先輩の腕を引っ張ってまた奥の部屋へ消えていった。
今にも壊れそうなドアが軋んで閉まった。

それから少しして、奥の部屋から話し声が聞こえた。
ドアが閉まっているので、私は聞き取れなかった
きっと、あの少女が









「ダメですってばぁ、せっかくのえさが帰っちゃったらどうするんですかぁ」









先輩に文句の一つでも言っているのだろう。





































あの時にそう聞こえていれば、こんなことにはならなかったはずだった。
後悔はしたがもう遅い。
彼をいとも簡単に殺した赤い凶器。
それが今、私に迫っている。
避けることなど出来はしない。
逃げる事もままならない。



       いただきます



大きく開いたその凶器は確実な死刑を宣告する。



        あ〜ん



私はそれを受け入れることしか出来ないのだから。




        パクッ




視界が黒に包まれて程なく、私は死への肉壁をゆっくりと降っていった。






       ゴクン・・・・・・・・